第弐話 ②
「さっきの猫、または今日それと別でも動物を傷つけたかだけ確認したいんだが」
『傷つけることになったことは事実関係的にはイエスですワ』
本当に疑う余地なしか。
イラッとした感情が隠せない。
「動物いじめはいけないことだけど…、蓮、異常に熱くなってない?」
「そんなことはない」
紅矢が空気に入っていけない感じをのぞかせるが、きっぱり言い切られた。
「これは虐待だ、具体的に言うと法律に違反している、つまり犯罪なんだ」
「ええっ!それは本当かい!?」
純真な人間にしか書言えないこのセリフ。
「さらにいえば、犯罪は見て見ぬふりをすることで手助けしたとみなされる!つまりこれを見逃せば俺たちも罪を背負う!真人間にはもう戻れないんだよ!」
「「な、なっだってー!!!!」」
「やるしか…やるしかないんだよ!」
本当かどうかはともかく、これだけ気圧されて後に引くことができる空気ではない。
どのみち、これはもう確かにやるしかないのである。
それを確定させたのは法律ではない気もするが。
一方で、ガジェット側はと言えば、細かくその発言の時間の隙に逃げようとしたり、 それを見張っていたりしていたりする。
『ゲーム用マーカーを出しなさい、ルールは任意でかまわない』
『勝手にユーザーの指示もなくそこまで自由にできるわけはないワ!引っ込んでいてほしいですワ』
「て、いうかだな、紅蓮多が勝手に話進め始めてるぞおい」
「かしこいね」
「そういう話じゃねえよ」
蓮が煮詰まりすぎてカミソリみたいな突っ込みをきかせる。
あくまでゲームにしよう。
ずいぶん対決にしても甘い方針を勝手に提案したのは、全員にとってちょっと驚きだった。
AIの前提条件として入力されてなければ、わりとその進化が想定外と言っていい速度。
命令より自意識が勝る怖さにもつながる恐るべき事態でもあるのだが。
蓮も相手を敵視するのに頭がいっぱいで、何を勝手に日和っているんだ程度の思考なので気づきはしない。
「とにかく、何しても動かなくなるまでやって構わない」
「動物に見境なくちょっかい出すようなのは止めるんだ」
『承知した、蓮、紅矢』
『私に与えられた命令を阻害する要因!すべて同じように排除あるのみ!ですワ!』
相手のメカは、まったく取り合うつもりもない気配で言ってのける。
言い終えたのち、その行動はと言えば。
「!…浮かんだぞあいつ!」
相手の背中の増加パーツらしいものが一気に展開した。
同時にふらりとしながら浮き始め、その用途が飛行用パーツなのが即推察された。
「イオノクラフト積んでるみたいだな、近接武器しかないのに」
近接。
飛び掛かって戦う姿勢なのか。
しかしそれならば、浮いた時点で突撃しないのは?
蓮はその疑問にいち早くたどり着く。
「………あいつ逃げる気だ!向かってくる気がありそうなのがブラフだ!!」
明日雄の説明に蓮がはっとなって叫ぶ。
敵の射程に行けることは有利。
それは当然なことだ。
戦いに有利なこと、そしてそれ以上に、それからさらに遠ざかることにも。
相手の考えていることが、まさにそれだ。
見えないところまで行けるなら、それで現状は勝ちなのである。
「紅蓮多!」
すでに言葉にするまでもない。
前回対戦後にもらったローラーダッシュユニットが早くもうなりをあげる。
近くの木を使って蹴りあがり、瞬く間に相手を紅蓮多は撃ち落とした。
『ゲーム内であればこれで終われていたものを』
マルドゥーク型の特性、本体パワー。
手を抜くという判断を独断でできないとき、これはむしろ厄介なものとなる。
センサーの反応を確認すればいいものとちがい、出来る全てをするのなら、より確実にねじ伏せるといった内容が可能になってしまうわけだ。
それを紅蓮多自身が躊躇ったのか、主の気持ちをよりくみ取ったものなのかはわからないが。
落ちた時点では、まだ逃げることはできる。
ゆえに紅蓮多は駆動そのものに異常が出るよう攻撃を試みる。
だが飛ぶための機能はそうそう死なない。
ゆえに紅蓮多はその装置のコネクト部にやむを得ず負荷をかけ強制的に外す。
機能を物理的に死なせるわけである。
が、まだ降参の意思を示さないのは主の命令で自分が止まった不測の事態に逃げる恐れがあると取れる。
ゆえに紅蓮多は一つの作戦を決行した。
相手の胴を抑え込み、余裕で動きを封じながら。
ピピッ。
音とともに紅蓮多は追加武装ジョイントを解除。
相手の背中から片方だけ装備が外れた接続部に自分のローラーユニットをはめた。
『該当するデバイスプログラムが存在しませんワ!検索…検索…』
さらに、それと関係ない腕にコネクタを探し当て、器用にもう片足分接続。
『適切な箇所に接続していません!エラー338、連動ユニットの正しい接続箇所を確認してほしいですワ!』
さらに武器である剣ユニットを足の裏へ。
歩行そのものにも支障が出るようにするためだろう。
外した片方の飛行ユニットは脚部の別の個所に接続。
動きの制約としては充分すぎる効果が発揮されることだろう。
結果。
「よくわかんない物体になったな…人間型かねこれは」
『失礼な!!!』
「…もういい、紅蓮多……」
『その言葉があってくれてうれしい、紅矢』
まさに鬼神と呼ぶべき赤い怪物。
マルドゥークはその実力と可能性を示して見せた。
『おそろしいワ、何をしてそれだけ物事の穴を縫うような…』
相手のロボはシステムエラーと過度の増設で行動そのものがほぼアウト。
もはやいびつで形容の難しい会話用オブジェとなり果てていた。
「犯罪を見逃すのはもっとない話なんで諦めろ、あとはお前を持ち主にもっていくか警察に持ってくかしかねえし」
一方こちらは、ことさら容赦ない。
※ちなみに、AIの行う過失については自動車の自動運転などで現在ルール作りが進んでいる。
実用化後は基本所有者が全責任を持つことが所持の時点で確定するものになる可能性も十分あるのでニュースなどを調べてみると面白いかもしれません。
『わたしの持ち主がわかっているんですか!?』
「案内しないならメモリだけ抜いて電源線切り取って埋めるだけなんで選択の自由はあるぞ」
明日雄も言うものだ。
おそらく彼に関しては、保全機能か何かでその機械が自分でメモリ消去を回避する仕様を設定してあると思って、言っているのかもしれない。
そして。
すぐ近くのアパートに3人はやってきた。
わりと個人情報があっさり引き出せてしまうものなことに驚きである。
ピンポーン。
なんの物怖じもなく、蓮がチャイムを鳴らす。
その横で、紅矢は実は。
「なんでお前は泣きそうになっているのか」
「いや、だって紅蓮多をくれたお姉さんだったら、こんなことしてたなんてショックが」
「言われてみればそう…だな、そんなにみんながみんなロボ持ってないし同じ人かもしれないか」
「わざわざ可能性高いっぽいこと言わないで」
マジ泣きしそうな顔になっている。
あまり脅さないほうがいいらしい、と、二人は思う。
「はーい」
会話を遮るように聞こえてきたのは、女性の声。
「あの、落し物にここの住所書いていたので持ってきたんですが、小さい羽の生えた…」
「い、今でまーす」
がちゃり。
錠が外れ、中から人が慌てたように出てくる。
「……」
「おっきいな」
話に聞くのと、胸の大きさは一致していた。
その顔をおそるおそる、紅矢も当然見ざるを得ない。
反応は……。
生物虐待ネタはうかつにやるとという指摘を内々に受け4回丸々書き直しました。
慣れない勢いでやるものじゃないです。