王子からの時間差手紙攻撃
下宿先は繁華街から少し外れた場所にある、三階建ての建物だ。
1階に受付があり、初老の男性が切り盛りしている。
値段をぼったくられず親切なサービスを受けられるのも、勇者パーティ時代に国王陛下から貰った指輪のお陰だろう。
王命を受けた人が貰えるものらしく、ちょっとした身分証代わりだ。
ただ戸籍のない私は、この身分証では銀行口座が作れないらしい。ギルドの組合なら口座らしきものが作れると後から知ったけど。
メイドさんに渡したチップは惜しいと思っていないし、あのお金で彼女の奉仕が報われるなら安いものだ。
今は宿代と生活費を引いて余った収入をギルドに預けている。
さて、騎士様から宿で待つように言われ、丸一日待ってみたが来る気配は無い。
王都からこっちまで来るのに、馬なら3時間程度だろうか。往復でも1日かからない道のりでこれだけ待って来ないなら、宿の場所を探すのに時間がかかっているのかもしれない。
あるいは、城で別の仕事を受けてその手続きに時間がかかっているのかもしれない。
正直騎士様と話してどうすることも無いので、会わない方が面倒は少ない。
そういえば大臣からの手紙は宿の主人から受け取ってきたが、私の手紙はちゃんと届いているのだろうか。
報告書を書き終え、配送を頼むついでに尋ねてみることにした。
1階に降りると、人の良さそうな主人がいつも通りいる。
「すみません、また配達を頼みたいんですが」
「ええ、分かりました。こちら預かりますね」
配達料とチップをそえて、封筒を手渡す。
「ところで、この手紙ってちゃんと城に届いてるんでしょうか?」
「えぇ?」
「あ、すみません、いつも良くしてもらってますし、ご主人を疑う訳じゃなくて、ただ先日知り合いに会った時に連絡がないと言われて」
「ああそういう事ですか。私の方でちゃんと郵便局に届けてますが、良ければ一緒に行きます?」
人の良い顔を愛想良く綻ばせ、宿の主人は気遣いまで完璧だ。
「良いんですか?とてもありがたいです」
宿の主人と郵便局に向かい、局員に手紙の受け渡しを確認する。
「城あてのやつなら、まとめて近衛兵に通してますよ。そうそう、城から局留めしてるのがあったけど、これもしかしてアンタのかい?」
見ると、私宛らしい手紙が山ほど出てきた。
どうやら2ヶ月分溜まりに溜まっていたようで、宛名がパーティ内での愛称で記載されていた。そのせいで局留めになっていたらしい。
宛名は、どうやら王子からのが7割、神官様からのが2割、姫様からのが1割、だった。
宛名の高名さから重要書類扱いされていて、下手に間違った住所に届けられなかったらしい。
「すみません、全部私宛です。受け取りますね」
ここでも指輪の信頼性が生きて、2ヶ月分の大量の手紙を持ち帰ることになった。
部屋に帰って1通1通に目を通す。
当たり障りのない近況報告が殆どで、神官様からは新しい魔術に関する論文が添えられていた。
神官様は私を召喚した1人で、魔術の指導をしてくれた恩師だ。私がこうして1人で旅ができるのも、神官様が1人前の魔術師にしてくれたからに他ならない。
姫様からの手紙はカタコトのような文章で、少し読みずらかった。
彼女は異国からこちらに来た身分で、語学の勉強中だ。まだ婚姻が済んでないのは、魔王討伐の後に式をあげる予定だったからで、予定ではもうすぐのはず。
そういえば私がこちらの言葉を習得できているのは、一重にこの身体が文字の読み書きができたかららしい。
召喚されて直ぐに言葉が理解でき、文字の読み書きができることに驚いた。耳で聞く音に馴染みがないはずなのに、母国語のように理解出来たのだ。
逆に日本語を使おうとすると、どうしても発音や単語が曖昧になる。2言語習得は楽には行かないらしい。
最後に大量の手紙の大半をしめる王子様からのだが、どこかの詩の引用やら社交界での話やら、正直取るに足らない内容だった。
その中に「婚姻の日取り」について書かれたものがあった。
今月中に式をあげるらしい旨が記載されており、王子独特の命令気味な言葉で「来い」とある。
王子と姫様の結婚式ならぜひ行きたい。お似合いの美男美女で、きっと式の衣装も綺麗なんだろう。
王子は態度が大きいけれど、私を奴隷扱いせず、他のパーティメンバーと平等に扱ってくれた。戦場での指揮も的確で、あの人について行けば大丈夫というカリスマ性があり、騎士団や国民人気も高い。
自分から勇者パーティに入ってしまうフットワークの軽さから貴族からは少し煙たがられているみたいだけど、それ以外では次期国王に相応しい人物だと評されている。
そんな人が私にこんなに手紙を寄越すのは正直どうかと思う。暇なんだろうか。
一晩待っても騎士様は現れず、翌日は返信を書くことに使った。
私は一番質のいい便箋を選び、祝辞を書く。
式には行きたいが、あの疎外感をまた味わうのは嫌だった。ただの被害妄想と分かっているけれど、それでも、この身体の持ち主が奴隷だったからと私をそう扱う人はいた。
あの宴会で誰も近寄らなかったのはそういう背景もあるんだろう。
騎士様や王子たちのフォローがなければ、わたしはああした場にいられない。
私が奴隷ではないと理解してくれているのは、国王陛下とお妃様、勇者パーティのみんなや騎士団、城内の魔術師の人達と、決して少なくない。
たくさんの人が私に良くしてくれた。お世話をしてくれたメイドさんも、他の使用人さんも、みんな優しかった。
蔑ろにされたことなんて殆ど無い。
それでも、私は言いようのない壁を感じずにはいられない。
どうしてこんなに卑屈なのかと思ってしまうけれど、勘違いして親しげにするには度胸と愛嬌が足りなかった。
身分差は確かにあるのだから、謙虚に振る舞う方が正しいに決まってる。だから私の疎外感はただの被害妄想なんだ。
ペンを置き、こういう時に使おうと持っていた金の蝋で封をする。
王族への祝辞がこれでいいのか分からないけれど、せめてもの手向けとして、魔除けの絵を書き加えた。
あの2人には幸せになって欲しい。心からの願いを込めて、魔力を吹きかける。
身支度をして、私は1階に降りた。
カウンターにいた主人は、荷物を抱えておりてきた私を見て目を丸くしている。
「お世話になりました。急ですみませんが、今日で発とうと思います」
前金で1週間ごとに払っていたので、過払いはあるけれどチップ代わりに受け取って欲しいと伝えた。
ここにはほぼ2ヶ月過ごしたからご主人とすっかり顔なじみになっていたけれど、宿を長期間借りる客もそれなりに居るだろう。嫌な顔せず退室の手続きをしてくれた。
「それから、これをまたお願いします」
手紙とお金を差し出すと、お金の方は返された。
「宿代も余分に貰ってんだ。これ以上受け取れないよ」
「すみません、ありがとうございます」
「いいって礼なんか。それよりこれからどこ行くんだい?」
「南の方へ行ってみようかと」
南の地域は港町があり、近くにダンジョンも存在する。
大臣から水生魔物の調査依頼が来ていたから、指示に反してはいない。
「そうだ、もしこの後銀の甲冑を着た騎士様が来たら、私は居ないと伝えてくれませんか?」
「そりゃ構わないが、あんたその人を待ってたんじゃないのかい?」
「そのつもりでしたが、別の要件もあるのでこれでお暇します」
言伝を頼んだのは念の為だ。もう彼は来ない気がした。
これですれ違ったのなら、縁がなかったんだろう。
だいたい騎士様も討伐で忙しいはずなのに、わざわざ私を尋ねる理由がない。徒労で終わらせるのは申し訳ないが、スマホやパソコンのような連絡手段が無いことを恨んで欲しい。