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にぎやかな学園祭

 1−Gのブースはすぐに見つかった。

 しかし、裕樹は目的を果たせなかった。隆司が不在だったのだ。

 午後の演武の件で、剣道部の先輩に呼び出され席を外したというのがクラスメイトの説明だ。それでも、裕樹が来ることを予期して、待ち合わせ場所を指定していた。『小鳥横町』の突き当たりにある噴水の周りに、机と椅子が並べられ、飲食スペースが設けられている。

 裕樹達四人は、買って来たばかりのチョコバナナを、早速食べることにしていた。

「へぇ。上手く作るもんだな。素人がやっても、こんなに上手にコーティング出来るんだな?」

「溶かしたチョコレートの液をこうやってスプーンで上からかけるんですよ。そうすると、意外と簡単にきれいに出来上がります」

 裕樹の疑問に梓乃がすかさず答える。料理は、「なかなかやらせてもらえないが好き」なのだと、以前一度聞いたことがある。猫使いの家では、女の子だからという理由で子供が家事を手伝う必要は無い。これは別に、男女平等の精神というわけではない。どの家もみな使用人を置いているので、将来嫁ぐことが決まっている娘でも家事炊事を学ぶ必要は無いのだ。嫁ぎ先は同じ猫使いの家と決まっているのだから。

「梓乃ちゃんも作ったことあるの?」

「はい。中学の時、女の子達と集まって、イベント用に作ったことあるんです」

「学園祭?」

「女の子が集まってチョコレートと言えば、イベントはひとつだけですよ」

 梓乃がお茶目にウインクをしたので、

「あぁ」

 裕樹は容易に正解に辿り着き笑みを浮かべる。同じ猫使いでも、梓乃は随分と人間らしい生活を謳歌して来たらしい。そのことに裕樹はホッとした。裕樹は特に男尊女卑の思想は持たないが、それでも、理不尽の極みのような生活をしている友人を知っているが故に、多少はフェミニストになっているのかもしれない。

「俺、当てる自信あるんだけど、蒼雲、これ初めてだろう?」

 隣では、机に肘をついて、自信満々という表情の雅哉が意地悪な視線を向けている。

「残念だったな。お前は、宗徳(むねのり)の能力を過小評価している」

「へ?」

 気の抜けた間の手。答えた当人は、平然とチョコバナナを口に運んでいる。

「あー、それは雅哉の負けだな。宗徳さんは、蒼雲のこと本当に大事にしてるからさ。俺たちが食べるようなものはジャンクフードであっても大抵は出してると思うぜ」

 蒼雲が生まれた時から専属執事を務めている宗徳は、猫風家の慣習やしきたり、制約の範囲内で、精一杯蒼雲を甘やかそうとしてくれている人だ。同年代の若者の間で流行っている物、好まれている物を積極的に週末のメニューに入れてくる。

「まじか?」

「そうか、お前、週末いないこと多いから知らないんだよな。週末の食事は、かなり自由だぜ。あ、そうそう。今日の蒼雲の服装だって、準備したの宗徳さんだし」

 雅哉は、裕樹からの追加情報に、不満げに口を尖らせる。

「なんだよーそれ。ずるいだろ。俺、知らなかったし、そんなんで負けるの納得いかねぇ」

「そもそも、お前と勝負するなんて一言も言ってない」

「またしても雅哉さんの勝手な暴走ですね」

「またしてもって何だよ」

 ガシガシと頭をかいて悔しがっている雅哉の隣で、梓乃と裕樹が顔を見合わせて笑い出す。

「裕樹!」

 そこに、別の少年の声が飛び込んできた。

「隆司」

 裕樹が、声のした方を振り向く。待ち合わせの相手、川原隆司だ。

 中学時代よりもさらに短く刈り込んだ髪に精悍な顔つき。高校に入ってだいぶ鍛えているのか、肩幅も幾分か広くなったように見える。

「久しぶりだな、隆司。元気してたか?」

「お前こそ元気か? ほんとに来てくれたんだな、裕樹! 俺、まじでうれしいぜ!」

 今にも飛びつきそうなほどの勢いで再会を喜んでいる隆司は、高校生らしいというべきか。久々の「年相応の同級生」のはしゃぎように、裕樹の感覚が刺激される。

「お前、だいぶ雰囲気変わった? なんか、より落ち着いたって言うか、強そうになったって言うか、うーん…、魔術師みたいな雰囲気になった」

 何気なく放たれた一言に、裕樹はもとより、雅哉、梓乃の体が無意識に緊張した。二人の視線が、一斉に隆司に集まる。裕樹が木霊使いの術者であることを、川原隆司は知らないはずだ。

「なんだよ、魔術師って。お前、ゲームのしすぎだろ?」

 動揺を顔に出さず咄嗟に笑いながら受け答えた裕樹には、合格点をやってもいいだろう。

「あ、いや、ほら、なんとなく…」

 隆司にしても、いきなり飛び出した言葉に根拠はなかった。ただなんとなく、雰囲気が変わったということを説明したかった。それに一番ふさわしい形容詞を探していたら、魔術師という答えが口をついて出た。ただそれだけだ。

「裕樹。俺たちにも紹介してくれないか」

 助け舟を出したのは、意外なことに蒼雲だった。

 コミュニケーションに興味が無さそうに見えて、その実、それを一番わかっているのは蒼雲なのかもしれない。裕樹の緊張が、すっと引いた。

「あ、そうだね。紹介するよ。俺の中学校時代の同級生、川原隆司。剣道部の主将だった男で、ここでも剣道部に入っているらしい」

「はじめまして。猫風蒼雲だ。裕樹と俺たちは、同じクラスで、今日は裕樹に誘われて来たんだ」

 蒼雲がまず初めに挨拶した。

「はじめまして。猫森梓乃と申します」

 梓乃が続いて名を名乗った。隆司の視線が梓乃に移り、そのままそこに固定されていることに裕樹は気がついていた。

(梓乃ちゃん、可愛いからな)

 女好きで有名だった友人だ。明らかに見とれているという横顔に苦笑いを浮かべる。同じくそれに気がついている雅哉が、ゆっくりと立ち上がる。

「よぉ、はじめまして。俺は、遠山雅哉。よろしくな」

 雅哉の体格に、隆司は圧倒されていた。同級生と言われても、にわかには信じられないような身長と体の厚みだ。

「遠山君って、空手部とか? かな」

「お? わかるか? 空手部じゃないが、古流の武道を少しな」

 豪放磊落と揶揄される雅哉も、冷静沈着を旨とする呪術師の卵だ。さまざまなことをオブラートに包んだ形で、無難な返答をする。

「やっぱりね。めっちゃ強そうに見えるもん」

 納得した顔をして隆司が頷く。

「裕樹も? 剣道続けているんだろう?」

「え? いや。うちの高校、部活動は無くてね。だから、おれはやってないよ。雅哉は学校外でやっているんだよ」

「そうなんだ? ほんと、もったいないよなー。お前、めっちゃ強いのにさ」

「そんなことねーよ。それに、今は勉強で手いっぱいで、とても部活やる余裕なんてないよ」

「川原さんは、午後に演武をなさるんですよね?」

 少し追い詰められ感のある裕樹を、梓乃の言葉が救う。隆司の視線が再び梓乃に集中する。

「私達、見させていただく予定にしているので、楽しみです」

「あ、あ、はい。ありがとうございます!」

 梓乃は隆司を見つめたまま、にっこりとほほ笑む。隆司は頬を赤く染めて、照れを隠すために鼻の頭を何度も撫でている。

「そうだ。裕樹。美知香が会いたがっていて、お前が来たら連れてくるようにって言われてるんだ。行こうぜ」

「あぁ」

「ゴミ、俺が捨ててくるよ」

 机の上に置かれたトレーとチョコバナナの残骸である割りばしを手早くまとめて、隆司は少し離れたところに設置されているゴミ箱へと走っていく。

「ありがとう、梓乃ちゃん。助かったよ」

 その隙を見計らって、先ほどの絶妙なタイミングでの切り返しにお礼を言う。

「いいえ。あれは蒼雲さんが」

「蒼雲が?」

「目で合図をしてくれたので」

 裕樹が答えに窮しているのを見兼ねて、隆司が惹かれているっぽい梓乃を使って会話の転換を図ったのだ。

「気を抜き過ぎだ。裕樹」

「ごめん」

 戻って来た隆司に連れられて、四人は一年C組が出している屋台に向かった。

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