宝箱の罠
【日常】
今日新しいダンジョンにやってきた理由はふたつ。
ひとつはレベル上げ。このダンジョンはモンスターの沸きが非常に良いという噂だ。つまりモンスターの数が豊富でリポップの回転も良いのでレベル上げに最適なのだ。
そしてもうひとつは、恥ずかしながら地元のダンジョンで問題を起こしてしまい、行き難くなってしまったためだ。
先の野良パーティーの募集の件で嫌な思いをしたオレは、今度は自身で野良の募集をかけることにしたのだった。その時にはもうレベルも8になっていたし、ひとりでゴブリンを相手にするのも物足りなく感じていた頃だった。
あの腐れ3人組を反面教師に、オレは初心者にも優しい野良パーティーのリーダーを心掛けた。募集の問い合わせにきてくれた初心者にも、懇切丁寧に対応してきたつもりだ。で、その甲斐あってか3人の参加希望者が集まってくれた。ダンジョン経験者1名に未経験者2名。
『だがこれでは自分が思ったようなダンジョンアタックはできないな』と、苦笑交じりにネット上のやり取りで話を詰めていった。ただ自分も野良パーティーのリーダーは初心者なのだから『浅い階層でちょうどいいか』と自身を納得させて当日を迎えた。
当日10時前、時間通りに現れた自分と同じ社会人の経験者の男性と初心者の大学生の男の子。だが時間になっても初心者の女の子が来なかった。確認の為サイト経由で何度呼びかけても返事のないまま。待ってる間にも時間は11時近くなり、いいかげん他の参加者も焦れてきていた。
ドタキャンか。土壇場で急に怖くなって逃げ出したのかも。そう話しあって結論付けると、3人だけでダンジョンに潜ることにした。
ダンジョンでは主に初心者大学生の男の子に戦い方と立ち回りを教えることに終始した。自分がリーダーをするパーティーでよもや大きな怪我人を出さない為にも、経験者の男性に無理を聞いてもらった次第だ。
2時間ほどダンジョンの浅い階層で大学生の男の子の訓練に付き合い、遅めの昼食を皆で摂ろうとダンジョンの入り口に戻ってみると、外に出た途端辺りは騒然としていた。ゲートの係員に何事かと聞いてみると、単独でダンジョンに入った女性がゴブリンに襲われたのだという。
これはふたつの意味を持つ。
通常、ダンジョンのモンスターには生殖する機能はないとされている。だがゴブリンなどの亜人系のモンスターのなかには、女性を襲ってそういった行為に及ぶと注意喚起がなされていたのだ。
幸い襲われた女性はゴブリンの集団に四肢を掴まれダンジョンの奥まで連れ去られそうになっていた所を、たまたまそれを目撃した探索者たちによって救助されたらしい。が、それを聞いて嫌な予感を覚えたオレは、すぐにダンジョンでは電波の通じなかった携帯端末の画面を覗いてみた。と、そこには遅れていた女の子からの連絡が入ってきた。
『遅れてすいません、すぐ行くので入り口の近くで待っていてください』
それを見た瞬間、目の前が暗くなって眩暈がした。
一緒にいた社会人のダンジョン経験者男性に肩を支えられ、『直ぐに行った方がいい』というアドバイスに従い、走ってダンジョン管理事務所へと向かった。
事務所の医務室には、スタッフと医師と最寄りの交番から来たであろう警察官に囲まれ、ベッドに腰掛けて怯えて震える女の子がいた。
散々だった。
オレと目の合った途端、感情を爆発させた女の子に、『お前のせいだ!』と悪しざまに罵られた。
事情を訊いてくる警察官に、携帯端末の履歴を見せて根気よく事情を説明し終えるまで、スタッフも医師も、そして警察官すらもオレをダンジョンで女の子を見捨てた極悪人のような軽蔑した目で見ていた。
挙句に連絡を受け彼女を迎えに来た女の子の父親には、いきなり殴りかかられる始末。
オレはひたすらに耐え、誠心誠意事情を説明し事態の収束を願った。だが女の子の父親は、『法廷に訴え出る!』と激怒しながら車を急発進させ帰って行った。
オレは警察官立会いのもと管理事務所の所長から直々に厳重注意を受け、やっと解放されて疲れた足で自宅に戻ってパソコンを立ち上げると、誰かがいち早く通報したのか、オレがパーティー募集に使っていたサイトのアカウントは、すでに凍結されていてログインすらできなかった。
「ああ、もう!くそっ!!」
オレはダンジョンの2層へと降りていた。
ここには牙をむき出して唸り声を上げながら襲い掛かってくる犬頭の亜人。コボルドが跋扈していた。コボルド、非常に可愛くない犬型人間。見た目は中学生ほどだが、成人男性ほどの力がある。犬らしく嗅覚と聴覚は人より数倍優れているらしい。
そんな襲い掛かってきたコボルドの喉を下から片手剣で突き、脳天まで突き上げてやる。
先日ポストを見ると、裁判所からの出頭命令書みたいなものが投函されていた。あの子の父親は本当に裁判にまで持ち込んだようだ。
いったい、なんでオレばかりがこんな風になる。
通信端末でアドレスを交換していた事情を知るダンジョン経験者の社会人男性と、大学生の男の子に参考人としての弁護を頼もうとしたが、社会人男性には忙しさを理由に返事をはぐらかされ、大学生の男の子に到っては返事すらもらえなかった。
オレはいつしかダンジョンの3層へと降りてきていた。
1層、2層にも階層ボスがいたが、いずれもリーダーと名のつくだけの上位種でもないゴブリンとコボルド。とりまきが陣形を整える前に撃破してやった。
次々と思い返される嫌な事柄に、振り払えないムカムカとしたイラつきを覚える。そしてオレは、通路の角を曲がって姿を現した豚の頭をした亜人、オークに無言で躍り掛かった。
オークは豚人間だ。良く見ると人間に似た奴がいなくもない。身長は2メートル近くある巨漢で力も成人男性二人分はある。オークと戦うには、武装した力士を相手にするくらいの覚悟がいると言われている相手で、オレもコイツと戦うのは危険だと感じている。
それにしてもこのダンジョンは本当に亜人系のモンスターが多い。
オークまでになると流石に倒すまでに手間取る様になってくる。体力もあり大柄なためなかなか一撃で仕留めるという事が難しい。それでもオークが手にした曲刀をラウンドシールドで捌き、片手剣を振るいまくって手数で圧倒する。
血だるまになりながらバランスを崩したオークに留めの一撃を見舞う。が、それよりも一瞬早くオークが光になって消えた。体当たりで喉元に突きたてようとした剣先が行き場を失い、上半身を泳がせたオレは、そのままダンジョンの青味がかった石壁にぶちあたった。
『ガゴッ』
すると、なにかがズレル音がして壁全体が滑って開く。それは隠し扉だった。転んだ状態から顔を上げると、小さな部屋の奥には石の祭壇のようなもの。そしてその手前の石台座には、ぴかぴかと金色に輝く宝箱が載せられていた。
「あっ…」
驚きと興奮のあまりにおもわず声が漏れ、目が宝箱に釘付けになった。
『なぜ誰もが見眼になってダンジョンに潜るのか?』と聞かれれば、今目の前にある宝箱のようにダンジョンには一攫千金のチャンスが転がっているからだ。
珍しく、希少な物なら大金で買い取ってもらえる。
それに売買には間に国が運営するダンジョン管理協会が入る為、手数料こそ取られてしまうがどんな相手でも代金をとりっぱぐれる心配はない。
オレの目の前で、金属の輝きを放って鈍く光る宝箱。
興奮で鼓動が早くなる。オレの頭の中はいま、仕事のこと、ダンジョンのこと、これから起こる裁判のこと。さまざまな事柄や苦労がぐるぐると駆け巡っている。それらの苦労から、いまこのお宝ひとつで万時解決、無事解放されるかもしれない。
這いつくばっていたオレは息を吐き、意を決して立ち上がり、そして大きく前に一歩を踏み出した。と、そこに突如足元で光り輝く魔法陣。
「アッ!?」
その転移トラップによって、オレは一瞬でその場から飛ばされたのだった
お読みいただきありがとうございます。作者はいろいろと気になるお年頃です。よろしければご感想やリクエスト、ファンタジー考察へのツッコミをお寄せください。楽しみにしていますのでよろしくお願いします。
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