終 話 ③
『降参するか、命乞いするか、泣くかしか、もうなくなったね紅矢』
「あーっとぉ!!!!!これは射出ワイヤーを収納せず、途中で固定しながら巻き付けたのか!!これは危険だあ!!!」
試合は、ほんの少しの間に圧倒的にジャンの有利に動いた。
と、いうより、絡めとられたそれは、もう試合続行不能としか観客には見えなかった。
「危険ってなんですの?」
さすがに不安を覚え、環腕凜乃が実況の人に話しかける。
「ああはい、おそらく、あれはヘルメスタイプの武装と同じものだと思うのですが、あれ特殊鋼ワイヤーでして、あれの攻撃というのは、今回禁止されないのが不思議なものなんですよ」
「えっ」
凜乃が青ざめる。
「センサー消しあうゲームでは、極力実質的な衝撃はないものを考えて使っています。プラズマガンや空圧弾などは、名前でそう聞こえてもセンサーに引っかかるくらいの安全なものが基本なんです」
「ほむほむ」
「ですが、ある程度の重さを支えるワイヤーはそうではありません、しかもなぜかあの特殊鋼は、なんでそれほどというレベルにとても強いものを採用していてしかも細く、圧力をかける装置次第では壊せるんです、ガジェットを」
「はぁ!!!?」
初めて聞いた。
「なんで禁止しないのよ、それ!!」
「草案を作ったのが、わが社ですので……それを言うのは」
「明日からダメ、決定」
「たしかに、それでいいのかもしれませんねぇ」
「環腕、相変わらずお前適当だな……」
「まぁ、穴というのはあるものだろう、あれが人気の理由かもしれないな」
「上級生さ……」
お前はそもそも何でもありだろ。
蓮も、さすがにそこまで刺すように突っ込むのは避けた。
『ぐあぁぁぁぁぁぁぁ!!』
「紅蓮多!!!!」
機能障害、または破壊に繋がる非常シグナルが紅矢の手持ちデバイスにも送られてくる。
武装変更の際変更した肩アーマーにも、変形の異常がみられる。
これは、試合どころではないのかもしれない。
『最初に狙ってみたのもそうだが、本当に背面にマーカー設定しないんだね紅矢、そこは少し好感度高いよ』
すでに勝利は確信している。
あとは、いかに、逃れられないところで自分の欲しい情報を出させるかを約束させ、頭を下げさせるか。
『負け、もう決まってるし、約束も覚えているよね?』
「ちゃんと覚えているよ、僕が勝ったら、紅蓮多の名前、憶えてくれるって」
いらっと、した。
そんな話をするのを、自分は許可したろうかと。
『立場が分かってないな!ボーグ!』
『ぐわぁぁぁぁぁ!!』
締め上げる力が増す。
装甲にそれなりの強度があるからいいものの、やたらに細いこのワイヤーは人がうかつに触れないレベルのそれ。
今までの、センサーによるダメージで済まない怖さは、本格的な破損の前にせめて知るべきだ。
ジャンも一応、そう心の内で考えてはいた。
『自分の相棒を心配するなら、言うことがあるはずだ』
「そうだね……すまない紅蓮多」
『おまえっ!』
「……し、試合中止したほうがいいんじゃないですの…」
「いえ、これは成長物語というドラマ!!!そういったものであるべきであると私は考えます!加減というものは当事者たちで何とかできると信じるのもまた、責任といったものではないでしょうか!」
「でも、覇天椥くんのものがもし壊れちゃったら……」
おろおろ。
「保証期間中ですので」
「そういう話!?」
お兄さん、割と事務的でした。
「ごめんね紅蓮多、無理なことばかりさせて、しかも、今回はただのわがままだ」
『いやいや、そういったものに、悪い気がしたことはないよ紅矢』
『やっと、諦めたかい』
ジャンが得意げに漏らし。
「……なら、そろそろ僕たちも考えたことをしよう」
『待ちかねたよ!』
一言とともに、紅蓮多はわずかに動き出す。
そしてインパクトカノン、発射。
かなり明後日の方向に。
なにも狙ってはいない。
続けて。
もう一度、もう一度。
狙いは特になく、たまにつま先だけで少し揺れてみたり。
『この期に及んで、見苦しい真似を』
ジャンの堪忍袋の緒が切れた。
『……そろそろ終わりにしてあげよう!』
最終通達。
全力で締め上げ、ゲームとしての勝負ではなく破壊して終わらせるという意味で。
ガシャッ!!
嫌な音が試合場のスピーカーに響く。
終わった……。
「覇天椥くん!?」
「紅矢……」
「いや!!?いやいやいや!!!!!????」
締め上げた中央。
破損したプラスチックのかけら。
「破片すら残さず吹っ飛んだか……」
「そんな爆発物、あそこにないだろ上級生!」
「なら、あれはいったい…」
『うぐあぁぁぁぁあぁぁ!!!!ジャン!!!!』
『なんだ!?』
もう一つのマルドゥーク、ボーグからの声。
同時に、試合場ボードのマーカー表示が点滅しだす。
『何!?』
壊れているはずのメカがいた、試合場の中心に気を取られていた視線をずらす。
そこには。
ダウンしたボーグ。
そして、それを踏みつけている紅蓮多。
「脱出している!!紅矢くんのマルドゥークが相手を叩き落しているぅうううう!!」
『なんでなんだ!!』
「囲んでぐるぐると、何か所かで中継しながらワイヤーを回していたからだよ……一度メタトロンでやって失敗したのあったよね」
『!?』
ジャンが自分で作った動画の話だ。
それの話を紅矢がしている。
まさか。
「あれ、支点が相手に一つ絶対必要になると君が、解説していた」
『対策したっていうのか!?』
「すべて剣とカノンの接続パーツを引っかけるようにすれば、フレームに食い込ませて動けなくなったりはしない…そう思った、あれを見たとき」
『移動中は、一言も言わなかったのに…ずいぶん僕のファンじゃないか』
「ちょっと失敗したけどね、それと君の話は、環腕さんとの最初の試合の時に聞いてから、ちゃんとチェックしてたよ、ずっと」
『そういうことか』
「あとは背面ロックを外して、計算で剣を必ずワイヤーの導線にあて、最終的には剣を外すかねじって空間を作ったうえでカノンの反動も利用し、抜け出すんだ、一気に」
「多々禮くん…セッティングでそういえば、何度も試してたね」
上級生と明日雄。
話してみると割とマニアネタで話が合ったらしいが、会話そのものはずっと少なかった。
「実験に問答無用で引っ張り込まれたっけ」
「お世話になりました」
「お前ら、そんなフランクな会話してたんだな…」
蓮に至っては会話してるのをはじめてみたらしい。
ほぼ平日毎日顔を合わせていたのに。
『少しダメージがあるのと新しいほうの肩装甲を壊してしまったのは勿体なかったが、成功だな』
本体ダメージは少ない。
インパクトカノンは外装ほぼ全損。
肩は装甲だけは両方砕ける。
抜け出しの時に、顔の装甲にワイヤーが接触し一部破損。
戦闘に支障は出ないだろう。
『ならワイヤーがまだ使えるということ、考えていなかったかな!?』
伸ばしていたワイヤーを巻き取り、その移動で体制を立て直しにかかるジャン。
だが、引っかけるものがなくなった分を巻くだけでしばらくかかる上に絡まりもある。
動いたところで。
『悪あがきというのは、まさにそういうことを言うのですよ』
つまり、紅蓮多に追いつけないスピードではない。
しかし、剣を抜けるときに手放した紅蓮多に武装は、もう……。
「殴ったーーー!!!!もう、倒れたジャン君のマルドゥークに素手でマウントから殴り掛かりだぁぁぁ!!」
泥臭くなる試合展開。
『いい、起き上がってもうそのままねじ伏せろボーグ!』
左手をワイヤー射出ユニットで埋め、固定ワイヤーに繋がっているせいで動きに制限まであるボーグにそれは圧倒的に不利。
高速移動のためと、手のひらに無理にそのユニットを固定するため、それは過剰に固定されているため、試合中に外せない。
完全な足かせだ。
だが。
こちらも、だからと言って降伏などはできない。
たまにワイヤーを無理に引っかけようという動きを仕掛けつつ、ひたすら近距離を同型と繰り広げるボーグ。
メインとしていた武装を失い、殴る蹴るで相手のセンサーを文字通り手さぐりに消しにかかる紅蓮多。
こうなっては、同型である以上得意な距離も同じ。
いっさい引くことない近距離戦を繰り返した。
そして結果は……!
『これで決めて差し上げよう、兄弟!』
「いけ!!紅蓮多!!」
『プラズマティック・ハンド!!!』
相手をつかみ、その手を輝かせる紅蓮多。
左手。
そこには、剣にいつもは取り付けてあるプラズマガンが、手のひらに接続されて稼働しだしている。
『ヒート・エンド!!!』
胸元から乱反射し、拡散する光。
超至近距離から、出力の上限まで使って浴びせられるそれ。
決定打だった。
「試合終了ーーーーーーーー!!!!!!!!!」
紅矢、紅蓮多の文句の言いようのない勝利。
その場も、中継も大盛り上がりである。
「紅蓮多にも、君にも、ちょっと申し訳ないと思ってる」
試合場を回り込み、ジャンに歩み寄って紅矢が言う。
「たくさん中継される試合だと思うと、たまらなくなって盛り上がる試合がしたいと紅蓮多に相談したりしたんだ、どうしても会いたい人がいて、今日は見てくれるかもしれなくて……」
『好きな人なのか?』
「どうだろう……会いたくてずっと仕方ない人」
顔を見た瞬間、それが想い人なのは、ジャンから見ても疑いようがない。
少し先走ったらしいそれ。
ちょっと出てきて、非難なんかはできない。
『君をそれで罵ったりはしないし、約束も忘れていない』
帽子を静かにとる、ジャン。
そこにたなびく長髪。
『できるなら、僕にひれ伏させて、そのまま国に持って帰りたいと思ってた…だからおあいこさ』
どういう意味だろう。
「……へぇ………へぇ…」
見ている環腕凜乃が、心底不機嫌そうにつぶやく。
凜乃にはわかる。
空気で、一瞬で。
こいつも、泥棒猫だ!
『セラヴィ=ストライトバーグだよ』
「え?」
『僕の本名。あだ名がずっとセスだったのが気に入らなくて、そのうち男装まで板につくようになっちゃったんだけどね』
「あらためて、よろしく、セラヴィ君」
さらりと握手を求めてきて、しかも君呼びなのにすこし傷ついたりもしたが。
『…まぁいいよ、おめでとう紅矢』
何かを握り、握手するジャン…いや、セラヴィ。
『君が持つ権利を得たものだ』
紅矢に渡された、それは勲章。
勲章の形を模した、某大会のトロフィー。
「まじでか」
「すごい話になってんなぁ、勢いで」
「有志による全米大会の勝者の証がいま、手渡された!これは奇しくもこの場所でチャンピオンが誕生してしまったぁぁぁ!!!」
さらに盛り上がる、周囲の野次馬。
死でもこの場でくれてやろうか、くらいの勢いで睨みつける凜乃。
そして、この場に歩いてくる何者かの足音。
話題としては、大成功と言えそうな開会式が、ここにすべて、スケジュールを終えた。
ところだが。
『紅矢』
『ジャン、どうすればいいだろう』
マスター二人とも、同時のロボの言葉に困惑。
『交戦可能信号、いや、対戦希望のシグナルを出して近寄ってくるガジェットがある』
「ここで?」
演出だろうか?
『ずいぶん無粋じゃないか、小さい社長さん』
「さすがに私じゃないですわ!」
「でも、やれるならやってもいいかも」
「おっと、乗り気ですね紅矢くん!!!」
お兄さんは、もう一試合見たい気分でいっぱいと見える。
そんな次の瞬間…。
「はい、お子様たちそこで何してんのう?」
女性の軽い声。
紅矢のすべての思考が、固まった。
プロローグ、つづきの部分にここで直結します
紅蓮多の口調が明らかに違うこと、開会式が大会呼びになっているところは、あとでそ知らぬふりで直そうと思いますが、ひとまず今はそのまま。
エピローグもお読みいただければ、うれしいです。




