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あやかし家政夫  作者: 琴花
第三章
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風変わりな朋友2

 すべての講義が終わって建物を出ると見事な夕焼けが広がっていた。

 空も建物も木々もすべて茜色に染まっている。

 隣で朋子が「おおっ」と驚く声が聞こえた。


「さすが秋は夕暮れだね。風情があるなあ」


 遠くカラスの鳴き声が聞こえるのは、昔も今も変わらない。

 腕を伸ばし秋の空気を胸いっぱいに吸い込む。

 熱せられた地面と冷たくなりつつある大気が混ざり合う、この時季独特の澄んだ空気だ。

 同じく伸びをする朋子を横目で見る。


「……よかったの?」

「ん?」

「注目されるのが分かったのに、午後一緒にいたこと」

「ん――」


 ストレッチとばかり腕をぐるぐる回す朋子。私なら脱臼でもしそうな勢いだ。


「別にちとせが悪いことをしたわけじゃないし、注目するなら勝手にしろって感じ。むしろ、今まで一緒に講義を受けてきたのに、どうでもいい噂や視線でいきなり離れるとか考えられないし」


 田舎出身という仲間意識もあってか、講義が被るとたいてい一緒にいる。

 今日それが変わらなかったのは嬉しくもあり戸惑いもあった。


「朋子も変に注目されるのは嫌だな」

「私のせいとか被害者ぶったらだめだよ」

「分かってるよ」

「ならよし」


 そんな妄想はない。ただ、友人に迷惑をかけたくないだけ。

 朋子は腰に手を当てて首を傾げた。


「けど、思っていたほどねちっこくはなかったね」

「いや、どんなのを想像したの……」

「そりゃ、真後ろに座って延々恨みつらみを重ねられたり? 裁判所の被告人みたいに教室内の視線を一身に浴びたり? しまいには教授からお呼びがかかったり?」

「怖いよ」

「まあ、最後のは冗談として」


 前の二つは本気なのか。

 思わず両腕をさする私に、朋子は笑った。


「確かに嫌な視線も感じたけど、純粋な好奇心が多かった気がするよ。あとは羨みかな」

「羨み……? それって望月姉弟と一緒にいてうらやましいとか?」

「それもあるだろうけど、ちとせ本人に対する感情かな」


 よくわからない。

 首を傾げる私に、朋子は腕を組んで同じように首を傾げた。


「お昼、先輩のこと話したでしょ?」

「お騒がせしたうえ、置いて行って申し訳ない」

「うむ。置いて行かれた時が一番注目を浴びたよ。まあ、それはいいとして、あれで少し周囲の目が変わったのかなって」 


 確かに、僅かだけど好意的な視線も感じた。

 それは、望月姉弟に同情する人たちのものだと思うけど。

 朋子はさらに首を傾げた。頭が肩より下にさがって体操でもしているみたいだ。


「けど、それで悪意の視線が減って好意の視線が増えるのは早すぎるかな。時間が経つにつれ、明らかにちとせに寄せられる感情が変わった。なぜだと思う?」

「まったくわかりません」

「だよね。――あっ」


 小さく叫んだ視線の先に、艶やかな黒髪を夕焼け色に染めて談笑する小町先輩の姿があった。

 周囲にいる女子学生たちも名だたる名家の子女だろうに、小町先輩は明らかに一線を画していた。

 ただ立っているだけなのに確かな存在感。私といるときには見ない凛とした佇まい。

 朋子と二人思わず立ち止まると声が聞こえた。  


「――そうなの。今朝のことよ」

「じゃあ、噂は本当だったんですね」


 なんとなく彼女たちから見えない位置に移動して耳を澄ます。

 

「ええ。突然知らない男の人が現れて暴力を振るわれそうになって……」

「まあ……」


 なんと、そんなことがあったのか。

 確かに小町先輩の美しさは誰もが納得するところ。けれど、今朝登校するとき、そんな話は聞かなかった。

 思い出したように細かく震える小町先輩に、周囲のひとが不安げな表情をする。

 しかし、先輩は顔を上げて柔らかく微笑んだ。


「けど、偶然通りかかったひとが庇ってくれたのよ。私と変わらない年頃の女性なのに、青ざめながらも両手を広げて私の前に立ってくれて……。結局は別のひとが追い払ってくれたけど、本当に心強かったわ」

「そんなことがあったのですね……」

「無事でなによりでした……」


 安堵したように息をつく女性たち。

 けれど、私はどこか引っかかるものを感じた。


「それで、聞くところによると、その女性は同じ大学の学生だったから。朝の講義時間が同じならぜひ共に登校をとお願いしたの」


 ん……?

 私は眉間に皺が寄った。

 そんな私の表情の変化などを知るよしもなく、小町先輩は苦笑いをする。


「目立つのは嫌だからと渋られたのだけどね」

「望月さんのお願いを断るなんて」

「けど、結局は了承してくれたわ。朝の恐怖が忘れられない私の意思を汲んでくれる心細やかなひとなのね」


 そして、憤慨する女子学生に小町先輩はやんわりと諭した。


「それに、私を見た目や名前で判断しない素敵な女性よ」

「それは……」


 口をつぐむ彼女たちに、先輩は付け足す。


「途中、弟とも会って話したの。そう長くない時間だったけど、いつの間にか人の目を集めたようで」


 んん……?

 眉間の皺が増えた。


「それで、あのような噂が……」


 女子学生が得心したように呟く。

 小町先輩がが悲し気に瞳を伏せた。


「私も聞いたわ。事実が捻じ曲げられ伝えられて、心無い態度をとられているようで……。私が無理に誘ったこともあるのよね。ただ、一心に学業に励みたいと言っていたのに、本当に申し訳ないことをしたと思うわ」

「そんな……」

 

 何かの芝居を見ているようだ。主演はもちろん小町先輩。

 涙をこらえるように震える睫毛に、周囲の女子学生が表情を歪めて同情する。

 それは、聞き耳を立てている他の学生も同様だ。

 しかし待て。その女性というのは……。

 

「百長さんと言ったかしら。私は、彼女を悪くいうひとを許さない」


 回れ右してその場を逃げたかった。もしくは穴掘り名人か風景の一部となりたかった。

 けれど、叶わなかった。

 視線から隠れる位置にいたはずなのに、いつの間にか身体の向きを変えた小町先輩がこちらを見ていた。

 彼女の周りにいる誰もが気付かないようにそっと微笑み、ゆっくりと口元に手を当てる。

 人差し指を一本。

 ただ、それだけの仕草がとてつもなく魅惑的で目が離せなかった。






「なにあの半端ない色気! モデルなの? 女優なの? 同姓なのにくらっときちゃったよ」

 まったくもって同感です。


「楽だからパンツスタイルだけど、私もたまにはスカートはこうかな」

 こちら、価格と丈夫さを重視したデザイン無視の服です。

 

「あれは絶対敵にまわしたらいけない人種だね……」

 絶対という言葉は嫌いだけど、おおいに納得するところです。


「――ちとせ?」

 しばし現実逃避しております。


「おおーい。戻ってこいー」

 肩を揺さぶられ、我に返った。

 大きく深く息を吐く。


「時間が経つにつれ私に向けられる視線や感情が変化するわけだよ」


 情報操作したひとがいたのだから。

 小町先輩を捜す男に会ったのは事実。けれど、その場に彼女はいなかった。

 嘘に僅かな真実を混ぜて語ったため、真実味を帯びた。

 事実とそれに基づく尾ひれのついた噂と先輩が故意に流した噂が混じりあい、私は今日一日振り回されたわけだ。


「結局、なにがどうなっているの?」


 困惑気味の朋子に説明すると、一拍の後、友人はぽんと私の肩を叩いた。


「えっと、お疲れ様?」

「だね……」

「けど、影響力半端ない望月姉先輩がちとせを擁護する言葉を言ったのだから、この騒ぎもすぐ収まると思うよ」


 ほんとそれを願うばかり。

 今日何度目か分からないため息をつくと、「幸せ逃げるよ」と苦笑された。


「それじゃ、そろそろ帰ろうかな」

「私は図書館に寄るよ」

「……閉館まであと一時間もないけど」

「ちょっとこころを鎮めてくる」

「うん。ほんとお疲れ様」


 そうして、朋子と別れて私は図書館に行った。

 人はまばらで、茜色に染まった室内は静かで心地いい。受付は年配の女性職員だった。

 一階の閲覧コーナーは医療関係を主として、経済・流通など各種分野の雑誌が置かれている。

 新聞も全国紙をはじめ、各地方紙も取り揃えられてあり、購読していない私はよくここで読みふける。

 手に取ったのは、実家でとっていた地方紙だ。全国紙に比べると内容は見劣りするが、地域密着型なので、知っている地名や地元の会社など載っているとやはり親近感がわく。

 実家にいたときはテレビ欄と三面記事をさっと流していた程度だったけど、改めて読むとその新聞社や記者は地元を大切にしていたんだなと思う。


 先日、宅配便が送られてきた。いつか電話で送るといわれたものだ。結果、呼び鈴に勘違いしてドアを開けたところ、万十郎がやってきたわけだが。

 差出人は親で、中身は手作りのどら焼きだった。

 水まんじゅうの季節は過ぎたうえ、傷みやすいので、そちらにしたそうだ。

 工場生産と違い、微妙に大きさの違うどら焼きはしっとりとした皮と程よい甘さの餡がマッチして美味しかった。中には歪な形の生地もあったけど、どうやら父親が作ったものらしい。台所にたつ姿はあまり記憶にないのに、苦心して作ってくれたと思うとくすぐったい気持ちになった。


 同封された手紙にはお花畑満載の母親の丸みをおびた文字が続く中、最後に一言「頑張りなさい」と角ばった文字が添えられていた。

 そして、なぜか大量の水も一緒に送られてきた。

 なにかと驚いていると、万十郎が目を輝かせて、「泉の水です」と答えた。

 あやかしの生態はまったく分からないが、水道水や市販のミネラルウォーターより慣れ親しんだ泉の水が身体にいいのだろう。実に美味しそうに飲んでいた。


 両親から大家さん宛ての手紙を読ませてもらって半月後、ようやく親に電話した。私自身のことに、大学での生活、そしてあやかしのことなど話したいこと聞きたいことは山ほどあるのに、いざとなったら言葉が出ず困り果てていると、静かに「応援してるから」と受話器越しに声が届いた。そして、「襲われそうになったら股間を蹴り上げなさい」と何やら物騒なことも言われた。


 ――親離れ子離れはもう少し時間がかかりそうだ。




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