第漆話 ①
-ろくな人生じゃなかった。
父の再婚相手は料理もできず、私と好みも生活時間も全く合わず衝突だけが増える日々。
比較的夢見がちだった小学生頃の私は、興味を引きたかったり、または見返そうと歌動画なぞを作り義母に見せたりもした。
そこで義母は何かの「伝手」で、変な商売の窓口に引っかかり、父とともに私をチャイドルという名のIVの道に進ませ稼ぎ出す。
流れるまま、かといってその環境も嫌だった私は、独自の動画、それと売られるそれらを見境なく、いくつかのサイトに垂れ流しまくり、どういう結果を生むかも考えず拡散。
そこでは運がよかったのか奇跡的に、地上波に携わる関係者の目に留まる。
実質別人として経歴をここで入れ替え、子供服モデルを数件こなしてアリバイ作りのような真似をして。
子役上がりとしてコネで芸能事務所の斡旋、即映画のエキストラ出演からアイドルグループ加入。
地方局ながらレギュラーをテレビラジオ合わせて数本を抱え一時期は頭を下げられて当然くらいに自分的には上り詰めたものだ。
が、3年もすると収入的な伸びしろがなくなった私を見限り、今までの収入のあった口座もろとも本契約の前金までも親が持ち逃げして失踪。
ボロカスの精神状態になった私は、あえなくスポンサー事情にかかわる問題発言で失業。
今に至って、親の消息は、もはや辿る手もない。
元マネのコネがもう一部残るのみで、ライブと地方出演メインの活動スタイルが起因したホテル住まいの間に売られた自宅マンションの近くでたまに明かりを眺めて泣く。
そんな記憶だけが鮮明に残る生活しか、私にはなくなった。
あれが欲しいと駄々っ子が愚図る、そんな明かり。
それだけのある日。
未来があまりに眩く輝くのを感じる宝石でできた人物に、私は出会ってしまった。
惹かれるがまま。
私は私なりの手段で、掌の中に仕舞ってみたかった。
逃げない確信を得られる理由までを込みで。
忘れるために、何かに、ただ、のめりこみたかったの?
それとも、本当に心から、全てを賭けて欲しいものが、できたの?
…ずっと考えているが、わからない。
今日も草木もない、荒れ果てた夢の中で。
わたしは自分に問いかけている。
答えてくれる自分が、どこかにいると願って。
誰もいない、何もない荒野で。
「………まだ泣くのね」
ホテルのような一室。
目覚めた倉木戸玻璃は、自分の顔にそっと手を当て、誰に言うでもなく言った。
水気はさっと飛ばす。
目が覚めれば、弱さなど持ち続けられない。
まずエゴサ。
そして紅矢の隠しページ映像チェック。
シャワー。
またエゴサ。
「…私……に関しては、もう存在していないようなもんね…」
何気なく、つぶやく。
『わたくしとしては、少し今も不機嫌です』
「アザゼルは忠実というのか盲目というのか、私大好きだよね」
『持ち物というのはそういうものです』
「そして素っ気ない」
『我々は誰でもそういうもの…ただ、私は決してあなたを裏切らない、逆らわない、それを信じていただける限り…』
「重い言い方して、それは誰に教わってそんななのかだけ、わからないのよねぇ」
『望まれたようになっただけ、私はただのモノです…でも、悪い気持ちはしないでしょう?』
「落ち着くけど、万年、気をつかわれてる気しかしないんだよね」
『それはとても満足する答えです』
「どういたしまして」
アザゼルと玻璃。
子供たちのガジェットと違い、この距離は近そうで近くない。
玻璃にとって、ただの機械であることを望んでいるかのように、アザゼルは遠巻きを崩さず。
そしてあらゆる玻璃の行動を全肯定する。
付き合いが短いから定型な行動をしている、というわけではない。
玻璃は、そこがわかってしまったが故に不思議に思う。
肩のこらない空気の正体に。
しかし、こんな反応であるため、絶対に回答が開示されることもないことを、玻璃は理解している。
ゆえに、何かが変わるまでは与えられる「それ」に浸らせてもらう。
SNSに無駄な怪文章など投下し、配信の予告も、ちらり、ほらり。
事前の様々な反応をふまえたリアクションと、自分の行動に対する新たな反応に用意したサブ垢などで誘導とフォロー。
疲れしかないが、ある意味楽しいこの時間。
それだけで、気が付けは数時間はあっという間に過ぎたりする。
「ひと段落…っと」
玻璃が自分に納得のいくこうさk……。
いや、作業を終えて、窓を見た時、すでに外は日暮れだった。
ビルの屋上近い眺めのいい景色。
「ここが一番きれいだったかなぁ」
外側一面のガラスにそっと手を寄せ。
玻璃がさみしそうな顔を見せる。
姿は、半分はだけたままのバスローブのみ。
隠すものも隠してる気配がないような見た目。
だが、とくに恥じらいを感じたりはしない。
ボタン一つで。
………ふっ。
朝になる。
現在時刻と対応しているので、おそらく日本の都心と思われる。
そう、すべて数か所の風景を超高解像度で窓の外に映し出す、ただの映像。
彼女自身も、実は数日気付かなかった事実であった。
『玻璃、食事が来ましたがお運びしますか?』
「大丈夫よ、体は少し動かさないとね」
ちなみに気付いたのは、この食事の出され方と、天気なのに突然風呂場に起きた雨漏りと水流音のせいである。
どうやら、某宅の地下に貯水排水槽が存在し、そこの一角にここがあるらしい。
それが確定なら、ここはだいたい地下3階かそれ以下。
事が事なら水没もあり得る恐怖である……が。
作りそのものはしっかりしているので、恐らくは、お宅の子供の遊び部屋として作られたものだと推察すれば、死なない工夫はあるだろう、きっと。
入り口ドアの下に空いた穴から押し込まれた、トレー入りの料理を持ち。
ベッドにそれを運ぶ玻璃。
もはや、なるようにしかならないことを実感しつつ。
せめてもの希望と恋に、また思いをはせるのである。
が、そんな一息ついた時。
近くから音楽が鳴る。
「通話するわ」
通信ガジェットからの呼び出し音だったらしい。
「起きてるかしら、なんにでも色目使う、やらしいケダモノさんは」
環腕取締役。
年下だが自分のスポンサーであり、家主であり、「あの日」から完全に玻璃を監禁している張本人である。
理由は分からなくもないが、玻璃とは完全に敵対姿勢で、もはや解決の糸口は見えもしない。
が、その一方で適切な表の活動はしっかり回しいくれるのだから、玻璃もよくわからない。
「おいしい食事をたったいま、頂いていますよぅ」
横目に、態度からあからさまに不機嫌なアザゼルを見ながら、そんな会話にも玻璃はやんわり受け流し対応。
怒りの理由は、食事といわれるそれが缶スープにオートミールと牛乳という、わりととってつけ風なものだったせいだろうか。
だが、これから起きることに比べれば、序の口に過ぎなかったと、のちにアザゼルは事あるごとに口にする……。
そんな何気ない女同士の戦争をしている、そんな朝。
日付としては、あの衝撃の報道があってから、一夜明けた学校。
門前には異様な風景ができていた。
理由は言わずもがな。
環腕凜乃の、誰も喜ばなさそうなサクセスストーリーのせいである。
普段の彼女の話を周囲に見境なく聞こうとするマイクを持ったおっさん。
学校をただ撮影するおっさん。
門前で迷惑そうにする先生たちに、ひたすら彼女の現在の居場所を聞き続けるおっさん。
……共通しているのは……。
普通に学校に行こうとする生徒の邪魔をして迷惑になっている、おっさんたち。
来ないから帰れ。
昨日、あの時間に体育館に居た人たちには通達されていたりするわけだが。
まぁ、全員ではないので、それがそこらに知れ渡るのにはまだかかりそうだ。
「でだ、紅矢」
「…あ、え…なんだろ…朝から疲れたんだけど」
「メッセージあったろお前もさ、これからお前も大変なんだぞたぶん」
「…なんでこんなことに…」
「なんでだろうなあ」
この地獄に先んじて、朝早くに紅矢と蓮そして明日雄には、想から連絡があった。
これに関連してだが、このことにではない。
最初の一言は「見つかったよ」。
何が?そして誰に?
そして割と長々書かれる内容。
紅矢の対戦記録が公開されている、お姉さん探しのために作った例のサイトの個人ページ。
あれに客寄せのために作っていた、いくつかの項目。
それらが、掲示板系のまとめサイトに捕捉されたというお話。
特に、そうですかで済みそうな蚊帳の外の話にも、ここまでなら見える。
ただ。
外の今の状況と掛け合わせると、その事態はこうなる。
冗談のように若い、ニュースになった会社の社長が出演する超きわどい水着リゾートエロ動画が、どこかのサイトで無料公開中!
いやもう、なんだ。
大変な事態だ。
蚊帳の外どころか、こっちがむしろ台風の目である。
しかも、わりと対戦と称して毎日してイチャイチャしている風に受け取られるサイトで。
実際それらの動画を見たと思われる人がひとり、いじめと受け取って文句言いに来た前科まである。
これは、先行きが暗い。
どうしようもなく、これから起きることの予想は暗い。
……大変なことにならないことを祈るばかりだ。
だが、祈るのとは全く関係なく、昨日から紅矢の動画公開ページは鬼のように閲覧数が伸びに伸び。
日を待たずに、紅矢も一気に時の人である。
「脅迫メールだとかにおびえる日々が始まるのは覚悟しといたほうがいいのかもなあ」
「それはひどい…」
人捜し、という目的には視聴者が多いほうが間違いなくいいのだが。
だが。
今回のそれは、近所の誰かを探すのに役立つ可能性がまた低そうなのが頭が痛い。
そしてもうひとつ。
「今まで通り試合続けていけるかい紅矢?」
「デブは俺が突っ込まないよう配慮しているところだけ的確に突くな」
「デブではない」
明日雄の言う通り。
騒ぎになっていくというのであれば、一番問題になるのは日常に差し障るか、という点。
何かができなくなるマイナスは自分だけ、折れようが辞めようが自分より影響する人間もいない。
そして、いかに他社の影響を受けようが決定権は他人にはない。
ならどう決定するか、だが。
子供には、周囲に動じず、などと常に身構えることは無理なので。
結論は、外がおとなしく優しく扱ってくれるといいな、と、願うしかない。
今できることは、現状でやりたいことが何か、意思をしっかり確認することぐらいだろう。
蓮は自分の中で、明日雄は全員で確認する形を選択。
相容れる要素なさ過ぎて、場合によっては喧嘩別れもあり得るような意見対立とも見える。
「まぁ、紅矢の行く末にこだわる理由は、俺らには、まっったく、ないわけだが」
「だな」
「…え…」
言われるとその通り。
遊び友達として貴重であっても、あくまで本人ではない。
これを選ばなくてはいけないと、紅矢に押し付ける外様の争いは二人ともする気はないのだ。
「なんかぶっ叩かれたり嫌な噂立てられた時、紅矢はどうするか」
「あらかじめ考えとくのは、ま、悪くないってわけだ」
見方によっては心強い。
その選択で、友達関係の距離に変更はないとあらかじめ言ってくれているようにも見える。
そのことが。
「…まぁ、悩んでみるよ」
「悩め悩め、たまには頭つかえ」
安心はする。
ただし、手を差し伸べたり共有する気がないことには、理由があってしないのだろうと求める気持ちに少し遠慮をした。
それから、考える。
授業中。
昼休み。
掃除の途中。
「紅矢、正面から出るのはやめとこう」
その長い熟考の途中。
明日雄のさらっとしたアドバイス。
「うちの配達用のワゴンがもうちょいしたら裏通るらしいし、乗っていったらいいよ」
「…わりと神だね」
「偶然偶然」
そうでないのは、鈍めの紅矢にもわかる。
正面の門前に、まだたむろする大人を、教室の窓から眺めればそれは考えるまでもない。
念のためとはいえ、こちらはずいぶん直接気にかけてくるものだ。
そして、危険はないはずの校内から既にそろりそろりと移動。
「ほら早く飛び降りろよぅ」
裏口どころか校舎裏の塀に梯子がかけられ、その先に蓮が首だけ出している。
狙われているつもりもないのに、有名人か逃亡者みたいな状況になってきた。
なんだこれ。
で、そのまま紅矢宅にそろってたどり着くわけであるが。
やはりいきなり全ての道筋が決まるわけでもなく……。
適度に明日雄と蓮が同じようにやりあって本日解散となる。
そののち。
「電話よ紅矢~」
母の何気ない呼び出しが、最初の変化だった。