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隆司と美知香

 朝六時半。東高校の最寄り駅。

 静かにホームに入ってきた電車から、制服姿の男女がぞろぞろと降りてくる。普段の登校ピーク時間よりも一時間以上早い。しかも今日は日曜日だ。九時から始まる学園祭のために、生徒たちは朝七時から準備を始める予定だった。もちろん強制ではないが、大方の生徒が、その時間を目指して学校に向かっている。慣れない早朝通学となっている生徒が多い一方、毎日剣道部の朝練に参加している川原隆司にとっては、いつもと同じ時間の電車だった。ただ休日ダイヤでいつもより三分ほど到着が遅いのだが。

「痛っ!」

 隆司は、自動改札を通ってすぐに、背後から頭を殴られて思わず声を上げた。

「何すんだよ、美知香」

 頭を叩いて駆け抜けたツインテールに悪態をつく。

「隙アリ! でしょう? ボーっとしすぎなんじゃない? 川原」

 してやったりという顔で振り返ったのは、滝島美知香。隆司の幼馴染だ。同じ中学校から東高校へ進学した十二人の同級生のうちの一人だ。中でも二人は、保育園時代からの幼馴染。仲が良い以上の腐れ縁だ。ずば抜けて美人というわけではないが、はっきりした顔立ちの彼女は、その明るい性格と相まって男子からの人気が高い。これは、隆司自身が、このわずか数ヶ月の間に、クラスメイトから何回か美知香のことを尋ねられるという経験から客観的に導き出した評価だ。この評価によらずとも、中学時代の美知香もかなりの男に言い寄られていたのだからわかりそうなものだが、幼馴染への評価とは得てして低いところからスタートするものらしい。多様性が増した高校でも同じような評価を受けているのを見て、初めてその事実を受け入れたようだ。

「あんた、今日の演武出るんでしょう? たるんでるんじゃない?」

 美知香が、腕組みをして冗談めかして笑う。その頬にはチャーミングな笑窪が浮かんでいる。

(可愛い)

 ふと浮かんだ言葉に、隆司はハッとして視線を逸らした。今までそんなこと、一度も考えたこと無かったのに。彼女と面と向かって会うのは久々だ。同じ第二体育館を使う部活とはいえ、クラスも、そのクラスが入っている校舎も別々なので、帰りの電車で時々一緒になる以外は接点がない。しかも、朝練が無い新体操部の彼女と、朝の電車で一緒になるのは初めてのことだ。高校に入ってだいぶ女っぽくなった彼女の体と雰囲気、それに同級生からの評価とが相まって、何となく見る目が変化してしまっている自分に焦る。

 その焦りを隠すために、隆司はまだ頭を撫でていた。

「いきなり後ろから殴ってくるってフェアじゃないだろ」

「何言ってるのよ。去年まで毎朝、そうやって御鏡君に襲い掛かっていたの誰だっけ? しかも竹刀で」

「あれは、裕樹が確実に避けるってわかっていたからで……」

 気まずい事実を突きつけられて、隆司の弁明はしどろもどろになった。

 二人の脳裏には、共通の友人の顔が浮かんでいた。幼馴染であり親友であった御鏡裕樹のことだ。間違いなく同じ高校に進学すると信じて疑わなかった友人だ。その彼が、いまここにはいない。

「あんただって剣道部の主将まで務めたような男なんだから、このくらいの攻撃躱しなさいよね」

 美知香は、不機嫌を気取っているが、顔は笑っている。

「まぁいいわ。おはよう、川原」

「あぁ、おはよう。美知香」

 改めて挨拶をかわし、二人も通学路を上って行く制服の一団に紛れ込む。

「どう? チョコバナナ売れてる?」

 今日の話題は、もちろん昨日から始まった学園祭だ。

「予想より盛況でね。今朝、追加でバナナとチョコレートが届くことになってるんだ」

「へぇ」

「そっちはどうなんだ? 金魚すくい。だいぶ人気だったみたいけど」

 美知香のC組は、生物部の生徒が主導で、金魚すくいの露店を出していた。

「もう大人気よ! 丸川さんの家が金魚屋さんだから安く仕入れられるっていうんで安易に決まったんだけど、人気投票でも上位みたいで安心してるの」

 学園祭の展示や露店は、来客による人気投票が行われている。一日目が終わったところで、1−Cは、先輩たちを抑えて三位に食い込んでいた。

「ところで川原」

 美知香の声のトーンが少し絞られた。隆司は自然と彼女との距離を縮めた。

「御鏡君は来てくれるかな?」

「え? 裕樹?」

 隆司は、美知香が裕樹に、こっそりどころではなくかなり大胆に好意を寄せているのを知っていた。来てほしいという気持ちは、自分以上なのは容易に想像できた。

「うん。実はね、私、昨日の夜、御鏡君ちに電話しちゃったんだ。御鏡君、東京では寮に入っているって言ってたでしょう? だから、もしかしたら寮の電話番号とか教えてもらえるかなーなんて思ったんだけど…」

 美知香の表情はそれが失敗したことを如実に表していた。

「で、川原からも電話があったって、おばさん言ってたから、川原ならもしかして、御鏡君の、その……携帯番号とか聞いているんじゃないかなーなんて思って」

 少し遠慮気味に、それでも勢いに任せて、美知香は一気にそこまで言ってから視線を逸らした。

「あぁ、ごめん。俺も、教えてもらえてないんだよね」

「え? そうなの?」

 実に以外だという顔をして、美知香は隆司を見返した。

「俺も、実は何度か電話したんだ。携帯電話持たせてないって言ってたし、それに、寮は電話禁止らしいんだよね。それとなく母さんにも聞いてもらったんだけど、同じ答えだった。で、手紙だったら転送しておきますって言われて」

「手紙? メールじゃなくて?」

 いまどきの高校生が、手紙で意思疎通を図るなんて古風すぎる。美知香じゃなくても驚きで声が裏返るところだ。

「そう。手紙。紙の手紙ね。で、学園祭の招待状、送ったんだよね。そしたら昨日の夜、おじさんから電話があって、日曜日に、友達連れて遊びに行くって言ってるって」

「ほんと? 御鏡君、来てくれるの?」

 大輪の花が一気に開いたような華やかな声で、美知香が飛び跳ねた。ツインテールがその動きに不規則に揺れる。

「本人とは話せてないんだけど、裕樹は約束を破るような男じゃないし、おじさんの話じゃ、朝早くから行くって言ってるってことだったし、俺、1−Gのテントにいるからって伝言してもらったんだ。夜遅かったし、それがちゃんと伝わったかはわからないけど、伝えておくって言ってくれたから」

 美知香はもう、隆司の話を聞いていなかった。夢見るような眼をして、ルンルンと鼻歌を歌いながら自分を無視して歩いている幼馴染の姿に、隆司はため息をついた。

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