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グリムサポート事件手帳  作者: 神谷千郷
カルテ1
3/14

 (けい)()は突然訪ねてきた二人組をカウンセリングルームに招き入れた。

 ここは自宅兼仕事場としており、独身の一人暮らしには少し広めで、ふた部屋ある。そのうちの入り口に近い方の部屋をカウンセリングルームとしていた。自室やキッチンに至る廊下には目隠しのためにパーテーションを置いている。

 この部屋に慣れている浅川は軽く苦笑しただけだが、もう一人の男性は物珍しそうに部屋の中を見回していた。グリムサポートと名付けたこのカウンセリングルームは、名前の通り童話をモチーフとした内装となっている。流石にキラキラと可愛い、子供らしい雰囲気にはしていないが、どちらかというと女性的な内装になってしまっている。もともとここに来る男性はさほど多くはなく、たまにくる男性は居心地悪そうにしていることが多い。患者もほとんどが女性だった。だからなのだろう、すらりとした長身で、がっしりとした体格、凛々しい顔つきの男性はこの空間ではひどく浮いているように見えた。

「先生の知り合い、にしては珍しいタイプですね」

 恵都が知る浅川稔は一日中パソコンに向かっていても平気なインドア派だが、連れの男性は机の前にいるより体を動かしている方が好きなタイプに見える。恵都の周りにはあまりいない、珍しいタイプだ。

「友達ではないからね。彼は、刑事さん、で、この子の知り合いでもある」

 浅川が手に持っている写真を軽く振った。剣道の道着を着ている少女で、キリッとした雰囲気で男性よりも女性にモテそうな気がする。雰囲気は似ているが、この刑事と兄妹には見えない。

「刑事さん、ですか? えっと、とりあえず自己紹介をしますが、篠崎恵都といいます。グリムサポートでカウンセラーをしています。と言っても、私一人しかいない零細事務所ですけれど」

 恵都がカウンセリングの時に初対面の相手に渡す名刺を差し出した。名刺自体は何種類か持っているのだが、今渡したのは一番シンプルなタイプのものだった。

「石崎快斗です」

 石崎が出してきた名刺には、警視庁刑事部捜査第一課 警部と肩書きがついていた。警察官、それも警部なのであればこの雰囲気も頷けるが、こういう人は慣れない。仕事でも、さほど関わらないタイプだし、彼らと関わる時には、ひどく高圧的な物言いをされる。大体が、患者情報の開示で、そう簡単に頷けるものでもない。

「そうですか。では、お引き取りください」

「は?」

 笑みとともに告げた恵都に石崎がポカン、と目を瞬いた。だが、恵都は彼らと馴れ合うつもりなんてなかった。はっきり言って関わりたくもない。

「やっぱそうなったか」

 ぽつり、と呟いた浅川を石崎が睨む。視線だけで人を殺せそうな、鋭い光を発している。

「浅川さん、あんた、俺をおちょくってるのか? こんなところまで引っ張ってきて、話す間もなく帰れ、と?」

 その言葉に恵都が軽く眉を顰めた。

「先生が連れてきたんですか? 勝手にくっついてきたのではなく?」

「なぜ俺が勝手についてこなければならないんだ?」

「知りませんよ、そんなこと。警察官ってそういうものでしょう? 勝手に来て、人の都合なんてお構いなし。カウンセリングに通う人がみんな犯罪者予備軍だとでも?」

 それは言い過ぎだろうし、別にそう思われているわけではないことは重々承知している。だが、警察官が警察官としてここにくる時は他の用件ではありえない。正確に言えば、そういう状況でもなければここには来ない。ただそれだけのことなのだ。

「は?」

 本気で困惑しているであろう石崎を冷たく見据える。

「貴方達、警察官は、犯人さえ捕まれば、誰が傷つこうが気にすらしないんでしょう? お引き取りください」

 常になく強い口調になってしまう。恵都のところに来る患者の中には、警察官による聞き取りという名の尋問に心のバランスを崩した人も少なくない。今目の前にいる石崎がそういうタイプかはわからない。だが、恵都にとって警察官はみんないけすない人間でしかない。

「恵都、落ち着いて」

 小さな声とともに軽く背中をさすられる。それに大きく深呼吸をした。この小さな手はいつも、恵都を助けてくれる。落ち着かせてくれる。

「先生、なんで連れてきたんですか?」

 軽く息をついてソファに沈み込んだ恵都に浅川が笑みを浮かべた。浅川は恵都が感情を爆発させた時にどことなく嬉しそうに笑う。本当に性格が悪いと思う。いつも、感情を表に出さないようにしているのに、なぜか今はひどくイラつく。まるで、高校生の頃に戻ったみたいだ。

「うん、猫がみ様が気に入ってるみたいだったから」

「先生のその基準、意味わかりません。あの子が気に入ってもいい人とは限らないじゃないですか。猫は気まぐれなものなんですよ。まあ、あの子に嫌われるような人はろくなことしませんけど」

「まあ、それだけじゃないけど、矢吹を見つけたいのは、お互い様だからね。情報交換をしようと思ったんだ。お互いの情報を持ち寄れば、いい案が浮かぶかもしれないだろ? それに、高校生の事件性がない自主的な失踪に、そこまで人員は割けない。状況から家出だと思われているから。一応捜索中とは言っているけど、実際には石崎さんが今、単独で動いているだけのようなんだよね。だから、ここで協力すればいいと思ったんだ。いなくなって一週間、遅くなればなるほど絶望的になる」

 浅川の顔には苦悩したような表情が浮かんでいた。自主的な失踪だと口にしていても、本当にそう思っているわけではないことはすぐにわかった。石崎も厳しい表情を浮かべてそこにいる。あれだけ罵倒されても出ていかないのはほんのカケラでも可能性があるなら、という藁にもすがる想いがあるのだろう。

「詳しい話を聞かせてください。ただ、先ほども言いましたが、私はカウンセラーであって、探偵ではありません。過度な期待はしないでください」

「カウンセラー、ね。篠崎さん自身が情緒不安定に見えるが」

「は? 文句があるなら出てってください!」

 思わず怒鳴りつけてしまったが自分は悪くないとと思う。初対面の相手に対してとか、関係なく、目の前にいる他人に言う言葉としてこれほど失礼な言葉もないだろう。


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