永久就職の内定を辞退します
翌朝はスッキリとは行かない目覚めだった。
いつの間にか姿勢は体育座りからやや寝そべる形になっており、左肩から首筋に重たいものを感じる。
目を開くと、美丈夫の寝顔がドアップで至近にあった。
私の肩に埋もれるようにもたれかかった騎士様が、寝息を立ててらっしゃる。
勇者パーティでの雑魚寝は、圧倒的寝相の勇者ちゃんが縦横無尽に配置される寝起きドッキリが定番だった。
その弊害でそれぞれの寝る体勢も様々になり、誰かの足が誰かの顔を踏みつけていることもかなりあった。
その中で騎士様が抱き枕癖があることを、私はこの2ヶ月で忘れてしまっていたようだ。
誰かを抱き枕にしてすやすや眠る騎士様を何度か見たことがある。大抵は隣にいる人か、手頃な荷物を抱いていた。
今は私を抱き枕代わりに安眠している。
この恵まれた筋肉のせいで抜け出せない。
そして状況的には、王子と同衾より決定的に見える。
私は仕方なく、本当に仕方なく、呪文を口にして騎士様を外に放り出した。
朝日を浴びて黒い馬が街道を走り抜ける。私は騎士様の後にしがみついて、何とか振り払われないようにしていた。
今朝魔術で吹き飛ばしたことを怒っているんだろうか。
あの状況なら誰でもビックリして抵抗するに決まってる。私が護身と能力強化に特化した魔術師だって事は、騎士様も知っているはずだ。
勇者パーティでは常に後衛で皆に防御魔術と能力強化魔術をして、神官様と手分けしてヒールに徹していた。
偶に後ろから現れる敵は、神官様が近接格闘でボコボコにしていたっけ。
私は出来ることに限りがあるから、王子からの指示で勇者ちゃんにバフを重ね掛けして、補助するしかできなかった。もっと熟練の魔術師なら、遠距離攻撃で敵を倒すことも出来たかもしれない。
私に倒せるのはせいぜいザコ敵程度で、大型の魔物や動きが素早い相手は歯が立たない。
今調査で討伐している魔物も、村人でも倒せる程度の強さだ。
「どうして私だったんでしょうか」
唐突に切り出した私に、騎士様が応える。
「どうして、とは?」
城までの長い道のりで手持ち無沙汰だったので、そのまま会話を続ける。
「勇者パーティ選抜の理由ですよ。神官様が推薦してくれたのは分かるんですが、私より優れた魔術師は沢山いました」
「選抜の理由は俺にもわかりませんが、あなたが勉強熱心で飲み込みが速いことはわかりましたよ」
私が猛勉強をしたのは、存在価値がそれしか無かったからだ。魔術が面白かったのもあるけれど、結局高位の魔術は習得できないでいる。
「旅の最中にも神官様に聞いたんです。そしたら、素養が高かったからと仰ってました。でも習得スキルや魔術の種類は護身や補助ばかり勧められて、私は言われた通りしたに過ぎません」
「その素直さはあなた特有だと思いますよ。魔術師は一癖も二癖も強い方ばかりですから。あのメンバーでは、指示通り動いてくれる人が欲しかった。だから選ばれたんじゃないでしょうか」
それは納得できる。協力し合える人間じゃないと、少人数で戦いながら旅をすることなんて出来なかった。
それでも私は、あの場に私がいなくても、私じゃない人がいても、結果は変わらなかったと思っている。
知らない場所で右も左も分からず、目の前の人にすがるしかなかった。どんなに綺麗に取り繕っても、人形に徹して従順に振る舞うことが正しかったと言われたって、私は素直に喜べない。
広い目で見れば私は充分恵まれているんだろう。勇者パーティに選抜されて、英雄の一端になれて、真っ当な報奨金も、その後の援助もある。
ただ、感情だけが置いてけぼりになって、地に足がつかない感覚を延々と味わっているだけ。
これからどうしたいのかも分からない私に、王子や騎士様は何を求めているんだろう。
城に着いた頃には、おしりの感覚がないくらい皮膚が痺れて、足はまっすぐ立てない状態だった。
途中馬のために休憩を入れてはいたけれど、乗り物で長時間移動するのはやっぱり慣れない。
子鹿のような私に苦笑するも、騎士様は容赦なく王子の所へ急かした。
城内を進み長い廊下をいくつも曲がった先で、王族の居住スペースへと赴く。
豪奢な白い扉に騎士様ノックをし、使用人が少し扉を開けて応対をした。
「魔術師殿をお連れしました。王子はいらっしゃいますか?」
中から短い返答が帰ってきて、室内へ通される。
広い室内は高級そうな調度品で設えてあり、長椅子に寝そべった金髪に切れ長の目をした青年がいた。
「よく来たな。まあ座れ」
王子は手で払う仕草をし、室内にいた使用人を全て外に追い出す。
私は正面の安楽椅子に腰掛け、騎士様はその斜め後ろに立った。
長居する気もないし、私も立ったままが良かった。
「ご無沙汰しております王子」
「そんなに畏まるな。まあ、許可なく俺のそばを離れたことは許してやろう。俺は寛大だからな」
身を起こして横柄な態度で座り直した王子は、いつもの調子で続ける。
「しかし俺からの手紙に返信せぬとは、随分偉くなったものだ」
あの手紙全部に返信していたら便箋がいくつあっても足りないと言ってやりたい。
「申し訳ありません。手紙が下宿先に届いておらず、局留めに気づいたのがつい昨日のことでして」
「ほう?なら、手紙の内容は把握済みだな」
ああ、この流れだと結婚式の話を持ち出される。今日はそんな話をしに来たんじゃない。何とか回避しないと。
「私は王子が不眠に悩んでらっしゃると聞いて来たんです。安眠剤を早速作りますので、しばしお待ちください」
私は有耶無耶なうちにさっさと退出しようと立ち上がり、足を扉の方に向けた。
「まあ待て。安眠剤ももちろん作ってもらう。その他の処方薬も、今後はお前に頼むつもりだ」
思わぬ命令に振り返って王子を見返した。
「何故?」
「何故も何も、旅の最中はお前が処方していたではないか」
「あれは役割分担の一環でしょう。城内には専門の魔術師がいるじゃありませんか」
「今後はお前の薬しか飲まん」
ワガママを体現したような態度でとんでもない事を言い出す。
「待ってください!私はそもそも専門外で、薬は旅の役に立つと思って作っていただけです」
「なら今からでも勉強しろ」
「それが出来たら苦労はありませんよ!だいたい、誰が作ろうが成分や効能は同じなんですから、ちゃんと出されたものを飲んでください」
「お前の手ずから作った薬でないと効かぬ」
それはプラシーボ効果と言うやつでは?と言ったところで、この王子は意見を曲げてくれない気がする。
「私は大臣からの依頼で魔物の調査をする仕事が残ってるんです。ずっと城にはいられません」
「そんな仕事別のヤツに任せておけ」
「それは直接大臣に説明してくださるって事ですか?王子から、直接、あの防衛大臣に」
お堅いことで有名で、実際防衛大臣を担っているだけあって、仕事の割り振りにはかなり厳しい人だ。王子でもお得意の強引さは通じない。
苦い顔をして押し黙った王子に、私はさらに畳み掛ける。
「安眠剤は作ります。ですが、作ったらすぐ実地調査に向かいますのでご了承ください」
「まあそう急くな。俺が不眠であると困るのは大臣も分かってくれるだろ。必要数作るまで城を離れることは許さん」
「はあ、具体的にはどの程度の量です?」
王子が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「もちろん、俺の生涯だ」
生涯とは、つまり残りの寿命分を作れ、と。
「困ったなぁ〜毎日お前の薬が無いと俺は安眠剤出来ない体になってしまってなぁ〜」
子供のような態度に苛立ちを覚えたが、これでも王族なので無下にできない。
私が諦めて「分かりました」と吐露すると、王子はそれはそれは満足げな顔で頷いた。