第17話「冬のくろい影」
放課後、ゲントウは呼ばれたわけでもなくシバタのところに向かっていた。
すれ違う士官クラスの生徒は相変わらず体格がいい。
【シバタ 】と書いてある部屋にノックもせず入る。シバタは今はいない。ゲントウがいない時間を聞いてここに来たから当然である。
「お待たせしました。」
ソファーでくつろいでいるルーナに声をかける。
「そんなに待っていないわ。」
「お茶でも入れましょうか?」
「別にいいわ。それより私を呼んだ理由を教えてくれるかしら。」
普段なら、相手を小馬鹿にした軽口でも言うところだが、ゲントウにその余裕はなかった。
緊張している自分に余計に緊張している。
「少し、お話をしたくて」
ゲントウはルーナの横に座る。
ルーナはいつもと違うゲントウを見て、何かを探っている。
「それは普通の会話を楽しみたいって意味なの?それとも何かをゲントウくんが話したいって意味?」
「後者です」
「…そう」
相談か、告白か、どういう内容にしてもルーナは姿勢を正して聞くのが必要なことはわかった。
「まず、これから話すことは自分勝手な都合です。一方的に思い立ったことにより話を聞かせることになっています。決して楽しい話ではありません、退屈かも知れません。これから私と関係を続けてくれるのならば今からの話をもとにルーナが判断をお願いします。この話を聞かなかったことにすることも構いません。」
「それは…あなたが話したいの?」
「そうですね…。ルーナさんに聞いて欲しい、です。」
「そうなの。じゃあ、聞くわ」
「もちろん、聞くだけでも大丈夫です。何かを背負わせるつもりは無い、です。好きにして、ください。」
いつもより喋りすぎる。ゲントウは顔が強ばっていた。かつてない緊張だ。命を取られることは無い、痛い目にすら会うことも無い、しかし、初めての経験と自分の隠していたものをさらけ出すエネルギーで頭がぼーっとする。
しっかりしないと。俺はもともと蔑まれるような人だ。いまさら何か傷つくこともないだろう。
━━━━、そう考えるといくらか楽になった。
「私も一生懸命聞くわ。」
ルーナは心を打ち明けようとしていることに喜び感じているが、心の帯を締め直し真っ直ぐゲントウを見る。
そんなルーナを見てゲントウも気を引き締め直す。
「どこから話せばいいか分かりませんが、とりあえず話します。僕が10歳の時の話です。」
「昔のことで、ショックも大きかったので間違った記憶があるかもしれませんが、⋯⋯私が原因で人が3人亡くなったのです。」
ルーナの目がぐっと揺れたように見るが、拳を強く握りしめ、こちらを向いている。ゲントウはルーナに目を合わせていないが横からの視線を感じている。
「夕食を母、父、私の3人で食べている時にそれは起こりました。」
――――――――――――
父は元軍人で、ゲントウがお腹の中にいる頃にリーサのド田舎に引っ越して、毎日街中で仕事をしていた。
母は獣人で主に家事をしていた。
お金はなかったけど、優しい2人といれて僕は幸せだった。
その日はゲントウ10歳の誕生日で寒い夜だった。
母には、誕生日プレゼントにネックレスを貰った。
父からは本を買ってもらった。
誕生日パーティをしているところにいきなり、男は来ました。大きい物音をたててドアを開け私たち家族のいる食卓に侵入しました。
家族の3人とも固まってしまいましたが、顎髭の目立つ男はゆっくり近づいてきました。異常でした。男はナイフを持っていました。
母が私に駆け寄りました。父は男を見て驚いたままでした。視線を男に向けたまま父は怯えていました。そして、言いました。
「✱✱✱さん⋯⋯なんでここに?」
父とは知り合いであるようでしたが、母は知らないようで父に説明を求めました。
父は何かを言いたそうにして、すまない!本当にすまない!っと私たちに謝りました。
僕はただ事じゃないことは頭では分かりましたが、父と母の慌てようで体が動かなくなりました。
川の流れを見ているのと同じで、自然現象の様にただただぼーっと見つめていました。
男はまず父を襲いました。足を蹴り動けなくしたところをさらに殴り、蹴り続けました。
動物がだすそれと同じように父は叫び、呻き悶絶していました。そして、「俺のことはいいから早く2人とも逃げろ」「逃げろ!」と叫んでいました。
母は反応早く私を担ぎあげました。「おいっ!お前の旦那が死んでもいいのかよ!最低だな!」男が言いました。男には余裕があります。
母は一瞬、止まりましたが私を部屋の外に出すと「ゲントウ、走ってライナちゃんの家まで行って!!」そう言いました。
母はここに残る決断をしました。
僕は母の声が確かに聞こえましたが、やはり体が動きませんでした。それに気づいた母は、私を抱え家を出ようとしました。
僕の体はその時も動かず喋れず何を見ているのかも分からない状況でした。
「いゃあっ!」鈍い音とともに母が倒れ僕も倒れました。
もう1人玄関の方から来ました。そいつは表情が分かりずらく、何も喋ることも無く母を殴り私を掴みました。
母の悲鳴を聞いて僕はやっと体が反応しました。うわあああ!と声を出して男に向かったと思います。
男はいとも簡単に僕を捕まえ顔を殴り、母と私を父のいる地獄に戻しました。
抵抗していた父は僕らを見ると絶望したのか力がなくなっていきました。
そして、父と格闘していた顎髭男は母と僕を不吉な笑みをうかべて、ヒャハハ!叫びました。
男の目的はこれからでした。人類最悪の発明品を見せびらかしてきました。
―――
無表情な男は母と父をを縄で縛りました。逃げられることは出来ないと思われたのか僕は拘束されませんでした。
「抵抗したら、お前らの大事な息子が一生親を憎むことになるからな。嫌われたくないだろ?」両親にそう言いました。
「ボウズは大人しくしていたら何もしないからな」と僕には言いました。
母は逃げてと僕に言いました。息子だけは助けてと男たちに懇願しました。心からの願いだったのですが、僕はできませんでした、男に掴まれていました。
この時抵抗して逃げていればと後で悔いることになります。
クソみたいなやつらは自分の欲望のため母の尊厳と精神を奪いました。
そいつらは人としての尊厳を奪うこと、自由を無くすことに1番の快感を覚えるのか、その後も巧みに僕達家族を巧みに操ってきました。
僕を見てニヤリと笑い、何か黒い液体を口に入れました。甘い香りがしたかと思うと、強制的に流し込みました。
僕がむせているところで、目の光を失った両親に言いました。
「いま、お前らの息子が飲んだのはドラックだ。別にトリップするとか、中毒になるとかは起きるかは重要な問題ではない。ただ、こんだけの量をこどもが飲むと1日は命はもたないだろうな。」
両親は憎悪と絶望で叫んでいました。
「まあ、まて。そこで、提案だ。俺は心優しい一面があるから、中和させる薬を持っている。これを飲んで一時経てば問題は無くなる。依存性も問題ない。高いんだぞ。お前らのためにわざわざ仕入れてあげる俺は優しいな。」
そして僕を見て言った。
「これは間違いなく効果はある。お前が逃げ出したところでお前は助からねえ。お父さんもお母さんも死ぬぞ、お前のせいで。」
「今から父と母で息子が飲んだドラックを渡す。どちらかが飲め。よく話し合うんだな。そしたらお前らの愛する息子が助かる」
小さな瓶に入っている水色の液体を見せた。これが恐らく中和させる薬なのだろう。3つある。
もう分かった。これは終わらないんだ。どうせ助からない。僕が人質になったせいでずっとこれが続くんだ。
でも逆らうことは出来ない。
母が悩むことなく父より早くドラックを飲んだ。もう、命を諦めているだろうか。意志を感じれないくらい疲弊した心は息子のためだけで何とか行動している。
「素晴らしい家族愛だな。俺は泣きそうだ。そんな家族のために今から頑張ってもらう」
準備は整ったと言わんばかりの提案が始まった。
「今から息子をかけて母は父の腕を落としてもらう。それが出来たら今日は終わりだ。」
そんなわけがない。
男は薬の瓶を出した。確かに3つあった。3人助かることが出来る。
ナイフを母に渡す。
「妙な気を起こさないことだな。息子が可愛いなら」
「あなた。私は、、」
「大丈夫俺のせいだから気にするな。ゲントウのために頼む。」
「でも、こんなの意味ないわよ」
「いいんだ。」
顎髭男が父と母の縄を切っていった。俺はその間人質になっている。
そして、母は男からナイフを渡された。
母は父にゆっくり向かう。
母は目をつぶっている。
「うっ」という呻き声と共に母の悲鳴が上がった。
「ああああああ!!」
父の悲鳴が上がる。
母は泣いている。それでも腕は落ちていない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
「できないできないこんなのできない」
母が苦しそうに男に訴える。
「そうか、しょうがないな。おいっ!旦那の方を縄でまた縛れ」無表情の男が言う。
今度は僕にナイフを渡してきた。
「ゲントウはやめてお願い!私がするから!!」
「なあ、お母さんよぉ、あんたが出来なかったから息子さんがやるんだよ。チャンスは2回もねえよ」
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
僕は叫んだ。正気を保てなくなった。
「おい黙れよ!!!」
そして、父のナイフの入った腕を蹴った。
父が僕に負けないくらい叫んだ。悲痛な叫びだった。
「早くしろよ」
無理だ。できない。
「ゲントウ何も気にするな。俺は大丈夫だから」父はそう言った。
すると、父は僕が持っているナイフを頭で叩いた。ナイフが落ちる。
そして父は素早くナイフを地面と足で支え、父は体をナイフに近ずけた。
父は自殺をしようとした。
「てめぇなにやっってんだよ!!」
男たちが許すはずもなかった。
無情にもナイフは僕の元に戻った。
「もういいよ。」と、父にも薬物を摂取させた。
「確かに3つ薬はあるがこれは⋯⋯。」
と、さらに男は絶望を与えた。
ホントかウソか分からないが、家族にまた人として堕ちて欲しいみたいだ。
「もう誰かは死ぬんだ。もっと楽しませてくれよ」
顎髭男がこの世で1番下品な笑い方をした。
「じゃあ、お母さんちょっとあんたが頑張って貰おうか?もうこれで最後だぞ。もう何もしない。頑張れよ。」
ナイフを返すように無表情な男は促してきた。
震える手で僕はナイフを持っていた。父と母は諦めていた。ただただ僕を見ていてくれた。私たちが死ねば息子が助かり苦しまなくても済むと思っている。それも甘いのだが。
父と母をどちらかでも殺すことはこの場において救済になるのか、、
「獣人は初めてだよ。」
そう言って顎髭男は母に近づいた。
母の股を右手で触った。母は顔に一瞬力を入れたが、僕を見て笑いかけた。悲しい笑顔だった。
その時、僕の心が壊れた。頭に血が上った。怒りで自分の体と触れている空気すら赤くなったように感じた。自分なのに自分が体を動かしている気がしなかった。とにかく勝手に体が母の前にいる最悪の男に動いていった。
その時、男たちが怖くなくなった。走って男を後ろから刺した。ぐにゅっと音を立てて脇腹ににナイフが刺さった。
パリンと乾いた音がして音がして水色の液体が部屋にこぼれる。男が倒れた衝撃で瓶が割れた。
男はその場にうずくまる。
そして、僕は父の縄を切り、母の縄を切る。
父はナイフを奪い、うずくまった顎髭男にとどめを刺す。
「てめぇ!!」
父は殴られ、蹴られた。僕は男に向かう。
母は必死に体を動かそうとするが、動けないようだ。
男は息子を父を蹂躙する。
月明かりに照らされたゲントウの影が赤く染っている。
―――
男が僕の腹に蹴りを入れた。そこからずっと殴られ蹴り続けられた。痛みは感じなかった。
遠くで、ゲントウと呼ぶ声がしたような気がした。
それから男は、静かになった僕と涙うかべている瀕死の家族を見て、家から去っていった。
ゲントウは暴力受け続け、怒りはなくなり無の感情にあった。
ゲントウ、と声がした。うつ伏せになっているゲントウはゆっくりと首を動かし声の方向に顔を向ける。
ゲントウ、とまた声がした。微かに生きている母がいた。父は目をつぶって生きているか分からない。
地面を這って母のところに向かう。母がホッとしたように笑みを浮かべて目を瞑った。
母の前で事切れている男の前に、水色の液体があった。
瓶が2つ割れて1つは無事のようだ。
ゲントウは床に落ちた薬を舐めた。
3分くらいたった時、体が動いた。何とか立てる。父の方に行く。男にはナイフが刺さっている。
お父さん、と呼びかける。息はしていなかった。
お母さん、お母さんと同様に声をかける。母はゆっくりまぶたを開けて、ゲントウに手を伸ばす。
ゲントウは薬をお母さんに渡そうとするが母は拒んだ。それでもゲントウは液体を飲ませる。
ありがとう、と母は言って、最後の言葉を言い始めた。
――――――――――――
ゲントウは助けを呼びにライナの家を目指した。どういう訳か痛みはない。ただ、体は機能としては十分でないため不意に体が倒れる。
ゲントウの影は月明かりで青く光っていた。