女子高生はある朝起きたら、おっさんになっていた
相谷まな17歳、女子高校生絶賛活動中は、ある朝起きたら突然おっさんになっていた。
なんでそうなったのかは全くわからないし元の私の身体がどうなっているのかも分からないけど、とにかく女子高生の私が突然おっさんになってから15日が過ぎようとしている…
15日前最悪なその日は、なんの予兆もなく訪れた、いつものように寝て、いつものように目覚めた。だけど…
「あれ、ここどこ?自分の部屋で寝たはずなのに、天井の色が違う?窓もドアもタンスも、手、手も!?」
「なんだあ、この手は?まるでおっさんの手みたい、毛むくじゃらでキモい!」
「パジャマも違っ、わ、わ、わ、胸がない!!腹が出てる!下にないーってか、あるーー!!!!!」
「え、え、何がどうなってるの!ママーっ」
とにかく見た事のない部屋の見た事のないドアを開けて叫んだ。
ママが階段を上がってきた。けどママではない、見た事のないおばさん…
「あんた、何叫んでんの!?頭いっちゃったの?ご近所さんがあるんだよ、恥ずかしい!!」
「あの私、あの、おばさんは誰?と言うか、ここはどこ、と言うか、私どうしたのかな?」
「あんた、何バカなこと言ってんの?ふざけてるんじゃないよ?」
「いや、ふざけてないし、えっと、どうしよう!」
「なに?あんた本当におかしくなっちゃったの?」
知らないおばさんは3分くらい私の顔をマジマジと見つめてから大きな溜め息をついた。
「もう…仕方ないねえ、とにかく病院行くから着替えな」
「着替えるって?何着たらいいの?」
「はあ?あんた本当にどうしちゃったのよ、ほらこのシャツにこのズボンでいいでしょ」
状況が理解出来ないまま病院に行けばなんとかなるような気もして悪戦苦闘で趣味の悪い臭いポロシャツとパンツに着替えて部屋を出た。
階段を降りるとやっぱり見た事のない玄関があった。言われるままに小汚いサンダルを履いてタクシーで大学病院に連れていかれた。
5時間ほど待って30分程度診察されて脳波をとられて出た結果が記憶喪失その他諸々の精神疾患、仕事のストレスから来たのでしょうから暫く仕事はお休みして下さいと言われて安定剤を山盛り貰った…
全く知らない家に戻ってから何か食べるかと聞かれたが要らないといい安定剤だけ飲んで知らない部屋に戻り横になった。
状況を整理しなくちゃ…とも思ったがとりあえず落ち着いて、ああ忌々しい病院での出来事…トイレ…思い出すだけで震えがくる…忘れたい…でもまたトイレには行かないといけないわけだし…そう考えると涙が溢れてきた。
なんなんだろう…どうしちゃったのだろう…どうしたらいいんだろう…安定剤を言われた以上に飲んだせいか、そんな事を思い巡らせながら、いつのまにか眠りについていた。
目がさめると予想どおり悪夢のトイレタイムとなった。時計に目をやるとすでに朝の7時過ぎを指していた。階段を降りキッチンを抜けてトイレへ向かう。おばさんは出かけたのか見当たらない。
なんとか最悪の作業を終えたのち洗面台へ。鏡の中には50過ぎと思われるおっさんの姿、ハゲ散らかした頭、腫れ上がったまぶたに淀んだ目、脂ぎった頬、唇はタラコのように厚い、もう数回見たのだが見るたびに寒気がする、キモい、キモすぎる…
歯を磨きたかったがこのおっさんの使った歯ブラシを使う気にはなれず新しい歯ブラシも見当たらないので諦めた。このおっさんこそが今の私なのだが…
今日もおばさんが下から叫ぶ声で目が覚めた。
なんだかこの身体になってからちょっと横になるとすぐに寝てしまう。
ドアを開けて下に行くとおばさんは夕食をテーブルに並べながらこちらを睨んでくる。
「あんた、記憶喪失だかなんだか知らないけど毎日毎日何にもしないで人に料理させて何様のつもりだよ!皿ぐらい洗ってもバチは当たらないよ」とふて腐れた顔をしながら怒鳴ってくる。
「ごめんなさい、なんか気が回らなくて」
「ふう、なに記憶喪失になるとオカマみたいな喋り方になるわけ?あんな本当にふざけてないでしょうね?もう会社を休んで半月近くだよ、いい加減なんとかならないのかね?」
「ごめんなさい…」そう言うと涙がぽろぽろ出てきた。
「もう鬱陶しいね、早く食べてちょうだいよ、記憶喪失様!!」
涙が止まらないがお腹は空いていた。数日前に冷蔵庫の食材を使ったら夕食用の食材を勝手に使うな!と、こっ酷く怒られた、だから夕食以外は食べれない、このご飯を逃すと明日の夕食まで何も食べられない。
急いで食べてお皿を流しに置いて小走りで二階に上がった。おばさんは膝が痛いらしくあの日以来二階へは一度も上がってこない。
寝室も一階のキッチンの端に敷いてある三枚の畳に布団をひいて寝起きしている。これが今の私にとっての唯一の救いだ。
二階に上がって昨夜からの部屋の探索の続きをした。そしてタンスの中のスーツを見ていたらおっさんの財布をみつけた。670円入ってた。これだけあれば家に帰れるはず!
実は数日前から少しずつ外に出ていた。昨日は駅前まで行きここが丸鳥駅近くだとわかった。
よし明日行ってみよう。
目覚まし時計で飛び起き顔を洗い髭を剃りポロシャツに着替え汚いサンダルを履いて玄関を出る。
夏の日差しを浴びながら駅に行き有条駅までの切符を買って改札口を抜けた。
ホームの人はまばらだったがアナウンスと共に滑り込んで来た電車の中は人が溢れていた、座る席はなく吊革につかまった。
電車が動き出した拍子に隣の大学生らしきお兄さんに肩があたってしまった、と同時に大きく舌打ちをされた。
「え?少し肩があたっただけで舌打ち?」と驚いてお兄さんの方を見たらすっごく怖い目で睨まれた…
こんな事は生まれて一度もされた事がなく驚いて思わず膝が震える。怖くてお兄さんに肩があたらないように必死で踏ん張っているうちに何駅か過ぎ有条駅へと着いた。
駅を出ると懐かしい光景が広がっていた。
「ああ懐かしいー!全然変わってない!ってあれからまだ16日しか経ってないのだから当たり前か」
「よし、帰るぞー!!」
家までは徒歩20分くらい、途中でいつものコンビニが目に入ったがお金がないのでスルーした。
「マンゴーアイス食べたかったなあ、お金がないって辛いよ〜」
「お腹すいた、お腹すいた、お腹すいたよ〜♪」
お腹が空くとよく友達と歌う意味不の替え歌を口ずさみながら我が家へと向かう。
「あー見えて来たー我が家〜」
「今日は土曜日だからママもパパも居るはず」
家の前まで来てカギがない事に気付いた、と言うかこの姿でいきなりただいま〜と言っても、はあ誰?となるかも、いやそうなるだろう。
家の裏側に回って窓から中の様子を見ようとしたが木が繁っていてよく見えない。
「ヤバいかもだが玄関前から庭に忍び込んで見よう」勝手知ったる我が家だから難なく庭への進入に成功!!運良くレースのカーテンが半分開いていて家の中が良く見える。猫のハルナツの活躍によるものだろう。
「えらいぞ、ハルナツ!あっハルナツ居た!」
ハルナツは廊下でのんびりと寝ている。
もう少し近づいて見よう。一歩二歩三歩
とその時「何をしているんだ!!」
いきなり背後から大きな声がした。
振り返るとパパが立っていた。
「あっパパ!!」
思わず声が出てしまった。
「は?パパ?何をいってるだ!私は何をしているのかと聞いたんだよ。」
「近頃、下着泥が多発してると聞いたがお前か?」
あの温厚でいつも私の言いなりのパパがめちゃくちゃ怖い。ヤバい、このままじゃ下着泥棒にされちゃう。
「いえ、相谷まなさんのクラスの副担任になった谷口と言います。近頃、相谷さんが学校に来てないので心配になりまして」
副担任の谷口は本当だし私は当然学校に行ってないだろうし我ながら上手い嘘をついた。
「副担任の谷口さん?そうですか、しかし娘は毎日学校に行ってますよ」
え!?私が学校に行ってる??友達の名前もわからないだろうに…やっぱり記憶喪失として?
「あの相谷さん近頃何か変わった様子とかないですか?」
「いや、変わりないですよ、失礼ですが本当に娘の副担任の方ですか?名刺か何か頂けませんか?」
「いえ、名刺は持ってません」
そう言いつつパパの横を抜けて玄関前に向かおうとした時「おーい、佳奈恵ー佳奈恵ー」とパパがママを呼んだ。
「なに?さっきから大きな声を出して」と言いながらママがサッシを開けて庭へ出てきた。
ママだ〜懐かしい〜ママ〜
ママの顔を見た瞬間に涙が出できた。
「佳奈恵、まなの新しい副担任の名前を知ってるか?」
「谷口先生でしょ?まなからお名前だけは聞いてるけど?」
「そうか、いや谷口先生失礼をしました、近頃変質者がウロウロしていると聞いていたもので、いや申し訳ない」
「何?パパもしかして谷口先生を変質者と間違えたの?これは大変失礼を致しました、どうぞお上がりになって下さい」
「パパご案内して」
「いや本当にすみませんでした。どうぞ玄関の方へ」
しくしく泣いてる私の姿に眉をひそめながらパパが玄関を開けてリビングへと案内してくれた。
懐かしい我が家の匂いがまた涙を誘う。
リビングのソファに座るとハルナツが私の足にまとわりついてゴロゴロと喉をならす。ハルナツはあまり人に懐かない、もしかして魂が私だとわかるのだろうか。
パパは「いやあ先程はすみませんでした、あははー」と大げさに笑った後大人の社交辞令をずっと語りかけて来ていた。私はそれに適当に相槌を打っているとママがコーヒーを運んで来た。
「まなは学校でご迷惑をかけていませんか?」
とやはり社交辞令的に聞いてきた。
「いえいえ、素晴らしい生徒さんです」と自画自賛しておいた。
泣くほど懐かしかったママとパパが私の目の前にいるのに先ほどのような甘ったるい気持ちは消え、とってもとっても遠くにいるように感じて来ていた。
しばらく話したがパパの笑い声もママの笑顔もやはり作り物でしかなく私は副担任のおっさんで決して娘ではない事を思い知った。
頃合いを見てお邪魔しましたと家を出て重い足取りで有条駅へと歩き始めた。暫くしてコンビニが見えて来た。行きに見た時のような、はしゃぐ気持ちは微塵も残ってなかった。
「お腹すいた、お腹すいた、お腹空いたよ♪」
ふと聞き覚えのある替え歌が耳に入ってきた。
あっ!!わ、わ、私だ!!私が友達の美春とあのへんな替え歌を歌っていた。その姿は来た時の私よりもはるかに明るく楽しそうだった。歌い終わると笑いながら友達と肩をぶつけあっている。
え?これがおっさんの魂の入った私なの?
どう見ても何時もの私にしか見えない。
いつのまにか、おっさんの姿の私は立ち止まってじっと見入ってしまっていた。
そして女子高生の私と目があった。
とっさに視線を外そうとした瞬間、女子高生の私が軽く会釈をしたように見えた。
え?え?今、会釈をした??
なんで?女子高生の私にはおっさんの私は副担任の谷口ではなく知らないおっさんのはずだ。
どうゆう事?なんで?
女子高生の私と美春はおっさんの私の横を通り過ぎていった。
私はまだ立ちすくんだまま振り返りながら2人の姿を見つめていた。
おっさんの姿の私に会釈をした女子高生の私を美春が不思議に思ったようで「誰?知り合い?」と聞きながら少し警戒心のある目をしておっさんの私をチラチラと見て来た。
おっさんの家に帰るとどっと疲れが出て着替えもせず横になった。
遠い存在のママとパパを思い出してまた悲しくなる、しかし1番気になるのは女子高生の私の会釈、あれはなんだったんだろう。どう考えても理解ができない。
「本当にわかんないや、やっぱり会って話をしてみるしかないなあ」
でももう家に行くのはヤバイ、今夜にも私が谷口じゃないのがバレてるかもしれない。
家の周りをウロつくのもヤバイだろう。
見つかれば警察官の叔父さんに電話される可能性が高い。
有条駅もヤバそうだし私の学校の駅は人が多すぎるし少し遠いけど学校の周りで待ち伏せて話しかけるしかないだろう。
月曜日まで待って家を出た。
鳥丸駅まで急ぎ足で向かう。
まだ5時を過ぎたばかりの駅前は数えるほどしか人がいなかった。
お財布から千円札を出して宮ノ下駅までの切符を買う。家を出る時に、まだいびきをかいて寝ているおばさんの財布から黙って借りた千円札だ、申し訳ない気持ちもあるがザマアミロって気持ちもどこかにあってあまり罪悪感は覚えない。
ホームにも殆ど人は居なかったが電車の中はやっと座れるくらいに乗客がいた。
有条駅を過ぎた頃から座れない人もぼちぼちと出て来た。そのまま20分くらい乗って宮ノ下駅のホームに降りた。
通学の時間には溢れかえる人波に流されながら改札を抜ける感じだけど今の駅は寂しいくらいに人気がなかった。
駅を出てもそれは変わらずもしかしたら世界で私だけが動いているのかもしれない!とか妄想するには十分だった。
そんな事を考えながら懐かしの学校、宮ノ下女子学園高校の前に着いた。
女子高生の私が来るはずの時間にはまだ2時間以上ある。
こんなに早く来ても意味がないのだが、おばさんの千円札を盗む為に早く起きたし盗んだら1秒でも早く家を出たかった。
「さあどうやって時間を潰そうかなあ」と思いながら高校の周りをウロついてみる。
明後日から夏休みだしもうお金も盗みたくもないし、なんとしても今日女子高生の自分に会わなくてはならない。
校門から駅までの間の「何処で待ち伏せるのが1番良いかな」と思案しつつ学校横を歩いては止まりキョロキョロしてまた歩く。
そんな事を繰り返していたら前からお巡りさんが2人やって来た。
「おはようございます」と話しかけられ驚いた。お巡りさんに話しかけられたのは初めてだ。
「おはようございます」と返事をした。
「えーと何されてるんですかあ?」と尋ねられて答えに困った。
「あっはい、お散歩です」
「そうですか、この辺にお住まいですか?」
「あ、はい」
「ご住所よろしいですか?」
え?私なんか不審に思われてるの?確かにお巡りさん達はさっきから言葉使いは優しいがかなり怖い顔をしている。
ヤバイかも、鳥丸から散歩に来たとかめちゃくちゃ不自然だし「あっ宮ノ下3丁目3-17です」
「お名前よろしいですかあ?」
「あ、はい。野崎と言います」
そう答えるとお巡りさんは無線で何やら話をしている。どうやら名前と住所が一致したらしく「いやあ、すみませんねえ、ここ女子高なもので、たまに変な奴が出るんですよ。いやお時間をとりました。」と言って来た方向へと歩いていく。
「びっくりしたあ、なにおっさんだと高校の周りをお散歩してもいけないわけ?そんなのおかしい!もしかしておっさんがこの顔だから?東島とか笹野内みたいなイケメンだったら疑われたりしないのかも…」なんだかおっさんが少し可哀想に思えて来た。
「それにしても野崎さんの住所を知ってて助かったあ」野崎という子は自分のクラスの子だが登校拒否でまだ1度も顔を見た事がない。
ただ一回当番になり学校行事のお知らせを持って行った事があった。
その時にグーグラマップに打ち込んだ住所が自分の家の住所と3丁目3-17が同じだったので良く覚えていた。
「そういえば野崎さんの家のそばに小さな公園があったな、あそこで時間潰そうかな」
そう決めて野崎さんの家に向かって歩き始めた。
10分ほど長い坂道を登りきると野崎さんの家の前に着いた。
「確か部屋は2階みたいにお母さんが言ってたな」
2階の右側に可愛い模様のカーテンが見える、多分あの部屋なんだろう、今はまだ寝てるのかな。
そう考えながら家の前を過ぎ目的の公園に着いた。
長い上り坂の終わりにある公園からは街が一望できた。
綺麗な街並みを眺めながらブランコに座っていると「私はいったい何をしてるんだろう、女子高生の私に会ったからって何か解決するんだろうか、もしかしたら一生このままなのかもしれない」と取りとめのない悲哀に心が沈んでいく。
ほんの数週間前まで友達とおしゃべりしてスタバに行ってラインして楽しい毎日を送っていたのに…
悩みと言えば体重が1キロ増えたとかラインの返信が遅いとか、そんな程度だったのに…
淋しい時間をブランコで過ごしてから勢いよく立ち上がった。「いや、今は女子高生の私に会う事だけを考えよう」そう思い坂道を勢いよく下って行った。
学校の手前に着くと女子高生達がパラパラと歩いていた。「こんなに早く来る人もいるんだ」と驚いた。
そして少し不安にもなった。もしかして今日は特別早い何か行事みたいのがあるのかも!?
「どうしよう、もしかしたら女子高生の私はすでに校内に入っちゃったりしてないかな」
公園なんか行くんじゃなかったと後悔しながら女子高生の私を探す。
どんどん通学生が増えて来る、このままだと見逃す可能性もある。
仕方なく坂道を下りきり道を渡って女子高生がぞろぞろ歩く歩道に立った。
キョロキョロと探していると気の強そうな女子から思いっきり睨まれたり「なにあれ?キモい」と囁かれたりした。
それでも必死で探していたら友達の舞花が目に入る。「舞花!」と声をかけた瞬間に後悔した。こちらを見た舞花の顔は険悪に満ち満ちていた。
「なんですか?」とトゲのある声で聞かれた。
「いえ、すみません」
「は?あんた誰?なんで私の名前を知ってるの?キモ過ぎるんですけどー!!」
と睨みつけながら横を通り過ぎて行った。
しまったなあ、と思いつつもめげずに女子高生の私を探す。
数分探してると前から今朝のお巡りさんが来た。
「えーと今通報を受けましてね、あなたこの高校の女子に何かしましたか?」
「いえ、何もしてません」
「そうですか、まあ取り敢えず交番まで来て頂けますか?」
「いえ、私は友達を待っているので」
「はい?友達?まあ話は交番で聞きますから」
と言われて戸惑っているとパトカーが横に停車して中からお巡りさんが2人出て来た。
「まあ、取り敢えず乗って下さい」と絶対に断らせない怖い声で言ってくる。
「いや、あの、友達が」
そう言って身体を固くしていると人混みから声がした。
「おじさーん、待ったあ?」
声の方を見ると女子高生の私が手を振りながら駆け寄って来ていた。
駅の改札を抜けると女子高生の私が振り返りながら言った。「びっくりしたよ、パトカーで連れていかれそうになっているんだもん」
「助けてくれてありがとう、えっとその」
「難しい話は後でね、今日はママがお出かけで家には誰もいないから帰ってからゆっくりとね」そう言って優しく微笑んでくれた。
その微笑みを見た瞬間に最悪の日からずっと固くなっていた心が一気に柔らかくなった気がした。
人に優しく微笑まれるのがこんなに癒されるんだと初めて知った。
家に着く前にあのコンビニで抹茶ラテを2人で買った。
玄関が開くとハルナツが足元に来て2人を見比べているような仕草をした。
階段を上がり2階の本当の私の部屋へ入った。
懐かしい私の部屋!!
いい香りがする!いつのまにかおっさんの香りに慣れてしまっていたようで悲しい。
ベッドにダイブしたかったが女子高生の私に悪い気がして止めておいた。
それにしても私の顔が目の前にあるのはなんとも不思議な気分だ、双子の人はこんな感じなんだろうなあ。
「座って」そう言われて適当に座ると女子高生の私が正座して目の前に座った。
「いい?今から突拍子もない話をするから驚かずに聞いてね」
「大丈夫、朝起きたらおっさんになってた私だから少々の事じゃ驚かないから」
「あのね、私ね、おじさんが好きなの」
本当に突拍子もなかった。しかも想像とはかなり違う方向で突拍子もなかった。
「このおっさんを好きになれたの?」
「そう、いろいろあってね。そして何回もデートをしていたの、そんなある日おじさんがいきなり倒れたの、そして、ここからが不思議なんだけど…」そう言うと女子高生の私は抹茶ラテを一口飲んだ。
「その瞬間にね、どういうわけかおじさんの魂が急激に小さくなっていくのが分かったの、このままじゃおじさんが死んでしまう、そう思ったら、なんて表現したらいいかな、えっと、ろうそくの火がね、他のろうそくに燃え移って増えるようにね、私の魂が分離して私の中とおじさんの中との2つになったの、なぜそうなったのかは私も分からないんだけどね」そう言うとまた抹茶ラテを一口飲んだ。
「それでね、言い難いんだけど、あなたは私の分身と言うか、私そのもなのよね、だからあなたが考えてる事がわかるし、あなたがどこでどんな生活をしているかもわかるの、なんとなくなんだけどね」
「そうなの?なら私がおっさんになった日からの生活もなんとなく分かってたって事?」
「うん、だから早く教えに行けば良かったんだけど私も戸惑っていたしどうすれば良いのかわからなくて…」そう言って女子高生の私は本当に申し訳なさそうな顔をした。
「それとね、あなたの意識の奥の方でおじさんの意識もちゃんとあるのよ、毎日のあなたの意識との暮らしの中で自分の意識を共用していられるのをおじさんはとっても幸せに感じてる、と同時にあなた自身もその事をうっすらと分かっていたはずよ」と言われた。
そう言われたら確かに私はあの最悪の朝から誰かと常に一緒だったような感覚がある。
そうか、ここ十数日間、私とおっさんはずっと一緒にいたんだ。
なんだか何かもが理解出来た、そう思った瞬間、いきなり頭がぐるぐると回った。そして私の中で何かが破裂したかのような衝撃とともに思い出した!!
そう私はこのおっさんを知っていた。
私はおっさんにストーカーされてた。
そして怯えながらの生活を数日間送っていた。そんなある日遅刻しそうになり猛ダッシュで学校に向かっていた私は飛び出して来た車に轢かれそうになった。
その時ちょうど私をストーカーをしに向かっていたおっさんは私を見ると躊躇なく飛び込んできて私を庇ってくれた。そして庇ってくれたおっさんは私の代わりに数メートル吹っ飛んだ。
入院先で目を覚ましたおっさんは私が無傷なのを知ると、とっても喜んでくれた。我が事のように喜んでくれた。
幸いおっさんも軽症ですんでいた。
その後何度かお見舞いに行くうちに、いろんな話をするようになった。おじさんは自分はコミ症だからと言うが話はとても面白くコミ症だとは到底思えなかった。
そしてその中でおじさんの命が残りわずかなのも知った。
残り少ない命の中で私を見つけ一目惚れしてくれて、生きている間に少しでも私を見ていたくてストーカーをしていたのだそうだ。
「デートしようか?」と私は言った。
おじさんは驚きながらも満面の笑みを浮かべて頷いた。
その日の夜、病院をこっそり抜け出しデートをした。
ご飯を食べたり映画をみたりプリクラをとったりとそんなデートを週に一度くらいのペースで十数回繰り返した。
同情から誘ったデートなのに思いのほか楽しかった。
おっさんは楽しい経験をほとんどした事がないらしく何をしても何を教えても子供のような新鮮なリアクションをする。
そんなおっさんを見ていると心から笑えたし自分でも驚くくらいにはしゃいでいた。
そんな感じでデートを繰り返す中おっさんは倒れた。私はおっさんを揺り動かしたが全く反応がない。
どうしよう死んでしまったのかも、どうしよう、その瞬間からの私の記憶はすっぽりと抜け落ちてどうやっても思い出せず起きたらおっさんになっていた朝へと記憶は繋がっていた。
消えていた記憶が目まぐるしく蘇る中、気づくとおっさんのおっさん自身の記憶が断片的に私の記憶の中に紛れて来ていた。
そこから見えるおっさんの人生は幸せとは程遠いものだった。
小さい頃から気が弱くコミニケーションが下手でイジメられ続けてきたらしく、両親もコミニケーションが下手で可愛げのないおっさんが好きになれず姉や弟だけを可愛がり軽い虐待のようなものも受けて育ったようだった。
高校を卒業後小さな会社に就職したが気の弱さとコミニケーション下手は社会人になっても変わらず会社でも疎まれ独りぼっちでいた。
ある日、上司から見合いの話を持ちかけられた。相手はお得意様の部長の姪で年はおっさんより11歳上だった。お前が断れば会社は傾くかもしれないと脅され、同僚からも絶対に断るなよ!と強く言われた。
見合いの席に現れた女性は11歳年上とは思えない程老けていて、いわゆる巨漢でもあった。
一方的に大声で話してくる女性からは品位や思いやりといった物が一切感じられず、自分の容姿が分かっているおっさんでもこれはないだろうと思ったが元来の気の弱さから断りきれずに結婚を承諾した。
生涯一度も好きな彼女が出来ないまま結婚した。
おっさんは、子供に恵まれることもなく1日300円の小遣いで弁当を買い、ヘトヘトになるまで営業をまわって会社に帰ると遅くまでかけて報告書を出して日付が変わる頃に、毎日意味もなくどなり続ける巨漢の嫁の待つ家へと帰る、そんな往復だけのカサカサな人生を数十年と送って来た。
そんなある春に会社の定期検診で癌が見つかり余命が宣告された帰り道に私を見つけたようだ。
私の中でおじさんの意識がだんだんと鮮明になって来るのを感じた。あと少しでおじさんの意識が完全に戻りそうだ。
それと同時に多分おじさんの命は本当は既に終わっていて今は奇跡の中にあり意識が戻ってしまったら僅かしかこの世にいられない事も感じとれた。
鮮明になったおじさんの意識からは、私を途方もなく好きだって事が分かった。
こんなにも人は人を好きになれるんだと驚くほど私を好きでいてくれている。
私はまだ男性と付き合ったことはなかったが好きな女性に対して男性が何をしたいのか分からない程幼くもなかったし、おじさんからその意思も強く感じとれた。
おじさんの私は女子高生の私に覆い被さった。女子高生の私が「いいよ、服を脱いだら」と全てが分かっている目をして優しく言って自分も服を脱ぎ始めた。
おじさんの私も服を脱いだ。おじさんの意識は驚きで戸惑っているようだが喜びも感じとれた。
裸になった2人はベッドの上で抱き合った。
おじさんの私は優しくそして強く抱きしめた。
おじさんの私も女子高生の私も涙を流していた。
おじさんの私の視界がだんだんと変わりつつあるのがわかった。
気づくと私はおじさんを見つめていた。
身体におじさんの温かさを感じた。
おじさんは抱きしめたままそれ以上なにもしようとはしなかった。
ただただ強く優しく抱きしめていた。
そして私の顔を見つめて「君のお陰で僕は最後に本当に最後に本当の幸せを知る事が出来たよ、心から感謝してる、本当にありがとう…」そう言うとおじさんの身体から力が少しずつ抜けたいった。
「おじさん!おじさん!」そう言いながら私はおじさんを力一杯抱きしめた。そして泣いた。泣き叫んでいた。
その時だった、おじさんの魂が私の中に入って来たのが分かった。
その魂はとっても優しく暖かかった。
そしてその魂がゆっくりとゆっくりと消えてゆくのを、私は静かに感じとっていた。
「さよならおじさん」と心の中で何回も何回も呟き続けた。