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小さなお客さん

作者: ヒトリヨガリ

 私は結婚をして以来、近所のスーパーでパートタイムで働いている。スーパーは駅の近くにあるから日頃から実に幅広い年齢層のお客さんがやって来るのだけれど、その日、私のレジには小さなお客さんが1人やって来た。

 

 その小さなお客さんは、()()()()のような、時々何かの加減で起こる『忙しい最中の束の間の休息』とでも言ったらいいのか、そんなポッカリと空いた隙間の時間にふらっとやって来たのだ。さっきまでレジは夕食の買い物に訪れた沢山の主婦達でごった返していたはずなのに、不思議とその時はレジはパッタリと空いていた。ちょうどそんな時にその小さなお客さんは私のレジにやって来たのだ。


 「これに全部入りますか?」


 クリクリッとした大きい目をした可愛らしい男の子だった。その男の子はレジ越しに私と向き合うなり私にそう訊ねた。

 男の子は片手に駄菓子がパンパンに入った駄菓子用のプラスチックのカゴを持っていて、もう片方の手には持参したらしい渦巻き柄のエコバックを持っていた。どうやらこの袋にこのお菓子たちが全部入るか?ということらしい。見た所、袋はそれほど大きいタイプの袋ではなさそうだけど、大丈夫。たぶん全部入りそうだった。


 「うん、入ると思うよ」

 

 私は優しく答えた。長いことレジで働いていると、パッと一目見ただけでそういったことはわかるのだ。


 「良かった~。じゃあ、レジ袋は大丈夫です」


しっかりした子だな~。私は感心していた。たぶんウチの子と同い年くらいの小学校2年生くらいだろうか? 見たことない子だからたぶん違う学校の子なんだろうけど、ウチの子とはえらい違いだ。ウチの子なんて一人じゃ買い物もできないだろうし、こんな風に大人の人とロクに会話もできないだろう。きっと頑張って貯めたお小遣いで今日はお菓子を買いに来たのかな?

 そんなことを心の中で思いながら微笑ましい気持ちで私はプラスチックのカゴからお菓子を一つずつ取り出して、ピッピッと軽快にレジを通していった。


 「はい、全部で370円になります」


私の予想した通り沢山の駄菓子は、その渦巻き柄のエコバックの中にちょうど納まってくれた。


 「1000円でお願いします」


 男の子は、猫の顔が書いてあるオレンジ色のがま口財布から綺麗に折り畳まれた1000円札を取り出して、それをきちんと綺麗に伸ばしてから私に渡してくれた。


 「はい、630円のお返しです」


 「ありがとうございます」

 

 こんなにしっかりした子なんだから、きっと無駄遣いもしないんだろうな。このお釣りもまた次の何かの機会のためにしっかりと貯めておいたりなんかしちゃたりして。お小遣いをあげてもすぐにカードやら、ガチャガチャやらに全部使っちゃうウチの子も少しは見習ってほしいくらいだわ。

 私はそんなことをまた心の中で思いながらお釣りとレシートを男の子に手渡した。お釣りとレシートを渡す私は、完全な微笑ましさと、頼もしさからもしかするとニヤニヤしていたかもしれない。子供を持ってから、特に自分の子供と同年代くらいの子を見ると、ついつい親心で見てしまうのだ。

 けれども男の子の次の行動によって私のそんなニヤニヤは一変することとなった。


 「チャリン、チャリン、チャリン」


 それはあっという間の出来事だった。その男の子は私からお釣りを受け取ると、そのお釣り全部をレジ台の上に置いてある『ウクライナ危機への募金箱』に豪快に投入してしまったのだ。それはもう最初からそうしようと考えていたと言わんばかりの迅速の速さだった。なんの迷いもなかった。

 男の子のその思いもよらぬ行動に私は文字通り驚いたのだ。たとえこの子が私の予想を裏切り、実際は貯金なんか全くしないというような子であったとしても、この子くらいの歳の子にとったら630円と言えど結構なお金のはずだ。私は思わず声を掛けていた。


 「えっ、そんなにいいの? 630円ももったいなくない?」


 私は何かの間違いかと思った。この子は訳もわからずに間違って募金箱にお金を投入してしまったんじゃないか? もしそうだとするなら私の財布から630円をこの子にあげてもいい、私はもはやそんな気持ちだった。


 私が急にそんな声を掛けたものだから男の子はびっくりしたらしく、私の顔を見上げて一瞬固まったようだった。けれどもそれはほんの一瞬のことで、次の瞬間には男の子は全く無垢の笑顔を口元に浮かべ、「いいんです」と爽やかに言ったのだ。


 「ど、どうして?」


 私は純粋に聞いていた。私には全く理解ができなかったのだ。その理由を純粋に知りたかった。


 「毎日テレビでロシアとウクライナの戦争のニュースを見ていて、ウクライナの人達が可哀そうで…。だから僕も何かしたくて。今日は募金するために買い物に来たんです」


 『え、えらいねえ』


 私はあまりの驚きのためにそれしか言うことができなかった。そうしてそれと同時になんだかとても恥ずかしい気持ちが腹の底の底の方から湧いてきた。

 

 「さようなら」

 

 男の子は笑顔を浮かべたままペコリと私にお辞儀をして何事もなく帰って行った。


 男の子が帰ってしまってからも私はしばらくなんだかソワソワと落ち着かなかった。仕事が終わるまでの残りの1時間半あまり、仕事がほとんど手につかなかった。表向きではちゃんとレジをさばいていたけれど、それは長年の経験から体が勝手に動いていたというだけで、頭の中では全く違うことを考えていた。それはロシアのウクライナ侵攻が始まってからのここ3週間あまりの自分の行いについてだ。

 私もテレビで毎日のようにロシアとウクライナの戦争のニュースを見ていたはずだった。けれども、これっぽちも、一ミリさえも、さっきの男の子のような気持ちにはなっていなかったのだ。思い返せば、まるで空に浮かんでる雲でも見ているかのような、そんな気持ちだったような気がする。


 私はあの男の子に教えられたような気がした。そうして()()()()()()()()()()()()()()()()()、と自分のことは棚に上げてそんなことを思ったりもした。


 私が仕事が終わった時に自分のレジの所の募金箱(男の子が募金していった同じ募金箱だ)に、自分の財布から二千円をそっと募金して帰ったのは内緒の話だ。


 私は、その小さなお客さんに教えられたのだ。


 

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