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あやかし家政夫  作者: 琴花
第三章
22/49

上に立つもの

 角を曲がりまつたけ荘が見えてきたところで、二つの人影があった。

 それが誰が気付いたところで、私の足はぴたりと止まった。


 ――万十郎と小町先輩だ。


 いつの間に帰宅したのだろう、小町先輩が万十郎と談笑していた。

 その雰囲気は旧知の仲であるように親し気で、いつの間に仲良くなったのか疑問に思いながらもどこか戸惑った。

 隣で空也先輩の声が聞こえる。


「小町と、あれは――」

「彼は市河万十郎と言って、私の――」

 

 私の、なんだろう?

 思わず口をつぐむ。

 続きを促す視線を感じるが、応えることができなかった。

 小町先輩ががこちらに気付いたようで、手を振りながら駆け寄ってきた。続くように万十郎も来る。


「おかえりなさい、ちとせ。それから――っ」


 走る勢いそのままに、小町先輩は突然空也先輩に向かって脚を振り上げた。

 足の甲が空也先輩のこめかみに寸止めする。


「お疲れ様。空也」

「――ああ」 

 

 長身とはいえ、あくまで平均女性よりも高い程度の小町先輩と、平均男性よりずっと高い空也先輩。

 丈のある靴を履いているとはいえ、二人の身長は頭一つ分違う。

 そんな弟先輩のこめかみに寸止めしてなお、ぶれることなく片足で平然と立っている。

 肉体派といわれる片鱗を見た気がした。

 ――いや、それよりも。


「先輩、スカート!」


 タイツを履いているとはいえ、屋外でなにをしているのだ、この美女は。

 脚を下ろした小町先輩は不敵に微笑んだ。


「別にみられても構わないわ。減るものじゃないし」

「構います。いきなり何体育会系をアピールしてるんですか」

「弟へのちょっとした挨拶よ。空也もちょっとは防御しなさいよ」

「必要ない」

「寸止めすると分かってたから? はあ。つまらない。……今度、本気で暴れちゃう?」

「面倒」


 なにかじゃれあいついでの姉弟げんかが始まった。


「面白い姉弟ですね」

「そうね……」


 万十郎が隣に来て微笑んだ。その表情は見慣れたものだが、同じ笑みでも、先ほど小町先輩に向けていたものとはなんとなく違う気がする。

 小町先輩も、私に向ける笑み、弟の空也先輩に向ける笑み、そして万十郎に向ける笑みすべて似ているようで違う。

 今朝感じた胸の痛みが再現した。

 抜けているようで、変化に敏感な万十郎は私の顔を覗き込む。


「どうしました?」

「なんでもない」


 私が一方的に感じる微妙な空気を振り払いたくて、先輩たちのもとに向かった。


「お二人とも、その辺りで。近所に迷惑がかかってしまいます」

「そうね」


 あっさり引いた姉弟にも少し間をとる。

 二人とも帰宅する気配は見せないし、私もそれではと帰りにくい。

 何か言えばいいのだろうけど、今日一日のことが頭にまわって思考がうまく働かない。

 そんな私の様子に、小町先輩がため息を一つついた。


「なんだか迷惑かけちゃったみたいね」

「え」

「朝登校して、なんだか校内の空気が妙だと思ったら、お昼過ぎに空也から話を聞いて」

「話?」

「ええ。ちとせが周囲から非礼な言動を受けていると。――一緒に登校したからでしょう?」

「それは……」


 言葉につまる。ただ一緒に登校しただけで、先輩は何も悪くない。けれど、どうにも居心地が悪い。

 小町先輩は困ったように笑うと続けた。


「早朝の一件があったから、多少騒ぎにはなっても一緒に行くべきだと思った。けど、思った以上にちとせに悪意が向けられていると知って、一芝居うったの」


 放課後、私の偽の英雄譚を級友に話したことか。

 先輩がとった行動が午後すぐのことなら、昼休みを境に周囲の態度が軟化していった説明もつく。

 けど、疑問が残る。私は空也先輩には何も話していない。

 思って、長身を見上げると、黒い瞳とぶつかった。


「ん」


 頷いて、そのまま、ぽんぽんと頭を撫でられる。

 なんだか既視感があるような――。


「あ……」

 

 昼休み会ったとき、何やら分かったという表情で頷かれた。

 あれは、図書館の穴場を教えてくれたことだけではなかったのか。

 帰りはこうして送ってくれたし、なんというか、ふたりとも……。


「過保護すぎます……」


 脱力してへたり込みそうになった私に、思ったより冷静な声がかかる。


「あなたに非がなく、私たち(望月)と関わったために遭ったことなら、私たちが対処しないといけないわ」

「けど、だからといってそこまで……」

「ちとせさん」


 静かに声が割り込んだ。

 万十郎が私を見た。


「あなたの欠点は自己評価の低さです」

「え」


 それってどういう――。

 先輩たちと万十郎、三人の目が一点を向いた。

 私と空也先輩が曲がってきた角。そこから一つの人影が現れた。

 茜色の空は完全に消え去ったが、顔が分別できる程度にはまだ明るい。

 そして、現れた人物を見て、私は息をのんだ。


「あの人――」


 今朝私に絡んできた男性だった。

 大家さんに追い払われ、もう来ないと思っていたのに。

 小町先輩は私の表情の変化に、「あいつね」と呟いた。

 先ほどまでの、真面目な話をしながらもどこか砕けた雰囲気は霧散した。

 そのまま男のもとまで歩き、優雅に微笑んだ。


「お久しぶりね。古瀬(こせ)さん」


 男は小町先輩の言葉に嘲笑で返した。


「よう。望月小町。なんだ、今のじゃじゃ馬ぶりは。大学での深窓の令嬢はどこにいった」

「お生憎様、お嬢様役は今日はもう閉店よ。それに、大した知り合いでもないのに馴れ馴れしく呼び捨しないでほしいわ」

「なんだそれ。大学では親しい友人として机を並べた仲だろう」


 かわされる会話に私は呆然と聞き入った。

 まさか、小町先輩と今朝の酔っ払いが知り合いだったなんて。それも学友?

 小町先輩はすました顔で男を見た。


「校内での近しい友人は望月家と関わりのある家。将来を諦め、退学したあなたはもう赤の他人。今更でしょう」


 なかなかの毒舌ぶりだ。

 私は事情を知ってそうな空也先輩にそっと尋ねた。


「あの人、先輩の知り合いなんですか」

「大手製薬会社の重役の息子だ」

「製薬会社……」


 なるほど。製薬会社に勤務する医師も存在するし、関係者の子供が医学部に在籍しているのも別段おかしなことではない。

 けど、今朝は私に、今は小町先輩に絡むあの男はとても医師を志す人間に見えない。

 男はガラの悪いチンピラみたいに吐き捨てた。


「ずいぶんな言いようだな。一昨年親父が失職してから、どいつもこいつも手のひらかえしたように離れていきやがって」


 男の放った言葉が記憶をかすめた。

 一昨年、失職、製薬会社、古瀬……。


「あっ」


 私は息をのんだ。

 一昨年、大手製薬会社が薬のデータ偽装を行ったことが明るみに出て社会問題になった。

 対応が後手後手にまわった会社は、最終的に経営陣を刷新させて社内の改革に取り組むと会見していた。

 その頃、医学部受験を目指し勉強に励んでいた私は、報道を見て、信用して薬を服用した患者を哀れみ、偽装した会社に憤った。

 けれど、そうした感情は受験勉強に忙殺されるうち、いつしか記憶に埋もれていった。

 その解雇された一人が古瀬という名前だった気がする。


「分かり切っていたことを何をいまさら」


 小町先輩の声が聞こえた。

 静かすぎるほどの声だ。


「人の上に立つべく生まれた私たちは学友が決められている。お互い後ろにあるものを見ての交友関係なのだから、その後ろがなくなったら友人で居続ける意味はない。……むしろ、交友が続けばこちらも危ぶまれる。そんな危険な橋を渡る義理も人情もないわ」


 発言の内容に私は言葉を失った。

 将来を見越しての人脈づくり。

 格式高い家に生まれたら友人すら選べないのだろうか。いや、お互い家を背負って立つ学友に隙を見せられないのなら、そんなものは心許せる友人とは呼べない。 

 家柄がよくても、親が失職したらそこでお終い。生まれが選べない子供にはなんの落ち度もないのに。

 そう思えば、彼も被害者だ。

 だけど。


「お前、サイボーグだな」

「お生憎様、この身体に流れてるのはオイルじゃなくて赤い血よ」


 冷静に対応する様が痛ましい。

 孤高の華を演じる小町先輩。

 それは、本当に孤独で、あまりにも寂しい。

 隣の空也先輩の眉間のしわは増大の一途だ。

 嘲笑する言葉に手のひらを強く握り締めたとき、隣からごくささやかな声がした。


「あの男を排除しましょうか」

 





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