第伍話 ①
「少年は、欲しいものあるのかなあ?」
上から大きな声が聞こえる。
紅矢が見上げるとそこには。
「頑張ってここまで届いたら、なんでもあげられちゃうかも、しれないぞお?」
楽しそうに笑う、お姉さん。
純白のドレス。
羽も生えて。
とうとう理想なのか、妄想なのか。
夢にまで見るあの人も空くらいは飛ぶくらいになっている。
そんな疑問に思うより、もっと前。
何も考えられないほど、紅矢は赤くなって見続けていた。
ずっと見ているだけでいいと、それすらも考えられないほど。
ただ見ている。
「届くようになって、欲しいものが言えるようになったら、少年は何をお願いするの?」
口元一つも、その動きも、胸を動かす力に変換されている気がした。
「何でもできるよ?遊ぶ友達いっぱいでも、世界一有名になることでも、すごく背が高くなることでも」
「そう…いうのは……」
何も考えられない。
ただ、欲しいものは、あるかもしれない。
そもそも、今、足りないものは自分にあるのか。
あるのだろうか?
「ない、の?」
楽しさ、温かい友人、大事にしてくれる家族、頑張ってくれる手の中のメカ、かわるがわる出てきてくれる対戦者たち。
かわるがわる。
欲しかったかもしれないものは、今、押しかけるようにやってきている。
そんな気が、した。
「もし、何もないんだとしたら、少年さ」
「はい…」
「全部手に入れた後だから…それくらいすべてに恵まれているんじゃないかしら、いま」
言葉にされると、よりはっきり、形になるようにそれがわかる。
恵まれている、ということを、ありありと自分の中に感じてしまう。
なら。
今が終わらないことが一番なのだろうか?
なら、届く手がないほうが、いいのだろうか?
「……僕、今…」
お姉さんのおかげで、幸せになってる。
満足感なんだ、今自分の中にあるのは。
じゃあ……。
「今のままでいい?」
「そうか……な」
「でも、前に進まないと、今の全てがそのまま残っていないってことも、ある話かも?」
「え」
「それと、一番最初に思っていた欲しいもの、忘れちゃうのは残念じゃないかな~」
なんだったっけ?
そういえば、あった、確かに。
「ならそれは何かと思い出すことを、届いたら叶えてあげようかな?」
お姉さんがするりと、笑顔で手を伸ばしたとき。
少し下がったせいで見える白い服の胸元に、思い出せそうな何かを紅矢は感じ。
そのまま、合図のように、同じく手を伸ばし…。
『おはよう、紅矢』
「……はい」
わかっているが。
紅矢にとっては、その人を忘れないでいると確信できる、いい夢だった。
『それで、受け取ったメッセージなのだが』
「対戦しながら、ショートメッセージが入ってた、ってやつだね」
ごく近いところなら、番号知らないでもメッセージが送れるようだ。
正直、全く知らなかった。
(二人きりでお話ししたい)
蓮か明日雄が苦手なのだろうか?
紅矢はそちらで仮説を立ててみた。
それに、玻璃と名乗った女性との戦い。
「どう思う?紅蓮多……あのアザゼルタイプ」
『命令が少なかったというべきか、そもそもダメージを受けるために戦っていたようにすら思う』
「だよね」
腑に落ちない、何かがあの戦いにあった。
紅矢はその場で口にはしなかったが、心情的に戦いに納得いかないと思うのは初めてだ。
『正直、手を抜かれた戦いと言えるものを初めて経験したのでデータを保持しているのも腹正しいと言わざるを得ない、紅矢にはすまないが』
「いや、僕も同じ考えだったんだよ、全力同士じゃない戦いなんて遊びでも楽しくないよ」
『やはり、自分を奮い起こす何かが必要だと、紅矢も思っていたのだな』
「うん」
子が親に似るとはよく言うが。
戦闘バカと戦闘バカが合わさって、何か正解に近づくことがあるだろうか。
つまり、そういうことで……。
「正式な対決の申し込みなら、逃げるわけにはいかないね」
『それでこそ紅矢だ!』
バカに理論は通用しない。
これを後に、すべての関係者が痛感することになる。
「なんだよ紅矢、今日は環腕と試合しないのか」
その日の授業がすべて終わった直後。
蓮の言葉もどこ吹く風に、戦う勇気に満ち溢れた紅矢が帰宅の支度をしていた。
「ああ、今日はちょっとしないといけないことが…」
「飯よりロボット戦わせるのが好きなお前がか」
「大丈夫、何と戦っても負けないから!!」
戦うことしか考えてねえ。
コイツ将来本当に大丈夫なんだろうか。
蓮は友人の背中を見ながら、親の考えるようなことを考えないわけにはいかなかった。
急激な熱気で動いているからには、すぐ戻る可能性も十分にあるとはいえ。
ちゅか。
今まで本当に根詰めてやる趣味がなかったんだなあいつ。
サッカー付き合ったり、色々スポーツすることはあったけど、部活に入ることはいつもしなかったし。
いつになったら将来につなぐ要素に興味が移るものかなあ。
そんな、柄にもないことをつい考えてしまう。
何の立場からの感想なのか。
友人の位置にいる現在を振り返って改めて今の気分を当てはめると非常に微妙な心持に。
蓮の友情は方向性がむなしい……。
「さあっ!じゃあ今日も張り切って勝って見せるわよ!気合い入れるのよヘルメス!」
『はい!凜乃様』
「あ、お前らお呼びじゃないんで」
「『なんでっ!』」
完全な主従だったはずが君らも似てきたな。
「ハタラキくん、今日は暇があるからリベンジもできるぞ最強のこの俺が!」
ちょうど悪い時に上級生、勇我もひょっこり顔を出しに来る。
お前が勝ってるところ見たことないんだが。
しかしなんとも、取り巻きっぽいのも増えたものだ。
「デブさ、お前は紅矢の行き先知ってる?」
「デブじゃないけど」
明日雄も気が付くと紅矢の席の近くに来るようにはなった。
拡張云々で、実際紅蓮多の中身を一番知っているのはコイツかもしれないくらいには、遊びに行った際には色々いじくっている。
最初に上級生と戦うことになったとき役立った連絡アプリ入れたのも明日雄だった。
見覚えのない雑誌が家にあって、それがこのロボガジェット特集号だったとか言っていた気がするが。
……今思うと、それ大丈夫なのかな。
「て、そうなると今日、ぽっかり空いた空白みたいな日になったな」
昼頃あったメールで、通うように行っていた儚樹宅からも忙しくなったと3人に連絡があり、少し近寄りにくいなと話していたこともあり。
「そうね…て、あれ?本当に今日覇天椥くんいないの?さっきまで……」
「用事だってさ」
「な、内緒にしないといけない何かができた……?」
『凜乃様、お気を確かに!!』
「まさかそんな…私の計画が……」
顔がみるみる青ざめる環腕凜乃。
予定が違う。
凜乃は昨日の誤解を払しょくしたうえ、とある計画を推進していたのだが…。
「じ、じゃあ僕は今日は去ろう、おうおう、即去る、甲龍殻はこの戦いにはついていけそうにないので置いてきた」
『居るが!?居るぞ勇我!』
「あぁ、じゃあいいや、俺たちが見てるから今日は上級生と環腕で試合したら?楽しいだろお前ら」
「「なんでそうなるかな!」」
色恋に興味がないからである。
思い出してみれば、上級生は総じて女に弱いというのか、環腕凜乃に対して少し特別扱いしている節がある。
体育館に呼び出す理由になったほどだ。
だから思うとおりにしてやろう、と、単純な思いつき思考なのだが。
『そういうことなら、そのつもりで今日はセッティングしますわ』
どこからか聞こえる声に続いて。
「そう!!!です!!!つまり今回は全く今まで見なかった初対戦!じっくり楽しめると思いますねえホーさん!!!」
この大きな、忘れておきたいが忘れにくい声。
「変質者!!!!!」
「あんた、校舎には入ってくるなと言われてるでしょう!」
そう、いつもの撮影と解説班が、窓から待ちきれなかったかのように襲来。
飛行型メカのホーはともかく、窓で何してんだ声の大きいおっさん。
「校舎への敷地侵入は、許可されていませんので、ここで何とか!!」
「より不審者だよ!」
「なんで!」
「「「「当たり前だろ!!!」」」」
蓮はもとより、一斉に突っ込んだ。
そりゃそうだ。
小学校ですよ、ここ。
しかもあなた一度…すぐ引き取られたようですけど行ってはいけないところのお世話になりましたよね。
「てーいうか、そんな場合じゃないのよ…秘密で何を……そんな、まさかこの間にも別の女が覇天椥君の魅力に気付いていかがわしいことを……かわいいバナナを好きなようにいやらしい毒牙に…」
「混乱しているのはわかるが、せめて放送コードに乗るようなこと言え」
「果ては年上の女のいいようにもてあそばれて、若い体を食い尽くされるんだわぁ!!勝手に大人の階段をのぼっていっておいていかないで覇天椥くん!!覇天椥くんーっ!!」
「入ってきていいからコイツ止めろそこの大人!」
「むしろこれは私だからこそ無理ですね!!!!」
行動からはおおよそ似つかわしくないレベルの意外に冷静な判断。
「もうわかったから、ほら試合するぞ環腕」
「そんな場合じゃないでしょ…覇天椥くん……覇天椥く…」
「ハイ今日のバトル用のカメラ回ったよ」
「覇て……今日も私の活躍に目をうばわれるといいですわ!」
「やるな環腕」
プロ並みの心の切り替えスイッチ。
実際は映像に残る形で紅矢にラブな姿勢を見せない意地の産物だろうと思われるが。
「て、 ことで上級生の人、よろしく頼みます」
「非常事態らしいので、善処しよう……」
こっちも混乱していそうなものだが、これもまた落ち着いた反応。
彼には今の愛の叫びはどう映ったのだろうか。
かくて。
接待に接待を重ねて苦情のお便りが届くことになる最高のgdgd戦闘が録画された。
初の目新しさを前面に出したカードでそれは何とも悲しいことである。
実際の内情としては、色恋と手抜きと寸止めが合わさった、なかなか興味深い対戦なのだが……。
普段の戦闘が実はレベルたいだけなのでは?
そういった間違った憶測と誇張も広がる要因が出来上がったりもしていく。
困ったことに…。
そして、ここで主役の現状がやっと出てくるわけであるが。
「……ここで本当にいいのかな、紅蓮多」
『指定場所は間違っていない』
紅矢にとって、かなり抵抗のある場所。
重厚な空気と高級感の漂うグランドホテルが二人に悠然と立ちはだかっていた。
しかし、問題はないはず。
ホテルマンはどんな年代のどんなお客にも最善の対応のできるプロ。
そう巨匠の漫画にあったので心配はないはず。
はず。
でも小学生だもの。
大人向きの雰囲気に、物怖じは仕方ないというもの。
でも、そんなお子様でも、フロントまで行けさえすれば、安心安全な案内は、すぐ受けられます。
そんな感じのCMのような親切対応を受け、まぁ、あっさりと部屋に案内をされた紅矢と紅蓮多。
承っておりますの一言で、部屋の入口まであっさり到着。
さすがである。
「すぐ来てくれたのねぇ、さすがさすが!」
水音がすごく聞こえるインターホンの声。
紅矢にとっては、合っててよかった、という謎の安堵感。
そこが、いわゆる、脇の甘さ。
「あれ、人いない」
部屋に通され、部屋に至る道もひとつ。
脱ぎ散らかされた服と開けっ放しのクローゼット以外はきれいな寝室。
見渡してすぐ一室は見渡せる。
紅矢としては、一瞥してテレビが超大きく、かなりうらやましいと思ったがそれは置いておく。
じゃあ、今さっき出た声は誰なのだろうか。
「いい時に来てくれたよね」
その時。
笑みを押し殺したような感情を漂わせ、先ほどの声がまた、した。
「ああ、よかっ……」
声のしたほうを向いた紅矢。
瞬時にそのすべてが固まった。
なぜなら。
その彼女は素っ裸だったから……であった。