第肆話 ③
「あいっつ、また出やがりませんわね…」
耳にしたイヤホン風のものを何度もタッチしながら環腕凜乃は結構イラっとした口調だ。
「あ、そろそろ…私警備のバイトの支度が今日あるのですが、ご配慮は無理ですかね」
「ん?あー、そのことなら、休むと連絡してもいいですわよ、無断はよくないのでしょそういうの」
「社会的な信用というものを大事にしたいと頑張っているのに!」
想の心の叫び。
実際言われるほうはどの状況でもたまったものではない。
「それよりここに来た要件のほうが、あなたにとっても大事だと思いますしね」
「えっ、さっきの話また蒸し返しますのですか…?」
「いつまでも引っ張りますけど、それとまた別に、あなたにできそうなことをお願いに上がったんですのよ、今回ここまで来たのは」
まだ耳をカチカチしながらなので、本気度は全く伝わらない。
「今週ね、私のとこの系列会社がこのガジェット作成会社の日本正規代理店選び合同ヒアリングに参加しますの」
「はあ、おめでとうございます」
全く意図が読めない。
自慢だけ?
それだけしに来た?
「それで提出書類をあなたに依頼したいんですの、正式にね」
「バカにしちゃってます!?」
思わず意味が分からずいってしまう。
だがそれを聞いている態度もなく、話は続く。
選定の基準が不明。
利益だけなら裏金で済むだろうが先方の優先事項は事前の販路拡大手段に関する書類提出だったのだという。
そして、なぜかその辺の実務をしている凜乃の姉から、凜乃に提案を希望される。
その原因はというと。
「投稿してる動画…」
「ですわね、遊べることに販売窓口を広げる決定打があると思われたようですわ」
あれ、意外とまともな話が進行してる。
想の目がちょっと不安定になったり大変だ。
「ちゃんとルールが公式で確立してない遊びの、さらにユーザ目線からの現状と拡張の提案、私だけでは時間足りませんの」
「そんな内々密の話、初対面の人に話していいことなんでしょうか…」
「警察に行くことと成果報酬でも正規の利益が発生するお仕事をあなたが断る人には…」
「えげつない物言いですけど割と計画的なんですね行動」
うわこれマジだ。
実際提出されるものではないだろうにしろ、空気が何か冗談を否定してくる。
つまり、ゲームとしての資料と拡大に貢献するアピールの草案やれと。
しかも企業間の。
そりゃ確かに時間ないよ。
想が瞬間的にある程度現状をまとめるが、それにしたって何この人の出す気圧されるオーラは。
「お願い、できますよねえ?」
「がんばりまーす」
と、そこで。
カコーン!
「うぁ痛!!!」
「へ?なに??」
想の頭に空き缶が直撃したように見えた。
桃か何か、果物の缶のようなものが。
「あ、気にしないでください、たまにこれはもうちょっと考えろ風の考えがあるときに、私の知人がファイティングスタイルになるだけなんで」
「ごめんなさい、私には言ってることがさっぱりわからないわ」
攻撃しているのは奥のさらに奥の部屋にいる同居人、夢である。
不都合を感じると、こうして実力で訂正を求める方式が多いらしい。
「たまに物が動くだけで害はないので…キニシナイデ」
「…ポルターガイストでも飼育してますのあなた…」
パコン。
ペットボトルが、ソファのぬいぐるみが、相次いで想を襲う。
性格が裏表あるか、引っ張られて悪影響がありそうな人の話に乗ろうとすると、妨害も兼ねてこういうことはたまにある。
紅矢たちが見たことがなかったのは、けっこう特殊だったのだ。
でも仕方がないじゃないか。
この人本気で、たぶん東京湾に持っていくよこれ。
「い、今のは見逃してください、これに関してはとてもよくあることなので、その、口外とかは」
「自分のためにも見なかったことにしておきますわ」
多分言って変人扱いされたくないんだろうな。
そのへんは想にもわかる。
「ちょっと、外しますね」
部屋の奥に小走りする想。
さすがに痛いので止めるようお願いしたくなったのだろう。
「…来ます?」
「そのネタもうすんなって言ったろ!!」
そっちのネタじゃないです凜乃さん。
何かのリモコンらしいものも飛来し、何も言うなという無言の意志を感じる。
「…でも、髪の毛とか落ちてないかアリバイ調査はします」
もしもがあったらと思うと踏み出せない、どちらかと言えば勇気がいる行動。
絶対まだ信じていない。
しかもフリだけでも、こういう時って信頼の態度を見せるのが大人では。
大人じゃないわけなんですが。はい。
「とはいえベッドを真顔で精査されるのって、実際見ると恥ずかしいですねこれ」
「どいてそこの足」
真剣だ。
「そんなに好きなら、私が最高にいいほうほ…」
ガンッ!!!!
大きい何かが当たる。
かなり、やめておけという強い意志がそれをブチあてに来たのが、わかる気はするけどその。
「きゃあっ!?」
転んだ拍子に、想は凜乃も引っ掛けてしまって。
「オモイさん、今日はちゃんと例の紙書いて持ってきます………」
「…あのこれはね?」
鍵あきっぱなしであったため、そのまま入ってきた男子3人が見たものは…。
「あ!!??覇天椥っ!!?くん…」
「いや、えっ」
「環腕、お前ってやつはさあ」
スカートに顔半分突っ込み抱き着いている同級生と、涙目で服が半分はだけたいい歳の社会人女性。
これはちょっと。
お子様にお見せすべく推奨はできない。
「今日は帰るね…」
「環腕、お前の考えは相変わらずついてけないよ」
「ああ大丈夫ですから」
明日雄くん、何が大丈夫なの?
何について言ってるのかちょっと聞かせて?
「待って明日雄くん!誤解だよううう」
「覇天椥くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!!」
「大人の世界は俺達にはまだ早いんだよ!」
「蓮あんたぁ!!わかってて誤解広げたくてやってんじゃないでしょうね!」
よくわからない修羅場が某マンションで発生した記録がその日、あるとか、ないとか。
そしてその帰り道。
紅蓮多は先ほどの戦闘でメッセージを預かっている旨を、主人に告げる。
内容は。
「二人きりで話したいことがあります」




