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星の銀貨:Alternative

作者: 朝間 夕太郎

 ロングロングアゴー。

 小さな女の子がありました。

 さきの戦乱に巻き込まれたこの子には、マムもパピーもいませんでした。

 住所もねぇ、寝どこもねぇ、パンもそれほど残ってねぇ!

 かろうじて服こそ着ているものの、それだけ。

 ないない尽くしの人生です。


 でも、このボンビーガールにはあつい信仰心と夢があります。

 きっと神さまは私のことを見てる……女の子は世間から見捨てられてなお、神の存在を信じて疑いませんでした。


 女の子は一人、信仰心だけをたよりに野原の上を歩いていきます。

 すると、女の子は自分に負けずおとらずボンビーそうな男とエンカウントしました。

 男は、


「ヘイガール。なにか食べ物プリーズ」


 と厚かましく言いました。

 人とは、ある一線を越えると恥という概念を失う生き物なのです。

 世が世なら灰ざらで殴られてもおかしくない口の利き方でしたが、女の子は嫌な顔一つせずになけなしのパンをやってしまいました。


「ゴッドブレスユー」


 しゅしゅっ。女の子は指で卍を切ります。

 カチリ、と世界のどこかで何かがはまる音がしました。


「Yeahhh! マジ卍ガール!」


 女の子は、また歩き出しました。

 すると、今度はボンビーそうな子どもとエンカウントするではありませんか。


 子どもは泣きながら言いました。


「ううっ。あたい、頭が寒くて凍りそうなの。なにか被るものが欲しいよう」


「サムシング……サムシング」と子どもはむせび泣きます。


 そこで、女の子は頭きんをテイクオフして、子どもにやりました。

 スカル柄の頭きん……親の形見ではありますが、信仰のためなら安いものです。


「ゴッドブレスユー」


 しゅしゅっ。女の子は指で卍を切ります。

 カチリ、と世界のどこかで何かがはまる音がしました。


「ありがとう! お姉ちゃんマジ卍!」


 子どもはさっきまで泣いていたのがうそみたいに笑顔でした。


「わあい! ぼうしをかぶると頭が寒くないんだ。あたいったら天才ね!」


 むくな子どもにはスカルがよく似合う……女の子は、ほほえましい気分になりました。

 それから少し歩くと、今度は半裸の子どもと出くわしました。


「さむくて さむくて ふるえる」


 子どもは歌うようになげきます。西野カナ感ある子どもでした。

 女の子は子どもの美しい声に聞きほれていましたが、ハッとします。

 これはいけない。完全に児ポです。

 女の子は事案になるより早く、血より赤きスカートをテイクオフして、子どもにやりました。


「ゴッドブレスユー」


 しゅしゅっ。女の子は指で卍を切ります。

 カチリ、と世界のどこかで何かがはまる音がしました。


「ありがとう 君がいていてくれて本当(ry」


 音楽著作権の観点から省きましたが、子どもは、私たちベストフレンズ的なことを言っていました。

 女の子は、信仰の歩みを再開します。あと少し……あと少しなのです。


 それからほどなくして、下着姿の女の子(危ないかっこうではありますが、あたりもすっかり暗くなっていたのでセーフ)は、ある森にたどり着きました。

 森のなかに足をふみ入れると、はいまたキタコレなのです。

 生まれたままの姿の子どもとエンカウントしました。


 セーフティネットのあみ目がガバガバにもほどがあるということはさておき、子どもが肌着を欲していることは一目りょうぜんでした。

 女の子は、言われるよりも早く漆黒の下着をテイクオフして、子どもにやりました。


「ゴッドブレスユー」


 しゅしゅっ。祈りの卍を切ると、女の子は耳をすませます。

 カチリという音をさがして。

 どこにもない、何かをもとめて……。


 ただ一人、ありとあらゆるものを捨てた女の子は暗い空を見上げます。

 すると、高い空でなにかがキラリと光りました。それは夜空をかける星のように、女の子のもとへと落ちてきます。


 ドクン、と心ぞうがはねる音がしました。女の子は久しぶりに自分が生きていることを思い出しました。


 またたく間に落ちた星は、不思議なことに燃えつきることも形をそこなうこともありません。

 星の正体は、昨今の仮想通貨の暴落でその価値を見直されつつあるターレル銀貨でした。


 これが一枚あれば、ふかふかなベットで寝ることも、あつあつのパンを食べることも、メタメタのヘヴィメタファッションで着かざることだってできます。

 それだけ価値のあるターレル銀貨が、雨のように降ってくるではありませんか。


 ひじの高さどころか、銀貨の山はゆうに女の子の背たけを越えていました。

 女の子はかくしきれない興ふんを顔にうかべます。

 なんでも、なんだって、多くのことを望んだって叶えることができる。目がくらむほどのぜぜこが足もとに落ちているのです。

 でも、


 ――いらない。


 女の子は銀貨に目すらやりません。衣食住さえ投げ捨てたミニマリストにとって、銀のかがやきなどなんの価値もないものでした。


 地ではなく天を、女の子の目は銀貨まう空に向けられていました。

 もっと正確にしるすのであれば、銀貨を降らせた神がいる空に。

 神が女の子を見下ろすとき、女の子もまた神を見上げているのです。


 女の子は空から銀貨が降ってきたことがうれしかったのではありません。

 女の子はただ、自分の祈りが天に通じたことがうれしかったのです。


 うれしくて……うれしくて……女の子は、喜びを全身で表現します。

 もっと正確にしるすのであれば、頚椎がイカれちまうほどヘッドバンキングしながら、キレッキレッのダンスをおどりだしたのです。

 足もとの銀貨を、神のめぐみを、何度も何度もふみにじるような足さばきで。


 ――マーカペンニャ~マカティペンニャ~、ズン! ズン!


 女の子はしゃがれた声で歌います。西野カナ感はないけれど、この歌はマムとパピーが教えてくれたお気に入りのナンバーなのです。

 少なくともこの歌は女の子にとって、足もとに転がる奇跡よりもよっぽどかがやく宝物でした。


 神に奉じる歌とおどりをやりとげると、女の子はお決まりのポーズとセリフにうつります。

 しゅしゅっ。何千、何万回とくり返してきた指の動きで卍を切り、


「ゴッド」


 何千、何万回とくり返してきた祈りの言葉をつむぎます。


「ブレスユー」


 カチリ――最後のピースがはまる音が、合図でした。


 夜より暗い黒におおわれる空。

 星座をえがくようにひび割れる大地。

 しじまを忘れたように荒れる海。

 世界という世界が、せーので悲鳴を上げました。

 もしも神が自分の失敗をさとったとしたら、それはこのときだったに違いありません。


 たった今、女の子は夢を叶えたのです。

 人類史において初めて、邪神を降ろすという大きな夢を。


 なんと、女の子は、先日の粛清から唯一生きのびた、敬虔な邪教徒だったのです!

 女の子の卍切りも祈りの言葉も、すべては邪神さまに捧げられたものでした。


 ――邪神(かみ)の子よ、ただちに物資的幸福を捨てて、高次精神世界(こうじせいしんせかい)に至るのです!


 ありし日の両親の言葉が女の子の頭をよぎります。全財産を邪神コイン(政府が粛清宣言を出した翌日に無と化した仮想通貨)に換金していた両親は、あの日、何を思ったのでしょう。


 とろけるチーズみたいだった両親の顔を、女の子は忘れられません。

 きっとあれこそ高次精神世界に至った者の顔なのでしょう。

 そうに違いありません。

 だってあのときの二人はおかしかったのです。

 ケモノめいた声を上げる両親を見たとき、さとい女の子は気づきました。


 ああ、これは神ってるな、と。

 マムとパピーは今、神の声を代べんするインターフェースになったのだ、と。

 両親だけではありません。

 ときを同じくして、邪神教団の大人はみんな高次精神世界に至ったのです。


 こんな世界はおかしい、ウソダドンドコドーン、オンドゥルルラギッタンディスか、などと、大人たちは次々と神託を下します。

 正直、人の身である女の子には半分も聞き取れませんでしたが、彼らの言葉は重く、しんに迫るものがありました。

 これが神の言葉か……女の子の邪神教団にたいする尊敬の念は深まるばかりです。


 彼らの目に宿る光はともすれば狂気にも映りますが、それは革命の意志に満ちた炎でした。

 世界を変えてやる……彼らが全身から発する熱気はそう語っていました。


 まあ、熱を上げすぎるあまり、みんな焼きはらわれたのですが(おおっ、なんて無慈悲な。この世には神も邪神もいないのか!)。


 女の子は泣いて泣いて、泣きつかれたときに初めて知りました。

 私の涙を止めてくれる人はもう……誰もいないのだと。


 このふるえる小さな手では、みんなのかたきをうつこともかないません。

 いや、かたきをうつという発想自体が負け犬のそれなのだと気づきました。


 ――もしも……もしも私が生きのびたことに意味があるのなら……私は


 しゅしゅっ。女の子は指で卍を切ります。


 この女の子にはあつい信仰心と、邪神さまを地上に降ろすという、みんなが願った夢があります。

 何もかも失ったと思っていましたが、そんなことはありません。形のない思いが、女の子を絶望のふちから救ってくれたのです。


 ――ああ、そうか。これが……ここが


 高次精神世界なのか。


 女の子はやっと、みんなと同じ魂のステージに立てた気がしました。


 しかしそこは始まりにすぎません。

 ポイント・オブ・ノーリターン。

 女の子はけっして後もどりできない道を歩もうとしていたのです。


 邪神さまを下ろすためには666の儀式が必要でした。

 1日に1つこなしたとしても2年近くかかる計算です。女の子が選んだ道は長く険しい……ものになると思ったのですが、邪神教団のみんながすでに640個もこなしていました。


 残った儀式も、神のめぐみを踏みにじるというものを除けば、パンをあげるとか、頭きんをあげるとか、お使いクエストレヴェルのものばかり。

 おおっ、なんという幸運!

 女の子がこんなにラッキーなのも、邪神さまを崇拝していたからに違いありません。

 邪神(かみ)に感謝☆


 女の子は旅に出ます。そして、ついさっき旅を終えました。

 そう、道なかばで倒れたみんなの夢を叶えたのです!

 バンザイ! 邪神さまバンザイ!

 女の子は両手を挙げて喜びたかったのですが、体が言うことを聞いてくれません。


 それも無理のないこと。二、三日とはいえ、飲まず食わずの旅を続けていたのです。小さな女の子が耐えられるわけがありません。

 物質的幸福を捨てることが教義とはいえ、悲しいことです。

 女の子は立つ力すら失い、地面に倒れてしまいました。


邪神さまの(ゴッド)


 横になっているからでしょうか。

 気をぬくとまぶたが重くなってきて、うとうとしてしまいます。


祝福あれ(ブレスユー)……」


 女の子は必死にあらがいましたが、ついにはまぶたを持ち上げる力すら失ってしまいました。


 どんどん、どんどん意識が落ちていきます。でも悪い気分ではありません。

 だって、次に目を覚ましたときには、この世界は救われているのだから。


 こうして、世界は女の子の優しさにつつまれました。

 めでたしめでたし。


 さあ邪神かみの子よ、ただちに物資的幸福を捨てて、高次精神世界に至るのです!

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