第一話 ④
「仕組みはそいつの左手だ、今度は見えた」
紅矢が睨みながら言う。
同時に。
『指示優先なら今は動けまい!』
ヘルメスの真上、空中から落下する紅蓮多がその武器を振り下ろし。
『それでも負けることは!』
そのもう一方、体制は崩したが、相手の位置はしっかり見ていると思われるヘルメス。
こちらも打たれる一方ではない様子。
そして、キン、と鳴り響く打ち合いを制するのは。
「ヘルメス!左足2か所同時にシグナルアウト!!!!打ち合いを制したのは駆動パワーを生かしたマルドゥークだ!!!」
「離れてヘルメス!」
『仕方ありません!』
指示通りに結構な速さで距離をとる輪腕さんのプリズムカット・ヘルメス。
紅蓮多は追いかけるのはそもそも諦めているのかより屈んで武器を構えていた。
「しかしまあ、ちょっとキラキラ気味だと普通に動いてても見にくいなあいつ」
「それも作戦の一つで選んだんだろうなあ」
明日雄と蓮がやっぱり、という目を向ける。
「でも仕掛けに関わってるだけで色が全部じゃないだろたぶん」
「左手っていってたもんな紅矢」
その左手。
確かにヘルメスの左手は何かオプションを取り付けているっぽい大きさが見える。
「あれで細いワイヤー出してる」
「え!見えたの!?」
「ギクギク!!」
紅矢のネタばらし。
「見えにくいように大きな動作を混ぜながら紅蓮多の前にワイヤ打って引き戻しと足の大型ローラーで一気に加速するんだ」
「そのスピードと反射しまくりで見えにくい外装で眩ませるのか」
「それと急接近の時以外はあまり移動しないようにして目を慣れさせない計画性と、常に離れた位置で全員に注目されにくい対策もしてる、すごいね彼女」
「これはすごい!!」
解説の人も、これを聞いて言葉にさらに力を入れる。
「見つけたマルドゥークの持ち主紅矢くんもすごいが、野試合生配信の有名バトラー、ジャン君の戦法を見事に取り入れた凜乃お嬢様も最高にすごーい!!!」
「バラしやがったですわね!!どっちの味方ですのおまえ!!」
と、つまり。
ネット戦法パクっただけかこれ。
地団駄踏む環腕お嬢様を目にちょっと覚めかける友人の熱気。
「でも最初の攻撃は本当にわかんないぞ、それだと…後ろにはワイヤ飛ばせないだろう?」
「あー、それならたぶん、今ならわかるわ…試合前に上の鉄骨に伸びるワイヤー仕掛けて俺たちの視界の範囲外に飛んだんだろう」
「ぎくぎくぎく!!!」
「…反則じゃねーのそれ…」
「ま、紅矢が負けたらそこに文句つけよう」
完全に黒。
黒だがとりあえず、この遊びはしっかり見ておきたいのが心情。
それに止めても、紅矢は逆にがっかりするだろう。今は。
「もぉう!すぐ試合終わらせなさいヘルメス!!」
『凜乃様、しかし左足が』
「え、なに…」
『ヒットマーカー消失でオプション電力供給が出来なくなっています、この戦法はもう』
「…………?エ?」
「あーっとぉ、これはプリズムカット・ヘルメス側のトラブル?いや設定ミスかあ?ヒットアンドダメージの設定を自分からオンにして戦闘開始してしまったようだ!」
「…えっ、それちょっと何それ、不利なことになっているんじゃないの私のヘルメス、ちょっと中断を」
「しかし時間無制限勝負なので設定のミスは中断理由にならない、続行だー!!!!」
「本当にどっちの味方なんですのお前!!!!!」
「最高の試合の演出の味方!大人はそういう仕組みでできているのでご心配ありませんお嬢様!」
「あとで覚えてなさいよ!!!」
ポケットを慌ててまさぐりながら、環腕お嬢様がもはやなりふり構わず仕掛けまくる。
あえて引かない審判役にむしろ、何かの裏があるのかと勘繰りたくなるレベルだ。
「ヘルメス!早く終わらせてって言ってるでしょ!!」
距離をとりつつ攻めあぐねているヘルメスも、もちろんもちろん巻き込み範囲のど真ん中である。
『凜乃様、お言葉ですが現状での打ち合いでの勝率は…』
「これを使えばいいのですわ!」
たぶんさっきから服をまさぐっていた原因。
やっとその何かが見つかったのだろう。
直接それをヘルメスに投げ渡す。
「えっそれはさすがに反則じゃね!?」
蓮がたまらず声を上げる。
「フリースタイルです!外野やら缶などを投げ入れられてもネット中継試合で中断された例はありません!」
「それ中断になったら尺足りなくなって没にしてんだよ!」
言われてみればそうである。
「気を取り直して!!!!」
「お前が正気になれ!」
蓮と審判が言い合いする中、ヘルメスは投げられたそれを華麗にゲット。
右肩に手慣れた様子でセットする。
「飛び道具!?」
紅矢が確認した時にはすでに遅い。
「ヘルメス型のデフォルトウェポンの一つ、アクセルファンキャノンだ!これは不利をひっくり返すのにあまりある武装が装備されてしまったぞー!!!」
圧搾空気弾。
破壊力として大きいものではないが、センサー感知でダメージ判定されるこのゲームでは直撃すればそれだけでいい。
遠距離はそれゆえに絶対有利を本来とれるのだ。
-さらに、覚えておられるであろうか。
ヘルメス自身が言っていた「天敵である」というセリフ。
拡張ポート多数搭載で速さと遠距離というオプション武装の有利さを持つヘルメス。
マルドゥークはその逆。
本体のバッテリーやモーターの瞬間出力など、無理がきく本体能力が持ち味であり、この紅蓮多のオプションは最低限。
つまり小型ロボの持ちうるスペック上限が、まんま製品出荷時の紅蓮多の限界なのである。
速さに関しては、設定ミスのあった今のヘルメスにすら追いついてとらえることはできない。
これはムリゲーの領域に足を突っ込んでいるとすら言えた。
「うしろにマーカーがないのは確認してますわ!あとは距離だけ確実にとってなぶり殺してあげなさい!私のヘルメス!!」
『勝たせていただきます!』
寄せ付けず、逃げず、隙を与えず。
確実に狙い、ヘルメスは紅蓮多を撃ち続ける。
「ヒット!ヒット!!!!連続でヘルメスがマルドゥークのシグナルを探り当てていくーぅ!!!」
たまらずガードした右手、その隙を狙った頭部、さらに切り札になると思った心臓部、糸口が見えないままこれで3つをつぶされた。
紅蓮多、もうあとがない。
『紅矢…!』
「諦めない!けど、本当に近寄れない…」
「さて最後はどこかしら…もうオーブンに入ったパエリアみたいなものですけどね、その赤いものは!」
勝ち誇った笑いを混ぜながら環腕さんは勝ちを確信して攻撃を続けさせる。
だがお嬢様、パエリアは焼き物料理じゃない!
料理を日常的にしていないことが拡散されてしまうぞ!
と。
「しかたない…」
そのとき、明日雄がセンターサークルにちょっと寄って行った。
「あら土下座の準備でもしにきたのかしら」
「あーいや」
ホントにさせるつもりなのかな。
ちょっと心配なのもある。
決断を迷っていたその心の天秤に作用した一言。
これがなければ、というひとつのアレなのかもしれない。
「紅蓮多、ジャンプー」
一言言い、同時に手の中に隠していたそれを、明日雄がほいと投げた。
「な!!!?」
「デブおまえマジか」
「一つくらいはお互いさまということで」
明日雄は知っていた。
箱の内容を、あの日見たそのときすでに。
あの箱に、雑に入っていた色々なもの。
それは、お姉さんがいらないからと余計に詰めたオプションの袋詰め。
紅矢のもらったそれには、マルドゥークとマルコシアス二つ分の武装オプションが入っていたことを。
「なにそれ卑怯!!!!」
『マルドゥークに付かないものを受け取ったところで!』
ヘルメスは何かをデータベースですでに知っている様子だ。
『無駄にはせぬ、明日雄!』
マルドゥークがジャンプし、しっかりとそれを取ることには成功したが。
「僕もそれ見たことないんだけど…」
『紅矢、データは前もって設定されていたのだ』
「いつの間に…」
明日雄独自に、楽しくて余った武装をいじって設定してたのはさすがにだれも知らない。
その結果は……。
『イレイザーブレイド!!!』
本来の武器を紅蓮多が水平に構え、もらった武装をさらに取り付ける。
その武器、増設された剣は光をまとうように根元から発光していく。
「なにそれえ!?」
「なんとマルドゥーク!!!剣についていた拡張スロットに本来付属していない放電マルチプルガンを取り付けている!これはあ!!!」
『一度しか使えないが、賭けてみていいか紅矢』
「もちろん!」
「しかもフル出力のまま出しっぱなしジャーマン!!」
解説が何でそこまで心得ているのか謎なほどすべてを説明してくれる。
要はビーム砲のような使い方を、途切れず出してまるで長い剣のように扱っているのだ。
当然バッテリーが長持ちするはずがない。
『かわせば、それだけで私の勝ちです!狂いましたねマルドゥーク!』
『御免!!!!!』
一閃。
長大な光が、一振り、そして切り返し、周囲を行きかい、切り裂いた。
光が消えた時、それは紅蓮多がメインの充電を使い切ったことと同じ意味である。
勝ちであれ負けであれ、そのとき勝負は決まったのも意味したのだ。
結果。
「マルドゥーク残りマーカー1、ヘルメス全マーカー消滅!!奇跡の勝利はマルドゥークに与えられたーーーーー!!!!」
歓声が周囲から上がる。
「そんな…ひどいわそんな……」
身から出た錆もあるといえ、環腕さんには割と受け入れがたい敗北。
ちゃんと予備的なルールや反則も設定しておけば負けていないのに。
そう、おもったけど、そこまで言って暴れられる体力ももうない。
主に気力がもうどこかに飛んで行ってしまった。
髪の色が変わるくらいに抜け殻なこの末路。
「ありがとう、こんなに面白いことがあるなんて、本当に知らなかった」
「は、あっ、あ……えっ!」
いつのまにか、真横に紅矢がいる。
環腕凜乃が動転して言葉にならないのはむしろ当然だろう。
自分に向けて差し出された手に、なにか光り輝くものさえ見える。
行き違いしかなかった3年を経て、今まさにこっちを直視してくれる瞬間を迎えた環腕凜乃。
人生最良の瞬間が来たと言って過言ではない。
「それで、名前付いてるなら教えてほしいんだ」
「……」
最良の瞬間、終わる。
「ヘルメス、装備解除して外して」
『はい、凜乃さま』
「これ、あげるから」
ヘルメスの加速ローラーユニットである。
手渡しして、そのおまけでちょっと、その手をぎゅっとする。
かこつけて、にぎる。
精一杯をやり遂げ、言いたいことはあれど、押し殺して味わい尽くし。
「次は負けないから!!あとそのすっとぼけた頭でクラスの連絡簿でも見てみたら!!!バーカバーカ!!」
ヘルメスをポケットに入れ、叫びながらダッシュで逃げる環腕凜乃。
環腕凜乃、の、精一杯な感情表現だったのだろう。
たぶん。
「……環腕さん、そのロボの名前は特別にはつけてないの?」
聞こえなくなったような位置で紅矢が細くつぶやくが、当然聞こえないで勘違いは正されない。
やはり、報われない関係なのかもしれない。
「いやあ、本当にいい勝負でしたね、紅矢くん!」
「審判の人、まだいたんだ…ていうかマイクまだ持ってるの」
「勝利者インタビューくらいはしたい気分なんだけど、この熱気で飲まれてしまってね!」
蓮の一言にも実に軽快にマイクで答える彼。
実際はだれなのか。
「というこことで、壇上で一言もらったりできるかな紅矢くん!」
「お前はこっちや」
「えっ!」
審判役のお兄さんが不意な声におどろく。
後ろは…。
「不法侵入に施設を現時点で無断で占拠しているね君、教員から通報があったよ」
「あっその…あれ?お嬢様、いない…」
「事情は後で聞くから、まず車に乗って」
連行。
まごうことなき連行。
見慣れた公権力の制服がマイクの男を運んでいく。
「いやあの無実です、別に侵入とか…」
「署で聞くから、抵抗しないでそのままで」
……。
こうしてつつがなく、実につつがなく。
紅矢と紅蓮多のデビュー戦は終了した。
夕焼けもきれいな、晴れの日であったという。