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グリムサポート事件手帳  作者: 神谷千郷
カルテ1
6/14

 軽快に鳴るチャイムの音に恵都は軽く首を傾げた。千鶴を見つけた日からすでに一週間が過ぎている。経過報告で浅川から連絡はもらっているが、恵都自身が彼女と関わることはなかった。カウンセラーである恵都の力が必要なら連絡があるだろうし、それ以上の関わりを持つ理由もない。

「今日は、もう、予約はなかったはずだけど……?」

「アレだよ。イシザキ」

 青のエンファントの言葉にますます首を傾げる。青自身は石崎と会ったことはなかったはずだが、エンファント同士で感覚を共有しているらしく、エンファントのうちの誰かが会ったことがある相手のことは知っているらしい。

「石崎さん?」

 思わず顔を顰めてしまう。あの時、石崎は約束通り何も聞かなかった。千鶴が見つかった後はそれどころではなく、結局恵都は彼に何も説明してはいない。

「石崎さん、予約するとか事前に連絡するとかできないんですか?」

 呆れ果てたような恵都の言葉に石崎が困ったような表情を浮かべた。

「すまない。予約が入っているのか?」

 恵都がカウンセラーで、ここが自宅兼カウンセリングルームだと思い出したらしい石崎がバツの悪そうな表情を浮かべた。

「さっき帰りましたのでどうぞ」

 石崎をカウンセリングルームに案内し、テーブルの上に乗っているティーカップを片付ける。

「こんな普通のマンションで、患者なんか来るのか?」

「? 何言っているんですか? こういうのが結構いいんですよ。カウンセリングに通っていると知られたくない人も多いので。ここなら、知人の家に遊びに来たで通りますから。実はここがカウンセリングルームだと知っているのは大家さんと患者さん、あとは、もともとの知り合いくらいなんです。私は表向きデザイナーで通ってます。よく訪ねてくるのはクライアントだと思われているみたいですし」

「デザイナー?」

「両親や兄がそれ系の仕事についているので、言い訳として使いやすいんです。ずっと家にいてもおかしくない仕事ですし。それで、何かご用ですか?」

「まずは、これだ」

ぽん、と封筒が目の前に差し出された。それに恵都は驚いたように目を瞬いた。

「何ですか?」

「千鶴の両親からだ。千鶴を見つけてくれたお礼、だそうだ。いずれ正式に挨拶に来たいと言っていたが、まだ千鶴が目を離せる状態ではないからな」

 彼女の様子は浅川から軽く聞いている。と言っても、浅川の知る情報は担任教師として知れる最低限の情報だけだが。衰弱が激しく、約一月は入院をして様子を見ることになっているらしいが、もともとがスポーツ少女で体力があるからか目を見張るほどの回復力を見せているらしい。

「入院しているんですよね? でも、順調に回復していると聞いていますが」

「体はな。だが、情緒不安定で、精神面が心配なんだ。でも、何があったのかよくわからない。病院のカウンセラーが言うにはよほど怖い目にあったのか、もしくはもともと妄想癖があったのではないかということらしい」

 千鶴が何をどこまで覚えているのかはわからないが、もし断片的にでも覚えている場合、それを人に信じてもらうのは難しいだろう。人は、自分が目にしたもの以外は信じられない。今の千鶴は、昔の、エンファントたちを初めて見た頃の恵都と同じだ。

「それで? ここに何しに来たんですか? これが理由じゃないですよね?」

 いくら入っているのか知らないが、そこまで少なくはないだろう。そこそこの厚みがある。できればあまり見たくない。

「いや、それも理由の一つだ。向こうの親御さんの気持ちだ」

 その言葉に軽く息をついて中を見る。そして目に入ってきた光景に軽く目を見張った。

「千円札? 嫌がらせですか?」

「不満か?」

「……不満というより、なぜ千円札をこの量? 嫌がらせとしか思えないのですが?」

 ざっと見た限り、五十枚くらいはあるんじゃないだろうか。それに、持った感じ、硬貨が入っているような硬さも感じる。厚さや重さに比べて値段は大したことなさそうだが、なぜ全部千円札なのだろう。もっともお金を受け取れるような仕事はしていないので、受け取るつもりはないが。

「それは、千鶴の友達から集まったらしい。無償で千鶴を探してくれた人に渡して欲しい、とのことだ。返してくれるなよ」

 恵都の考えていることがわかったのだろう。先手を打たれた。色々な人間の、特に学生からの寄付なので千円札や小銭の塊なのだろう。厚さに反してさほど額はないだろうし、返すあてがないとも言える。

「ありがたく受け取っておきます。それにしても本当に友達が多いんですね。それも本当に愛してくれる友人が」

「さっぱりした性格だからか、男女ともに友人が多い」

「でしょうね。それで? もう一つの用件は?」

「常に情緒不安定に見える篠崎さんに頼むのは癪なんだが」

「じゃあ、頼まなければいいのでは?」

「おい!」

「や、だって、それ、人にものを頼む時につける枕詞としてどうかと思いますが?」

恵都自身そこまで気にしてはいないが、何か一言くらいは言ってやらないとそれこそ癪だ。誰がどう考えても人にものを頼む態度ではないし、石崎は恵都のクライアントではないので、我慢してやる義理もない。

「仕事の依頼だ。千鶴の話を聞いて欲しい」

「カウンセリングしろ、ということですか? 依頼者は石崎さん? それとも、千鶴さんのご両親ですか?」

「依頼者は俺だ。きちんと正規の料金を払う。だから、千鶴のカウンセリングをして欲しい」

「病院がつけたカウンセラーを差し置いて、ですか?」

 多分カウンセラーは面白くないだろう。横からクライアントを取られるということは、信頼を得られなかったということに他ならない。でなければ他を考えられることはない。

「あのカウンセラーは千鶴の話を妄想だと決めているし、それに千鶴自身気がついている。だから、本音を話さなくなっているし、自分の頭がおかしくなっているのではないかと、沈むことも増えた。それを両親にも言えずにいる」

 多分身近な人々の中で石崎だけがまともに話を聞いてくれる相手なのだろう。それはきっと彼女の支えとなる。

「石崎さんは、妄想だとは思わないんですか?」

「あの話が妄想なら、俺も同じような妄想をしていることになる。正直、あの場にいなければ、千鶴の両親と同じように感じていただろうが」

 その言葉に思わず青の顔を見る。あの場に石崎がいなければ杉を成仏させることはできなかった。だが、それ以上に千鶴にとって石崎があそこにいたことが大きな意味を持っている。どこまでを想定していたのだろう。いつも恵都は彼らの思惑通りに動かされている。でも、それが必ずいい意味を持つ。だから、もう、道具でもいいやと思ってしまうのだ。

「わかりました。一度訪ねてみます」

「感謝する……それで……篠崎さんは、幽霊が見えるのか? 霊媒師のようなものか?」

 本当はそれが聞きたくて来たのだろう。結局恵都はあの時のことについて何一つ説明していない。

「見えませんよ。私に見えるのは、神の使徒だけです」

「神の使徒?」

「神さまの使い、と言った方がわかりやすいですかね。と言っても、私は神に会ったことがあるわけではないのですけど。彼らが何者であったとしても、私にとっては大切な友人であることに違いはありません」

「幽霊が見えていたように見えたが」

「ああ、それは、彼らに触れていると、その間だけ見えるんです」

「ああ、それで手を繋いでいるように見えたのか。もしかして、幽霊と手を繋いでいるのかと思っていた」

「まさか、流石に彼らには触れませんよ」

 というより、そんなものと手を繋ぎたくない。


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