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夕暮れの教室

作者: 時風

 ある日の夕暮れ時。

 端っこの教室は周囲の注目を集め、孤立していた。

 本来なら授業を終え開放感溢れる学生の声が響く時間帯だったが、その教室だけは生徒全員がおとなしく座り、先生が生徒を眺めている。教室の前を通る生徒は興味心身で中を覗いていった。

 見世物になっている生徒達は、不満を隠し切れず苛立っている者、我関せずといった表情であさっての方向を見ている者、恨めしそうに廊下を眺める者らに分かれ、各々疲れた表情を見せていた。

 そもそも、

「大渡さんの机の上に花が飾られ、手紙が置かれていた。手紙の内容は酷いもので、言うのも憚られる。書いたものは正直に手を上げなさい」

 という先生の言葉で始まったこの状況は、既に一時間は経っていた。生徒達の頭の中には早く終われという思いが充満する。中総体、新人戦等の大きい大会が近日に無いことが救いだった。

「もう一度言うが、この手紙と花を置いた奴が誰なのかハッキリさせるまで帰させないからな」

 若い男の先生はそんな無言の声を無視して、情熱が篭った拳を硬く握ると、改めて宣言した。

 さらに嫌な空気が充満し、クラス中の黒いオーラが滲み出る。場は最悪になっていく。

 しかし、そんな中に居て、平然とする男が一人だけいた。名を景山といい、時間を盗られても痛くも痒くも無いという実感が余裕を彼に生んでいた。

 つまり暇である景山は、爪を弄りながら今日の水戸黄門について考えを巡らせていた。

 そして秒針が二周した。景山は爪を弄るのをやめ、今度は雲の形で妄想を始める。

 偶然、彼の目の前にある雲は、陽の透け加減が艶かしく、豊かな膨らみを魅せていた。

 うん、おっぱいだな。景山は胸の内で嘆息する

 景山にとっては、犯人に恨めしい言葉を投げるのに思考を盗られるよりは建設的な事を考えていたほうがマシだった。

 景山が雲に熱中していると、野球部の川内が躊躇いがちに、そしてぼかして発言した。

「先生、亀井が大渡さんの机の周りで何かしているのを見ました」

 たぶん嘘だ。川内が言うのを聞いて影山は思った。

 先生は知らないだろうが、川内たちが率先してイジメを行っているというのは周知の事実だ。しかし川内は先生のお気に入りであり信頼も厚く、野球部を中心とする派閥のリーダーである。そうそう文句を言うわけにもいかないし言う気も無い。

 景山は雲を見るのを止めて亀井の驚いた表情を眺める。川内にとって目の上のこぶである亀井は、サッカー部を中心とした派閥のリーダーであり、頭そして顔共に良かった。

「本当なのか? 亀井?」

 真に受けた先生が質問する。ここで亀井が挙動不審になると、亀井に対する先生の信頼は著しく下がってしまう。川内の意図はここにあるのだろう。しかし、冷静に返されるとは考えておらず、自分に火の粉が降ってくるかもしれないとも考えていないアホのような作戦。そう景山には見えた。

 指名された亀井は、緊張感漂う雰囲気を破って立つ。

「川内くんに一つ聞きたいんですが、それはいつ見たんですか?」

 川内の意図を裏切り、冷静に発言した。

 クラスで景山と一、二を争うほど小さい亀井。しかし度胸は大きく、嫌な空気にまったく物怖じしなかった。

「えーっと、部活が終わった後。6時半すぎくらいじゃなかったか?」

 川内は、仲間に同意を求めつつ答えた。

「それなら、僕ではないです。そのとき僕は、部活の皆と帰っていましたから」

 亀井が言うのを受けて、同じサッカー部の子がうなずく。

「それなら、誰なんだ? 川内はお前を見たと言っているぞ」

 先生は、お気に入りの川内が嘘を言っているとは、まったく考慮に入れてない。

 亀井は、わがままな子を諭すように極めて丁寧に言った。

「それはわかりません。遠いところで暗い中を見たので見間違えたのでは? もし近くで見ていたのなら何をしていたのか判り、川内君なら注意するはずですから」

 亀井は、川内が嘘を吐いたとは言わない。さらに持ち上げてさえいた。

 こうなってしまっては川内も強く、亀井だと言えなくなってしまう。これ以上やるとぼかして言った意味が無くなりボロが出てしまうからだ。

 結局、そう判断したのか、川内は黙ってしまった。

 こうして人知れず始まった今回の派閥争いは、うやむやのまま決着を迎える。

 しかし、本筋はまだ続いていた。それに振り上げた拳は下ろさないといけない。

 先生が話を進める。

「亀井ではないとしたら川内は誰を見たんだ?」

 先生の意見を受け、クラス全員が沈黙する。亀井も席に座るとだんまりを決めた。

 そして、今までの事の成り行きを見守っていた景山は、暇を潰すために水戸黄門について再度思考を巡らせ始めた。

 沈黙が教室を支配する。そんな中、景山がお銀のスッピン姿を想像しているとポソと声が聞こえてきた。

「景山じゃ?」

 その誰が言ったのか判らないほど小さい声を受け、段々声が増えてくる。

「景山?」

「亀井じゃないなら景山なんじゃ? 亀井と景山、体型似てるし」

「確かに亀井君と景山君、体型だけはそっくりだよね」

「それなら、犯人は景山ってこと? 今までの時間返せよ。最悪」

「はー、ふざけるなよ、マジで」

「でも、本当に景山?」

「身長的に景山しかいないでしょ」

 どんどん周りの声は大きくなっていく。最初懐疑的だった意見は今では断定になった。景山は突然の事態に頭がついていけなくなり、周りを見回した。

「静かに。景山何か言いたいことは?」

 先生も断定していた。

 その現実を突きつけられ、景山は立ち上がった。

「うぇっと、あの、その……」

 景山は、言いたいことはあるが口に出すことができない。頭の中を無駄にお銀が駆け回る。

「もういい、後で事情を聞く。5分後に職員室に来い」

 先生が言い切ると教室を退出した。生徒も帰りの準備を始める。

 帰る準備を終えた生徒達は、景山に憎悪の視線を向け、内輪だけで話ながら教室を次々と出て行った。

 周りの目が怖い、本気で怖い。景山は思った。

 どうしていいかわからないほどの悪意を向けられて、景山は凍る。亀井に嘲笑を向けられ、川内に虫を見るような目で、次はお前だと語られる。どうしようもない事態だった。

 そして凍っている景山の周りを、川内や亀井のグループも含めてクラス中が、何事も無かったかのように過ごす。景山一人だけが蚊帳の外。

「そういうことか……」

 と呟くと景山は、空を眺めた。


読んでくださってありがとうございます。

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