プロローグ・つづき
何事もない私の日々が変化したのは、それから2か月ほどしてからだったろうか。
地元の商店街に母の買い物を頼まれ、ひょっこり出て行った時のことである。
『蘭さま、通信状態改善まで少しの間外部通話は難しくなります』
「おやバグった?」
非常に失礼な物言いではある。
対して。
「とんでもない、私は完璧に完成しております、外部要因以外何がありましょう」
なんとも軽快な受け流し。
…いつのまにか結構言うようになったよね、アッシュ。
持ち主としてその成長は鼻が高いよ。
『そちらの広場で遮断装置のようなものが起動していると思われます』
「なんだい違法電波のたぐいかね?ちょっと文句言うか」
アッシュの表示マップに従い、なんとなくの寄り道。
そう。
出来心と言うにも曖昧な興味本位の歩み。
それが自分の変化をさらに勢いづけた。
『人がずいぶん集まっているようで』
「だねえ」
子供の声。
近くに行けば行くほどもっと多い人数だと確信する歓声。
子供の遊びで電波飛ばしてて、それが迷惑とわかっていない説?
ならばなおさら!
「はい、お子様たちそこで何してんのう?」
入口に立って第一声。
ここ、そういえば小さい頃来たことあるな。
区民会館の横のところか。
目の前より昔の記憶を補完していた。
そこに来た反応は、と言えば……。
「挑戦者だああああぁぁぁぁぁぁああああ!」
うおおおお!
子供の歓声がここ一番とばかりに大きくなり飛び込んでくる。
え、あれ?
なにごと?
「お姉さん……?本当に……?」
「はいなはいな?」
ちょっと目の焦点が合わない数秒を挟み、声の主を探し、適当な返事だけはする自分。
おお、この子か今の。
だれ?
「来てくれるんじゃないか、そう思って、今日の大会こそはと信じたとおりです」
燃えるその目。
何か意気込んだすごい熱血風味なその握りこぶし。
たなびくなんかユニクロっぽいジャケット。
誰だよ本当に。
「お姉さんのくれた紅蓮多、近所ではもう相手もいないぐらい強くなりました!誰に見せても胸を張れるくらいに!」
「よ、よかったねえ」
「はい!」
意味わかんねえ~。
生返事しちゃいけないんだろうけど、ついてけん。
「紅蓮多、挨拶するんだ」
『はい紅矢、あなたが尊敬までする方に会えるのは、私も光栄だ』
「おぉ、かっこいいじゃない」
『蘭さま、何を言っているのですか』
「まあまあ」
周囲の誰の考えも全く理解できない状態で、浮いた空気を感じつつ私は理解を進める。
なんでこの子見知ったように私にじゃれてるの。
で、高いだろうになんで当然ぽく自立型コミュニティガジェット持ってるの。
でなんでちょっとアッシュ会話に割って入った。
あと周りが劇場型みたいな観客の座り方してるの何さ。
奥の女の子がなんか、殺す気でにらんでる感じなのもきついなあ。
ほんとなんだろうこの空気なあ。
「ん、てかあ……れ?」
記憶の一部が引っ掛かったものがある。
『初めましてお嬢様、紅矢のパートナー、紅蓮多と申す』
「あれ、私があてたのと同じ色して…」
いたような?
「紅蓮多、お前が成長しすぎてお姉さんびっくりしてるぞ」
『賛辞を受けているのですね、紅矢』
『わ、わたしよりもこいつが上の扱いですと!?蘭様!?』
「なにいってんだいアッシュ」
なんで対抗意識持ったようなこと言ってんの。
あれ、そもそもこのメカ同士って会ってたっけ?
起動してお互い合わせては、いないよね?
…………あ。
「あのときあんま話してくれなかった少年かあ!」
「そうです!あの時のお礼も言えてなかったので、今とてもうれしいです!」
「なんだ言ってくれたらいいのに、今そんな楽しんでたんだ?」
「はい!」
得心いった。
まえに人間型押し付けた子だわ。
あの時は顔も覚えてなかったけど。
てか、もう性格完全に変わってない?
テンション上がる煙とか吸い込んでたりしない?
大丈夫?
とは、さておき。
「今気に入ってくれてるなら、私も予想以上に満足だよ、しあわせ」
忘れてたから評価前の点数0点だしな。
「本当に感謝してます!鍛えた紅蓮多も今から見てくれるなんてみんなここに来てよかったって言ってくれます!」
うおおおおおおお!!!!
「チャンピオン覇天椥 紅矢!王座を獲った直後に現れた乱入者にまさかの挑戦状だああああ!!!」
なんて?
今ちょっと、少年、なんて?
てか周り景気よくハッスルしすぎだろ。
あとマイク持った人、ほんとにそれ今の状況で合ってること言った?
なんにも繋がってる気しないんだけど?
ねえ?
何言っても聞こえなさそう~…。
どーうすんだこれ……。
『負けませんよ!蘭様の美しさにかけて!』
お前が一番黙ってろアッシュ。
もうさあ………。
流されるしかないわけです?
これ。
強烈な熱気についていけないまま、なんか流されるしかないその空気に戸惑いながら流される。
勝ってどうなるか、負けてどうなるか、その空気の読み方だけは間違えられない。
それを確認することが私の今の最優先課題……。
舞台セッティングを見ながら、頭を巡らせたその結果。
それが、不幸を呼ばないことだけを今は祈りたい…。