第弐話 ③
「よかった、ちがった」
儚樹とかかれた表札と女性をチラ見し。
紅矢が、心の底から救われたような声を出した。
そこまでか、と思ったが、まあしようがないことだ。
「え、違う?」
混乱しかける相手。
「ああ、いえ、拾ったのは本当です」
『オモイ、ごめんなさいですワ』
「ほんとに?ほんとにホーが迷子になってたの?いやごめんね…えーと小さいのにわざわざ」
「というか」
蓮が切り出す。
「ちょっと犯罪にかかわる状況を目撃しました」
「………え」
少し沈黙。
そして玄関先の女性の目線がうろうろしたところに、見えるようにそれを出していく。
「わたしのホーがボロクズに!!!?」
『大幅には壊れてませんので悲しいセリフでダメージくれないでほしいですワ……』
不本意という感情ぽいものを見せるオブジェさん。
こっちもなかなか優秀ではあると見える。
「ロボにあなたがさせてたのか、お話がちょっと聞きたいんですがだめですかね」
不穏。
これどういう状態なのだろうか。
女性は素でちょっと固まった。
「えっと…ホーさんこの子たちは悪い人かどうかだけ聞かせて」
『状況だけでは、悪いのは私という観点で動いていますワ…すみません』
「警察にそのままいっ……」
「まあまあまあ、何もわからないかもしれないから話を先に!」
紅矢も明日雄も荒立てる方向には進みたくない。
なんとかいつになく暴走している蓮を止めてなだめる方向に修正はしたい。
ここは団結して事情説明を淡々とする流れで行きたいのだ。
「それにしたって、話すも何も…あれ」
その時。
3人とも話相手の異常に気が付いた。
すさまじいほど真っ青。
その顔は見た瞬間、当の蓮すら怒りを忘れるほどである。
け…警察…?
女性が小さくつぶやいたようでもあるが、正しくは聞き取れていない。
直接的に、相当なトラウマを抱えているようにも見て取れた。
「ひとまず、な、なかにはいって、か、あの、お話…を……」
「すごい声震えてますけど倒れたりしないです?」
「大丈夫……だよ…」
戸を開けて中に呼び込む。
そして後ろを向いて座布団を用意するつもりで、涙目で彼女は一つのことを考えていた。
「私また捕まるんだ…公権力に拉致られて地下に監禁されて無休で書類の山を片付けさせられて四六時中脅され続けて生きるんだ…」
「声に出てるぞお姉さん!またって何!」
「警察ってそういうことするところではないと思いますがそもそも!」
「やっぱ帰らないかこれ」
口々に怪しさと後悔が頭をもたげていることを感じさせる。
「いやいやいや、帰らないで、そのまま警察行っちゃうんでしょ!?」
「行かないんで…」
もうどっちが上で下なのか。
かくして。
説明と検証が粛々と開始された。
エラー状態のオブジェ化した彼女のガジェットはようやく解放され、装備を外される。
次にお宅のPCに接続され、視覚情報として記録された映像を掘り起こす。
「とりあえず映像はプロジェクターにも出すね」
「痛めつけないから泣き止んでください」
なお、紅矢は入ってずっと沈み続ける空気の改善に懸命である。
『ここまでしなくてもオモイの手をこれ以上かけることではないですワ!』
「だって罪が…警察が…」
『だから言っていますワ!オモイたちのために努力していただけですのに』
「つまりここまでを纏めると…」
ある日、彼女の家の玄関に虫がいた。
それをガジェットのこの子が分析したところ、危険外来種の猛毒の黒いクモと判明。
彼女自身も大変おびえて日常生活がままならないほどに達し、役所への連絡も無反応。
そこで巣がある生息地と思われる最寄りの、この公園に自主的にガジェットが探索と駆除を決断。
主への危険を何とかしてやろうと思った、というのが発端であったという。
『なのにあいつら、近付くなという言葉すら通じませんワ!なんですのケダモノですの!』
実際クモを発見、そばに寄らないように、その時々に近くにいた動物にも避難を呼びかけたりもし。
触らないよう、追い払うようにしたのが動物に当たったことはある。
というのがガジェット側の主張の概要である。
実際のところ、この後ろ向きっぽい性格が裏表のない本性なら納得できてしまうのがつらい。
いろいろ弱いんだろうな、は3人ともだいたい感じだしている。
映し出されたカメラ映像も、たしかにクモとそれに無警戒に寄っていく動物を必死に追い払っている様子は存在していた。
わりとアウトでもあるが人にかなり危険な害虫駆除を人間以外がやるプランは、どっちかというと良案とも言えなくもない。
どう見たらいいものか。
と、そのまま、だいたい材料を2時間ほど検証しながら、会話もほぼ尽きるころ。
(気まずい…)
初対面の家に押しかけている現実味も、なんとなく悪いことしてる雰囲気も、当人の暗さも、わりとつらい。
オモイ、そう名前を呼ばれていた当の彼女。
必死な思いでただ何かをメモしているのが3人の目に入り続けていたが、確認は難しい。
その中、彼女は名前の通り思いを込め、ただ無心で書いていた。
辞世の句を。
むりだよね
買ったの勝手に
つみつくり おもい
季語もないそれに、オモイは心を注ぎ、覚悟を自分で奮い起こそうと頑張った。
「どうしてもないとって思ったからさあ、オクで同僚に借金までして40万超えてまででその子落して結果どうなってんのかな私の人生さあ…」
「聞こえてる聞こえてる!!」
『ごめんなさいですワ!ワタクシ本当に悪いことをしてしまいましたワ!』
相場的に高いか安いかは知るべくもないが、切羽詰まってる感は増していく。
すくっと力なさげに立ち上がるオモイ。
3人とロボたちも見守る中、なにかをする気があるように奥へと歩き。
「私もできれば…なんとかしてこの事態をマイナスでなくしたいとは思ってる…」
がらり。
奥の部屋の戸を開け覚悟の一言。
「さあこい!」
「その今が最低の犯罪行為だよ!あんた!!!」
不意を突いた大人になれない大人の女性の寝室大公開だ!
当然即時、説明の間もなくその判断は却下された。
そしてその後も、ろくでもないオモイの提案となだめる紅矢、叱る蓮とペットボトルを空けていく明日雄のコンボが続き。
改善させるという口質と、蓮の落ち着き(諦め)を勝ち取れそうな空気を少し感じた…。
そんな時。
「て、あれ?なんか通知が」
『紅矢、緊急アップデート通知というものが届いている』
戦う様子がないと途端に影が実に薄い紅蓮多、ようやく台詞獲得。
『私もですワ、一斉のようですオモイ』
「あらなになに…セキュリティアップデート…」
内容
対象が生物であるにもかかわらず判断を誤って敵対行動に移行する可能性に関する多重プロテクトの設置
本件による設定やインタフェース変更はございません
「なんか誰か今見てたの?てくらいのタイミングだな」
逐一の送信を条件にしたモニター機なのを、紅矢たちは知る由もない。
リアルタイムのモニター情報をたまたま見つけて事の大きさに少し会社が慌てたのかもしれない…。
と言うのは考えすぎかもしれないが、何かしら影響はないとは言えないのが怖いところ。
「つまり、プログラムにも不備があったことだし許そうという流れでは」
「…しかたないか」
決まり。
こうしてなんとか、本件はなあなあの解決を見たのであった。
(ただしお役所にあらためて危険害虫の報告をするための動画や書類は元資料ともども明日雄に一任のかたちとなる。)
「ということで帰ります、もう暗いので」
「お騒がせしました…」
「お菓子どうもでした」
「はいはい」
なんとなく最後は温和ムード。
それなりの小学生側の配慮のたまものである。
まだ何かあると思われると本当に自傷行為でもしそうであったので。
「で…」
玄関先でまず崩れ落ちるオモイ。
割と収まっても顔面の色は戻らない。
「言われたとおり、悪い子では本当になくてよかったよ…夢…」
「当たり前だよ、お姉ちゃん」
別の声がした。
開いた寝室のさらに奥。
そこの部屋に彼女はいた。
「夢のためにと思ったのに、こんなことになるなんて…もう泣きそう」
『オモイ、そう思いつめないでくださいですワ、マスターが大丈夫と言ってくださっていたのでしょう?』
「そうだけど…」
「あの子たちは強くていい子だよ、何もしなくてもいいって言ってたのに」
パジャマ姿の妹、だろう。
先ほど帰った3人と似た年と思わせる体の小ささ。
同じ学校なのだろうか?
「とりあえず、夢の命令でちょっと大事にしちゃったのはごめん」
「いいよ、私のためってわかってるから」
「だから」
「生き抜こう…ふたりで…」
「…そう、だね」
二人とも同時に、小さく笑った。