↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやかし家政夫  作者: 琴花
第六章
44/49

優しい愛から激しい恋へ

 ノックをすると「はい」と返事があった。たった一日聞かなかっただけなのに、すごく久しぶりに思えて胸を押さえる。

 それに、直接声が伝わるということはひとの姿ということで。


「お邪魔します。――もう起きて大丈夫なの?」


 ベッドに腰をかけていた万十郎に駆け寄った。

 いつもと変わらない――いや、少しやつれた顔。けど、表情は穏やかなままだ。


「はい。ご迷惑をおかけしました」

「いいのよ。私こそごめんなさい。万十郎の不調にずっと気付かなかった。核が傷ついてたって聞いたけど、どうなったの?」


 私の言葉に万十郎は自らの心臓あたりに手を当てた。


「今、診てもらった時点では、問題なさそうとのことです。幽世では一度傷ついた核は治らないのが通説なので、現世の医学の進歩には驚きました」

「そう。良かった……」


 万十郎の言葉に私は深く安堵した。

 しかし、万十郎は「良くないです」と眉を寄せると、私の手を取った。


「霊力の濃い薬液に手を浸けたと聞きました。無茶しないでください。痛くないですか?」

「もう全然」


 今度は私の言葉に万十郎が安堵したように息をついた。

 長い指が左手のしるしに触れる。くすぐったい。


「印が見えるようになりましたね。また見えなくしましょうか」


 私は首を振った。


「このままでいい」

「ですが」

「万十郎と繋がってると実感できる」


 私の言葉に万十郎は口を閉ざした。


「印が見えるようになったけど、前とは違って、色がくすんで見えたの」

「――怪我を負って霊力が尽きかけたからでしょうか」

「ならやっぱりこのままがいい。綺麗な二色で見える限り、万十郎が無事だと分かる」


 くすんで見えた色は、元通りとはいかなくても鮮やかさが復活している。

 印の色は万十郎の身体(しんたい)に直結しているのなら、見えるほうがいい。

 けれど、万十郎は何も言わない。静かな、けれど奇妙な空気が流れる。


 ――何か様子がおかしい?


 そういえば万十郎は和服姿だ。それも入院用の寝間着ではなく、初めてアパートに来た時に着ていたような外出着だ。

 私は不安を覚えながら側にあった丸椅子を引いて座った。


「空也先輩から話があるって聞いたわ」


 それには万十郎は答えず、そっと手を伸ばし、私の目元に触れるか触れないかのところで止めた。


「目が赤いですね。泣いたんですか」


 先輩たちが見て見ぬふりをしてくれたことを指摘されて、頬も赤くなる。

 私は慌てて明るい声で取り繕った。


「平気よ。ちょっと充血しただけだし、すぐ元通りになるわ」

「……すいません」

「万十郎が謝ることはないわ」


 けれど、万十郎は瞳を伏せると押し黙った。

 やがて、呟くように言った。

 

「僕を攻撃したのは幽世のあやかしです」

「うん」

「彼とは因縁があって、僕を追ってきました」

「……うん」

「幽世のあやかしは現世の人間を見下す傾向があります。そして、排するのを厭わない。実際、それだけの力もあります。幽世のあやかしは現世にとって脅威でしかない。彼が現世にいてはこの土地も人間も危険にさらされる。彼を幽世に返さないといけない。だから……」


 万十郎は顔をあげた。


「幽世に帰ろうと思います」

「――え」


 静かすぎる瞳。

 一瞬何を言われたのか理解できなかった。瞬きを繰り返し、内容を飲み込むと、全身の血が音をたてて引く気がした。


「そんな、なんで――」


 万十郎は再び微笑む。しかし、瞳は変わらず凪いでいた。


「僕がいる限り彼は現世に留まる。僕がいてはいけないんです」

「そんなことない」


 思わず叫ぶも、万十郎は首を振る。


「もともと、僕は貴女に向けられる刃から守るために現世にやってきました。そして、刃の持ち主である古瀬は捕らえられた。僕の役目は終わったんです」


 万十郎の過去を視たとき、門の泉に私が映っていた。様々な年代の私がいたが、最後は刃物が襲い掛かる瞬間で途切れた。確かに後味の悪い終わり方だ。

 けれど、泉に映っただけの名前も知らない人間のためにそこまでするだろうか。

 幽世のあやかしは人間を見下すといいながら、現世にやってきてまで身を呈して庇うだろうか。


「とはいえ、僕がいなくても望月姉弟が古瀬の凶刃から救ったみたいでしたけど」


 苦笑する万十郎に、私は首を振る。


「そんなことない。万十郎は幼い私を庇ってくれた」

「どうしてそれを。思い出したんですか?」


 目を瞠る万十郎に、私は再度首を振る。覚えてない。ただ、泉に落ちた記憶と、万十郎の過去を視て理解しただけだ。


「あなたの名前を呼ぶとき、過去が視えた」

「……そうだったんですか。印の繋がりとは思った以上に深かったんですね」


 万十郎は少し寂しそうに笑うと、懐かし気に目を細めた。


「幼い貴女は、突然の界渡りと命の恐怖に晒されたにも関わらず、気丈に振る舞い、僕を気遣ってさえくれた。ただ無為に過ごしていた僕に、貴女の存在は眩しかった。温かい命を――貴女を護るためならどんなことでもしようと思った」

「万十郎……」


 万十郎の背中の傷は幼い私を庇ったため。核が傷ついたのは、凶刃に晒される私を護るため現世にやってきたため。

 充分。もう充分だ。

 けれど。


「僕の存在が貴女を危険に晒す」 


 憂いを帯びた瞳で私を見たのは一瞬。今は不安しか感じない優しい笑顔で話す。


「貴女の帰宅を確認したら、すぐに幽世に戻ろうと思います」

「すぐ? 核の治療は?」

「霊力に満ちた幽世では治療せずとも生きていけます」

「なんで、そんな――」

 

 言い募るが、万十郎は首を振ってもう話題を変える。


「生活習慣も良くなっているし、もう充分健康です。頼りになる隣人の先輩もいるし、校内では親しい友人もいると聞きました」


 私は首を振った。

 そんなことを聞きたいんじゃない。


「僕がいる必要はなくなりました」


 聞きたくない。 

 それなのに、笑って言うのだ。


「あなたはもう大丈夫です」

「そんなわけないでしょう!」


 病室なのにまた叫んでしまった。

 私は万十郎に詰め寄る。


「突然来たと思ったら居座って、散々世話を焼いて。それで、役目を終えたから帰る? 無茶苦茶じゃない」

 

 違う。無茶苦茶なのは私だ。けれど、止まらない。


「私がお荷物なのは分かる。けど、勝手に何もかも決めないで欲しい」

「お荷物なんかじゃ――」

「そういうことでしょ。私の存在が万十郎の行動を不自由にさせる。お荷物そのものじゃない」

「そんな――」


 私は呼吸を整えた。

 左手の印に右手を添える。


「……幽世に帰るのがあなた自身の望みならいい。辛くても見送る」


 息を呑む気配がする。


「私は万十郎の思いを知りたい」

「……思い?」

「義理とか状況とか全部無視して、万十郎はどうしたいの」


 息を詰める気配がする。


「僕は……」


 戸惑いの声。しかし、すぐに強い口調で反論された。


「駄目です。彼を現世に留めて置けない。幽世にいた当時ならともかく、今の僕には彼を止めることはできない」

「霊力が足りないから?」


 万十郎は答えないが、滅多に見せない眉間の皺が物語っていた。


「飢餓状態をなおせば止められる?」

「なぜそれを」

「空也先輩が教えてくれた。日中はここに霊力を補充しにきてたって。けど、印の主から貰わないと上手く回復しないとも」

「それは……」

  

 それに、過去を視たとき聞こえた声が耳にこびりついている。

 お腹がすいたと、途方に暮れたような声が。


「ずっと飢餓状態だったのに、なんでもないように笑ってたんだね」

「仕方ないでしょう!」


 初めて聞いた叫び声。

 万十郎の表情が歪む。


「印の主から貰うということは、霊力のない人間のあなたから精気を奪うということなんですよ」

「分かってる」

「分かってない」


 突然手を取られたと思ったら、強く引っ張られた。

 唇に柔らかな感触がした。それが万十郎の唇だと理解したのはすぐ。表面を割られ、敏感な咥内に舌が滑り込んだ。歯列をなぞり、舌を吸い、頬の内側を丁寧に舐められる。身体の内側の熱が這いあがり、奪われるような感覚に陥った。 

 解放してくれたときは息も絶え絶えに寄り添った。いつの間にか椅子からベッドに座っている。

 顔をあげると、艶を帯びた茶色の瞳と出会った。


「これだけではすみませんよ」


 掠れた声が耳朶をくすぐる。


「――分かってる」 

「哀れな空腹の男にその身を捧げるとでも?」

「捧げるつもりはない」


 私は彼の頬に手を添える。


「私も欲しいから」


 万十郎の目元に朱が差す。私はもっと真っ赤だろう。

 けれど、偽りのない気持ち。

 彼は私のもの。誰にもあげない。

 万十郎は眩しそうに目を細めると、表情を歪めて私を掻き抱いた。

 絞りだすような声が聞こえる。


「……あなたと居たい」

「……うん」


 やっと聞けた本心。きつく抱かれた腕も想いの深さゆえだと思えば嬉しかった。






 一週間後、私はアパートの部屋で参考書を広げていた。万十郎のことを知り、誤解がとけて頭はすっきりしていた。白夜に対する問題は残っているが、私ひとりではどうすることもできない。なら、すっきりした頭で学生らしく勉強をしよう。休日なので思う存分できる。


 実はそのあとすぐ、核の治療には一週間程度の入院が必要と言われ、知っていながらさっさと退院して幽世に帰ろうとした万十郎と喧嘩をした。

 その最中、万十郎が搬送されたと連絡を受けた大家さんが様子を見に訪れ、元気そうな彼の姿に胸をなでおろしていた。

 ちなみに大家さんは、怒る私をなだめながらも感情をむき出しにできるのはいいことだと優しく諭した。

 結局、私は大家さんと一緒にアパートに戻った。

 万十郎がいなくなったのはたった一日。けれど、長い一日だった。


 朝晩どころか日中も寒くなった。

 私はひざ掛けを出そうと席を立った時、呼び鈴が鳴った。

 瞬時にして鼓動が高鳴る。

 早足で広くはない部屋をあっという間に縦断し、ドアの前に立つ。

 勢いのまま開けようとして、口うるさく防犯のことを言われたことを思い出す。

 のぞき穴を見て、今度はためらいなく開ける。


「万十郎!」


 大好きな存在が穏やかな表情で立っていた。


「おかえりなさい」

「――ただいま帰りました」


 万感込めた思いで当たり前の挨拶を交わす。


「体調は大丈夫なの? 迎えに行きたかったけれど」

「現世の病院はすごいですね。普段となんら変わらないところまで回復しました。迎えは不要ですよ。むしろ、一人で外を歩かれるほうが心配です」


 確かに、一人で歩いているところに白夜と遭遇しては危険なんてものじゃない。

 玄関を通して冷たい風が吹き抜けて、私は慌てて身体をずらした。


「ごめんなさい。入って――」


 バタンと扉が音を立てて閉まる。

 私は大きな腕に囲われていた。

 外気を浴びた服は冷たいけれど、じわじわと熱が伝わる。

 私は温もりを感じながら呟いた。


「……まだ朝よ」

「そうですね」

「……心の準備が」

「今すぐお願いします」

「……帰ってからのうがい手洗いは?」

「…………今日だけは大目に見てあげます」

「あなたがね」


 くすりと笑う。

 まったくなんてあやかしだろう。穏やかな見た目はあてにならない。

 降りてくる唇に応えるべく、私はそっと目を閉じた。


 穏やかで優しい愛情は、熱く激しい恋へと変わった。

 

 


6章終了です。お付き合いくださりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。