一
警視庁捜査第一課の警部、石崎快斗は眉間に皺を寄せたどこか厳しい表情で、公園のベンチにのんびりと寝そべっている白い猫を見ていた。
三人は座れるであろう広いベンチの真ん中にでん、と居座っている白猫は快斗が何をしに来たのかわかっているのだろうか、パタパタと尻尾を振りながら快斗を見上げてくる。
快斗は警察官という仕事柄、霊能者やらオカルトやらというものを目にしたことはある。ただ、その全てにはトリックがあると思っている。幽霊なんてものはいないし、霊媒師はみんな詐欺師だとさえ思う。もちろん神頼みなんて意味があるとも思えない。特に目の前にいる猫に何の力があるというのか、期待するだけ無駄だと思っている。それでも、「猫がみ様」と噂される白猫にすがってしまう程度には今の快斗にはもう後がなかった。
「千鶴を、見つけたい」
ぽつりと呟いた言葉に返ってくる声はない。何も変わらない。快斗は思わず笑ってしまった。そうだ、一週間探しても見つからない高校生の少女がそう簡単に見つかるはずがない。思わず、ズルズルとその場に座り込んでしまった。
「どこに、行ったんだ」
もう探すあてもない。どこを探せばいいのか、心当たりは全て回っていた。でも、千鶴はどこにもいない。
「あれ? えっと、確か、刑事さん?」
不意にかけられた声に顔を上げた快斗は軽く目を瞬いた。不思議そうな表情を浮かべて見下ろしてきている彼の顔には見覚えがある。それが、誰なのかわかった途端、快斗の表情が変わった。どこか情けない表情を浮かべていた彼の顔が修羅場を潜り抜けてきた、警察官としての顔に変わる。まるで別人と入れ替わったかのようにさえ見えた。
「あなたは、双葉学園の」
「驚きました。刑事さんでも神頼みをするんですね」
言いつつ目の前の男、千鶴の高校の担任の浅川|稔《みのる」は猫缶を取り出してコトン、と白猫の前に置いた。
「あなたは」
「私は神頼みとは関係ないですよ。単なる習慣です。それにしても、本当にありえない量を食べているはずなのに、全く大きくならないのは不思議ですね」
白猫は浅川が軽く撫でるとゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らし、猫缶に向かった。パタパタと尻尾を揺らして食べている様子は、ご利益があるという猫には見えない。
「神頼みなんて、意味はない」
小さな声に浅川が軽く笑う。
「でしょうね。でも、運は引き寄せてくれます」
「?」
「せっかくなので一緒に来ませんか? 刑事さん、確か矢吹千鶴さんとは個人的に知り合いなんですよね? 今から探索依頼に行こうと思っているのでよければ一緒にどうですか?」
「今更どこを」
「彼女なら、もしかしたら見つけてくれるかもしれません。最後の頼みの綱です」
彼についていこうと思ったことに深い意味はない。ただ、これ以上どうしていいのかわからない快斗にとって、藁にもすがる思いだった。それで見つかればよし、見つからなければ他の方法を探すまでだ。
浅川に連れてこられたのはこぢんまりとしたマンションの一室だった。チャイムの音に眠たそうな表情で若い娘が顔を出した。歳は大体二十代前半くらいに見える。
「先生、朝っぱらから何の用ですか?」
「朝、ではないだろ。すでに昼だよ」
「私、寝たのついさっきなんです。眠くて仕方がないので、お引き取りください」
戸を閉めようとする前に浅川が手を入れて無理やり扉を開いた。
「篠崎、探して欲しい人がいる。一週間前から行方不明になっている高校生の女の子」
浅川が彼女の前に一枚の写真を差し出した。彼女はそれと浅川の顔を見比べ、困ったような表情を浮かべた。
「先生、私はカウンセラーであって、探偵でも警察官でもないんですけど?」
その言葉に快斗がポカン、と目を瞬く。浅川が何を思ってカウンセラーだという彼女のもとを訪ねたのかさっぱりわからない。カウンセラーに千鶴を見つけられる、とも思えない。
「それでも、最後の頼みの綱なんだ、頼むよ」
「……先生に言われたら、断れないじゃないですか。どうぞ、お入りください」
諦めたような表情で、彼女が二人を招き入れた。