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丸薬ポーション職人の朝は早い

さて、この世界の薬は主に液体のポーションが主流だ。どのレシピ本を見てもだいたい煮出した液体を調合して薬を作る。

液体のせいか、保存は長いもので2週間程度。アルコールや糖度の高いものならもう少し長いが、変色して味も質も落ちるため、大体は使用する直前に魔術師が調合する。

王子もそれは把握しており、私が薬を提供するには少なくとも毎日城内で薬を作らないと行けないと思っているんだろう。

だけど私は、勇者パーティでの旅を経て、ポーションの丸薬化に成功していた。

具体的にはフリーズドライに近い。

飲む直前に精製水に入れれば、ただの水がポーションに変わるのだ。


丸薬状の固形薬自体は存在しているけど、山奥の一部地域で作られている物だった。

その製法を真似て私が独自に作りだしたのが、この丸薬ポーションだ。

これさえあれば持ち運びは従来の液体ポーションより楽になり、たくさんの数を1度に所持することが出来る。

また、保存期間も1年は少なくとも保つ事が分かったし、時間固定魔術と組み合わせれば何百年でも運用可能だ。

時間固定魔術を液体ポーションに施すと変色しやすかったが、丸薬ならその心配もない。効能の変質も無い。

安眠剤もこの容量で作成可能で、つまり大量に作ってしまえば、今後一切王子に時間を縛られる必要が無くなる。

丸薬化レシピ自体も簡単なので、城内の魔術師の為に渡すつもりでいる。将来的には出版してもっとレシピの幅が広がれば、供給が行き渡って私が作る必要はなくなる。

利権は城内の魔術師が一任すればいい。その後のことは、私は興味が無い。


さっそく魔術師工房を借りて、丸薬作りに勤しむ。問題は材料の調達だったけれど、知り合いの魔術師や神官様に話したら喜んで予算から用意してくれた。

久々に会った神官様は騎士様のように怒るでもなく、いつもののほほんとした雰囲気で接してくださった。

未だに神官様が男性なのか女性なのか分からないでいるけれど、少なくとも年齢は30代後半らしい。見た目が20歳くらいにしか見えなくて、黒髪のおかっぱが印象的な方だ。


大量の材料を大鍋で煮つめて、コールタールの様なものを乾燥させ、粉末にして水で粘土状にし、それを板と板で挟んで球体に整形する。

この工程を繰り返し、1日1粒の計算で瓶詰めしていく。

さながら工場のような様相で、この安眠剤作りに工房一丸となって取り組んでいる。

元々窓際部署だったので、城内での仕事は少ない。だから私の持ち込んだ丸薬ポーション作りは革命的だったと、室長の魔術師さんは言っていた。今後はこの丸薬研究が主力事業となるに違いない。


少人数でひたすら安眠剤を作り続けるのはかなりの重労働だった。

計算では5日間作り続ければ必要数に達すると思われたが、ほとんど徹夜で1週間は経過している。

早く開放されたいばっかりに自分で自分の首を絞めてるみたいだ。

でも、ちょっとでも余暇があればあの王子がちょっかいを出しに来るし、結婚式の話が出かかった折には忙しいと振り払うよりなかった。

あと少しで必要数に到達する。仮に足りなくなればここの魔術師が作れる。

レシピから作成出来るくらいには、ここの魔術師も熟練者になった。丸薬作りのプロと言っても過言じゃない。

本格的に工場を作れば国の主力製品になるんじゃないかと、徹夜続きの頭で妄想がふくらんだ。


「成果はどうだ」

バーンといきなり扉が開かれ、薬臭い部屋に王子が入ってきた。

あれ程作業場に来ないようにしていたのに、ついに丸薬作りが気づかれたか。

「おはようございます王子。安眠剤は出来たものからお渡ししてますよ。順調なので邪魔しないでください」

鍋をひたすら掻き回す私は、手を止めずにノールックで返事をする。

「バカもの今は夕方だ。なんだこの部屋は、締め切って時間の感覚も無くなっているのか?」

顔を除き混んでくる王子を無視して、鍋をぐるぐるぐるぐる掻き混ぜる。何しに来たのこの人。

「酷い顔色だな。もしや寝てないのか?」

私たちの安眠を犠牲にして王子の安眠剤を作ってるんだから黙って待っていて欲しい。

「もうすぐ必要数が用意できますので、お待ちください王子」

「なに!?必要数とは…この瓶の山は何だ!!」

この世界だと1年が13ヶ月で、1月がだいたい20日間だ。丸薬は2ヶ月分40粒でまとめて、王子の寿命を100年に仮設定し、80年間つまり1040ヶ月分を用意した。

これで足りないとは言わせない。

「あと30瓶でノルマ達成、あと30瓶でノルマ達成」

ゾンビのような状態で作業しながら、必要数を忘れないように繰り返す。終わりが見えてきて嬉しい。

「おい、そこまで根を詰めろとは言ってないぞ。誰が生涯分を数日で用意しろと言った」

それはそうだけどダラダラ続けてたら何ヶ月拘束されるか分かったもんじゃない。

「ええい、中止だ!皆、手を止めろ!!」

「ここで止めたら今作ってる分がゴミになりますよ」

「分かった分かったから、キリの良いところで休め。お前には休息が必要だ」

と言って王子が私の肩を掴む。

「王子がやれって言い出したことですよ。このトランス状態で続けさせてください」

互いの両腕を掴む形で拮抗し抵抗してみせるが、基礎体力の違いと徹夜の疲労から、私はあっさり足払いをくらい王子に担ぎ上げられた。

「離してください!恥ずかしいですこの格好!」

「いいから暴れるな。俺に手間をかけさせおって」

俵かつぎで運ばれて、もがいてもどうにもならない。

部屋に残った魔術師さん達が一様に死んだ目をして作業を続けている。誰も王子の乱入に気を割いていないあたり、もはや境地に行ってしまったのかもしれない。


連れていかれた場所は王子の寝室だった。私はさらに暴れた。

「何を考えてるんですかあなたは!嫌です離してください!」

「俺は休息を取れと言ったんだ。気遣いに感謝し、安心して寝ろ」

そう言ってキングサイズベッドに私を放り投げ、自身も膝立ちでベッドに上がってくる。

これはシャレにならない。普通に既成事実作られちゃう。

涙目の私をよそに、王子はあの丸薬を1粒取りだした。それを私の口にねじ込む。

本来水に溶かして使用するものなので、濃縮された成分が舌の上で苦々しい味を充満させ、粘膜から一気に効能を伝える。

睡眠薬ではないし即効性もないはずだけど、寝床の感触も相まって寝落ちする1歩手前だ。

「お前の薬はよく効く。大人しく休め」

髪を撫でられ、思ったよりやさしい対応にまぶたが落ちる。

ダメだダメだ、このまま寝たら何をされるか分からない。婚約者がいるのに私と結婚しようとしてるおかしな王子と、寝室に2人きりになりたくない!

寝返りを打つように王子に背中を向け、私は懐から魔術解除の笛を取り出した。

デバフを敵にかけられた時などに使っていたものだが、こんなところで役に立つとは思わなかった。

黄緑に発光する笛を咥え、思いっきり息を吸い込む。吸い込んだ空気に魔力が乗って、眠気が吹き飛んだ。

すかさず王子の額に手を伸ばし、睡眠魔術を掛ける。

「おま、その笛ぇ…」

即効性のある魔術を掛けられ、王子はそのまま寝息を立て始めた。

同じ笛を勇者パーティ全員が持っていたから、彼にも使われたら今度こそ私が負けていた。敗因は安眠剤なんかで私を眠らせようとしたことですよ王子。

そそくさとベッドから降りて、寝室を出る。

このまま城に留まったら、今度は何をされるか分からない。

私は残りの丸薬作りを城内の魔術師に任せて、城を出ることにした。

8割以上私が作ったんだから、職務は全うしたと言っていいんじゃないか。王子も安眠剤作りは中止と言っていたし、これで用は済んだ。

と、廊下を早足で歩いていると、王子の婚約者であるお姫様と鉢合わせた。

私の顔を驚いた様子で見て、何事か聞いてくる。まだカタコトだが、随分とこちらの言葉を覚えたようだ。

「マジュ様どうしたデスか!?お顔がまっしろ!!」

マジュ様というのは私の事だ。お姫様がそう呼ぶので、パーティ内でも私の愛称がそれになってしまった。

色素の薄い赤毛のカーリーヘアを震わせて、可愛らしい顔を向けてくる。

こんなに可愛い婚約者がいて、王子はやっぱりバカなんじゃないかと思った。

「姫様、ご挨拶出来ずにいて申し訳ありません。王子から仕事を任されていて、ずっと缶詰だったんです」

「カン?お仕事お疲れ様デス。モットと休んでネ。心配してしまうから……

ところで、王子がどこに行ったか知りませンか?」

寝室で睡眠魔術を掛けられて熟睡してるとは、とてもじゃないけど言えない。

「さぁ〜?お部屋に戻られたんじゃないでしょうか」

「困った人デス!今日中に目を通してもらわないといけない書類が、デスクいっぱいいっぱいナのに」

そんなに忙しいなら工房に来なけりゃいいのに。

魔術の効果はそれほど長くないけれど、普段眠れてないならそのまま朝まで起きないかもしれない。

「仮眠でも取ってるんじゃないでしょうか。起こしに行った方が良いかもしれませんね」

「寝てる王子を起こすのはチョットこわいデス。騎士様にお願いしてきマス」

王子の寝起きはだいたい機嫌悪いですもんね。少年姿の時はそんなこと無かったのに、成長過程で何かをなくしてしまったんだろうか。

「マジュ様も一緒に行きマしょ〜」

そう言ってお姫様は私の手を取り歩き始める。

「あ、あの、すみません、私これから用事がありまして…」

「騎士様のトコ、行かないのデスか?何で?」

それはこれから逃亡するからです。

「大臣からの仕事が途中だからです。手紙をこちらからも書きますので、失礼をお許しください」

キョトンとした可愛らしい表情を見せるお姫様に頭を下げ、私は小走りに城の外へ出た。

私を呼び止める人はいない。

そのまま城下へくだり、馬で来た道をとぼとぼと戻った。

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