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三十年目の聖夜

作者: きりぼし団子

 左手に構えたマルボロは、いつもよりも多く煙を吐いているように見える。クリスマスムードに包まれた街は自分にも幻影を見せているようだ。今日はイブだが、どうやら今年は祝日にうまくぶつかったらしい。街ではしゃぐ日本人は例年よりも声がでかい。多少鬱陶しいぐらいだ。しかし来年からはこの祝日が他に動くと思うと、少しだけ寂しくなるな。まだ自分は二十五の平成生まれなのだが。


 誰とも会う予定は無く、ただ孤独に電飾の光に包まれた街を歩く。公園のクリスマスツリーに集う楽しげな人々を見ていると、少しだけ心が暖かくなるような心持になる。しかし口から度々漏れる溜め息はどうやら寂しさを帯びているようだ。


「まだ六時か……どうしようか」


 タバコの煙を空気中に撒き散らし、右手に巻いた安物の腕時計で時間を確認しながら独り言をボソボソ呟いていると、前方に知った顔が見えた。アイツは多少面倒な男だ。クリスマスイブに一人寂しく街を歩いている憐れな男だとでも思われたら最悪だ。なるべく話しかけられたくない。背を骨から反らし、顔が見えないように下を向いて、いかにもだるそうな男を演出しやり過ごそうとする。


「よう礼司(れいじ)! お前も一人か!」


「うるせえ」


 駄目だった。しかも一人ということがバレてしまった。つーか大声で“も”とか付けてんじゃねえ。同類扱いされるだろうが。周囲からの好奇の視線が矢となって刺さる。最悪だ。もう帰ろう。マルボロを携帯灰皿で処理する。そのまま無言で左回りに後ろを向き、いつもより歩速を速めて歩いた道を遡る。当然の如く追撃を喰らう。


「あー、おい待て、一人なら一緒に飲みいこーぜ」


 クリスマスに居酒屋か。流行について疎い自分ではあるが、多分それは流行っていないだろうことは分かった。いやもしかすると自分の知らぬところで流行っているのかもしれない。そうなってくると少し恐怖を感じてくる。


 というか、この早崎蒼太( はやさきそうた)という男、確か三年ほど交際している女が居た筈だ。クリスマスに彼女にサービスを与えるまでもなく、男と飲みに行こうとは中々度胸があるように見える。一度ドブ沼に落ちて死んでほしい。



 流れで入ってしまった居酒屋は、ごく一般的な大衆居酒屋のようだ。酒とタバコと焼き鳥の混じり合った煙ったい匂いが、店中に充満している。店内は意外にも多くの客が来ており、テーブル席は既に空の場所が無いと見える。我々は入口側のカウンター席に腰掛け、メニューを物色した。見ていると、どうやらこの店では串焼きと郷土鍋が売りらしい。流石に二人で鍋を食べる気は起きず、結果的に生ビールと鶏、つくね、豚、それから塩キャベツを注文した。クリスマスムードなど微塵も感じられない店内で、先程の疑問を思い出したかのように吹っ掛ける。


「そういえばお前、彼女はどうした。今日はクリスマスだろ?」


「あー……確か年末年始は忙しいからって美樹(みき)には先に実家に帰ってもらったんだよ。ちょっと表情暗かったけど、やっぱりあっちも色々大変なんだろうなあ」


 絶対悲しんでるじゃねえかそれ。「色々大変なんだろうなあ」ってお前。美樹さんはどうやらとんでもない外れクジを引いてしまったようだ。彼女のこれからの幸福を願うと共に、隣の奴がアマゾン川にブチ込まれて二度死ぬことを願う。


 そんな他愛の会話をしている内に、注文していた生ビールと串焼きが席に置かれた。塩キャベツはもう少し待たねばいけないようだ。店員に軽く会釈をした後、切り替えて乾杯する。我々の乾杯はいつも落ち着いたものだ。水滴を纏ったグラスの鳴らす高い音が耳に沁みる。そのままジョッキを持ち上げ、グビッと中身を喉に注ぐ。うまみの籠もった汁が喉から身体の中に入り込んでいくのを感じる。とてもいい気持ちだ。カウンターに置かれた串焼きに手を伸ばしながら、またぶっきらぼうに会話を始める。


「もう平成も終わりか」


「どうした、いきなり畏まって」


「いやな、もう三十年も続いてたんだなって。色々考えてた」


「あー、確かに。俺らが生まれる前から平成だったもんな」


 確かにそうだ。改めて思ってみれば、平成は俺らが生まれる前から平成だった。二十五年生きてきたのに対して、何故か三十年生きたような心持になる。不思議だ。別に我々が平成代表という訳でもないが、平成と共に生きてきたというどこか欲張りな思いが少しある。手に持ったジョッキからまた少し液体を体内に入れ、会話を続ける。


「俺らが餓鬼だった頃ってさ、昭和とかそこら辺で生まれた人が偉人みたいに見えてたよな」


「分かるぜ。すっげえでかい存在に見えてた」


「もしかすると、来年から生まれる子供達は俺らのことが偉人に見えるのかもな」


「ハハ、そいつは楽しみだ」


 塩キャベツが席に置かれる。我々はほぼ同時に手を伸ばし、驚異的な勢いで頬張った。串焼きによって口の中に残った油が徐々に洗われていくのを感じる。五分もすると、注文分は全て食べ終わってしまっていた。長居は無用だ。互いに背もたれにかかったコートを自分に纏わせる。


「そろそろ行くか」


「ああ、そうだな」


 レジに赴く。今回はそれ程食べてはいないので、大分安く済んだ。これぐらいなら払ってやってもいいかと考え、財布をコートのポケットから取り出そうとする。


「いいよ、俺出す」


 驚きだ。いつも俺が全部出すか、よくて割り勘だというのに、今日はどうしたのだろうか。やはりコイツもクリスマスの幻影を見ているのかもしれない。


「いいのか?」


「いいんだよ、こんな時間に付き合って貰ったんだし」


 そういうものなのかと、少し疑問を抱かないでもないが、金を消費しなくて済むので言葉には甘えることにした。もしかしたら今後こんなことは無いかもしれないから、有難く善意を受け取ろう。



 行き先を自分の家に定め、二人で街をブラブラと歩く。どうやら今日は泊っていくつもりのようだ。俺が家に籠もっていたらどうするつもりだったのか。いやどうせその時はその時で勝手に押しかけて来るだろう。折角だったのでケーキ屋でミニサイズのクリスマスケーキを二つ買った。小さく乗っている砂糖で固めたサンタが可愛らしい。その後コンビニで酒とつまみを少し買い、本格的に家に向かった。


 家に着いた後は、二時間程テレビを見ながら買った物を飲み食いし、軽くシャワーで汗を流した。そして布団を敷き、眠りに就く用意をする。布団に身体を包め、少し考える。クリスマスというイベントについて認識してはいるが、大人になってからそれらしいことはしたことが無い。しかし、今日のこれは、それらしいことに含まれるのだろうか。分からない。だが、中々面白く暇を潰せたのは確かだ。


「ありがとな」


 思考の続きが不意に声に出てしまっていた。相手が体制を変え、こちらを向く。またどうせ何か言われるだろうかと、少しだけ不安気になってしまう。


「何か言ったかー?」


とぼけた返事が返ってくる。心配の必要は無かったようだ。


「なんでもねえ。寝るぞ」


 平成三十年目のクリスマスだからと言って別に凝らなくても良さそうだと、ふと思う。何だっていいのだ。きっと聖夜は暖かく迎えてくれる。今日はまだ九時だが、早寝しよう。もしかするとサンタクロースがプレゼントをくれるかもしれないからだ。ボヤくようにしてサンタに願う。


「ああ、かわいい彼女をプレゼントしてくれねーかな」


「無理だろ」


 残酷な友人の言葉の矢が、胸を貫いた。

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