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騒動の始まり

 それは、剣道部の演武が始まって程なく起った。

 空気を裂く甲高い音を立てて、ロケット花火が投げ込まれ、ステージが煙に包まれる。次から次へと飛んでくるロケット花火で、講堂の中央にラインで仕切られる形で設けられたステージエリアは、すぐに煙や火花で埋め尽くされていく。花火の軌道は時々大きく外れて、ステージエリアの外に設けられた椅子席へと飛んでいく。

「きゃぁー」

 女子生徒の叫び声。

「なんだなんだ!」

 保護者と思われる男性の慌てた声。

「ママー」

 泣き叫ぶ子供。

 講堂内に混沌が広がる。あっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図だ。その煙の中を悠然とステージに近づいてくるのは、揃いの特攻服を着た男達の集団。手に手に木刀や鉄の棒などを握っている。

「きみたち、やめたまえ!」

 生徒会の腕章をつけた男子生徒が勇敢に声を上げる。

「まぁまぁ、生徒会さんは邪魔しないでどいてて下さいよ」

「他の人に危害加えるつもり無いからよぉ」

 角刈りにサングラスの二人の男が、生徒会の彼の両肩を抱え込むようにしてステージから遠ざけていく。言葉とは裏腹に、男達はステージ周辺の掲示物や看板を蹴り倒したり、女子生徒達を威嚇したりしている。

「お前ら、なんのつもりだ!」

 演武の準備をしていた剣道部員達は、竹刀を握って応戦体制だ。

「部長出せよ。部長の柳沢。いるんだろう? 副部長は誰だったかな? 確か新山とか言ったか? なぁ、八木」

 木刀で講堂の床や近くの椅子を激しく叩き大きな音を上げながら、男達が剣道部員を恫喝する。

「八木先輩…」

 剣道部員の中から声が上がる。

 どうやら、チンピラの一味に、彼が知っている男が加わって協力をしているらしい。

「うちの八木さんが、ここの部長さんと副部長さんにはいろいろとお世話になったことがあるみたいでね」

 嫌みなほどに丁寧な口調で、木刀を肩に担いでいる男が言う。

「そうそう。お礼はしっかりしておかないとな」

 男達の間から下卑た笑い声が漏れる。

 連中が侵入して来た講堂の入り口付近は、腕組みをした柄の悪い連中に封鎖されて、観客達も右往左往している。

 ガシャン

 と、ひときわ大きな音がして、観客から奪い取られてぶん投げられた(と思われる)携帯電話が、窓を割る。


「まずいな」

 裕樹に指摘されるまでもなく、蒼雲にもわかっていた。裕樹の意識は、第二校舎に置いてきた式神の那由他と繋がっていた。ガラスが割れる音で、講堂の外に向けていた四人の意識が、ようやく戻ってくる。

「とりあえず、こっちも放ってはおけないぞ」

 裕樹は、相変わらず表情一つ変えない蒼雲に答えを求める。

「おいおい。あれ、真剣だろ? まったく。ここの剣道部、どんな恨み買ってんだよ?」

 ステージ中央に躍り出たリーダー格が握っている獲物に雅哉は目を細める。白木の柄の長物(ながもの)。模造刀ではない。しかしそれを目にしながらも、状況にふさわしくないのんびりとした声だ。

「たしか、部長さんが、地元の自警団に加わっているような正義感が強い人だって言ってましたね。その辺りで彼らの恨みでも買ったんではないでしょうか」

 梓乃の言葉に、全員が昼に隆司から聞いた話を思い出していた。

「真剣なら、素人が振り回しても怪我人が出るぜ」

「どうする?」

 先ほどまで右往左往していた観客達は、今はもう、生徒会役員が咄嗟に開けた非常口に殺到し、その大半が逃げ出している。非常時だというのに冷静な対応だ。だが未だに、講堂内には、怒鳴り声や悲鳴が飛び交っている。

「まずいな」「大変なことになっているぞ」と交わされる言葉面(ことばづら)では焦りを感じるが、行動は対照的で、四人は相変わらず席に座ったままだ。雅哉は、二つの椅子の背もたれに両肘をついて、前列に座っている裕樹と梓乃の間に顔を出しながら会話を続けている。蒼雲は、背もたれに寄りかかって腕組みをしたままだ。当然のことだが、今現在の状況下で暢気に席に座っているのは四人だけだ。

「あまり派手に動き回りたくはないんだが、まぁ、どっちみちこれだけの騒ぎなら警察沙汰になるから、むしろ介入しても大丈夫だろう」

 蒼雲が、応えを求めるような目で裕樹を見た。

「確かにね。幸い、俺たちは顔が知られているわけじゃないからね」

「お前があの幼馴染み君を黙らせとけば問題ないよな」

 雅哉が顎で指した先では、竹刀を握り込み暴漢達と向かい合っている隆司の姿があった。

「あいつ、勇敢だな」

 賞賛の言葉は本心からだろう。その場に残っている剣道部員でも、敵対の意思を表明している人間は多くない。隆司はその少数派の一人だった。

「勇敢っていうか、こういう場合はむしろ、馬鹿って言うんじゃないかな?」

 裕樹の同級生への評価は辛口だ。

「まぁそう言うなよ。大したもんだぜ」

「ここはともかく、悪いのはあっちの方だろうな」

 蒼雲の意識は再びここには無かった。蒼雲が言う「あっちの方」は、爆発音がした第二校舎だ。

 ロケット花火が投げ込まれて騒然としていて、講堂内にいた観客には聞こえなかった爆発音だ。しかし、音と同時に一気に周辺に溢れ出した悪霊の気配に、四人の意識は最初からそちらに集中していたのだ。

「もしかして、さっき言ってた呪いの人形か?」

「たぶんな。あれはまだ‘生きて’いたからな」

 呪いが継続中であるいわゆるアクティブ状態の呪術のことを、術師は「生きている」と表現する。それは術式、呪符、呪具すべてに共通して使われる用語だ。先ほどの藁人形は、未だに相手を呪い殺す咒をかけられて呪いを継続中の生きている状態だった。特定の相手を呪うために作られる藁人形は、相手の姓名や持ち物、人体組織の一部(髪や爪など)を中に埋め込んでその呪力を高めるため、その特定の相手に限定的に働く類いの呪具だ。しかし、悪意を持ったものが故意に悪事に使おうとすれば、呪いの力が別の目的にも発動しうる。そして今は、その好ましくない方向へ動いている。

「完全に憑依して操っているみたいだ。那由他に人払いの結界を張らせている」

「そりゃまずいな。蒼雲。急いだ方がいいんじゃねぇか?」

 暗に、こちらは自分が引き受けるという雅哉の台詞。

「こっちは、エキスパートがいるから心配ねぇぜ」

 そして、当然のごとくのパートナー指名。

「丸投げかよ」

 裕樹の溜め息が聞こえる。

「よし。ここは任せる。裕樹、雅哉」

 全員、既に立ち上がっている。

「わかった」

「梓乃。家に連絡しておいてくれ。それから、SICSに警察への根回しを頼んでくれ」

「はい」

 梓乃は早くも、鞄から携帯電話を取り出してメモリーを呼び出している。

「おいそこの女! 電話なんかしてんじゃねぇ!」

 梓乃の姿を見とめた男が、ステージ付近から椅子をなぎ倒しながらこちらに向かってくる。より近くの通路に立っていた二人の男も近づいてくる。

「後は頼む」

 蒼雲は三人に背を向ける。走り出すついでに、すぐ後ろまで迫って来ていた男の鳩尾に、いきなり重たい一撃を打ち込んで昏倒させる。

「なんだと!? てめ…っ」

「待ちやが…っ…」

 走り出ていく蒼雲の背中に視線を向けた小柄な男と坊主頭の頭の男は、その台詞を全て言う隙もなく、雅哉の拳で地べたに沈み込んでいた。

 蒼雲は躊躇なく男二人が立ちはだかる出口に走っていく。

 梓乃も雅哉も、その先で何が起きるのか知っていたため、もうそちらに意識を向けることすらしていなかった。



 *****



「すみません。御鏡先生。梓乃です」

 梓乃が猫風家の東京の屋敷にかけた電話はワンコールで繋がり、三十秒と待たずに俊樹が電話口に出た。

「状況は?」

 俊樹の第一声は極めて単刀直入だった。最初に電話に出た猫風家の使用人には「緊急事態です。蒼龍先生か俊樹先生にお繋ぎください」と言っただけだったが、「どうした?」でも「何が起きている?」でもなく状況を尋ねる質問がすぐに飛んで来た。

「第二校舎の教室の方で、藁人形に封じられていた呪いの呪法が暴走し、人に憑依して暴れているようです。こちら講堂では、特攻服を着た男達に剣道部が襲撃を受けています。憑依の方は蒼雲さんが対応中です。こちらは私たち三人ですので大したことはありませんが、学校施設の破壊が著しく、警察が介入すると思われます」

「わかった。ではSICSに根回しを頼まないといけないね。この電話をこのままK−SICSの本部とも繋ぐから、少し待ってもらえるかな」

「はい」

 電話がいったん保留になる。十秒も待つこと無く、再度回線が開く。猫風家とK−SICSの三者を繋ぐ回線が繋がっていた。

「梓乃ちゃん? 東高校で事件だと聞いたけど?」

 K-SICSを束ねる賀茂弥生の声も平時と変わりないほどに落ち着いていた。

「先ほどの話を弥生班長にもう少し詳しくしてくれるかな」

 梓乃の横を、雅哉が蹴り飛ばした男が仰向けのまま飛んでいく。

「梓乃ちゃん? 大丈夫?」

 派手に椅子が倒れる音がしたので、弥生が状況を尋ねてくる。

「大丈夫です。雅哉さんが、蹴り飛ばしただけですから」

「雅哉に、ちゃんと手加減するように言ってくれる? 既に静岡県警には連絡を入れているところだけど、武器の状況は?」

「木刀と鉄パイプ、ナイフといったところですが、リーダー格の男が日本刀を持っています。裕樹さんが、今、そちら方面に対応中です」

「裕樹君が? ねぇ、御鏡君。平気なの?」

 弥生が俊樹に呼びかける。

「まぁ、裕樹もちゃんと手加減はするでしょう」

「ならいいわ。で、憑依の方は?」

「そちらの状況は分かりませんが、蒼雲さんが一人で向かっています」

 俊樹も弥生も、子供達のことは全く心配する気配すらなかった。

 再び派手な音を立てて、鎖を握った男が顔面から床に突っ込んだ。雅哉が木刀で殴りつけた腕が、変な方向に曲がっている。梓乃は目の前の状況に動じること無く、淡々と電話に応じている。

「そう。蒼雲君が向かったのなら問題ないわね。静岡県警には、ベテランの水上さんがいるから心配ないと思うわ。多少は事情聴取されると思うけどそこは我慢してね」

「わかりました」

 周囲は明らかな非常時だというのに、実に淡々とした電話だ。梓乃が話しているすぐ脇で、雅哉に殴り倒された男が崩れ落ちていく。

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