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第伍話 ③

 もう、一番の目的はそれだろと思わざるを得ないほど躊躇なく、玻璃は紅矢に覆いかぶさる。

 しかもほぼ全裸で。


 ほぼほぼ全裸で。


「私たちずっと一緒でいいよね!動画何回も見て見慣れるほど近くに感じるし、人気がある君の一番を勝ち取れるし、君も人気者だった私に好きなことできるわけだし!!!」


 その言動はわりとストーカーです、元芸能人。

 まぁ、救いとしては確かにそれなりには美人。

 愛してると囁かれれば世の男が結構な割合でコロリと転ぶ程度の全身ビジュアルは備えているわけなのでは、ある。

 ショタ食い趣味がある変態のそしりは免れないが。


「さわっていいんだよ?ほら、これも、ここ引っ張ればすぐ取れちゃう……」


 マウントを取り、腕を伸ばしただけの距離を保ち、胸元を指して扇情する年上女。

 お好きでしょう?

 そういう声が聞こえるくらい、完璧な誘導だ。


「えと…」


 興味が全くない、わけではない。

 男の子なりに紅矢もかなり心臓が高鳴っている。

 これだけのものが向こうからやってきて、しかもなんでもOKと言うからには、意識しないでやり過ごすのはむしろ無理があるだろう。

 紅矢も、だいぶそれを意識しつつあった。

 

 ただ、こんなにまでしなくても、ただ仲間として入れてくれと言えば、紅矢は了承したはずなのではある。

 無茶な手段を重ねて、切っても切れない関係を強制的に押し付けてくるのは、それなりに理由があるのかないのか。

 他人をうかつに信用できない心の傷でもあるか、もしくはそんな世界に元から毒された結果なのか、はたまたもしくは、ただの趣味か。


 こればっかりは、本人しか知りえない話である。




 一方。


『罠か!!』

『事前に相手を調べられないのは、怠慢というのですわよ、マルドゥーク!』


 離れたところでは、別のせめぎあいが行われていた。



 アザゼル型。


 これは一般論的に、戦闘に不向きな下級ランクと評されるタイプである。

 本体能力が過剰に設定されているマルドゥーク、紅蓮多とは似ても似つかない用途の差があるタイプだ。

 最初期の設計、つまりプロトタイプに近いことでこの格差が生まれるわけだが、これについて絶対的な差は、実は「現在」ない。


 理由は。


『分離をした!?』


 連動式独立駆動外部装甲。


 アザゼルには、このオプションが存在するからである。

 下級とまで評されたことに対するメーカーの意地なのか。

 数か月で4度ほどアップデートし提供された外部装甲は、本来鎌を持った悪魔の骨と揶揄されたアザゼルをヤギ頭の悪魔と言い換えさせるほどに変化させた。

 そして、一部ルールでは本体ではないので使用禁止とされるほどの扱いを受けるまでとなる。

 つまり、玻璃もご自身ご自慢のアザゼルに装備させていた外部装甲は。


『こっちも自由に動くのか!』

『位置取りを見るに、多数を相手にする戦闘は慣れておられませんようで!!』

『ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

『このまま、こちらの充電が尽きるまでおとなしくしていてもらいます!!』


 強いのだ。


 しかも当たり判定の設定すらされていない場合があるという反則誘発の機能まで搭載して。


『こ、紅矢!私は負けるわけにはいかない…し、指示を……!』


 これまでにない危機が迫っていた。




 

 一方、その紅矢もそれどころではない。


「さわってみ?ほら……ほらほらほら……」


 憧れのお姉さんの気配もどこへやら。

 絶対にものにしてやる。

 誘いに乗らせて自分の魅力が勝ったのを確認してみせる。

 そのくらいの、玻璃の押せ押せムーブが紅矢を押しつぶす。

 目先のイロイロな欲望。

 どうしても拭いきれない興味。

 本能的な何か。

 どうしようもないことはある、はずだ。

 たぶんだが。


「…その…」

「なに?いいよ?」


 ふへへへ。


 一言のその合間に、もう隠し切れない感情がまじる。

 落ちやがったぜ、的な。

 そろりそろりと、ぎこちなく手が伸びかけているのが、視界のはしっこでわかる。

 あと一歩。

 もう、離れられない私のものになるまで…!

 


 ころん。

 


 そんな大興奮のさなか。

 ちょっとした異物の音がしたのは同時にわかった。

 気に留めるまでもないが。

 だが次の瞬間。

 これは気に留めるしかない。


「け、煙!!?」


 わずかな音のあと、一気に空気に色を付けていくような白い煙。


「なっなに、火事?!」

「わかんないです!」


 さらにその混乱に追い打ちがかかるのは次の瞬間。

 パン!パン!という破裂音。

 ドラマなどでは使われるこれは何かといえば。


「なに!?鉄砲なの!!?」

『凜乃さま、対象の人物と紅矢様を確認しました、ご無事です』

「こ……これ、なに……」


 環腕凜乃を敬語呼びする小型ガジェットといえは一体だけ。

 慌ててベッドの横に転げた玻璃の目の前にいたそれは、凜乃の手持ちロボ、ヘルメスである。

 どういう経路で何を知ったのか、おそらくは浴室の排気口あたりからホテルの部屋に侵入したようだ。


「ちょっと状況が!どっきり?どっきりなの?!」


 違います。

 この感じだと、煙幕もヘルメスが持ち込んでぶちこんだ可能性が高い。

 もちろん常軌を逸した錯乱から出た命令で。


「では、こちらも仕事ですのですみませんね、確保させていただきます」

「今度は何にゃのよぉぉぉぉ!!!」


 次に視界に入ったのは、ガスマスクをつけた大人の男性。

 これに至っては明らかに銃に見えるものを玻璃に向けている。

 それに殺傷力があるかどうかは知らないが、もうダメという絶望感には至っていた。

 計画がどうこうでなく、人生的な何かを。

 そして鮮やかなほど手慣れた速さで、銃を持ったままその大人は何かしらの装置付きロープを使い。

 玻璃は全裸で、背部で手足を拘束され転がされた。

 エビ反りで身動きもできない見た目の玻璃…。

 …言葉も出ず、彼女はただ、泣いていた…。


「覇天椥くん!無事!?無事なの!?」

「無事だって言ってたろ、というより、別に何かあったって手足とかなくなったりしねえよ」


 そんな怖い状況だったかな。

 まったく思考が現状についていけずに、転がったままの紅矢。

 それでも聞き覚えのある声を聴くと、何となく自分を取り戻しかけてくる。


「あ、ほんとになんでもないや」

「蓮がいる……」

「いるけど、お前の気の抜けたこの態度を見るために来た意味あったのかなと少し悩んでるよ俺はいま」

「ごめん」

「まぁ、紅矢が謝ることでもないんだが」


 ちらりと目を向けると、何やら女子同士の尋問が始まっている模様を少しだけ見てしまった。

 絶対見ないほうがいいやつである。

 汚いものでも扱うように、シーツでくるんで頭を押さえつけ、凜乃が何かを、しているが。

 何なのかは、多分知ってはならないそういうやつである。


 たぶん。


『そういうことで、しっかりとした決着はそのうち正々堂々と行いたいものだ』


 ベッドの端では、もう一つの騒動も瞬時に片付いていた。

 ヘルメスの応援を得るまでもなく、玻璃を気にして力を緩めてしまった装甲のないアザゼルは、紅蓮多の敵でもなんでもない。

 注意がそれて戦闘どころでなかったことは紅蓮多も知るところであり、お礼として少し吹っ飛ばしたような形だ。

 正式な試合がまたしたい、というバトル脳に関しては、多分アザゼルのほうが願い下げだと言うに違いない。




 こうして。


 玻璃は未成年に対する淫行の容疑により、アタッシュケースに収納され、いずこかに連行される。


 公的に出なく私刑によってだが。


 あとのことは、まあ、最悪のことにはならないと、多分思う。


「でも何でここにいるって、わかったの」

「前にもあったろ、上級生の呼び出しのとき」

「ああ、あの時もいつの間にかいたね…」

「いつのまにかじゃねえ」


 蓮がそう言って取り出したのは、なぜか明日雄の携帯用ガジェット。


「いじくってた時いろいろ試してて、紅蓮多の視野モニターや位置が確認できるんだってさ、アプリで」

「そ、それプライベートとか大丈夫なの…」

「あいつがストーキングみたいにずっとお前見張るような熱心さはないと思う」

「まぁ確かに」

「前もそうだけど、紅矢に応援が必要と紅蓮多が判断したり、紅矢から離れすぎたとき信号出して、その時だけ見られるようなセーフティもあるとは、言ってたぞ」

「それくらいならまあ、いいか、このままで」

「緩いね紅矢くんは……ま、その信頼加減がこういう人間関係につながるんだろうけど」

「それほとんどの人間が悪い意味にとると思う…」

「まあな」


 誰が煙幕だなんだで荒れた部屋の弁済するんでしょうね。

 いや、しなきゃいけないのは一人だけですが。



 数日後。


「紅矢くうん、私はあれくらい熱狂的にファンなんだからいいでしょう?私の隣で今度は撮影しようよお?」

「いや、それはまた別で……」

「えー…」


 馴れ馴れしく、実に馴れ馴れしく、後ろから紅矢に抱き着いて座っている玻璃。

 その横には、定位置のように明日雄をクッションのように使っている、仕事を終えた想。


 そう、ここは、儚樹宅のあるマンション。

 たびたびたまり場になるこの一室。


 今や、なんか…。


「「…居心地が悪い…!!!」」


 玻璃もいつの間にか入り込み、子供に大人がべたつく別の憩いの場と化している、そんな空気に。

 しばらくはここには来ないでおこう。

 もちろん紅矢は絶対に来させないように!

 環腕凜乃と蓮はまったく同じ結論に至ったのだった。

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