三
浅川と石崎が説明してくれた内容によると、彼女、矢吹千鶴が姿を消したのは今から一週間前、合宿が終わり解散した後、家に帰ってこなかったらしい。いつもは何人かでつるんでいるのだが、その日に限ってなぜか一人で帰路についていて、学校を出た後の彼女の足取りは不明だ。
「目立ちそうな気がしますけど」
制服姿に竹刀が入った長い袋を持っている。いくら合宿帰りでそこそこそういう人がいるとしても、もともと目立ちそうな千鶴であれば見たという人は出てきてもおかしくはない。
「だが、目撃情報はない。ただ、よほど目立つ行動でもしなければ、駅でも道でも顔まできっちりと覚えている人はあまりいないだろう。千鶴も、周囲に迷惑をかけたりして悪目立ちするタイプではないからな」
「刑事さんは彼女と付き合っていたんですか?」
兄妹ではない、親戚でもない、友人というのもどこか違う気がする。恋人以外浮かばないが、石崎の口調は恋人を想うものとも違うように聞こえて、恵都には彼らの関係がどうもよくわからなかった。
「違う。俺が通っている道場の門下生だ。稽古をつけたこともある、妹分だな」
「そうですか。話はわかりました。一応合間に探してみますが、あまり期待はしないでください」
写真を見つめていても何もわからない。テレビなんかに出ている霊能者であれば霊視で何かしら情報を得られるのかもしれないが、恵都にはそんな力がない。恵都は、ただ、力を貸してくれる彼らとともに真相を探ることしかできない。
「疲れた……」
ぐったりとソファの上に寝そべっている恵都に、赤い服を着た小人、エンファントがクスクスと笑う。
恵都は高校生の時に交通事故で意識不明になったことがあり、その時に不思議な夢を見た。エンファントはその夢に出てきた。初めは普通に夢なのだと思っていたのだが、退院して家に帰ると何なぜ彼らが恵都の部屋で寛いでいたのだ。恵都以外には見えない。どうやら神の使徒、御使らしい。詳しいことはいまだによくわからないが、彼らの主人である神はムーサといい、文芸の神様らしく、恵都がよく知っている物語の登場人物に力の一部を与えて使徒としていると聞いている。今目の前にいるエンファントは白雪姫に出てくる七人の小人の一人だが、他の六人も存在している。ただし、今ここにいるのは赤だけだ。エンファントに限らず、彼らは気が向いた時に来て、帰っていく。かなり自由な彼らに振り回されることも多いが、この時間が恵都は嫌いではなかった。
「でも、どうするの? その子の居場所、予想もつかないんでしょ?」
こてん、と首を傾げる様子は子供らしくてとても可愛いのだが、可愛いのは見かけだけだということを恵都はよく知っている。可愛らしい見かけと裏腹に、もう数百年単位で存在しているのだ。可愛いだけであるはずがない。
「うーーん。どうしよう。そもそも私、探偵じゃないんだけどな」
「でも、今までにも色々と解決してる謎あるじゃん。タニンから見たら探偵みたいなものなんじゃないの?」
「それ、本気で言ってる? あなたたちに言われると嫌味にしか感じないんだけど。今まで解決していたのは、九割があなたたちの力じゃない」
恵都には推理力も調査力もない。あるのは、神の力から作られた使徒を見る能力だけだ。彼らが協力をしてくれなければ、何一つ解決できない。
「でも、ボクたちに気に入られるって、才能だよ? ボクらはヒトが好きじゃないからね」
「知ってる」
「でも、恵都は好きだよ」
「それも知ってる。でも、実際の話、どう思う? 警察が探しても見つからないのに、私に何ができるの?」
千鶴が写っている写真を見る。意志の強そうな目とキリッとした表情が印象的だ。男性よりも女性にモテるタイプに見える。写真を見ただけの印象だが、家出をしそうなタイプには見えない。かといって誘拐されるとも思えないが。警戒心が強い猫を思わせる印象もあるし、無理やりどうにかしようとしたら、普通の相手なら返り討ちにあうだけだろう。剣道でインターハイにシードで出場できるほどの選手だ。普通の男では相手にならないに違いない。
「でも、この話、恵都向きだと思うよ」
「どういうこと?」
「ボクたちといれば見えるでしょ?」
「正確には、一緒にいればじゃなくて、接触してれば……生きてない、ってこと?」
恵都には霊視はできないし、幽霊が見えるわけでもない。ただ、使徒の誰かと手を繋いだり、くっついたりしていると普通の人の目に映らないものを見ることができる。あとは使徒がよく出入りし、彼らのものがたくさんあるこの部屋の中でなら、接触なしにも見ることができるが、それだけだ。
エンファントの言葉にぎくり、と顔をこわばらせた。心配そうな、落ち着かない様子をしていた浅川の顔を思い出す。浅川は昔からそうだった。いつも生徒思いで、きちんと話を聞いてくれる。生徒が行方不明というのは浅川にとって自分の子供が行方不明なのと同じなのだ。見つけたい、と思う。生きた彼女と会わせたい。
「うーん、違うよ。どこにいるかはわからないけど生きてる。ただ、波長があっちゃったみたい」
その言葉に、今度は違う意味でぎくり、とした。彼らといるうちに、霊と波長があってしまった人を何度も見たことがあった。彼らは皆、生気を吸われ、衰弱していく。そのままだと、彼らに連れていかれてしまう。それは即ち死を意味する。
「いなくなって、一週間、まだ、間に合う?」
「まだ、ね。でも、急がないとやばいと思う」
「でも、手がかりが」
「合宿に行ってたんだよね? その帰りだし、合宿所で連れてきちゃったんじゃないかな? そうなるともしかしたら戻ってる可能性もあるよ」
「合宿所……行ってみる。エンファント、明日は……」
「うん、誰か来ると思うよ。だから、絶対に一人で行っちゃダメ。いい? 約束だからね。破ったら、ボク、怒っちゃうよ」
明るい笑顔とともに告げられた低い声に慌てて頷く。エンファントたち使徒を怒らせるのはダメだ。怒らせたことはない。というより、本能的に回避しようとしている。相手が神の使いである以上、怒りは天変地異さえ引き起こす可能性があるのではないだろうか。そんな気がする。もちろん単なる想像でしかないし、試してみるつもりはない。