第12話「船に乗る」
(クラス長から見たゲントウの印象)
ゲントウくんは教室で1人でいることが多い。事務的なもの以外で喋ったことがある人は少ない。しかし女子の間ではよく話題にあがる。それはフェノールくんとの親密であるという理由から話題になる。2人が一緒に居ることはほとんどないが、たまに会話をするとフェノールがゲントウくんのことを親友のような態度で話している。逆にゲントウくんは素っ気ない。そのことを尋ねられるとフェノールくんは決まって、あいつとは心が繋がってるからと言っているらしい。フェノールくんの無条件の優しさではないかと噂する生徒もいるが私にはそうは見えない。これは本当に仲良いんだということが分かった女子の中にはフェノールくんと仲良くなるにはゲントウくんから落とせばフェノールくんと親しくになれるのではという人もいた。だがしかしその思惑が上手くいった例は聞かない。フェノールくんはもともと誰とでもフレンドリーで、ゲントウくんを挟もうが関係なかった。
ゲントウくんは所謂コミニュケーションが苦手な地味なタイプとは違った。メガネをかけ一人でいて話すのが苦手そうな見た目をしている。ただ、社交性がないのかと言われるとそういう訳でもない。話しかければ余計なことは喋らないが、オドオドすることなく堂々と受け答えができる。先生からの指示をクラス長みんなに伝えるとき、素直に聞いてくれない生徒がいる中で、ゲントウくんは文句を言うことなく従っていた。
ある日ゲントウくんが学校を休み、次の日私は授業で配られたプリントを渡しに行った。窓の外を見ていた彼に「これ、昨日のプリント」と差し出す。彼はゆっくりとこっちを見る。目つきが悪い訳では無いが睨まれていると感じる表情になる。怒ってる感じには見えないけれど、愛想がないから気持ちを推し量るのが難しい。その独特のオーラからちょっと会話でも緊張感があり心が折れそう。
ゲントウくんを苦手に感じる一方で人の目を過度に気にしてしまう私としては他人に媚びていない姿勢に羨ましくも感じる。
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校門の影になる場所からルーナがいることを確認する。
できるだけ気づかれないように死角から近づく。
50cmの距離で背後から声をかける。
「お待たせしました。」
「あぁ、ゲントウくんか…びっくりした。急に呼び出してごめんね。」
さほどびっくりしてない反応でゲントウの方を振り返った。
「別に構いませんが、これから僕は何をするのでしょうか?どこか行くんですか?」
敬語をつかい状況を伺う
「そうね。ちょっと付き合ってもらうわ。お腹は空いてるかしら?」
「えぇ、まあ。」
「じゃあ私についてきて。」
正直、不安しかない。ルーナさんは悪い人ではないがトラブルを手繰り寄せそうな疫病神のように数日感じている。
歩いて数分会話はなかった。
お互い沈黙を辛いと思う性格ではなかったので、気を使って話すことはしない。普段はそれでも気楽でいいなと思っている。
ただ、呼んだ目的とこれから何をするか言わないルーナさんに思うところはある。何も聞かずホイホイついて行く自分もどうかとは思うが⋯⋯
歩いて数分リーサ学園最寄りの船着場に到着した。
リーサ学園の生徒は船に乗る際、料金がかからず学生証を見せるだけで乗ることができる。
この街特有の人工の川、つまり舟移動のための水路に到着した所でルーナさんがおもむろにこちらを向いた。
「これに乗って10分くらいで着く船着場の近くにある喫茶店に今から行くわ。」
「へーい」
ルーナさんは、この強引さは迷惑かかっているのは分かっていそうだが、それでも構わないという態度に見える。
漕ぎ手を除いて、舟にルーナとゲントウの2人になってやっと会話が始まった。
乗っていきなりだった。
「ゲントウくんってさぁ…嘘をつく人ってどう思う?」
「⋯⋯えーと、なんのこと?」
唐突ではあったが、ルーナさんはいたって真面目な口ぶりだった。答えによっては有罪か無罪か問われているようで慎重になる。
まあ、一般的には良くないことなんだろうがそんなことはルーナさんも分かっているはず。嘘に関する警句でも言って欲しいのだろうか。
「いや、ちがうわ。え〜と、その…嘘はみんなつくんだけど、嘘をつく人って周りの人のことどのくらい考えていると思う?」
「それは〜考えてるけど、やっぱり自分が恥をかきたくないとか〜、自分を嫌いにならないようにそうなるんじゃない。」
「ゲントウくんもそうなの?」
「申し訳ないけどそうだね。」
「そう…変なこと聞いてごめんね。」
「なんでそんなこと聞くの?」
「うん⋯⋯昔ね、他の人を庇って自分を偽る人がいたの。その人と雰囲気が似ててゲントウくんなら気持ちを分かるのかなって」
「俺はそういう立派な人物じゃないからな」
「でも、たまにその人と似たような表情するんだ。なにか隠してる気がして不安になる感じがするの」
「勘違いだと思うけど。俺はその人とは違って自分のことばっかり考えてるよ。」
「そうか〜。でも、なにか困ったことがあったらなんでも言って良いからね。もう私は友だちくらいの関係だと思ってるわ。」
出会って初めて見るルーナさんの笑顔だった。
トモダチ…ソレハコマッタ
「いやいや、友だちだなんて恐れ多いです。」
「なに、嫌なの?」
「はいっ!!」
本気で言ってないと伝えるために今日1番の笑顔で答える。
フッと軽く笑われた。馬鹿にされたのはわかった。
「別に無理して私と喋る必要は無いけども。じゃあ、私が勝手に友だちだと思ってるわ」
「じゃあ、俺は勝手に親友だと思っておきます」
「⋯⋯それは本当?」
「紛れもない虚偽です!」
「ゲントウくん、怒るわよ。言ってはいけない冗談もあるのよ。」
「ごめんなさいね、育ちが悪いもんで。」
はぁーっとルーナさんがゲントウとは逆の方を向いてため息をついた。
「あなたは本心が分かりにくいけど、その分かりにくさは隠さないのね。迷いは感じるわ。」
怒りがあるようにも見える不可解な面持ちでゲントウをみる。ルーナは自分の行動が裏目に出ていないか不安になっている。
「思春期ですから」
「いつか…心を開いて本心を話してくれるのを楽しみにしてるわ。」
「本心は別にないよ…。」
陰風が舟に乗ってるゲントウとルーナの顔をなぞっていた。
「⋯⋯ゲントウくんは、1人がいいの?」
「それは⋯いやかな。」
「じゃあ、なんで人と関わらないの?」
「ルーナさん俺はそこまで1人でいないよ。でもなんか、人と深い関係になるのが怖いんだ。」
「仲良くなることは私はいい事だと思うけど…何が怖いの?」
「まあ、いろいろ」
「そう」
ルーナはそれ以上は聞いてこなかった
「なんで、僕と関わるんですか?」
「それは、いろいろね」
「はあ」
「そういえば、これから私の友だちのアカハとあってもらうから」
「そういうことは今後、早めに伝えて」
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ライナはいつものように図書館で勉強をしている。周りを見渡すと、よく見かける女の子が1人でいて、他には以外は誰もいない。1人で女の子は疲れたのかペンを持ったままうつ伏せでいる。
ゲントウがいないことに落胆し、ライナは集中力が切れかかっていた。
最近、ゲントウくんが図書館に来ない。喋る機会がないので元気か心配している。と言うより私が元気がない。
ゲントウくんは私に昔から優しくてよく笑ってくれている。今でもそうだ。でも、心配させる不安定さは変わらずあった。
高等部で久しぶりに学校に一緒に通うことなった時、昔のゲントウくんからは想像できない暗い空気があって驚いた。中等部に何があったのでは勘繰ったが、本来のゲントウくんが今の状態なのだと分かった。家で一緒に住んでいた頃は無理をしていたのだ。
また、会うようになって落ち込んだり、悩んだりした時よく話をしてくれた。信頼されているという自負はあった。
ただ、教室は1人でいるから寂しい思いをしているんじゃないかと心配していた。友だちが私以外にもできて欲しいと思っていた。
今日、帰る時女の子と一緒にゲントウくんが帰っているのを見た。寮とは違う方向に。女の子は遠くから見ても可愛い顔立ちなのが分かった。ショックは確かにある。獣人よりやっぱり人がいいのかとも考えた。モヤモヤはあったがそれでも他の人とゲントウくんがいるのは嬉しさが勝った。昔の辛そうなゲントウくんをもう見たくない。それよりも私とはもう話してくれないのかもしれないのか、という心配が心を奪う。
そんなことは無いと分かっているが、知らないゲントウくんが気になって勉強に集中できなくなっていった。