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夜のお茶と抱き枕

街道を南下し、丘を2つ超えたあたりで野営をする事にした。

森が近く、目の前は平野が広がっていて見晴らしがいい。ここなら魔物や野党に襲われても直ぐに気がつけるし、逃げるのに適してそうだ。

魔術道具のテントを取り出して、収納空間より大きな物体を設置した。

私一人が寝そべるのにちょうどいい作りで、テント内には魔術の教本や読本、保存食が蓄えられている。

収納の際にテントの中がぐちゃぐちゃにならないのは、魔術の便利さとしか言えない。

魔物避けの香を焚いて、外観には透明化の魔術を施す。

これで一晩は誰からも見えないだろう。

街道の近くに設置したから誰かが通りかかるかもしれないが、こんな夜更けに馬を走らせる人は少ない。

そう思って安全第一にセッティングしたが、レム睡眠に入りかけの私の耳に、馬のいななきが響いた。

聞いたことのある鳴き声だ。これは確か、騎士様の……。

そう思って眠い目を擦り、テントの入口をそっと開ける。

そこには、見知った騎士様の甲冑姿があった。

こんな所まで追ってくるなんて、余程大事な用でもあるんだろうか。

観念した私は、キャミソール姿を毛布で隠して羽外に出た。

「こんな夜更けに何の用ですか」

「!…探しましたよ!何故待っておられなかったんですか!!」

クソデカボイスが頭に響く。眠気で半覚醒なんだから勘弁して欲しい。

「何でも何も、2日待っても来なかったじゃないですか」

「それは…私にも職務がありますから」

それを言われたら私だって仕事があると言いたい。眠気MAXの今そのまま喋ったら喧嘩腰になってしまうので控えたけれど。

「それで?どんな要件でしょう?」

「…王子が、貴方を城にお連れするようにと」

一瞬理解が追いつかなかった。何で王子が私を呼ぶんだろうか。

「なのでお迎えに上がった次第です」

何を持って"なので"なんでしょうか。

「お断りします」

「命令なので断れませんよ」

容赦のない答えに目眩がした。とにかく理由を聞かなくては。

「はぁ〜。……わかりました、とりあえず外じゃなんなのでテントへどうぞ。ああ、甲冑は引っかかるので脱いでください」

人の手助けが無いと脱げないのが中世の甲冑らしいが、この世界の魔術道具は着脱も簡単らしい。

呪文1つでパージする姿を見ると、某朝のヒーロー番組を思い出す。

ただでさえ狭いテント内にスペースを作って、向かい合う形で座した。

「何故王子が私を呼びつけるんでしょうか?理由は聞いてますか?」

ハーブティーを煎れながら本題を尋ねる。

「その…貴方の作った安眠剤でなければ寝られない、と」

「はあ?」

若干語気が強くなってしまったのを許して欲しい。予め言っておくと、王子は子供と呼べる年齢ではなく、既に成人している。

「気のせいですよ。よくある安眠剤なんですから、誰が作っても一緒ですって」

「しかし、実際によく眠れていないご様子でして、どうしても貴方の薬でないと嫌だと」

「あーじゃあレシピを渡すので、それでお城の魔術師さん達に作ってもらってください」

「いえ、命令は貴方を連れていくことですから」

騎士様は騎士様で頭が固い。

そりゃ王族から直接命令されたんだから、その通り任務をまっとうしないとダメですよね。

「そんな様子で結婚式とかどうするんですか。お姫様が可愛そうですよ」

「え!?何故婚姻の儀の話を?」

「え?だって手紙で結婚式するからって……私祝辞送りましたし」

「祝辞!?……あぁ、え、もう送ってしまったんですか?」

何故そんなに驚くんだろう。時期的にまだ早かっただろうか。

「魔王討伐後に直ぐ式をするって言ってたじゃないですか。じゃないとお姫様も立つ瀬がないでしょ?」

「それは、そうなのですが……はぁ、貴方からの祝辞を見て王子が卒倒しないか心配になってきましたよ」

恨みがましいようなよく分からない視線を騎士様は向けてくる。

ハーブティーを差し出したところで、リラックスできる雰囲気では無かった。


「旅の途中で出会った少年を覚えておいででしょうか」

騎士様は居住まいを正して問いかけた。

旅の途中で出会った少年とは、道中の前半で王子と合流前に会った子だ。

可愛らしい金髪の美少年で印象的な子だったし、よく世話をしたので覚えている。

「あの子がどうかしたんです?」

「彼は王子です」

「……はあ?」

突飛すぎる発言にまた失礼な返事をしてしまった。

「王子は変身魔術で少年の姿になり、城内の兵士を欺いて同行してきました。それしか魔王討伐に参加する手段がなかったなので」

王族が無理やり勇者パーティに入れたのはどういう経緯かと思ったら、そんな方法で城を抜け出していたとは。

「えっと、騎士様は最初から知ってたんですか?」

「聞かされたのは王子が元の姿でパーティに参加してからです。その、王子からあの少年と同一人物であるということは秘密だと言われて、あの中で知っているのは神官様と俺だけでしょう」

神官様は知ってたのか。そりゃそうか、神官様は見た目こそ若々しいけれど、王子が幼い頃から城に勤めていたそうだし。

言われてみれば顔のパーツや態度が王子だった。浮浪児みたいな格好で気が付かなかったなぁ。

「それでその、既成事実が出来たから貴方との婚姻の儀をすると仰っていて」

ん?んん?

「キセイジジツとは?」

「…曰く、肌を晒し、共寝をしたと」

確かに少年とは水浴びをしたし、場所がないから一緒の寝床で寝たこともあった。

でもそういうことをした訳じゃない。私はショタコンでは無い。

「え、ちょっと待ってください。婚姻の儀って王子とお姫様の、じゃないんですか!?」

騎士様が見たことないくらい萎んだ顔をしている。この人、胃に穴が空くんじゃないだろうか。

「つまり、安眠剤が効かないから私に作れって言うのは建前で、実際は結婚式を開くからお前花嫁なって事ですか!?」

「…………はぃ」

蚊の鳴くようなか細い声が漏れ聴こえた。騎士様、小さい声も出せたのね。

「嫌ですお断りしますそんなの隣国との戦争不可避じゃないですか嫁いだ姫を送り返すとかやばいどころの話じゃないでしょ」

「その件に関しては、多分問題ない方向に話が進んでいるので」

「多分てなんですか多分て!国際問題おきないにしてもなんでいきなり王子と結婚しなきゃいけないんですか!!」

あの旅の道中でそんな素振り1度もなかったのに、なんでいきなりそうなるんだ。

確かにイケメンでカリスマがあったら女はイチコロでしょうよ。でも私にとっての王子は憧れの対象であれ、異性とは微塵も思えない。

あの大量の手紙送り付けでちょっと引いてるまである。

「既成事実ができたって、ちょっと背中拭いてあげたり寝床共有しただけでしょ?場所によってはパーティ全員で雑魚寝でしたし。そんなこと言ったら今だって寝床に騎士様を上げてるんですが?」

「あ、いや、確かに女性と夜こうして話すのも、本来であれば許されません。緊急事態でしたので、大目に見てもらえると助かります」

じゃあ王子と私のイザコザも大目に見て流して欲しい。

「あれでも王位継承権第1位なので、異性との扱いは難しいんです。もし断れば、罪に問われるのは貴方になってしまいます」

権力者の扱いは難しい。この世界にフェミニズムとか基本的人権とか、そういう思想教育が少しでもあれば違ったのかもしれない。

この調子では行かざるを得なくなる。

「わかりました。そこまで仰るなら、明日一緒に城へ向かいましょう」

それを聞いて騎士様の表情が明るくなった。犬みたいだと思ったのはこれで初めてだ。

勇者パーティでの道中では気づかなったことが多い。

「ありがとうございます!」

「いえ……それで?今晩はどうします?外で野宿しますか?それとも一晩中酒でも酌み交わしますか?」

酒なんて調合用のアルコールしか無いのだけれど。

「俺はどちらでも。野営するには備えが無いので、出来ればこのままテント内にいさせて欲しいですが」

私が備蓄を使って焚き火でも作れば外に出てくれるんだろうか。いや、いい加減眠い。

「すみません。お酒は無いのでハーブティーで我慢してください。そして私はそろそろ限界なので寝ます」

騎士様の困惑が聞こえたけど、構わず目を閉じて毛布に顔を埋めた。

体育座りで果たして眠れるか分からなかったが、この体は華奢な割に頑丈なので、寝違いはしないと信じよう。

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