第一話 ②
およそ四日後。
すっかりクラスで紅蓮多の名は知れ渡っていた。
紅矢としては、特に見せびらかすわけではなくお姉さんを探す手がかりが必要で手放さなかっただけなのだが。
それとは別に、この喋る玩具を元気な子供たちが見過ごして居られるわけはない。
珍しいこの来訪者に、みんな興味と好奇心がストレートで向かっていく。
いっぽうで、蓮と明日雄は学校内ではかなり距離を置いていた。
これが校則などの問題になったとき巻き込まれては喜ばしくないため、という一点で。
主に蓮のみの判断だが、なんともしたたかである。
だがそれだけで逃げているわけではない。
没収されることがないよう、それなりの動きはしている様子ではあった。
だから紅矢も一切巻き込もうと動きはしなかった。
今日までは。
「あなた、そんなもの持ち込んで、いーいー気なものね!」
集まったクラスの塊の中からひときわ響く声がした。
ざわざわ。
様々な声がそれに応えるように広がる。
「人気者になるのに必要なものがそんなものなんて、プライドのかけらもないその行為にわたくし、腹立たしい思いしか抱けませんわぁっ!!!」
しかしそれも雑音でしかなく、一切その声の主の発言に影響は与えない。
女の子。
しかも何やら気難しい雰囲気を感じさせる。
「ちょっとどいてくださいます、そこそこ。両手広げてくらいの場所ないと映えませんの、ほらほら」
注文も多い。
紅矢の近くの何人かが、それを聞きながら一言二言言って離れていく。
いわく。
(凛乃に毎回絡まれるなあ紅矢)
「ということでッ、この、環腕 凛乃の持っているこっちのほうが高くて強いのですわ!!」
目立つために同じことしてるんだけど!
相手にプライドと言った次のタイミングこれかい!
クラスの皆が突っ込みたくてたまらない中、あえてのスルー。
一言が二十倍になって帰ってくるのを知っているから、あえてのスルー。
「君も持ってるなんてすごい偶然だね、仲間だね」
いやいやいや。
偶然じゃなくこいつ紅矢が持ってるの見て親にねだったとしか思えないよ?
クラスの突っ込みたい空気は、まさにはち切れんほどだったが、スルー。
辛抱強いみんなのおかげでクラスは今日も楽しく回っています。
その中弱冠一名。
「たたたた、な、なっなな、仲間とか馴れ馴れしいのばっかじゃないの!」
真っ赤になって叫びだす子が一名。
当然、その環腕さんである。
「えと、それで名前なんて言ったっけ」
「貴様ぁぁぁっ!!!!」
『凛乃さま、冷静にひとつ』
冷静か冷静でないか以前に、すでにちょっと泣いている環腕さん。
なまえ、覚えていてほしかったんだね。
「もう、もーうわかった、勝負して、しないと収まってあげない!!」
その飛躍した論理にだれ一人ついていけない。
だがまあ、泣く子と動物には人間勝てないもの。
おそらく何時間だろうと引っ込む気がないのが見えているなら、流されるより仕方ないのは世の理。
紅矢もそのあたりは直感で理解したようだ。
「やり方がわかれば、いいよ、頑張ろう一緒に」
「もーう!もーぉう!!!」
何も考えていない紅矢の屈託のない笑顔。
そしてそれを真正面にして横を向いて両手で顔を隠して、あらんかぎり叫ぶ環腕さん。
どんな顔をしているのかは、たぶん言わずもがな。
何があるのか、ちょっと周囲が期待したその瞬間だった。
「もぉぉぉぉーーーーううううう!!!!!!!」
ダッシュ。
(逃げた!)
廊下に走る輪腕さんに道を譲る各クラスメイト。
それはもう連携の美しさを賛美されてしかるべきスムーズさだ。
何気に彼女への同情のなせる奇跡だった…のかも、しれない。
『おそらく朝礼までに凛乃さまは回復しきれないとおもわれます、お昼までにそちらのマルドゥークにポイントを聞いておいていただけると助かります、では』
そしてそれに続き。
ダッシュで走り去る環腕さんを追いかけるためそう説明し、置き去りになったもう一体のそのガジェットが立ち去る。
どうにも車輪のような移動装置付きらしく、そのスピードは追いつくのにさほどかからないだろうと思えるほど早い。
早さが武器、そういうタイプなのだろうか?
そう思いながらも名前を聞きそびれた、そのことで頭がいっぱいな紅矢を置いてけぼりに。
「お前、三年ずっとクラス一緒で環腕の名前の一文字も覚えてなかったんだな…」
いつのまにか近くにいた蓮が、ぼそっと呆れたように呟いた。
「いや、ロボのほうに名前があるのか聞きたくて…」
…どのみち報われないなあ、あいつは。
クラスは、なんともいえぬ乾いた空気で満ちていたのだという。
だが、その後…。
待っても眺めても彼女の姿は確認できず。
何かあると思われたまま放課後。
まさかあのまま急病で環腕さんが欠席扱いとなるとは流石に誰も思わず。
たのしいイベントは順延と思われた。
その時である。
「待った!?」
駆け込むように一人の女性が走り込み。
「必死になって戦うことばかり考えていたんでしょうけど、こっちはそんなのちっとも考えてなかったわ!」
手元の何やら分厚い書籍がしょっぱなそれを否定している、なんとも劇的な登場である。
「調べたら公式ルールみたいなのなかったじゃない!どうしてあんなに頑張ろうとか言っちゃうのあんたっ!!」
「調べてくれたんだね今までずっと…」
「ちがうし!あんたのためにそんなに必死になったりしないし!」
そうらしい。
「というわけで、やってやるわ!」
「できるんだ?」
ちょっと期待をする紅矢の目。
急激に赤くなる顔を輪腕さんはなるべく制御し、授業をさぼって調べ上げた機能を説明する。
ついに紅矢と紅蓮多の初めてのバトル。
後にクラスで長く語られる体育館の決戦がいま、幕を開けようとしていた!