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冬季限定

作者: Chitto=Chatto

「今年もまた例のバイト?」


 学食でラーメンをすすりながら尋ねる雛子に、美雪はうんと頷いた。

 手の中には冷たいコーラ。目前にはこれまた冷たいおにぎりが2つ。

 学食は24℃設定で12月のこの季節ではコートを脱いでもちょっと暑いくらいの温度だったが、それでも季節に似合わない食べ合わせだった。

 だが誰も気にしない。美雪はヒドイ猫舌なのだ。


「アンタも飽きないわねえ。いつからだっけ、そのバイト?」

「えーっと、1年からだからこれで4年目かな?」

「ねえねえ聞いてよ、このコ、そのバイトがしたいからって就職しないんだって。信じらんないよねえ」

「うっそー!だってそのバイト、冬季限定の山荘なんでしょ?春夏秋は何すんの?花嫁修業とか?」

「ないない、このコに限って絶対ないって」


 笑い。


「もう、うるさいなあ」


 美雪は頬を膨らませ、笑い転げる友達を睨んだ。

 皆、陽気すぎるくらいだ。

 無理もない。卒論を無事提出して、3月の卒業式まで、長い長い春休みにはいるのだ。昨日まで根を詰めてパソコンと睨めっこしていたのだから帰って眠ればいいのだが、そうはならないのが彼女たちが彼女たちである所以だった。今日はこれからカラオケで5時間は歌い、居酒屋で乾杯し、思う存分騒ぐ予定なのだ。


 美雪だけを除いて。


 美雪は溜息を吐いた。時計の針が11時半を指している。そろそろ行かないと電車に乗り遅れてしまう。友達とこうしているのは楽しいが、彼女には義務があった。

 今、こうして楽しく過ごしている人生に対しての義務が。

 それに、美雪はその“義務”が心から気に入っていたのだ。


「んじゃ、また春になったらね」


 美雪はノンブランドのボストンバックを抱え、友達に手を振った。





 電車の窓に映る自分を見ながら、回想。




 あれは、高校の卒業旅行でのことだった。

 受験も終わって、いつもより少し長い春休み。

 美雪は友達5人とともに、東北のとあるスキー場に行った。


「穴場なんだよ」


 と、計画した友美が言ったように、雪女山スキー場はシーズン中にしては空いたゲレンデだった。

 それでも決して“寂れている”とか“設備が古い”とかそういうわけではなく、泊まったペンションもとても可愛くて、彼女たちは大満足だった。あんまり皆が親切なので、こんなに閑散としていて元が取れるのか心配になったくらいだ。

 同じ心配をしていた優子が尋ねると、リフトのおじさんは言った。


「大丈夫。ここは国から補助金が下りているんだよ」


 げらげらと笑う。冗談だったらしい。

 結局それ以上つっこめなかったのだが、美雪達は特に気にしないことにした。自分達が気にしても仕方ないことだからだ。


 そして最終日。

 事故が起こった。


 帰りのバスに揺られ、うとうととしていた美雪を起こしたのは、地震のような揺れと、地響きだった。


「雪崩だあ!」


 運転手が叫んだ。


 しかし、遅かった。

 バスはたちまち雪に飲み込まれ、もみくちゃにされながら押し流された。悲鳴を上げる間もなかった。美雪はそこここに全身をぶつけ、気絶した。


 しばらくして、たくさんの気配で目が覚めた。


 あんなに酷い事故だったのに、怪我1つしていない。節々が痛んだ気がしたが、それも一瞬だった。なんて幸運、と思わず拍手したくなるのを堪える。


 直後、大きな拍手が湧いた。


「おめでとうございマース!」


 首を回すと、背後に白いタキシードを着た雪だるまが立っていた。

 雪だるまは腕をぐるぐる回しながら、場違いな言葉にたじろぐ美雪の手を取り、振った。

 そのたびにヒューヒューと口笛が鳴り、歓声が上がる。


「貴女は栄えある“雪女”に選ばれマーシタ!おめでとうございマース!」

「ゆ、ゆきおんなぁ!??」


 美雪は固まった。

 何、これ?いったい何のこと話しているの?


 周りを見渡して、ギョッとする。拍手は聞こえるのに、雪だるま以外の姿は確認できなかったからだ。


「ど、どーなってんの?」


 呆然と口を開ける。


 そのとき、美雪の脳裏に友達のことやバスでの事故のことが思い起こされた。身を竦め、慌てて姿を探す。


「貴女のお友達はこちらにいマース!」


 美雪の心を読んだのか、雪だるまが右を指さした。

 するとそこにテレビ画面のようなものができ、雪で半分潰されたバスが映る。

 画面はどんどんクローズアップされ、バスの中が映った。ものすごい幸運があったらしく、屋根と雪の隙間にバスに乗っていた全員が倒れている。運転手までがそこにいるのが不思議だった。


 だがもっと不思議なのは、そこに美雪の姿があったことだ。


「貴女が義務を果たさないと、ここの人達全員、雪に潰されてまもなく死にマース」


 な、なにいい!?


「ぎ、義務って何よ!?」


 美雪は画面に釘付けになりながらも尋ねた。


「ちっちっちっ、貴女まだわからないネー?雪女の義務デース」

「な、なによそれ?」

「つまりデスね、この山の雪女は慢性的に不足しているのデース。そんなわけで、5年に一度、大きな雪崩事故を起こしていマース。そして事故の犠牲者から“雪”のつく女の人を選び出して雪女をやってもらっているのデース。承諾すれば、その人のあった事故は無効化されマース。そして5年間、雪崩は起きまセーン。しっかーし、拒否したら、みんな死んじゃうのデース。そしてまた、“雪”のつく人が現れるまで、事故が続くのデース。おわかりデースカ?」


 わっ、と歓声と拍手が強くなる。


「さ、どーしマースカ?すぐ選んでくださーい。時間は1分デース」


 美雪は即答した。


「やるわよ!選択の余地ないじゃない!」


 画面が消えた。


 美雪の着ていたニットのセーターが白い着物に替わった。急に髪も伸びて、肌も白くなる。顔は、変わったのかもしれないが鏡がないのでわからなかった。まあいい。雪女は“絶世の美女”という話だから、顔が変わっていたらさぞ頭に来たことだろう。


 しかし、顔が変わっていてもいなくても、美雪は怒っていた。

 彼女は歓声と拍手に包まれた白い世界の中で、唯一手応えがある相手、雪だるまに跳び蹴りを食らわせた。


 同時に、目が覚めた。



「おーい!ここだーっ!みんな生きてるぞー!!」


 頬を叩かれる感触で、顔をしかめると、美雪を抱き上げた救急隊員が嬉しそうに微笑んだ。


「よかったなあ。この雪崩にバスが巻き込まれたと聞いたときはもうダメだと思ったんだが。キミの友達はもう助け出されて病院に運ばれたよ。キミが最後だったんだ。無事でよかったなあ。奇跡だよ、本当に」


 奇跡じゃない……。


 美雪は大きく溜息を吐いた。これから先のことを考えて……。






「さあ、今年も後3ヶ月デース!正当な雪山を目指して、がんばりまショー!」


 雪だるまが手をあげた。

 美雪も4年目ですっかり雪女に慣れたので、仲間達と一緒にエイエイオーの掛け声をあげた。

 それからパートナー雪ん子と一緒に、雪山に向かう。

 今日のノルマは無謀な雪山登山をした2人だ。


「美雪ちゃんももうすぐ終わりだねえ」


 雪ん子が言った。彼は美雪のようなバイトではなく、生まれついての雪ん子だ。1年目からずっとパートナーとして行動をともにしているので、今では親友となっていた。

 始め、いわゆる妖怪に抵抗があった美雪も、今ではすっかりなじんでいた。


「淋しくなるよ」

「いやだなあ、今シーズン始まったばっかりじゃない。それに今年終わってもあと1年あるのよ」

「それはそうだけど、ね。でも淋しくなるよ、うん」


 実は美雪もだった。今では“これが天職”と思うほど、雪女に愛着があり、春夏秋を過ごすのが苦痛なほどだったのだ。


「大丈夫。実はちょっと考えていることがあるんだ」


 美雪はにっこり笑った。






 そして春。卒業式当日のこと。


「たいへん!美雪が!」


 雛子が門を指さす、皆、なにごとかとそちらを向いた。

 それから、口を開ける。


「ど、ど、どーしたの?そ、それ???」


 傍らに立つ色白の男を凝視する優子に、美雪はにっこり笑って答えた。


「私、この人と結婚するの」


 友達は一斉に持ち物を落とした。






 こうして、美雪は雪女山スキー場のペンション経営者の元に嫁いだ。

 実は、雪女山に暮らす人々はすべて妖怪で、永久に雪女となってくれる人間を捜していたのだ。

 雪女がいれば雪にも困らず、スキー場は毎年安泰だ。妖怪達も世の中に取り残されないよう、人間と適度に交流しよう、というのが彼らの長のモットーであった。それがなぜスキー場なのかは誰にも理解できなかったが。


 美雪の仕事は冬季限定なので、春夏秋は遊んで暮らしている。


「ね、なかなか良い考えだったでしょ?」


 美雪は夫に言った。いつも彼女のパートナーだった雪ん子は楽しそうに笑って頷いた。





 めでたしめでたし。






読んでいただいてありがとうございます。

妖怪が好きなので出てくるお話を書いてみました。昔の話ですが……。

こう言うバイトがあったら私がやりたかったなあ、と思いながら書きました。楽しんでもらえると嬉しいです。

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