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あやかし家政夫  作者: 琴花
第三章
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うたた寝注意

「望月の美人先輩と一緒に登校したんだって」

 目的地が同じだっただけです。


「弟のイケメン先輩とも一緒にいたって」

 一瞬です。


「姉弟ともに大のお気に入りだって」

 気のせいです。


「なんであんな子が」

 ……それは私が聞きたい。




 好奇心、妬み、嫉み。

 その日、様々な感情を伴った視線や言葉が私に付きまとった。


「つ、疲れた……」

 

 正午過ぎ、私は森の広場のベンチに座り大きく息を吐いた。

 登校中に望月姉弟先輩と一緒にいたのを見ていた群衆の一人が同じ講義をとった知人だったようで、講義中にちらほら視線を感じると思ったら、休憩時間になると誰はともなく寄ってきて姉弟の話を聞きに来た。

 その場ではどうにかかわしても、次の休憩時間には知人の知人とかいう私からすれば完全に赤の他人がやってきて同じ質問をする。

 その後も不躾な視線を浴び、動物園のパンダの気分になった。


 ――大家さん。ちょっと騒ぎになるかもじゃない。すごく注目を浴びてます……。


 そして昼休み。這う這うの体で、私はこの森の広場に逃げてきた。

 校内に食堂があるので、屋外で食事をする学生は少ない。いても、ベンチしかない広場ではなく、テーブルも備え付けられたカフェテリアを利用するのが一般的だ。

 こうして膝の上でお弁当を広げるのはごく一部で、ひと気がない場所についてようやく人心地ついた。

 午後も講義があるし、明日以降ももちろん通学しないといけない。

 騒ぎは一過性のものだろうけど、気が滅入る。

 私は静かに勉強に集中したいだけなのに。 


「……食べよう」


 お弁当の蓋を開ける。

 鳥の酒蒸し、かぼちゃの煮物、きのこと青菜の炒め物。

 最近、お弁当が宝箱のように思う。なかに入った手の込んだ料理は色とりどりの宝石。

 なんだかもう、ご飯の白と肉の茶色ばかり目立つコンビニ弁当には戻れそうにない。

 ゆっくり味わい、空腹を満たす。

 さわさわと葉擦れがする小さな森の中、精神的な疲れも相まって、私は小さく欠伸をするととろんと瞼が落ちた。






 夢を見た。

 助けた亀を放すべく、幼馴染と森に出かけて帰った時のことだ。

 両親は共働きだったけど、祖母がいたから寂しくはなかった。

 私はおばあちゃん子だったのだ。


「おばあちゃん、ただいま」

「おかえり。ちゃんと亀さんを返してきた?」


 幼い私が上気した頬で帰宅を告げると、眼尻に深い皺を刻んだ祖母が出迎えてくれた。


「うん。森の泉まで行ってきたよ。けど、亀さん水の中に入ったら消えちゃった」

「……そう。亀さんはあやかしだったのかもしれないわね」

「あやかし?」


 首を傾げる私に、祖母は優しく問いかけた。


「ねえちとせ。いつか亀さんがやってきて、助けてくれたお礼に、なんでも願い事を叶えてくれるといったらどうする?」

「なんでも?」

「そう。何をお願いする?」


 突拍子もない質問に私は真面目に考え、うんうん唸る。

 そして、素晴らしい答えを思いついたように笑顔になった。


「じゃあ、美味しいお料理作ってくださいとお願いする」

「お料理? おばあちゃんの作るお料理はちとせの口に合わないかしら」


 仕事が忙しい母に代わって、祖母が家事を仕切っていた。

 思いもよらぬ答えだったのだろう。困惑気味に祖母は眉を寄せた。


「違うよ。おばあちゃん、お料理するときに、痛そうによく肩や腰をさすってるでしょ。私がお手伝いしても、全然うまくできないから、だから、おばあちゃんの代わりに美味しいお料理作ってくださいとお願いするの」

「ちとせ……」

「それなら、おばあちゃんもゆっくり休めるでしょ?」

「そうね。ちとせは優しい子ね」


 今思えば、なんと食い意地のはったお子様だったのだろう。

 そこは、おばあちゃんの痛いところを治してあげてとお願いするべきだったのに。

 そうすれば、もしかしたら祖母は……。






「……あれ、寝てた?」

 

 夢を見るなんて久しぶりだ。それも、幼いころの夢。

 いつの間にか手に手を握っていたようで、左手の甲を右手の平で包んでいた。

 目に見えないからすっかり忘れていた、万十郎のつけた印。それに触れるように握って眠っていたから、忘れていた記憶の続きを夢に見たのだろうか。

 ため息一つ。ぽつりと呟いた。


「料理が美味しいはずだ……」

「――料理?」


 返事がくるとは思わなかった。

 声のほうに顔を向けると。


「空也先輩?」


 はねた黒髪の内側から黒曜石のような瞳が私を見た。


「はよ……」

「えっと、おはようございます……?」

 

 ――いつの間に?

 広場にはベンチが並んでふたつあり、ひとつに私が、そしてもうひとつに彼が座っていた。

 人の気配にはそこそこ敏感なつもりだけど、夢を見る程度の浅い睡眠だったのにまったく気づかなかった。

 

「いつからここに?」

「十分ほど前」

「そうですか……」


 時計を見ると次の講義にはまだ余裕があった。

 安堵の息をつき、軽く伸びをする。座ったまま寝てしまい筋肉が強張っていた。首や肩を回すと骨が乾いた音を立てそうだ。これからの季節、外気に晒されると風邪をひいてしまう。前後不覚に陥らないよう気を付けないと。

 遅刻せずにすみそうなのは幸いだけど、またあの好奇の視線に晒されるかと思うと気分が塞ぐ。

 ふと視線を感じ面を上げると、空也先輩がこちらを見ていた。


「あの?」

「――疲れてる?」

「え?」

「なんかそんな気がした」


 そんなに分かりやすい表情をしていただろうか。

 万十郎が来て生活の質が向上した。毎日に張りが出た。

 けれど、環境というものは良い方向に変わってもストレスになる。

 それに、今日の騒ぎ。小町先輩と登校したのは今日が初めてで、望月姉弟と関わることの大変さをやっと少し知れた気がする。

 そうして積み重なった疲労が昼のうたた寝を呼び、懐かしい夢をみた。


 ――おばあちゃん


 脳裏に浮かぶのは深い皺の刻まれた優しい顔。

 夢を目標に、目標を現実にするために、こんなところで立ち止まってなんていられない。

 私はじっと見つめる黒い瞳に笑いかけた。


「お腹いっぱいになってちょっと寝ちゃっただけです」

「……そう?」


 嘘ではない。

 そうだ。私は彼に向き直り、頭を下げた。


「この間は参考書をありがとうございました」


 図書館ですすめられた題名インパクト大の参考書は大変役に立った。

 小町先輩を通じてお礼は伝えたけど、こうしてじかに言ってなかった。

 改めて感謝の意を伝えると、空也先輩は黒い瞳を柔らかく細めた。


「ん……。役に立ってよかった」

「はい、とても。今度は論文の書き方も勉強するつもりです」

「なら、今日も図書館行くのか?」

「それは……」

 

 放課後に図書館で自習は日課だ。勉強以外にも、ためになる情報誌や新聞も置かれてあり、それらもよく読むし行きたい。

 けれど、午前中だけで好奇の視線に晒されて精神的にゴリゴリ削られた。

 午後も同じ目に遭うかと思うと今から憂鬱になるし、周囲が飽きるまで講義が終わったらすぐ帰宅したほうがいいかもしれない。


 ……駄目だ。


 目を伏せて首を振る。

 周囲が飽きるまでっていつ? それまで周囲の目を気にしながら大学に通う?

 そんなのお断りだ。

 姦しく囀るばかりの人たちなんて放っておけばいい。無遠慮な視線など無視すればいい。

 いちいち構っていたらこっちの身がもたないし、私は何も悪いことをしていないのだから堂々としていたらいい。


「行きます。……けど」

「ん?」

「私がいるとうるさくなるかもしれません」


 噂話など無関心に勉学に励む学生も多々いる。

 なのに、私のせいで読書や勉強の邪魔をされるのは申し訳ない。


「あんたは静かに勉強するんだろ?」

「それはもちろん」

「なら、何の問題がある」

「それは……」


 私は堂々としていたらいいのだろうけど、そのせいで周囲に迷惑をかけるわけにはいかない。

 内心頭を抱えていると、空気が動き、隣のベンチから空也先輩が立ち上がる気配がした。

 おもてをあげると、表情の読み取れない整った顔があった。


「――え?」


 ぽんぽんと。

 目を瞠る私の頭上。大きな手で撫でられた。


「ん」

「えっと……?」


 なにやら分かったといった表情で頷かれてる。

 いや、何を考えているのか、私にはまったくわからないのだけど!?

 白黒させる私の耳に、内緒話のようにささやかな声が届いた。


「――三階の自然科学の棚の裏」

「え?」

「人目につかないからお勧め」

 

 私は瞬きを繰り返した。 

 彼は何事もないようにベンチに戻った。その表情は変化に乏しく、思っていることの半分も口に出していないように感じる。半分どころか一割くらいな気もする。

 けれど。

 首に腕に大ぶりのアクセサリーをいくつも身にまとった一見怖そうな青年。

 夜の裏通りで、多くの手下をまとめあげる頭のような、平凡な一市民からしたらお近づきになりたくないような、そんな見た目と雰囲気。

 けれど、中身は違う。

 彼の言わんとしたことが分かって、私は表情を綻ばせた。


「ありがとうございます。空……じゃない、望月先輩」


 脳内の名前呼びが出そうになって慌てて言い直した。

 時計を見ると、いい具合に時間が経過していた。

 私は荷物をまとめて立ち上がった。


「それじゃ、お先に失礼します」


 お辞儀をしてその場を後にする。

 残った空也先輩は足を組み、頬杖をついて。


「…………ん」


 眉間に深い皺を寄せていた。

 

 

 


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