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あやかし家政夫  作者: 琴花
第三章
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風変わりな朋友

 午後最初の講義が終わり、次の講義に向けて教室移動をしていると、後ろから軽快な足音が近づいてきたと思うと、ぽんと肩を叩かれた。


「よっ。有名人さん」


 無視した。


「ちょっとした冗談だよ。ごめんって」


 慌てて付け足された謝罪の言葉に、私はむっつりとした表情で振り返った。


「ごめん。今、その冗談は笑って受け入れられない」

「そのようだね。軽率だった。ごめん」

「……ううん。私も言い過ぎた」

 

 視線の先にはショートボブにパンツスタイルの女性。

 野中朋子。故郷は違えど、平凡な家庭で育った地方出身という、良家の子息子女が揃う大学内ではなんとも親近感を覚える存在だ。

 さっぱりした性格の彼女は大学の数少ない友人でもある。

 建物の外に向かって歩きながら、朋子は案じるように言った。


「けど、ほんとに今日はよく名前を聞くよ」

「どうしてそんなに物珍しい目で見られるんだろう……」


 私の言葉に、朋子は目を瞠った。


「えっ。まさか分かってないの?」

「今朝、望月先輩と一緒にいるところを見られたからでしょ? けど、どうしてそれくらいで」

「いや、だから。ほんとにわかってないの?」

「何を……?」


 朋子は深々と息を吐いて、物覚えの悪い生徒を諭すように言葉を紡いだ。


「ちとせと一緒に登校したという姉の小町先輩。あの人と一緒に行動するのは大病院の跡取りや政治家、弁護士、一流大学の教授の子息子女たちよ。学生のうちにパイプを作り、将来に生かす。つまり、彼らにとって大学は一種の社交場よ」

「え……」

「他の学生も裕福な家庭の人たちが多いけど、彼らは一線を画しているから、お近づきになりたくても遠巻きに見守っているだけ」

「小町先輩ってそんなに影響力のある人なの?」

「小町先輩というより、望月家がね。古くからある名家だから。東証一部に上場している大手企業の跡取りとでも思えばいいわ。まあ、同族経営だからか上場はしてないけど」

「そんな、家柄だけで友人を決められるの?」

「それが雲の上の人たちのお家事情ってやつなんでしょ」


 私と同じく一般家庭で生まれ育った朋子は肩をすくめた。

 確かに、名家の子息子女ともなれば、将来に向けてつながりを作るのは大切だろう。そのために同年代の子供を近づけるのも分からないでもない。


 けれど、それで仲良くなっても友と言えるだろうか。

 もちろん、意気投合して友人となる場合もあるだろう。

 でも、親や親族の思惑で出会わされて純粋に心を開けるか。


 校内の小町先輩はどこか近寄りがたい雰囲気で、孤高の華とも呼ばれる。

 それは類を見ない美しさもあるだろうけど、とりとめもない愚痴を言ったり本当に笑って話せるひとがいないからではないか。


 もちろん、想像だ。

 けど、彼女の『友人』に部屋の惨状を知る人は何人いるのだろう。

 とんでもない酒豪であることを知る人は。


 私が小町先輩の酒瓶の転がった部屋を見て苦言を呈した時、彼女は駄々っ子のように文句を言いながらも笑っていた。

 あんなカラカラと笑う小町先輩を知る人は果たして何人いるのだろうか。

 私は深々と息を吐いて呟いた。


「望月の名って重たいのね……」 

「むしろ、今頃分かったの? まあ、そんな雲の上先輩が庶民のちとせと仲良く登校してるものだから噂にもなるわよ」

「睨むような視線も感じたけど、身の程知らずってことか」

「ああ……。それは、弟先輩のこともあるかも」


 空也先輩? どういうことだろう。

 首を傾げる私に、朋子は困ったように眉を寄せた。


「空也先輩は一見近寄りがたいだけど、実際話してみると穏和なひとだから、結構人が集まるの。そして、イケメンだから女子が多いわね」


 確かに図書館で女の子が空也先輩を捜して騒いでいた。


「それで、今朝あんたと一緒にいたでしょ? それで、女の子たちが妬いちゃったのね」

「……一緒にいたといってもすごく短い時間だよ」


 挨拶してすぐに退散したのだ。それこそ、一分も満たない。

 私の言葉に朋子は肩をすくめた。


「噂っていうのは尾ひれがつくものよ。私は三人仲良く登校したと聞いたわ。ちとせが真ん中になって空也先輩と腕を組んで」

 

 誤解だ!!

 青ざめて口をあんぐり開けた私に、朋子はご愁傷様と言った。


「それで、実際のところどうなの?」

「……どうって?」

「空也先輩との関係よ。腕を組むほど良い仲なの?」

「まさかっ! そりゃ、優しいひとだけど、それだけよ」

「優しい、ねぇ……」


 もったいぶった言い方が妙に気にかかる。


「なに……?」

「空也先輩って温厚な人だけど、慣れあいが苦手なのか必要以上に人と近づかないようどこか距離をとっているから、優しいという印象はないわ」

「そうなの?」


 確かに、表情の変化が乏しく、言葉数も少なめだけど、わざわざお薦めの参考書を見繕ってくれたひとだ。近寄りがたい雰囲気も感じないし、優しいひとだと思う。


「その呆けた表情から、噂の尾ひれも案外遠くない未来に起きたりして」

「それこそ、まさかだよ」

「まあ、それは言い過ぎだとしても、あんたが身分不相応にも望月姉弟と親しいという噂は校内に広まっているわ」

「身分不相応……」

「いや、私が言ったんじゃないわよ」

「分かってる。けど……」


 なんだろう。胸の奥がどろどろした感じ。


「身分で友人を決めるものなの? ただ仲良くしたいと思っても駄目なの?」

「ちとせ……」

「それに、医者の跡取りは分かるわよ。けど、弁護士に政治家に大学教授の子供? 彼らは本当に医者を志しているの?」

「ちとせ?」

「ただ、望月家とつながりをもちたいだけで大学に入ったのなら、純粋に医師になりたくて入学が叶わなかったひとはどうするの? 彼らが入学しなかったら、その分定員に空きが出来て、本気で医師を志すひとが入学できたはず」


 難癖をつけている感はある。

 けれど、お家のために入学するひとより、ただ病や怪我に苦しむひとを助けたいという思い入学するひとたちのほうが大学が、ひいては病院が求める人材ではないだろうか。少なくとも、私は後者と仲良くしたい。

 小町先輩と共に居る名家の子息たちも、空也先輩に近づく女の子たちも、彼らの身分と外見しか見ていない。

 そこまで考えて、私は自嘲気味に笑った。


「彼らからすれば、何を知った風な口をと思うだろうけどね」

「――そんなこともないかもよ」

「え?」


 いつの間にか衆目を集めていた。大きな声で話していたのだ。しかも、内容は麗しの先輩たちのこと。周囲の注目を集めるのは当然の成り行きだ。

 注がれる視線は、一日経っても慣れない好奇のものや、騒ぐ私を非難するもの。そして、一生慣れないであろう妬みや嫉み。

 けれど、僅かに好意的な視線が混じっていた。

 誰かが何か言ってくるわけではないが、どことなく雰囲気が和らいでいた。

 ただ。


「あの……」


 私は、口を開きかけて閉じる。

 注視されて居心地が悪い。

 

「騒いですいません。お邪魔しました」


 早口で告げると、逃げるようにその場を去った。

 朋子を置いて行ったことに気付いたのはすぐのこと。

 追いついた友人は怒りながらも笑い、呆れるという高等技術を私に披露した。



 

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