プロローグ
天使、それは死の象徴。
天使、それは人間を安楽死に導く存在。
天使はウイルスをばらまく存在である。『天使ウイルス』という、ウイルスは約十三年前に発見された。『天使ウイルス』に感染した人間は永い眠りにつく。夢の中では苦しみも悲しみもない、幸せな気持ちで満たされる。だが、現実世界では身体の天使化が進み、その激痛に耐えきれなくなった身体は朽ちる。だが稀にそのまま天使へと変異する人間も存在する。
真っ白な羽に、真っ白な皮膚、髪……名前と過去を忘れ第二の生を授かる――
これは、そんな天使に抗う反逆者たちの物語。
◇◆◇◆◇◆◇
『――まもなく、ホームに電車がまいります。危険ですから黄色い線の内側におさがりください』
まだ春の温かさが訪れない、二月の終わり。人のいないプラットホームに響くアナウンス。遠くの踏切はカンカンカン――と、黄色と黒の棒が交互する。そこに電車がゆっくりと進入してきた。
まだ雨は降っていないものの、曇り空で光は十分とはいえない。そのせいか、ホームには誰もいない。そんなホームにただ一人、階段を上がってきた人間がいた。おぼつかない足取りで、黄色い点字ブロックの上を歩く黒いセーラー服姿の少女が。少女は、今にも倒れ、線路に落ちてしまうような危うさがあった。ぼさぼさの黒い髪を左右に揺らし、少し筋肉のついた足は、筋肉が意味をなさないほどに震えていた。
線路から列車まで少し距離がある。少女は手を伸ばし、一歩前に踏み出した。その瞬間、少女は吸い込まれるようにホームから落ちて――
「……」
「自殺はオススメしない」
少女は何かに捕まれ、その長いまつげの生えた瞳を見開いた。電車に轢かれそうになった少女の腕を掴んだのは、真っ白な皮膚に、真っ白な髪、吸い込まれそうな真っ黒な瞳に白い瞳孔が光る、背中に羽を生やした天使だった。
天使の服装は、中高生が着るようなぶかぶかなグレーのパーカーで、その美しい容姿には似合わない、現代人らしき格好をしていた。しかしながら、羽がなければ、普通の男子高校生にも見える、その天使は、年齢に見合うような顔つきで、少女をじっと見つめると、無愛想な顔になり目を細めた。少女は、青い瞳を見開いて、わなわなと震える唇をそっと開く。
「……天使?」
少女のうわずった声に、天使の少年はピクリと反応を示しつつ、コクリと頷いた。
少女はそれを聞いた瞬間、震えていた唇を閉じ、ニヤリと口角を上げる。少年はその些細な変化に気づかなかった。それが、天使の少年にとって最大のミスであった。
「……っ!?」
少女は、天使の少年の腕を掴む。それと同時に、ガチャリと金属音が響き、少年の腕に手錠のような――いや、手錠がはめられた。そして、そのもう片方を少女――黒髪のウィッグを脱ぎ捨てた少年が、自らの手にはめた。
「天使……ふ、ははっ、天使……天使! 引っかかったなっ!」
と、少女だと思っていた彼女……彼は、高らかに笑い、少女とは言いがたい、男らしく低い声をホームに響かせる。
「な、お、お前、男!?」
「そーだ、男だ。騙されたな、天使。やっぱり、俺の演技はちょー優秀っ。よっしゃあっ!」
天使の少年は困惑したまま、表情も変えずに問う。手錠をかけた少年は、天使の手を掴むと、憎たらしい笑みを浮べた。先ほどの死にそうな、泣いていた少女はどこにもいない。セーラー服を脱げば紺色のジャージが顔をだし、ウィッグを脱ぎ捨てた少年の髪色は、燃えるような鮮やかな赤色で、先ほどのサラサラぼさぼさ黒髪ではなく、ツンツンと外にはねた髪質だった。目は爽やかな海のようなすんだコバルトブルー。その瞳で、天使の少年の顔を覗き込んでいた。勝ち誇った笑みに、天使の少年はクッと苦虫をかみつぶしたような表情を浮べる。
「天使は、『自殺願望』のあるやつに引き寄せられる習性がある。俺は、その『死にたい』演技をして天使を引き寄せてんだよ。な? どう? 俳優にでもなれそうだろ?」
「…………」
「んで、お前は俺の『死にたい』演技に騙されて捕まったってわけ」
「……何が狙いだ?」
「天使って、金になるんだぜ。貧乏人にはそれはもう、多額の金をごっそりとさ。俺は、『自殺』がしたくて『死にたい』ヤツの演技をして天使を狩ってる人間だ」
「クズだな」
「はん! なんとでも言えよ。天使に捕まった時点で、お前の負けだ!」
高らかに宣言した少年――有栖ツバサは、名もない天使の少年に、まさしく元気で明るい性格の男子高校生の笑みを浮べグッと手錠を引っ張った。
久しぶりに三人称、ローファンタジーを書きます。
三人称小説が、何年ぶりなので、一人称寄りになっているところや、変なところが多々あるかもしれませんが、温かい目で見て貰えると嬉しいです!!
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