第参話 ④
ガキッ!
少し大げさなまでの打撃音が響く。
盾を持ったほうの肩を再度仕掛けた紅蓮多が深く切りつけた。
「左下腕シグナルアウト!勢いは明らかにマルドゥークにあるぞー!!!!」
(こっちには加速ユニットがある、時間限定ならいくつか先制して逃げ勝つことも…)
紅矢にしては、慎重案を選択している。
夢の影響もあるのだろうか?
「先手有利だろうが、時間待ちだろうが…」
上級生がマントをまた大きく広げる。
外してもいいのにそうしないのは、もしかしてシャツそのものは恥ずかしくて隠したいからなのだろうか?
そんな疑問もありつつ。
「甲龍殻はその全てを覆し勝利する力がある!」
『そうとも勇我!』
「そろそろ勝つぞ甲龍殻!」
『おおおおおおおおおううぅぅぅぅぅぅ!!』
「距離さえ離れないならこっちの有利のままのはず」
紅矢は一定の距離を維持している。
隙のありそうな角度を見つつ殴り、相手の攻撃範囲に常に存在しない戦い方。
そこへ。
「鎧王!」
上級生が吠える。
同時にゲンブ、甲龍殻は盾を水平に構えた。
「!?」
そのまま盾を射出。
ワイヤーでつながったそれは、紅蓮多と逆方向に打ち出され、遠くの地面に着地。
そして、巻き戻しで甲龍殻の本体のほうが吸い込まれるように引かれ、移動を行う。
「距離が!」
不意を突かれて一気にポジションが変わる。
「銃王!」
間髪入れず、甲龍殻が盾の裏から筒のようなものを取り出す。
獣の顔が付いた筒。
どこに入っていたと思う大きなそれはさらに展開。
気が付いた時には甲龍殻は射撃の準備を終えていた。
『受けきれるか!』
連射される圧搾空気弾。
もはや間合いなど関係なく、不意を食らった紅蓮多は数発かわし切れずに当てられてしまう。
「見事なポジションチェンジ!!!ゲンブタートルの反撃は一気に逆転の一手になったぁあ!!!」
「まわりこんで近づくんだ紅蓮多!」
『できない紅矢!ダッシュユニットが片方動力不足になっている』
「なんで?!」
「それは!!!」
解説の人が楽しそうにそこに割って入る。
「覚えておりますでしょうか、オールオン、フルシグナルという試合形式を選択したことを!」
確かにフルシグナルにしようという提案は了解の上開始した。
「フルシグナルの設定とオールオン、つまりヒットアンドダメージの設定とバースト、オーバーブースト、リミットブレイク、パートナーアクセルなど全てを制限なく入れた設定の無制限バトルが今行われていのです!!!」
「おいなんだそれ!?」
「初めて聞いたもの盛沢山すぎるんだけど!」
煮詰まりながら慣れない検索で言葉も出ない蓮すら思わず突っ込む。
説明書が英語だから知らない機能もいきなり湧いて出てくる。
これはちょっと、不利どころではない。
「つまりシグナルアウトの場所は先日の凜乃お嬢様のトラブルと同じく電力ダウンなどのダメージを併発するのです!手足の駆動も上下喪失でペナルティが発生するので後半かなりネガティブ状態の戦闘となるわけですねえ」
『理解してなかった、初歩的選択ミスですワ』
おそらくカメラ班のホーさんはわかってて黙ってた。
そんな気がしている。
「ダッシュユニットは解除して捨てだ!」
『了解した』
復帰しないなら付けても邪魔だ。
足の増設パーツは即座な判断で解除。
空気弾を数発受ける盾となり、投げ捨てられた。
(まず近寄れないと…)
『問題ない!紅矢!躱すことができないわけではない!』
「剣王!」
それでも何とか近寄った紅蓮多だったが、上級生の声が響く。
瞬間、腕そのものが剣のようになった甲龍殻が、それをたやすく吹き飛ばす。
隙がない。
『確かに、腕に打ち込んだはず…』
「紅蓮多、止まったら狙い撃ちにされる!」
お互い焦りが先立つ。
連携があまりとれていない紅矢と紅蓮多。
いっぽう完全にペースをつかんだ上級生は強い。
この形式の対戦が豊富そうな経歴など全くなかったが、ゲーム巧者の素養がプラスなのはそうなのだろう。
『紅矢、あれの情報がなくてはやはり勝てない』
「勝てない…?」
『吹き飛ばされる瞬間、確かに相手の武器の根元を突いたのだ、だが判定がなかった』
「自分でセンサーの場所を変えたり、そういうことができるメカってことだろうか」
「違うな、卑劣なことは私はしない」
『……でもわりと発想がみみっちいと思いますワ』
ホーさん、多分やっと本音を口にしだす。
上級生の目論見に関して一切匂わせず、もう一方の応援はしないを遂行させる裏を持つ手腕と性格。
なぜこんな成長をしているのか、別の話になるがかなり闇が見えそうな。
「8分経過!!さあ、ここで現在のシグナル数をディスプレイで確認してみましょう!!」
完全に司会状態で投影ディスプレイにダメージ分布が映し出される。
「ゲンブが3アウト、マルドゥークが8アウトと、この巻き返しはもうキツいか!!!」
負け…。
紅矢にその言葉が現実味として見えてくる。
遊びとして勝ち続けていただけだ。
負けそのものは、いつか来るもの。恥ずかしくはない。
これ自体も、楽しいがお姉さんを探す手段でしかない。
だから、意地を張り倒すことはないんだ。
きっと…。
(楽しんでくれたら…)
思い出す、夢か現実かわからない、誰かの言葉。
(強いほうがいいなあ…)
駄目でした。
(見つけてくれる?)
探しています、ずっと。
(私のため?それとも、自分の?)
わからないです。
(笑って会えたら、いいね、でも)
でも?
(なぜ泣いてるの?)
…………。
『紅矢?』
「あっとマルドゥークを駆る覇天椥くん、諦めてしまったのかぁ!!」
涙が出ていた。
「紅矢、負け一つでそこまで痛々しくならなくたって、その」
蓮が、紅蓮多もおそらく泣くなと言いたかったに違いない。
そう、紅矢は思った。
しかしなぜ泣いているのか、自分は。
考えるまでもない。
誰かのため、誰かのせいじゃないからだ。
胸を張りたい。
全力以上のものを出したい。
負けたくない!
それを見てもらうことこそ、自分がしたいことだから!
会いたいあの人に!
そのためにここにいて、今それが手の隙間から滑り落ちそうになっている。
認められるものだろうか?
「勝って!覇天椥くん!!!」
そう、そうだ。
僕が!
「…紅蓮多…」
『紅矢?』
「捨てて、勝とう」
『紅矢?いや、問題ない、やってみせる』
「その武器は背中に付けられるね」
『可能だ』
「あとは突っ込もう」
『ああ』
「残り1分はもう切っている、勝負は決まっているのか、ここから奇跡が起きるのか!!」
『諦めないのは素晴らしい、君は好敵手だ』
甲龍殻が真正面からひるまず仕掛ける。
「羽王!」
甲龍殻は声とともに剣を外し空気弾の銃身にさらに盾を取り付けた。
盾そのものも展開し、それは強風を発生させる装置となり。
「止めをさすぞ甲龍殻!」
『超烈神!タァツマキィィィィィ!!!!!』
吹っ飛ぶ紅蓮多。
「これは!!!!上空に放り投げられてマルドゥークはされるがままの無防備だあ!!!」
「剣王!天空斬!!!」
ここぞと上級生の決めポーズ。
アニメの必殺技としても申し分のない、まさに必殺の連続技だ。
が。
紅矢は全く目線をずらさず動じない。
甲龍殻は完璧なタイミングで落ちる紅蓮多を剣でとらえる。
「決まったあああ!!!!!ゲンブタートル必殺のコンボ!!!!」
『オールオンでなければ、ですワ。策士としては穴があったようで』
「えっ」
解説のおじさんがキャラを喪失する。
確かにこれで終わったようにしか見えないのだが。
「こ、これは…マルドゥーク…!!!!」
突き出された剣の刃先に紅蓮多は確かにいる。
逆さまに、その剣をがっちりと受け止めて。
「あのスピードの剣をつかみ、さらに空中で押しとどまっている?ペナルティでエネルギーダウンした腕で!そんな馬鹿な!!?」
『全てアリアリなオールオンで許可されたオーバーブーストですワ。機体を全てデータリンク完了してAI成長がAクラスであったなら、破損ギリギリの値を算出してごく短時間そのパワーを行使する』
「初めて見ました…2年くらいじっくり使い込まないと計算上行きつかないとネットワークに流れてませんでしたっけ」
『本当に、初めて、できた個体なのかもしれませんワ』
「なにかわからんが、とどめはとどめだ!!」
「紅蓮多!取りつけ!!」
『おおう!!!』
手だけで加速し、一気に落下していく紅蓮多。
相手の頭の角をつかみ、相手の後頭部を捻じ曲げるように広げる。
「行け!!!!!」
「『イレイザーブレイド!!!』」
首に開いた隙間に背中に固定した全力の光の剣が突き刺さる。
内部をえぐるように数回角度を変え、剣は甲龍殻を貫いていく。
「ゲンブタートルのシグナルが一気に消えていく!動力主要部のハートシグナルにもマルドゥークの攻撃が到達している!これは!!!」
『ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』
「甲龍殻!!!!」
『タイムアップ!ですワ!』
「試合終了!ライフ確認を行います!!!勝者は!」
鎮まる体育館。
「残シグナル!ゲンブ2マルドゥーク2!同点!」
ざわっ。
「この場合心臓部、ハートシグナルの喪失有無を判定に加え、マルドゥーク!覇天椥紅矢くんの勝利!残り数秒の逆転勝利だ!!!!」
うおおおぉぉぉぉぉぉおお!!!!
体育館が沸きに沸く。
「負け…た…」
『すまない、勇我、君の力にこたえられず』
「未熟だったのはお互い様だ、後で店長に一緒に謝ろう」
意外と素直に負けを受け入れる上級生側。
「君の意気込みが上だったらしい、おめでとう」
そして紅矢を見据え、言う。
「だが君の間違いは必ず認めさせてみせる」
「勘違いだと思うけどなあ」
いつの間にか隣にいた蓮が冷えた目でそれを返す。
「状況はともかく、やったな紅矢」
明日雄も途中から駆け付け、見ていたようだ。
「でも本当に勝ってよかったな、見てみろこれ」
蓮が手持ちのガジェットの画面を見せる。
「これ、僕たちのやつが載ってるやつ?」
「そう、ゲンブのネタ探す途中にデブが見つけて持ってきたんだが、環腕の率がやたら増えてきててさ」
どういうことか、意味が分からない紅矢。
「果ては編集した昔の旅行撮影らしいビーチの水着撮影まで混じった環腕のPVっぽい正気か…ってのが出来て投稿されてるんだよ」
「…オモイさんだね…」
「だなあ」
視聴数稼ぐのにいろいろ怪しい案出してたな、たしかに。
「だから完全に乗っ取られないで済むよ、お前が活躍してたなら」
「大丈夫、もう理由なんて関係なく、僕は勝つよ」
「ほほう」
「僕がずっと胸を張って、いつでもあの人に会えるよう、僕はぜったい、もう負けない、決めたんだ」
「なんか、吹っ切れた感出たな紅矢」
三人が、観衆がまだ見守る中で勝利を満喫している。
そして出し切って倒れている紅蓮多を紅矢は手に取り、ねぎらおうとしたが。
『どうだ、紅矢、勝敗は…』
電力切れ寸前で、周囲の把握もできないまま、紅蓮多はそのまま停止した。
「勝ったよ、紅蓮多」
伝わらずとも、一言に紅矢は込め、優しくなでる。
いまだ全勝、覆らず。
喝采の拍手は二人に、向けられた。
なお、それらのさらに外。
そこに物陰に隠れて、真っ赤になっている人物がいた。
先ほど、紅矢は気にしていないが大声で紅矢に負けないでと心から叫んだ女性。
とうぜん、環腕凜乃、その人である。
喧嘩になるかもしれない危険を知り、止めるよう審判役の大人を呼び寄せ、全てのセッティングを念のため整えたスポンサーその人でもあった。
実にいろいろ念の入った環腕の策はいいように回り、紅矢を覚醒させたと言えるだろう。
だがその一方。
「…言っちゃった…大声で紅矢くん応援しちゃった…」
こっちもある意味自分の限界を超え、気が気でない状態に陥っていた。
これはしばらく、顔をまた直視できないかもしれない。
こうして来客が増えた体育館は、さらに観客を増やしていくわけだが…。
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「凜乃、あなたは使えるほうの子になりましたわね。面白いものを見せてもらいました」
この日の動画は、思ったより反響があった。
「ヘルメス、ここがあの女のハウスね」
『間違いありません凜乃様』
何かしら影響のある人間は動き。
「この少年、少し戦ってみたくなったな」
『ジャン、つまらないが口癖のあなたらしくない言葉ですね』
「つまらないさ、本邦初公開になるはずだったお前のお披露目より先に、ブーストの力を公開されてしまったんだ」
『目立つ奴は気になりますかねやはり』
遠くのどこかでも一人。
そして。
「…卑怯な…甲龍殻は…誰にも負けない力が、あるのに……こうも…こうも…」
「バカじゃないのかしら、これじゃ大会っていうのも私が出たら楽勝だったわね!」
力なく崩れ落ちる甲龍殻を横目に、ツインテールな髪型のシルエットが先日戦った上級生、参光勇我を足蹴にして嗤っていた…。
「次は…」
やっとタイトル回収、そして主だったコマが出しそろったところで
のんびりしすぎて読んでくれる人二人だけだったっていう
会うまでは流れ決まってるので駆け足ででも吐き出しますが




