第漆話 ③
あの日から。
すべてが目まぐるしかった。
大会に至るもろもろの発表はテレビでも逐一流され、そこに相当な金の流れがあるのに驚くしかなかったり。
一気に生産されたロボたちがたくさんの店舗に並ぶ様子、そして次々と出てくる競技用廉価版ロボの発表、などなど。
公式一般ルール公開に大会の開催に、その熱を受けて環腕の製品は予約だけでも、この短期間に、すさまじい業績を上げているらしい。
色をカスタムオーダーしてちまちま生産していたのを、キャパの限界と仕組みから取り払って別分野の工場を巻き込み大量に作成。
できたそばから出荷出荷とやりたい放題なのだとか。
大都市主眼すぎるマーケティングに批判は出もしたが。
そもそも万年品不足の前体制からここまでやったのは、環腕凜乃の無理を押し通した手腕なのは確かなのだ。
それを購入者は比較的好感し、さらに祭り上げる。
会社だけでなく、環腕凜乃自身も、これに乗って熱狂的な何かを生み出しつつある状態だ。
本当に世の中、ひどい方程式で回っているものである。
そして。
発表から、たったひと月足らずで世の中を引っ掻き回すだけ引っ掻き回した環腕凜乃は、最初の大舞台、世界大会の開会式を敢行するに至った。
観客の殺到を考慮し、一般の入場は行わず中継を主とした開会式。
これもまた、チケット高騰などの配慮に長けていると凜乃の評価に無理につなげる意見多数。
実際は、そんな短時間でドームなどの大会場がおさえられなかったのと、紅矢といる時間に外野はいらないと切って捨てただけなのだが。
『と、いうわけで、今日は世界の皆様にこんにちわぁ~☆彡まだ見ぬ優勝者に愛を込めて、優勝景品の染井吉野ちゃん、今日は開会式の進行をしていきたいと、思いま~す☆彡』
倉木戸玻璃の声。
そしてアニメ基調のような姿。
それは何かと言われたら、バーチャル配信者、染井吉野ただ一人となる。
今回の大会開催にあたり、情報の最初でいきなり優勝賞品として紹介され、「誰?」と世界が面食らった存在。
内容を詳しく知っている人間からですら、それは社長の腹いせから下された暴挙と思われていた、それ。
『メガジェットユニット1on1バトル世界大会の、輝かしい第一回大会にご参加、ご視聴、ご興味を持っただけの皆様!お集まりいただき、誠にありがとうございます☆彡』
だが恥をかかされて終了退場などを希望する爽やかさ、ストイックさは環腕凜乃、倉木戸玻璃の両社とも、さらさら持ち合わせていない。
芸能に関わっていただけは一応ある、その台本読みのつつがなさ。
加えて3Dの映像の見た目を感じさせない、画面としては顔アップだけが続いているが、それがまだ悪印象とはならない。
『それでは今回採用された、戦闘ルールからご紹介します☆彡』
さすがに動画に切り替わる。
ここで、読み飛ばし上等なロボたちの戦闘のおさらいをしておこう。
衝撃、および感触のための各部センサーを範囲で分化し当たり判定としてゲームに利用。
箇所は、四肢上下で計8つ、胴体に胸部左右、腹部、下腹部、心臓部(バッテリー位置?)など5つ、そして最後に頭、背中と合計は15。
攻撃を受けたと判断されれば、区分のパーツとしてそれらはアラートを出しマーカーは消滅する。
それらは単なるマーカーとして扱うことも、ダメージとして計上することも設定次第だ。
大会採用の標準ルール。
基本
7シグナルアウト5ヒットダメージ。
全身15に分けられたパーツから攻撃ルールの「当たり判定」にあたる箇所を7つ選択。
ヒットアンドダメージと呼称される、攻撃によってダメージの判定となり機能を弱められる箇所をさらに5つ別個に設定する。
(これはシグナルと同じ個所を設定してもよい)
さらに。
バースト(ガジェットの任意で基本設定の出力値を変化させるパワーアップ)
オーバーブースト(ガジェットの成長により解放される本体能力の限界値でメカを駆動させるパワーアップ)
リミットブレイク(マスターの許可による強制パワーアップ)
パートナーアクセル(マスターとの信頼、または愛情度によって解放されるAI、cpuと本体能力のオーバークロック化)
これらの強化機能は、一戦闘につき一度のみ、それぞれ可能とする。
標準の駆動と異なる負荷だらけでサポート適用を超えかねないそれは、寿命に影響するためである。
ただ、現状パートナーアクセルは実装されていないため、一回での効果時間の設定も存在しない。
『と、いったわけでルール説明でした☆彡参加を希望する皆様、まずはこの設定でテストバトルなどいかがでしょうか☆彡』
セレモニーよりルールから入る。
大会場で観客入れながらでは、あまりできないやり方だ。
『なお資料映像に使用したガジェットは環腕凜乃社長の個人所有のプリズムカット・ヘルメスさんです☆彡社長のお揃いがほしい人はぜひ☆彡バイナウ☆彡』
くわえて、いい宣伝。
それからは、夢の劇場のような演出が始まっていく。
玻璃、もとい染井吉野ハナの後ろには、楽器を持ったガジェットが整列し、数十体がラッパの演奏やこの大きさで作られたピアノ演奏を開始する。
もちろん、フリなわけだが。
だが、それらに加えて空から華麗に飛びながら紙吹雪をまくメタトロンなど、ありとあらゆるものが特色を見せながら遊ぶ風景を演出されては、見るものは夢を抱かずにいられない。
これらは、すべて手元で実現ができるのだと。
そして。
満を持してといわんばかり。
環腕凜乃が、その中央に、堂々歩いてやってくる。
どこから見てもお姫様スタイルとしか言えない豪奢なな衣装に身を包み。
大人では様になるまいという、メカたちの参列の真ん中にいて祝福されるようなその姿は、まさに、一体感を奇跡でコーティングしたお菓子と見まごうばかり。
後の広報誌などには、その文言がたびたび踊ることとなる。
そして、後ろから従う、上体に一切揺らぎもズレもない美しい歩きのメイドさん。
「記念すべきこの場をご覧いただき、皆様にお礼を申し上げます」
環腕凜乃が、カメラに深々頭を下げた。
「では、勝手ではございますが、わたくしプロデュースによるメガジェット世界大会開幕を、宣言いたします!!」
言葉と同時に。
たくさんの、周囲のメカが手に手に持ったLED、それを発するテープ類、銃器から発する花火、紙吹雪など。
様々なアングルから、これだけ多数のそれが演出を行うパフォーマンスは、恐らくこれが生まれてから初めてだろう。
とてつもなく幻想的。
そして新しい何かの到来を胸に刻むような、強いアピール力は間違いなく存在した。
その間、おそらく後方のメイドさんと思われる存在が、大会概要、セレモニー趣旨、協賛となった企業などをすらすらと読み、続けて数か国分を通訳し読み上げる。
優勝賞金として200万ドル、決勝進出者には決勝の開会時までには、賞金と決勝大会の渡航費用と滞在費が支給されるとのこと。
『そしてっ!』
最中、その中に映り込んでくる、バーチャルアイドル染井吉野ハナ。
『私も優勝景品として、な・ぜ・か、トロフィーと一緒についてきます☆彡』
ロボに交じって、隙間を縫うようにカメラの移動を追いかける。
立体映像を混ぜたにしては、ずいぶん器用だ。
『すでにお気付きの方もいるとは思いますが、私ほら、この子たちと握手もできます☆彡な~んと☆彡』
できるのだろうけど、楽器を持っているので相手には拒否されるハナ。
『…え……そういったわけで☆彡わたくし、ただいま10.41センチの実物となっておりまぁす☆彡今回初公開の最新モデル、乙女型の特別仕様モデルとして、優勝したあなたのもとに参りますよぉ☆彡』
そういうこと、らしい。
これらミニロボ開発会社が、日本発売に向け開発した限りなく人間に近いプロポーションに腐心した最新モデル。
発表前に買収されたわけだが。
それまでとは、とてつもなく違うアプローチの、人形というより小型の人間と思えるモデル。
それに癖や言葉の吸収、学習の特製プログラムを積んでずーっと倉木戸玻璃につきっきりにさせた特製モデル。
これが、優勝賞品、染井吉野ハナである。
もちろん、一部表に出さない配信外の裏はある程度添削するし、悪意に関してまでコピーはしない。
なお、特製のこのプログラムは、儚樹想が持つ違法改造システムを応用した何か、だったりする。
あまりに真似が板につきすぎて、アザゼルは今や顔を見せるたびに破壊を試みる真の悪魔と化すほどだ。
なるほど、たしかに大会の採用としてはふさわしい物体かもしれない。
「では、すべての形式的説明と趣旨が伝わりましたところで、そろそろ開幕記念試合、はじめていきますわ!!」
環腕凜乃としても、待ちに待った時間の到来。
紅矢に大舞台を用意し、こんなところに立たせてくれた愛すべき友達に、もう首ったけ!となる予定の開始でもある。
いきなり、明日からは自分なしで生きていけない、とすがってきたり、愛していると言ってくれるかもしれない。
凜乃の胸は、高まりっぱなしである。
大会の行く末など、蚊帳の外にして。
『では、最初にUSで真っ先に対戦動画を公開し、休みなく多彩な試合を今も行っている強豪、ジャン・A・ナイン!』
背景のカーテンから、生き生きと登場する帽子をかぶった少年。
凜乃がヘルメスを使って戦う際、何度も戦法の参考にしたこともある、縁がもともとあるマスターだ。
『続けてイギリスで旅行の合間に撮影した動画など、当社製品に多大な貢献を結果的にしてくれています、レッド・タイガー!!』
ロープにつかまって上から降りてくる大人の男性。
ライダースーツを着て登場という形から、たぶんバイク旅動画のハクつけにロボ持ったんだろうなという感じがする。
『ドイツからお呼びしたのは、学校の共同購入としてお買いあげていただき、様々な活動実績で有名なマール・レーベ!』
奥手から出てくる眼鏡の少女。
学校で結構な立場の子なのか、育ちのいいせいなのか、少し紅矢より大きいくらいに見えるが、ほぼ物怖じしない堂々の態度だ。
『日本からお呼びしたのは、一部、当社の関係でも大変ご迷惑をおかけしました、覇天椥紅矢くん!』
マイクオフだが、実は声にならない黄色い歓声がどこかから上がっている、紅矢。
特に演出はないが、環腕凜乃も使った真ん中通路から出る、なかなかの特別扱いである。
「場違いにしか思えないね、紅蓮多…」
『普段できるはずのない戦いが出来ると、昨日は楽しみにしていたはずだろう紅矢、あのままでいいはずだ』
場に飲まれる、という感覚は、人間特有なようだ。
あと数名、それぞれ関係者やユーザーといった、多少の有名どころが登場。
人も体制も、これで整った、と言えるだろう。
その時。
『凜乃様、いま連絡がありまして、その…』
「…うん……え!……ここヘリ降りられないの」
演出では、ここでロボの試合場が、わざわざ空輸で降りてくるという運びであった。
が、しかし、だ。
あまりにすべてが急すぎた。
大きな会場押さえの予定が一か月前でできるはずがなかったのと同様に。
飛行場以外のところで離着陸を行うこと、150m以下の飛行などは日本において、法令と例外を得るための許認可を合わせると無理なのである。
着陸だけにしても、3か月は離着陸場に指定された場所以外での許可を得るには必要なのだという。
今知るのは、それだけで無計画というか危ういという話だが。
「どうしよ……とりあえず引き返させて、うちの学校の体育館かどこかに降ろさせてもらうしかないですわね」
『ここまで盛り上げて、失敗していますとは、冗談でもできる状況では決してないですよ…あえて社長様に申し上げます』
その時、唐突に凜乃の後ろから声がする。
ガジェットの通訳を通して、即座に問題を聞きつけた、招待客の一人、タイガーであった。
『色々なものはそろっています、試合というのであれば、この場にサークルさえあれば、私はそこで構わないと思う』
「それは、想定したランクを下げるという意味にも取れますわ…あなたたちにも失礼な指示を今するのは…」
『ダメです、私たちはこの大会も、今手にしている仲間も、大切だから集まることにしたのです』
『考えはなくもありません、そうマールが言っています。私たちも入らせていただいて構いませんか?』
『ジャンも、ここでさらに盛り上げるしかないと言っている』
「みなさん…」
『各ガジェットからの要望、計画などを今受け取っています凜乃様…表示させますね』
メイドさんが胸のペンダントのようなものを光らせる。
投影式のディスプレイとしての機能があるそれは、凜乃に即席に寄せられたアイデアを映し出す。
「これは、また……考えましたわね」
「いけそうだね、環腕さん」
「ですわ…て!!!!!覇天椥くんが横に!!!!」
しかも話しかけられて、名前を呼ばれた!
もう、たぶん通常の思考はできない。
『では、その計画を採用しましょう、凜乃様、よろしいですね』
こくこく。
もう多分今は、何を言ってもこうなるはずだ。
『タイガー様、レーベ様、試合場を作った後は、お時間まで、お任せすることになりますが申し訳ありません』
双方の国の言葉でさらりと伝達。
メイドの力は素晴らしいどころではない。
『ジャンさま、紅矢さまは凜乃とすぐにこちらから車へ。あの舞台はお嬢様にとって大事ですので、一度は使っていただきたいという凜乃お嬢様のご希望に沿っていただけると、わたくしからお願いしたいのです』
「うん」
「OK」
行き当たりばったりの大会が、みんなの協力によって、こうして開始した。
「ありがとう。ヘルメス」