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余話 無敵メイド その名はバケツさん2号

 そこから海を眺める老婆は、不自由ない暮らしを約束されていた。


 しかし、その心には不満だけがたまり続けているだけ。


 息子が顔を見せに来る機会が、めっきり減ってしまったせいである。



 養護施設に押し込むように引っ越させ、慣れない共同生活に感じるストレスより。

 ことあるごとに意見が合わずに、たまに家出した息子の嫁との対立より。

 息子と会う時間が減ったことが、不満だった。


『息子さんの名義で、施設に20万ドルの寄付を行ったものです、今、よろしいですか』



 ある日。



 その女性は、唐突に現れた。


 肩に乗った人形が、別の国の言葉を通訳している。


 おそらく日本の女性だろう。


 そして、息子の会社の製品をわざわざ持ち込むのは、演出のひとつなのが理解できる。


「あれから、世話する職員の態度がずいぶん変わりましたわ。感謝しています」


 やはり、息子が心変わりしたのではないのだと、少し落胆しながら、老婆は言った。


「失礼かと思いましたが、こういった形での敬意は先にあらわすべきと考えました」


 女性は自分でも、流暢な、通じる言葉を話し出す。


「きっと、神様があなたを導いてくれたのね」


 老婆が、静かに言うと、女性が少し驚く。


「私はもう長くない、そう言ってあの子を困らせてしまうのは本意ではないわ。あの子の仕事や未来はあくまであの子のもの」


「立派なお考えです」


「だからきっと、私の今を隠して、それでも本心を伝えてくれる天使様が居てほしかった、私には」

「状況としては、当方でも存じています。私としましては、ここの待遇改善を主として考えておりましたが、お望みであればオリファCEOをなるべく早くここにお連れできるよう計らいもできます」


 老婆にとって、満点の回答。

 静かに笑い、老婆は、やってきた彼女に、カギを一つ手渡す。


 見た瞬間に、目の前の彼女が目を真ん丸にしたのを見て、目的がそこにあったことを確信し、同じくその心中を観察した。


「受け取れませんお嬢様!これは心象を整えて価格交渉をこれからするためのもので、どうして今受け取れましょうか」


「あの子ね、私にはこの鍵が何なのかすら言わずに、絶対無くさないようにとだけ言ってこれを渡したのよ…帳簿上どうなっているかなんて、私は伝えなくてもわかるっていうのにね」


 税金の対策に関わる諸々のため、老婆は何をされてどこに連れていかれたのか、完全に理解をしていた。

 彼女も、過去には大きな会社の切り盛りをしていた知る者は多い人物であったのだから。


「それに関して、私は何も怒っていないの。昔なら、きっとそれだけでファミリーネームを名乗るなと言っていたでしょうに、弱くなったのね」

「家族として信頼がなければ、あれほどのことはできません。信じておられるからです」


「いいえ、あの子の考えですら、きっとないわ」

「え……」


「そんなことに気が付けるようになったから、神様は私を少し気にかけてくれたのだと思うの、だから受け取って欲しい」


「私は何もしては……まだ……」


「いい?ここまで使っていた分を私の借用であると書面を作りなさい。なんであればあなたがあの会社に関わった部分を私が指示したと直筆で書けます。そして期日までに払えなくてこの鍵を手渡したとするのです」


 それは、遠く離れた貸金庫の鍵である。

 MACROPS社にとって命である、半数の社長株がさらに外部相談役としての彼女の名義になって、本来決して手の届かないここに、隠されていた。



 悪く言えば会社を売る。


 しかし、これはいわば、自力で成し遂げられていない息子への、再起を促す一手と考えた末の行動でもあった。


 その道筋づくりを、来訪者に賭けたのだ。

 老婆の中では、悪意でそれを用いない、天使。

 周囲を読み切ったこの老婆に、彼女は鍵の形の重責を貰ったのである。


「では、お心のままに、これを一時お預かりします……」


 彼女、環腕許子は深々と頭を下げた。


「そういう時は、こうするのよ天使様」


 指で、老婆は胸元をすっと指し、十字を切る。

 柔らかい笑いだった。


「お子様、必ずここにお連れ致します」


 数日後、怒りに我を忘れたように息子はそこを訪れることになる。

 しかし、部屋からは男性の泣き声だけ、ずっと聞こえていたらしい。








 その、すこし場違いな空気と、ほぼ同じ時間に。


 株式を手に入れたと姉から電話を受けた妹、凜乃は人に会う時間以外は飛行機の中ぐらいのハードスケジュールをこなしていた。


 量産のスピード化に関する工場の下見、各地区における急増の店舗の見回り、出店場所の会議、本社や買収したことによる各社へのあいさつ、などなど。

 寝る時間を移動中に薬で作るしかないタイトさを極めていた。



 逐一外部アクセスしながら、手元でスケジュール管理できる手持ちの自立行動ガジェット、ヘルメスは、こういう時本当に役立っている。

 なにしろ、通訳が常に隣にいて言葉を気にせずすみ、書類も自分で読まなくていいのだ。

 いっそ移動も任してしまいたい、凜乃としてはそう思えるほど。


 しかし、まぁ。


 小型ロボであることにも利点があるので、そう何もかもとはいかない。

 そう思っていた、中で。


「なんですのこれは」


 MACROPS本社……に隣接する開発部署。

 のんきに日本人のお風呂動画や睡眠中の女子高生の映像を眺めている変態開発者を横目に、あるものを環腕凜乃は発見した。


「テストのため最初に持ち込まれた、初期のロボたちですね」


 来訪の理由は、中枢であるそれらの部署が、買収を引き金にごっそり抜かれて会社の意味がなくなることがないよう、多少の圧をかける意味合いだったのだが。


「どれもこれも趣味が、あまりよくないものばかりですわ……これでは私の趣味まで怪しまれますわ」


 たっぷり悪態をついて印象を悪化させかねない来訪になってしまった。

 ちなみに向こうの言葉は余すことなく、肩のヘルメスが通訳を続けている。


「もっといいものは作りたいですねえ確かに!」


 周囲のだれもが、聞くと笑い出す。

 ……フランクすぎる。


「…特にこれ…」


 それは、椅子に座った人間。


 いや、人間の大きさのメカだ。


 作業用、愛護用など、元の生物の代用にロボを使う商売は聞いたことが凜乃にもある。

 そして、機械をより小さくコンパクトにする難しさも、知っている。

 だが、これはどうだろう。

 おおよそ半裸の女性だ。


「はっきり言わなくてもよろしいですが、何に、使いますのこれは……」


 嫌な予感を覚悟しつつ聞く。


「おお!知るのは18歳になってからのほうがいいかもしれません!」


 わざわざ女性がそう煽るのに、凜乃は少し泣きそうになる。


「聞いたのは間違いでしたわ」

「と、そんなことはありませんのです」


 ?

 違うのか。


 聞くと、かなり懇切丁寧に説明された。



 これが、この会社ができるきっかけなのだと。

 何者かが、これに関する技術を持ってきて、それらを使い新たな商売をするのだと、社長が提案されたのだとか。

 社長はロボそのものに知識がなく、工場の伝手としても大きなものはないため、末端の指の駆動を使った小型化を提案。

 そこからすべてが動き出したのだと。

 かれこれ、それも5年は前らしい。

 つまり。

 この人間型がすべての小型ガジェットの母なのだ。


 これそのものもコピー品らしいが。




「相当なものですわね……これそのままでも楽に商売にはなるでしょうに」

「それは、アダルティックな会社への路線転換なのです

か?」

「それはなしで」



 凜乃はきっちり否定。


「ここは絶対にそのまま残します、そして待遇は今後格段に上昇させます」


 来た理由がそこにある。


「これから、アイデアが必要になります」


 凜乃は声を少し大きく張り上げた。


「もっとたくさん、もっといろんな方に、これが無ければいけないと今後言わせられる未来が必要です、世の中で一番目に付くものが人間以上にこれなのだと、いつか言わせたい」


 開発室が静かになる。


「私が大好きになった人が好きなもの、それをもっともっと、私は当たり前にしたい、それだけで突き進んでいきたい!ずっと!」


 紅矢に言えない、恋愛脳の胸の内。

 ここまで来たら聞こえるわけがないと、ぶっちゃけた。



 同時に起きるのは。


「いいよボス!」

「楽しみが増えたよ」

「いいね、ぼくたちより大きい夢かもしれない」

「愛してるわリーダー」


 拍手。

 新社長は、好感をもって迎えられた。





 と、いう話がありましたという、それから、のち。

 そんな感情のまま動きまくったあと。


 ひと段落ついて帰り着いた自宅。


「動くものなのかしら」


『問題はないはずです』


 今はもうデータを抜き終わって使われない、すべての母の人形を、凜乃は貰って帰ってきていた。

 システムの大本が同じなら、ヘルメスの遠隔動作も一部は可能かもしれないからだ。

 そういわれ、贈呈された。



 不燃ゴミ捨てる感じで持たせられてない?大丈夫?


 そうも思わないこともなかったが。


『なるほど、確かに接続で認識は出来ます、お嬢様』


 人間の姿をしたほうが、しゃべった。


「ちょっと前のものと聞いていたけど、ずいぶん精巧なものなのね、これ」


 凜乃は割と普通に驚く。

 仕組みが見えていなければ、普通に人間だと思い込めるのではないだろうか。

 裸では見ているのも心地が良くないので、ありていにサイズの合うメイド服を着せてみたが……雰囲気は異常に合う。

 おとなしそうな長髪の女性、といった姿はいま、清楚メイドに変貌している。


「ドッキリ的な遊びには、使えるのかもしれませんわね…ヘルメス、いろいろ動いてみて」


『了解です、お嬢様』


 動いてみるが、モーターのような機械音などもしない。

 これが5年以上も前に作られていて、世には出ていなかった?

 知らなかっただけかもしれないし、後で近くの誰かに確認しようと、凜乃は思い立つ。



 そこに。


「凜乃、入るわよ」


 姉の声が。


「二人一緒に家にいるなんて、ずいぶんなかったと思いましてね、出来がいいほうの妹へ、ご褒美にお茶を淹れてあげましたわ」


 まれにみるご機嫌な姉、許子。

 ここのところ自分の実績としての利益も上々で、いい知り合いもでき、妹は自分の足で立つことができて、と、いい事尽くめだ。


「ドア、あけてくださる?」


 が、この一言で。


「ヘルメス、お願い」

『はいお嬢様』


 当然のように、大きな体のテストで楽にできるかどうかを試したいところ。

 そう思っての指示だったが、そこで。



 …悲劇が起こった。


 急ごうとしたヘルメスの動かす、人間大のその体。

 手早くを意識したその瞬間、その体は出力を把握できなくなり。



 どがん。


 そう、轟音を発し。


 ドアノブ、扉、のみならず、横の壁に肘うちのようなタックルをかまし、鉄筋入りの壁をまるで食パンかのように、ゆがめ、破壊した。


「んな!?」


「……凜乃、よくできた評価…ちょっと変える必要、ありますわね……」


 奇跡的に、なんとか無傷だった許子。


「あ、あっ…あのお姉さま、已御(やみ)ねえさまは今日こちらにおられるのですか?」


 何か、何とか話題を逸らして何とかしようと必死な凜乃だったが。


「あれが部屋から出てくるなんて家が無くなってもないですわ!まったく、こういうときくらい心配したりしないのかしら出来が悪いほうのアレは」


 やぶへび。


『申し訳ありません、本当に、申し訳ありませんお嬢様』

「でもこれ、おかしいですわお姉さま…この機械、まさか兵器とか、そういったものでは…ないですわよね……」

「それより前に、凜乃、あなた、これを今後使いたい気があるのかどうか、そこを先にきかせなさい」


 持ってきたディップソースまみれになった姉、許子が一応腹立たしい中でも、妹を気遣って言った。





 そして数日。

 使えるなら、身辺警護には使えるのかもという考えのもと。 ヘルメスは、この体を使いこなすべく、経験値を積むあらゆる修行を開始する。




 ある時は系列のメイドカフェで。


「ヘルメさんでしたか、ではまず、これをお客様のところへお願いしますね」

『了解です』


 フロアを視認。

 大変混雑し、直線では進めないのを確認する。


『ワイヤーフック射出』


 天井に粘着性の固定装置があるワイヤーを腕から即時に射出。

 即座に巻き取り飛び上がる。

 そして理想的着地点に着地。

 ぼすん、と鈍い音を立て、誰の視界にも入っていなかったウェイトレスが落下し。


『オムライスでございます』


 一日限りの、伝説となった。





 そしてまたある時は、交通整理。


『申し訳ありません、ここは必要な方が優先される業者停車エリアでありますため、移動させていただきます』


 軽トラを片手で運搬する、何か。

 たぶん、何かの撮影による演出なのだろうと見送る人たち。

 中には、子供が事故に遭う瞬間に車を手で止めた女性がいたなどという噂もあったが、映像などは残っていない。




 さらにある時は、工事現場。


『この下水管は設計図通りでよろしいのですね?』


 埋設作業を一人で、みんなの昼食の間に終わらせ帰った工員がいたとか、何とか。





 ついでにある時は、居合わせたコンビニ強盗の現場。


「お前なんだ!?人質だぞ!」


『今すぐ中止し、ここで働くほうが得るものは大きいかと思われます』


 最近のコンビニは、レジに大金を置かない対策で割に合うような成果などないとされているデータがあるとか、ないとか。


「これ本物なんだぞ!撃つぞ!!」


『今なら撃っても問題はありません』


 頬のあたりに銃を向けられ、平然と人質とされる女は銃口に指を持っていく。


「映画見すぎか姉ちゃん!ピストルってのはそんなので止まらない圧力がかかって死ぬんだぞ」

『映画のそれを引用するなら、それは嘘ですね』

「こんの…うぁ!!」



 つい力が入って打ち出されてしまう一発。

 だが。


 弾は指でしっかり止まり、撃った本人のグリップに衝撃が一部伝わりそれを落とす。


『ですが残念ながら、映画などはその相手が人間なのです』


 犯人は、呆然としたまま通報により捕まったが、証言にあるその女性とやらは、いまだ見つかっていない。







「動かせるようになりました?ヘルメス」


『出力の加減も大分、わかるようになってまいりました。今は最大で動かすことも、牛乳パックをこぼさず開けることも可能でございます』

「満足ね、では今後はたびたび使いましょう、それ」


『ただ、このデバイス名が”バケツさん二号”というのは、何かの暗号なのでしょうか?それだけ今もわかりません』

「名称を分けて使う必要があるときは、それを使ったらいいわヘルメス」


『さすがに、それは……』




 ヘルメスにも、少し人間味らしいものが出てきたのは、これもこの体のせいだろうか。

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