第肆話 ①
「凜乃、そろそろ出かけようか」
はっと、環腕凜乃が目を向けると、紅矢が微笑んでいた。
「今日はイタリア料理でもどうだい」
「えっ!?誘ってくれてるの、紅矢…くん」
いつもの反射ではなく、すらっと喜べる自分に違和感。
「結婚してまだそんなに経ってないのに、そんなに不思議かな」
「!!!!???…そんなことないわ、準備します!!今すぐ準備します!」
そうか、私、結婚たんだ!
幸せで顔が恐らくとんでもないことになっている凜乃は、幸福の絶頂で右も左もわからず大声の返事。
かといって、興奮で動くこともできず、服をつかんでハアハアするばかり。
「凜乃…」
「は、はい!」
紅矢が凜乃の肩をがっしりと掴む。
こ、れ、は!
まさか、まさか、あの恋人同士の…!
「お嬢様…」
「紅矢くん…」
「お嬢様、凜乃お嬢様、着きましたよ、お言いつけのマンション」
「……んん?」
「お嬢様、お眠りですか?ここ駐車禁止なので、ずっと居られないのですが…」
「…んぁ……紅矢……何言って……るの…」
はっ!
凜乃、お目覚め。
「で…出てけ!!今すぐ出てって!!出てけ出てけ出てけぇぇ!!!!」
「無理です凜乃お嬢様!出たら最後駐車違反です!」
いつも通りな環腕凜乃に無事戻り。
「ここが例の女のハウスね」
『間違いありません凜乃様』
手元のヘルメスに確認する凜乃。
インターホンを紅矢の友達とごまかし入場した先は、というと。
(とうとう変なの来ちゃった…)
家主、儚樹 想。
その彼女として、それは想定する中では最悪の客の登場だった。
さすがにイメージビデオっぽいのはまずかったか…。
アクセス稼ぎには色気で釣るしかないと、年齢はちょっとアウトだが色々やらかして結果。
こうなるのは流れとして当然とはいえ。
「お、お菓子お好きです?」
「ダイエットしてますので」
「お飲み物は何がよろしいでしょうか?」
「そこまで長くいませんので」
取りつくしまがない。
プレッシャーで小学生に完敗である。
沈黙がちょっと続いた後は、もう一気に。
「警察だけは勘弁してくださいっ!!未成年画像を使ったのは魔がさしたんです!だから、どうか、警察だけはぁぁぁっ!」
なにいってんだコイツ。
犬の仰向けより容赦ない服従の意思だろうか。
でも、下手に出てくれるなら尋ねることもハードルが下がる。
そのままにしたほうがいいかも、と凜乃は考えた。
「紅矢くん、は、ここでいつも何をしているのかしら…」
「ええっ!その、その…犯罪はしていません!!」
「白状しないとなんかその、怖いわよ」
「本当なんです!信じてください!!明日雄くんにはかわいくてつい、抱き着かざるを得なかっただけで!!」
「あーふといのはどうでもいいですわ」
ひどい。
この後もいくつかの質問と脅しが飛び交う室内。
涙すら枯れ果てるかという数の問答の末。
「ま、まあ、白ってことにしといてあげます」
「よかったぁ、私、生きていける…」
性格なのか後ろ暗さがあるのか理解できない凜乃には、実質犯罪者っぽい裏でもあるのかと勘繰りたくなる怯えようだが、そこは深く聞かない。
「とにかく、私は何もしていないんです!信用の証や対価が必要というなら、できる限りで私は甘んじて受けます…」
そっと居間の奥に行く想。
がらっ。
「さあこい!!!」
「紅矢くんにそれやったら警察の前に東京湾に沈めてやりますわよ!!!!」
もうやったんだよなあ。
そのころの、紅矢たち三人組はというと。
久々に環腕凜乃の呼び出しもなく、雨でもない天気でもあるという好条件に誘われ。
サッカーで存分に体を動かしていた。
部活の人たちに入れてもらい、人数が足りてないところに入ってパス練習や玉拾いなどなど。
たまにはいいものだ。
そこを。
「おい大丈夫か?なんだその姿?!」
和やかさを破る声がする。
「おい体験入部!お前に用事みたいだぞ」
「え…」
該当者は本日、紅矢と蓮のみ。
慌てて駆けつける。
そしてさらに驚く。
「この間の…」
「車にでもはねらてたっすか先輩の人」
ボロボロのマントと、汚れたズボン。
引き裂かれたような見た目がなかなか壮絶な、先日のバトルの上級生、参光勇我その人だった。
「び、病院とか必要な…?」
「いや、傷はない」
「でも見た目がすごいですよ」
「昨日の夜、予備のマントを手で裂いてダメージを作っただけだ、傷は本当にない」
じゃあむしろ、なにやってんのお前。
いわれると確かに、その中のおもちゃタダTシャツにまったく汚れがない。
本当に汚れた衣装を演出用に作ったんですねパイセン。
『すまない、これには理由もあって…』
懐からゲンブ、甲龍殻も飛び出す。
こちらも無傷…。
「てっ、てて、手がない!」
ではない。
「すまない、甲龍殻は武器がメンテ中なんでね」
武器パーツが腕に見える部分丸ごとだったということか。
そういえば対戦で腕にダメージが通ってないと紅蓮多が言っていた。
そしてどこに仕舞ったのだと思うだけ武器があったのも、片腕自体を武器にしていたなら成程うなずける。
終わった後のこんな時に、相手の謎が解けるとは。
「そんなことより、覇天椥紅矢…君は狙われている」
「「…は?」」
割と周囲が一斉になんだその発言と小首をかしげる。
「俺をこんなにして敗北させたアイツが、君を狙っているのだ…それを知らせに来た…」
自分でやったって言ったよね?
じゃあ誰が来る予定なわけなんだ。
全体的にみんな、意味がわからない。
「ご伝言、ご苦労様」
ここにいる空気でない、そんな雰囲気の声がその時少し離れたところからした。
サッカー部員たちを含め、まさに一斉に振り返った。