第18話「壊れた時計を1秒動かして」
締め付けられるような酷い頭痛がする。思考を司る部分は機能をなくし、ちょうど喉の奥から心臓にかけて過去の空気に圧迫され、上半身が押し潰される恐怖が体がを覆う。
「なんで?」と10歳のゲントウが悲しく呟く
本当は理由を知りたい訳では無いけれども、反射的に口から言葉がもれる。
目を開けるとルーナさんがいた。
後頭部に柔らかい感触がある。ルーナは太ももにゲントウを乗せて髪を撫でていた。
よく見るとルーナの顔には涙のあとらしきもがある。
「落ち着いた?大丈夫?」自分に聞いていることだと理解するのに時間がかかった。
本当に優しい声だった。女の人は心を穏やかにする雰囲気を持っているんだろうか?そんなことを思った。
母性に近いその何かは、ゲントウの体と心を鎮める。
処理しきれない恐怖は一旦落ち着き、何があったか思い出す。恥ずかしさと情けなさと微かな高揚がわきあがる。
どこまでルーナに話したか覚えていない。正確に伝えれたかどうかも怪しい。言葉になっていただろうか。
確実に分かるのは、蓋をしていた過去を無理やり開き、自分は耐えられなくなったということだ。
事件の記憶を忘れていた訳では無い。あの時の恐怖の感情はいつもみぞおち辺りにずっと存在していた。ただ、その時の鮮明な記憶と感情は忘れていた。思い出さないようにしていたのだろう。
話しているうちに母の記憶、父の記憶、男たちの悪意に満ちた表情、全て思い出した。
今まで苦しまなかったのは事件のことを整理できているからではなく、ただ忘れていただけだった。
思い出してからは酷いものだった。頭がおかしくなりそうだった。涙が溢れ泣き叫び、何も見えなくなった。
見られた恥ずかしさとこの状況がまた心をざわつかせる。
「大丈夫?」ルーナさんは優しくまた聞いた。
「だ、大丈夫、だと思います。」
「そう、よかった」柔らかい表情にまた泣きそうになる。
俺はこんな心弱かったっけ?俺はもっと動じない冷たい人間なはずなのに…
「あの、ごめんなさい。迷惑かけたみたいで」
「全然平気よ。いまは無理しなくていいわ。落ち着いてからまた話しましょう」
「ありがとうございます。もうだいぶ落ち着きました。」涙声だった。泣いている自分に動揺して情けなくなる。
昔の話をルーナさんがどう思っているか今更気になった。正直、話す前は嫌われようがどう思われてもいいと覚悟をしていた。
今になって、怖いと思った。いったい何にだろうか?嫌われることにだろうか?…俺が?
いまはルーナさんがいることで心が安らいでいるのは確かだ。ここで1人になると…そんなどうしようもない不安が自分を弱くする。
嫌われたくない。人を殺めたことをどうか俺が話していませんように、そう願った。
顔全体が乾燥する。涙が乾いたのだろう。
動きたくない。見られたくない。と思うと同時に、泣き叫んだ時は他の人は聞こえてたんだろうか、そろそろ学校を出ないといけないんだろうかという呑気なことも考えてた。
外も暗くなってきた。生徒の声は近くでは聞こえない。そろそろルーナさんを家に帰さないといけない。終わりにしないと。
「俺は証明したかったんだと思う。もう大丈夫って」
ぽつりぽつりとルーナさんに気持ちを伝える。
「今まで俺は両親が殺されたことを思い出してもそんなにもう辛くなかった。俺は別に生きてるし、原因は父にもあって、そしてちょっと運が悪かっただけだって」
「もう乗り越えた。乗り越えてると思ってたけど、そうじゃなかったみたい。最近、そろそろ次の事も考えていいんじゃなかってそんなふうにも思ってた」
「誰かに伝えれる。なんなら面白い話として言えるんじゃないかと浅はかに思ってた。大事にならなければ、正直話すのは誰でもよかった。けど話したのがルーナさんでよかった。ありがとう。」
「今日は帰りましょう。本当に申し訳ないです。」
今日はかさぶたを無理やり剥がした代償に1歩進んだ、そう思うほどの余裕はなかったが、微かに高揚している自覚はあった。
今日の自分は人として間違えてないと言い聞かせた。
ルーナさんは真剣な表情のままだ。
ルーナさんは少し考えるような仕草をして意外なことを言った。
「今日はゲントウくんの部屋に行くね」
・・・
「え?」
「今日、ゲントウくんの部屋に泊まるね」
「いや…」勝手に決めないで欲しい。人に見られたらめんどくさい。着替えとかどうするんですか?親に連絡してないからだめですよ。そんな言葉で反論しようとした。が、俺は今ルーナさんが隣にいて欲しかった。
親とか着替えとかそんなのどうでも良くなった。気を使わせてるとか迷惑かかるとか…。わがままとか知らん。
ルーナさんが言い出したことだ。俺から誘ったわけじゃない。目的のための最もな言い訳を探す。
考えが変わらないうちに何とかしよう。
それほどいまは自分のことしか考えれなかった。
そして、「じゃあ、えっと、お、お願い、します。はい、」そんな今日1番弱々しい声でお願いする。
はあ、今日の俺はだめだな
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(フェリシアの憂鬱)
フェリシアは憂鬱だった。寮に住んでるクセに3日に1回くらいのペースでフェノールが家に来る。
フェノールは高校に行ってから友だちを家にたくさん連れてくる。最初は初めて会う人に興味を持っていたが、次第にめんどくさくなってきた。
話しかけられたら、さも興味ありげに聞いてあげているが楽しくない。年上と言うだけで気を使う。
フェノールが連れてくる男友だちは自信ありげで馴れ馴れしい。可愛いね。彼氏がいる?普段何してるの?鬱陶しい。そんなことが連続であったからできるだけ会わないようにするようになった。
女の子はまだマシだ。みんなフェノールを見て目を輝かせ心酔してる様には不気味さを感じるが私に興味を持たない。いやフェノールのパイプとして関わるがしつこくは無い。
と、そんな経験をしたが、実際のところ数回の経験で3%くらいの割合だ。それでも印象に残るのはネガティブな経験なだけで…そんなことが続かもしれないと思うと少しずつ距離を起きたくなった。
つまりはほとんどのフェノール友だちが優しいのだが、心を許すとまためんどくさい会話が始まるんじゃないかと避けてしまっている。
母と父と私は仲が悪いわけではない。ただ、なんでも話せるかと言うとそういうことでもない。そういう意味では昔はフェノールはよく話をしてくれた。
でもフェノールは今は多くの友愛、恋愛に囲まれている。フェノールが高等部に行ってから、私は家では寂しい気持ちがあったのかもしれないが、認めるほど私は素直ではなかった。
転機は数ヶ月前くらいだろうか。
その人は兄と2人で家に来た。服が汚れて興奮した兄と違って、ずっと落ち着いていた。母に謝っていたが、フェノールが怒っている様子もなかった。
それからちょくちょく家に遊びに来るようになった。ゲントウという名前だと言うことはわかった。
フェノールがゲントウさんとよく喋るようになった。ゲントウさんはいつもフェノールと2人だけで家に来ていて、ほかの友だちと違って静かなので楽だった。
初めて家に来た日から母と父がゲントウさんをとても気に入ったみたいだ。フェノールも特別ゲントウが好きらしい。
たまに家の夕食までいることがあった。と言っても一緒に食べることはしないで作るのを手伝って帰っていく。
家族が夕食に誘うがゲントウさんは苦笑いしながら断っていた。
それでも、ゲントウさんは私に話しかけることはなかった。フェノールの友だちと話すのは嫌だった私だが、ここまで話をかけられないとなると嫌われてるんじゃないかと不安になった。
その日もフェノールがまたゲントウさんを連れてきて母と夕食を作ってくれていた。母が途中で買い物に行ってゲントウさんは1人で黙々と作っていた。
よその家の食事を1人で作っている可哀想な絵にいたたまれず、勇気を持って私は話しかけた。
「今日は何を作っているんですか?」
「ああ、今はチーズリゾットとごぼうのミネストローネ作ってます。」
悲報、料理の会話は広げれなかった。
無言が続いてもゲントウさんは淡々と作業をこなしていく。
「えーと、天気いいですね」
話題ない事がありありと分かるもう詰めろのセリフを言った。
ゲントウさんはじっと私を見て、笑った。
「あの…無理して話さなくて大丈夫ですよ。別に嫌でご飯作ってるわけじゃないんで。気を使わずゆっくりしてください。」
優しい表情だった。フェノールと同じ17歳なのにこんな大人な顔ができるなんて。
自分の部屋からキッチンにフェノールが来た。今のやりとりを見られたかと思うと恥ずかしくなる。なんで恥ずかしいかは分からないけど…
そんな心配する必要もないらしく、フェノールはゲントウさんに話しかけた。
「俺、お腹すいたんだけど、あと何分でできる?」
「うるさい。お前の分はないから安心しろ」と言うと、いたずらっぽく笑った。
私もなんか可笑しかった
「そう言いながらゲントウは優しいからな。そんな事しないもんな。俺の事好きなくせに!」
「お前のことが好きと表現されるなら、ハエですら愛してると言うことになる」
「最近、俺にあたり強くないか?」
「それは、神に誓ってない!」
「神なんか信じてないくせに」
「まあ、美味しいやつ作るから待ってろ」
「へーい、料理長」
「あの…ゲントウさん!夕食、一緒に食べませんか?」
思わず言ってしまった。あまりにも可哀想に見えて
いきなりこんな事言うなんて自分で恥ずかしくなった。
断られるだろうと思って恥ずかしくなった。
フェノールの前で、男の人と頑張って話してるように見られてるじゃないかと思うと恥ずかしくなった。
「うん。じゃあ、そうする」
意外にも即答でOKだつた。
「なんで、フェリシアが誘うとOKなんだよ!」
不服そうなフェノール、喜んでいるフェノールこんなにキラキラしているのは久しぶりだった。
「別に、そういう訳じゃない。」
「じゃあ、なんでだよ!」
―――
我が家に幸福をもたらす存在、ゲントウお兄ちゃんは最近は来なくなった。今日はフェノールが1人で来るらしい。まあ家族なんだから当たり前なんだけど
今日も暇人の如く来るらしい。
「フェリシアー!元気か?」
勝手に部屋に入ってきたフェノール
「ちょっ、なに?入る時はノックしてよね」
「ケーキ買ってきたから好きな時食べろよ」
「あ、ありがとう、」
「最近、学校はどうだ?楽しいか?」
「まあ、ぼちぼち楽しいよ」
「そうか〜。兄弟揃って楽しいとはいいことだな」
「まあ。そうだね。」
「彼氏とかいないのか?」
「いらないよ。そんなの」
「そうか〜。もったいない。紹介してあげようか?」
「別に大丈夫。」
「そういえば、フェリシアに話したいことがあって」
「え、なに?」
「今日、、ナンパした女の子がすごい綺麗で…」
「出ていけ!二度と帰ってくんな!」