第15話「溜まった勇気」
私の両親は昔は優しい人でした。理想的とは言えなくとも良好な夫婦間関係にも見えました。
きっかけは詳しく覚えていません。1年ほど前の夕食時に軽めの言い争いだったと思います。父が仕事が忙しくなり、「帰ってくるのが遅い」とか、「ご飯を残した」とか、そんな小さな理由だった気がします。
最初は母が父に怒ったのです。今まで2人の喧嘩を私は見たことがなかったのですが、もしかしたら子どもに見えないところではあったかもしれません。
父は酔っていたのか、子どもの前で恥をかかされたと思ったのか強く言い返しました。そして父はその日は部屋に戻ってしまいました。
今考えるとお互いに疲れていたはずです。2人とも家族のために一生懸命にやっていたのに認めてもらえず自分は悪くないと意地なったのでしょう。私はなんとかなると思っていました。
しかし、そうはなりませんでした。問題はここからです。2人の関係はそこから下り坂でした。後で聞いた話でしたが、この頃から父は母にお金を渡さなくなりました。貯金を切り崩して母は生活していたようです。
そして父は家に帰ることも少なくなりました。母は父に対して少しずつご飯を作らなくなっていきました。
父の悪口として母から聞いていたので全てが真実かはわかりません。
私はもちろん2人に仲良くして欲しいと思っていました。話す時にはできるだけ気を使い両親の心を穏やかにするように心がけました。
その点、姉は無関心でした。あ、私には1つ上の姉がいまして、学校で成績優秀者として表彰されるような人ではありましたが、人付き合いは苦手なようそんな姉でした。
私の中では両親どちらの方が偏って好きということはありませんでした。どちらも等しく大切でした。
ただ、家にいることが多い母と父では当然母と話すことが多く、父も、母も、私は母のことの方が好きだと思っていたようです。
そして、下り坂から1度も元に戻らず離婚が決定しました。あっという間でした。いつか、なんとかなると思っていた私は愕然としました。二人の間ではもっと何かあったのかもしれないと今は思っています。
母は姉と私を手放すつもりはありませんでした。逆に父はそれほど子どものことを引き取る気はありません。
ところが何故か、姉は父の方に行きたいと言い出しました。父は決して関心はなかったはすだが、必死で引き止める母を出し抜きたいと思ってか、そこから姉のことでまた揉めました。
結局、姉の気持ち利用して父が引き取ることになりました。
姉がいなくなって母は泣きました。父への怒りを口にしました。
私はこの人のために頑張ろうと、この人を救いたいと思いました。私だけが味方で、可哀想な人だと。
2人は共にリーサ学園の生徒で私は2年生、姉は3年生でした。母からは姉とは話してはいけないと言われました。
学校で見かけることはありましたが、その時は見つからないようにしました。もともと私とあまり話さない人でしたので、気まずさをもありました。
姉は卒業するとそのままくリーサ学園の大学に入学しました。国内最難関の大学ですが、姉には余裕だったはずです。
それから母は私に厳しくなりました。よく言えば教育熱心でした。
姉のように賢くなって欲しいのか、それともお金のある職業に就いて欲しかったからなのか、私をためだけに純粋な応援をしている様に見えませんでした。
それでも私よりも母は何倍も辛いはずだと思い頑張りました。勉強だけでなく、でき限り母のためにいい子になりました。もはや演じているのか本当の自分なのか分かりません。
ある日、家から帰ると手紙が届いていました。差出人を見ると女性からのようでした。私が気になったのは姓です。父の姓でした。
私は再婚相手の女性が母に送ってきた手紙だということを察しました。
内容を母が見てしまうのは良いことがないのは分かっています。そのまま捨てるつもりでしたが、私は内容が気になり手紙の内容を見てしまいました。
内容は姉の方は首席で卒業した。お前の子どもはどうだ、と。そして再婚相手も離婚歴があるらしく、連れ子の息子もいて、どうやら士官クラスを優秀な成績で卒業し、その男の子は国王軍に入隊したらしい。私にとって大したことは無かったですが、母のプライドを壊すのは目に見えてきました。
とにかくうちの子どもは優秀だと、見下すために自慢が長々書かれていた。
しまいには、父との性生活のことも恥ずかしいことに書かれていた。父は私を一生懸命に愛してくれるとか。私の方が上手だと父を気持ちよくさせることができてる。毎日愛し合っている、とか。酷い内容だった。
どういう訳か見せびらかしたいようだ。恐らく母は今までにも送られてきてこんな手紙を1度は読んだはずであろう。
私でも1週間はショックが抜けきれなかった。今でも思い出すだけで苦しい。せめて母のために勉強は頑張ろうと思った。
でも、ダメなものはダメだった。どんなに頑張っても上位20番位だった。最近はもっと酷い。
最近は悩みは家だけでもない。昔から学校でも私の生活態度は模範的だったと思う。先生の言うことは聞いて、友だちからの頼み事は断らずみんなに合わせてきた。
ここ数日、先生に呼び出され私が怠けていると怒られた。クラスメイトには呼び出されたことを特別扱いを受けたいい子ちゃんと揶揄される。それで怒る勇気なんか無いからただただ愛想笑いをするの。気づかない、傷つかないフリをする。
いつの日か私は授業が終わったあとに1度黒板消しをやっていた。それをたまたま先生に見られてはホームルームで褒めてもらった。
クラスメイトは点数稼ぎとか普段やってないくせにと言う声が、聞こえたような気がする。
それから私は黒板消しを毎日やるようになった。やりたくなかったけど、点数稼ぎだけでやっていたように見られたくなかった。
今思うと、先生の手伝いとか、模範的な行動をやらない方がクラスメイトのみんなはいい印象で仲良くできたのではないかと後悔している。
昨日の夜、私は自分の意思がないことに気づいた。全部周りの視線を気にした行動だったと。残念なことにそれが分かって変わることは難しかった。
変わりたいと思った。でも、そんな勇気も自我もない。
そんな気持ちじゃ勉強も出来なくて今日も図書館で何もできなかった。
そして図書館にいた猫にふらふらついてきてここに来たの。自分が無さすぎて猫にまでついて行くなんて思わなかった。今思うと笑っちゃいますね。本当に自分に幻滅しているの。
そんな感じです。
――――――――――――
「あの〜。ラケナリアさん」
「はい、なんでしょう」
心底面倒くさそうにゲントウは言った。
「なんでこの話俺にしたの。荷が重いよ。凄い今聞かなければよかったと思っているよ。」
「そうですよね。」
「まあ、いいけど。あれだね、人に歴史ありってことだね。リーサのクラス長でも悩み事なんかあるんだ。」
「ありますよ。それは。」
「で、どうしたいの?」
「それが分かりません。先程言った通り自分がないのでどうしたらいいか。」
「そうか」
「ただ、1つ思うのはこんな自分を変えたい、変わりたいと思っています。」
「じゃあ、変わればいいんじゃない?」
「そんな簡単に言わないでください!」
ラケナリアは語気を強める。
「うーむ。全部変わる必要は無いと思う。例えばラケナリアさんは俺にどんなイメージ持ってる?」
「そうですね。静かな大人な人なイメージがあります。」
「やーー!!ハンバーグ!!」
唐突な大声に猫がビクッとした。
「な、何してるんですか?」
「俺は実は子どもっぽくてうるさい人なんだ」
ぽかんとしている。
「え、あ、、」
「どう?イメージは変わった。」
「ああ、そういうことですか。変わったというか。な、なんと言いますかとてもショックが大きいです。よく、、分かりません。」
「まあいいんだ。そちらの見え方を分からなくすることは出来たんだ。周りは気にせず相手の外側に行くんだ。そうしたら少しずつ印象は変えて行けるんじゃないかな、と思う」
「ゲントウくん、変ですね…。いままでと違うことしたら、変に思われますよ。」
「周りを気にしすぎると変われないぞ。変わるってのは多くの場合相手の印象を変えることだからな。」
「そう言われても」
「親も先生も、言う事聞かないで、クラスメイトには知らねーよ。ばーかだけ言ってればいいよ。」
「人のことだと思って、適当に言ってません?」
「全くおっしゃる通りです。」
困った人だ、という目で見つめる。
「まあ、そんなことしたら、本性はそんな人なんだって思われません?」
「それはいいんだよ。言う事聞かないのも、相手の言いなりなのも、勇気ないのも全部あなたの本性なんだよ。」
「ひどいですね。凄い傷つきました。」
そんな言葉とは逆に笑みが浮かんでいる。
「本来、人ってのは、自分だけで完結しないんだ。本性ってのも悪い時に使われやすいが、いい子の時も本性だ。言葉通り、良い所も悪い所も本性のひとつだ。」
「何となく、ゲントウさんの言いたいことが分かりました。」
「いや、俺は適当に言ってるので適当に聞いてくれ」
「私もみんなのイメージ変えれるでしょうか?私は変われるでしょうか?」
「どうだろうね。そんなに気にすることでもないんじゃない。そのままでもいいよ」
「ここに来てそんな逆のこと言うんですか」
「俺は別に正解なんて分からないってことだ」
「私は何を変えたらいいんですか?」
「さあ、変えても変えなくても」
「時にゲントウさん。私の〈イメージ〉ってどんなのですか?」
ラケナリアはニヤリと笑って質問した。ゲントウはその意図を察して白々しくも答えてあげる
「そうだな〜。あんまり、人前で歌ったりしなさそうだね〜。しかも、踊りながらとか想像できないな〜。バク転とかしてくれないかな〜。どうなんだろぉ〜。」
ラケナリアさんはじっと睨んでくるが、嫌な感じはしない。
「やりませんからね。」
「人ってのは変われないんだな」
「その言い方はずるいです。仮に歌ったりしたところで、なんも変わりませんよ。意外とゲントウさんって意地悪いんですね。」
「知らなかった?俺ほど悪い人はなかなかいないね」
「はい。だってやらせて高みの見物したいだけでしょ。全然、性格のこと言ってくれないじゃないですか。真面目に聞いたのに」
「じゃあ、好きな人にポエム贈るとか、眼帯に真っ黒な服着て闇に堕ちた風を演出とか」
ふぅーっと、ラケナリアは息を吹く
「ほんとうにゲントウくんはひどい」
照れながらもこの状況を嫌がってはないラケナ
リア
「いつか、ゲントウくんに歌ってあげますよ。」
「そんときはギャラリー100人くらい連れてくるよ。」
「そんなに友だちいないのに」
「言うねぇ。⋯⋯今日はもう遅い。そろそろ帰らないと。」
「え、あ、うん。」
「ちょっと待ってろ。女のためなら暇になる隣人呼んでくるから、送ってもらいなさい」
「え、ゲントウくんは?」
「俺は悪いけど今日は疲れたから寝る。大丈夫器の小さい男だが、女の子には従順だから」
「もしかして、フェノールくん?」
「よく分かったね。器の小さいで分かった?」
「いや、そうではなくてゲントウくんの仲のいい男の子ってフェノールくんしか思い浮かばなくて。やっぱり仲良いんだね」
「ラケナリアさんは結構悪口言うタイプなんだ。意外だ。」
「え、なんで?なんでそうなるの?」
「まあ、あれだ。こんなことがあっても、家に帰ったらきつい現実が待ってて、母も何も変わってないから頑張れ」
「やっぱり性格悪いのね。」
なんか嬉しそうだ
「それでも大丈夫よ。私はこう見えて我慢強いのよ。今日、1度リフレッシュしたからあと1年は大丈夫」
「そうか。あんまり自分に期待しないことだな」
「そうだね。」
「あんまり人の言う事聞いちゃダメだよ」
「そうだね。そうする」
「ラケナリアさんの悩みなんか世間的にはしょぼい悩みだからな。自惚れるなよ」
「なんで攻撃的なんですか」
「いや、褒めてるんだよ。結構俺は救われたかも」
「そうですか、、?ならいいですけど。」
「じゃあ、ちょっと待ってて。あとは女好き隣人に任せるから」
ゲントウは小走りに寮に向かう
「あ!ゲントウくん。」
「なに?」
「これから教室で話しかけていい?」
「だめだ。」
「じゃあ、たまにここに来て話していい?」
「だめだ。」
「図書館でならいい?」
「1番だめだ。」
「もう、ゲントウくんと友だちってことでいいよね?」
「⋯⋯もういいよ、そういうことで」
「じゃあ、またね。友だちのゲントウくん」
「はいはい、友だちのリアリーさん」
ゲントウは心が軽くなっているのを実感した。
俺は自己中心的な人間だったなと、反省すると同時に嬉しく思う。
⋯⋯それにしてもこの国の夫婦関係はどうなってるんだ。みんな仲が悪いな。フェノールとライナの家族が眩しく見える。
最初、ラケナリアさんを見下していたことを申し訳なく思った。
――――――――――――
次の日、ラケナリアさんは学校を休んだ。