旅に出ます。探さないでください。
城で開かれた盛大な宴会で、私は1人立ち尽くしていた。
勇者パーティで後衛の魔術師をやっていた私は、魔王討伐を労う祝宴の席にいる。
前衛で戦士を務めた勇者の彼女は、当然主役として引切りなしに貴族の挨拶回りに駆り出されている。
同じく前衛で活躍した騎士様は、そんな彼女の補佐で付き添っている。
中衛で遠距離攻撃とポジションの指示をしていた王子は、婚約者の姫君と一緒に顔見知りの騎士団達と楽しく会話している。
後衛でヒーラーを勤めていた神官様は、城内の魔術師たちと歓談している。
このパーティで唯一私だけが、この世界の外からやってきた。
初めは勇者と期待されて召喚されたけど、御印は私ではなく、旅人の彼女に現れた。
私は魔術の素養があると認められ、1年間猛勉強の末、勇者パーティに迎えられた。居なくなっても問題ない、数合わせとして。
そんな私に彼らは優しく接してくれて、本当に人に恵まれた旅だった。
楽しくも苦しい旅を終えて、やっと魔王が倒され、世界は平和を取り戻しつつある。
まだ片付けなければいけない問題はあるけれど、新しい祝日が出来るくらいには、国中が喜びに満ちている。
そんな幸せの中で、私は1人だった。
祝宴に呼ばれたは良いものの、顔見知りの勇者パーティは皆一様に社交の挨拶で忙しく、私は見知らぬ貴族と歓談できるほど、この世界について明るくない。
こんな時、勇者ちゃんくらいコミュニケーション能力が高ければ良かったのだけれど、慣れないドレスを引きずって壁際で佇むことしか出来ないでいた。
楽しげに話をしている彼らを眺めていると、無性に寂しさを覚える。
私はやっぱり彼らとは住む世界が違うんだ。
そんな卑屈な考えで頭がいっぱいになる。
ただ勇気を振り絞って、会話の輪に加われば良いものを、こういう時無理やり合わせようとして墓穴を掘ってしまう事を私はよく知っている。
いつもそうして、空気が読めない自分に嫌気がさしてきた。
その点に関しては元いた世界と変わらないな。
胃の奥に冷たい固まりがあるような寂しさを抱いて、私は宴会場から外に出た。
庭に出て夜風にあたる。
こういう時、物語なら誰かが声を掛けてくれるのかもしれないけれど、外には誰もいない。
誰にも気づかれないならそれでも良い。
私は、城内にある自分の家へと向かった。
家と言っても納屋を改築したもので、狭い室内には無理やり着けた水周りと、作業場、寝床があるだけ。
2階はなくて、手狭なロフトが1つある。
こじんまりしているけれど、その狭さを私は気に入っていた。
今まで勉強のために読み漁った魔術の本がベッドの周りを埋めつくしている。
無理やり棚を作ったせいで寝るスペースがさらに狭くなってしまった。
このベッドに寝転がるのもいつぶりだろう。魔王討伐の旅で1年以上前空けていたせいで、ホコリが被ってる。
……と思ったけれど、誰かが掃除したように綺麗だった。
きっと魔術の勉強中に侍女をしてくれたメイドさんだろう。こんな冴えない異世界人の世話を焼いてくれて、彼女には感謝しかない。
私は窮屈なドレスを脱いで、台所のシンクで軽く水浴びをする。
広めに作って貰えたおかげで、チビの私は体育座りすればすっぽり納まってしまう。
この家とも今日でお別れかな。
明日にはここを発って、一人旅でもしよう。
召喚後の処置について、私は知らされていない。
元の世界に戻れないことは分かっていた。
私の今の姿は、元いた世界のものとは全く違う。
召喚する際に贄にした奴隷の身体に、私の魂が入った状態だ。
だから姿形は華奢な女の子で、傷んだ水色の銀髪をしている。
この身体を持ち主に返せないのは心苦しいけれど、こればっかりはどうしようも無い。
シンクから出て、貰い物のふわふわなタオルで水分を拭い、着慣れたキャミソール姿でベッドに丸まる。
朝早く目が覚めますように。
誰も尋ねてきませんように。
そんなズルい願い事をして、私は目を閉じた。
陽の光で目が覚めて、軽く伸びをする。
まだ日は高くない。今の時期なら、5時頃だろうか。
私は軽い身支度をして、家財の整理をする。
本はそれぞれ紐で縛ってまとめ、食材は流石に賞味期限が切れてそうなので廃棄する。
布団や食器は城からの払い下げ品なので、まとめて置いておく。
最後に風魔術で掃除をして、ゴミは外で燃やした。
一人旅をするに当たって資金の問題があるけれど、道中の魔物を倒せばそれなりに食べていける。
勇者パーティには報奨金が与えられ、私もそれなりに貰うことが出来た。
金貨の袋を開けて、中身の総額を確認する。
手持ちにするには多すぎるけれど、銀行に預けるにも口座は今まで王子もちだった。
民間の銀行で新しく口座を作ろうとしても、私では身分証明ができない。
確か冒険者ギルドなら、そういった身分証や保証人の類は要らないんだっけ。
悩んだ末、半分は部屋の掃除をしてくれたメイドにチップとして置いていく事にした。
置き手紙をして、家主が居なくなることを伝える。
そうして身支度を終えた私は、早朝稽古中の騎士団に見つからないよう、そっと城の外に出た。