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グリムサポート事件手帳  作者: 神谷千郷
カルテ1
14/14

おまけ 日常小話

 恵都は久しぶりに足を踏み入れた実家の様子に軽く口元に笑みを浮かべた。実家は、恵都が今住んでいるマンションから一駅しか離れていないのだが、なんだかんだとバタバタしていたので、随分と足が遠のいてしまっていた。

 実家は似たような作りの家が並んでいる、分譲住宅の団地の中にあった。作りは似ていても、住んでいる人によって随分と雰囲気が違うのがこういう集合住宅の面白いところだと思う。きっとこの団地ができた時にはこの家々は見分けがつかなかっただろうが、今では全く違う家に見えるのだから不思議なものだ。

「ただいま」

「お帰り~~」

 声をかけたところで返事はないと思っていた。玄関口で口にした言葉が聞こえるような人などこの家にはいない。集中していると、誰の声も聞こえないし、何もしようとさえしない。食事も、風呂も、睡眠も何もかも忘れてしまうのが、ここに住んでいる三人の特徴だった。三人が三人ともまともな社会人なんてできない。だからこそ、それぞれ個人的に依頼を受ける仕事をしているのだろう。会社に入ったところで、上司が頭を抱えている様子しか浮かばない。それなのに、聞こえてきた返事と、聞き覚えがありすぎるその声に、思わずあんぐりと口を開いた。

「え? 茉莉(まつり)?」

 日野(ひの)茉莉は恵都の高校時代からの友人だが、決してこの家の住人ではない。昔からよくこの家に出入りしては、人間を忘れた生活をしていた両親や兄を引っ張り回していた。高校の時に交通事故から復帰して、まず驚いたのがそれだった。なぜか、友人の茉莉がこの家に出入りするようになっていたのだ。それが、恵都が実家を出てからも続いていたとは思わなかった。

「恵都! 久しぶり、ではないけど。珍しいね。こっちにいるなんて」

「うん、ちょっと様子見に来たんだけど……茉莉はなんで?」

「ああ、うん。えっと、お茶入れるから、飲みながら話さない?」

 いつの間にか恵都よりもこの家に馴染んでいる。何があったのだろう。


「それで、なんでここにいるの?」

「恵都、さ、一年くらい前に、あの人たち、まともに生きてるかな? って言ってたじゃん」

「だって、私がいなきゃご飯食べてるかさえ疑問じゃん。お父さんは、まあ、いつも通り撮影旅行でいるかいないかわからないけど、お母さんもお兄ちゃんも、気づいたら飲まず食わずで三日くらいしてぶっ倒れるじゃん。だから心配してはいたんだけど、来れる時間なくてさ」

「あっても、あんたの場合なんか描いてて忘れるんじゃない? 私からしたら、全員似た者同士だから」

「あの人たちと一緒にしないで。私はお腹すいたらご飯食べるし、最低限の生活はしてるじゃん、一人でも」

「お腹すいたらって、下手したら一日くらいは平気で食べるの忘れてるじゃん。それ、全然、普通じゃないから。他の三人よりマシってだけでしょ? ま、とにかくさ、確かに心配だよな~~って思って、休みの日に訪ねてみたんだよね。でもチャイム押しても全然出てこないし、鍵開いてたから、入ってみたら何ていうか、案の定二人そろってゾンビみたいな顔で腹減った~~って言ってるし、食べなよ、って言ったら面倒って」

 ほとほと呆れ果てたというような茉莉の言葉に思わず頬がひきつる。こういう人たちなので、昔から家政婦を雇うことはあった。だが、なぜか一ヶ月もしないでみんなやめてしまうのだ。別に意地悪しているわけでも何でもないのに、なぜか続かない。それでも、昔はここまでひどくなかった気がする。両親はあまり変わらないが、兄はきちんと学生をしていた。それなのに、社会人になり、フリーで活躍するようになってからだんだんと人間であることをやめてきたような気がする。

 恵都が大学に入ってからは、たまに茉莉が家の様子を見に来るようになっていた。初めは母なりに遠慮をしていた(仕事をするとすぐに忘れるのだが)が、いつの間にか遠慮が消えていた。だが、まさか友人の恵都がいないのに茉莉の世話になっているとは思わなかった。

「それで、来てくれてたの?」

「と言っても一日一回だけね。おにぎり握って、置いてくるだけだよ。栄養的に色々足りないしまずいとは思うんだけど、それ以外の食事って、意識が完全にこっちの世界に戻ってからじゃないとしないじゃん。だから、一応つまめるものを机の横に置いておくだけだけどね」

「マジ、ごめん」

「いいって、食費はもらってるし、たまにいいものおごってもらってるから」

 何でもないかのように告げてきた茉莉に、恵都はがっくりとうなだれた。普通、親戚ですらない、赤の他人に頼むことではない。だが、これが恵都の家族の実態なのだ。それを知っていて、付き合ってくれる相手なんてほとんどいない。恵都が知る限りでは茉莉くらいではないだろうか。親戚ですら最低限しか近寄らないのだ。従姉妹や他の親戚と最後に会ったのがいつなのかもはや覚えていない。多分、高校の時に入院している恵都の見舞いに来てくれたのが最後じゃないだろうか。

「茉莉、嫁に来ない?」

「嫁って、(てる)さんの?」

 兄の名前に、ひくり、と頬がひきつった。茉莉が嫁入りできるとしたら兄以外にありえないし、兄の隣に立つ相手は茉莉以外は想像できない。大体の女性は兄の本性を知って逃げていく。知っていてなお、面倒を見てくれるのは茉莉以外にはいない。それは、誰にとってもいい選択のように見えた。もちろん、当の本人である茉莉以外にとっては、だが。

「お兄ちゃん以外いないと思うけど」

「やだよ。それ、一生私この家のお世話係じゃん。ずっと四人の面倒を見るなんて」

「ちょっと、待った! 四人って何? 私は一人でも」

「そう思ってるのは恵都だけだから。誰が見ても、恵都も他の三人と変わらないし」

「な、私はどう見ても普通だし。ちゃんと一人暮らししてるじゃん!」

「確かに一人暮らしだけど、ちゃんと、かはいささか疑問だし。ほん、と、変な家族だよね。でも、嫌いじゃないんだよな」

 ぽつりと呟いた茉莉に恵都の顔に思わず笑みが浮かぶ。昔から、色々と文句を言いながらも、恵都たちに付き合ってくれるのは茉莉だけなのだ。だから、家族はみんな、ほとんど家にいない父でさえ、茉莉が好きなのだろう。このままでは、茉莉の意思とは関係なく、外堀が埋められて、兄の嫁に収まっているのではないか。そう考えたが、その考えは瞬時に打ち消す。そもそも、外堀を埋めるとか、囲い込むなんて考えがあの両親にあるとは思えない。

「そう言ってくれるの茉莉だけだよ。なぜか知らないけど家政婦さんとか全然続かないし」

「ああ、それはわかるかも」

「? なんで?」

「この家の人って、時間の流れが違うの。一人でここにいると、まるで一人でこの世界に取り残されたみたいな気分になっちゃって、怖くなるんだと思うよ。声かけても聞こえないことが多いじゃん。私はさ、恵都には遠慮がないし、恵都の頭とか思いっきりひっぱたくこともできるけど、普通は雇い主やその家族にそんなことできないからね。とはいえ、私も毎日通えないし、恵都、一つ提案があるんだけど」

「提案?」

「家事代行、頼んでみない?」

「家事代行? でもすぐやめるんじゃない?」

「家事代行というより、弁当の配達業兼簡単な家事代行が正しいけど。食事の用意だけ頼むの。毎日午前中くらいに来てもらって手でつまめるものを作り置きしてもらって、それぞれの部屋に配達。それを毎日してくれるようなとこ、探せばあるんじゃない?」

 流石に毎日通うのは辛いらしい。かといって放置もできない、といったところなのだろう。家族ではない他人なのだから放っておけばいいと思うのだが、面倒見がいいお人好しの茉莉にはそんなことはできないのだろう。

「ちょっと探してみる」

「それなんだけど、いいの知ってるけど、紹介しようか? 将来料理人的な仕事をしたいっていう従兄弟なんだけど、料理学校に通ってるの。練習にもなるし、やってくれると思うけど」

「……ほんと? マジでごめん、本当に、ありがとう。助かる」

 茉莉には随分と迷惑をかけてしまっていたみたいだ。

 その事実に気づいてさえいなかったのだから、恵都も他の家族と変わらないのだろう。


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