3:逃亡失敗(空人視点)
兄弟喧嘩というか、三対一の喧嘩なのに三人が劣勢です。
俺達が授業に遅れてからやっと五十分程が経った。後は帰りのホームルームをして瑠璃菜を帰らせるだけだ。
「本当に手伝ってくれるんだよね?」
しつこい。手伝ってやるって言ったのにいつまで確認するんだこいつは。
「あとは帰るだけだ。男に二言はねえよ」
「大船に乗った気で任せて」
「実際どんな人か分からないけど大丈夫だよ」
俺が返事をしたすぐあとに櫂人も侑哉もそれぞれ応えた。
俺と櫂人はともかく、兄貴に会ったことの無い侑哉がどう出るかは結構心配だ。兄貴は基本的に関係ない人には人畜無害を装ってるけど、侑哉は瑠璃菜に関わってるから目をつけられたらいつまでもねちねち突っかかってくるに違いない。女みたいな顔つきで体の線も細いから兄貴とやりあったら一分も持たないだろう。いや、それは偏見か。根性で耐えるかも知れないしな。まあ、あの兄貴の毒舌にどれだけ耐えられるのかは本当に気になる。
「じゃあ帰りのホームルームを始めるぞ」
担任教師が入ってきてホームルームが始まった。一刻一刻とその時間は近づいてきて、早く家に帰って閉じ籠りたいと思う。時間は無慈悲に過ぎていき、やがてその時がくる。
多分まだ兄貴のクラスは終わって無いはずだよな。
「起立、礼」
「「「さようなら」」」
終わった瞬間に体を翻して後ろのドアへと向かう。後ろに瑠璃菜がついてきて、更にその左右に櫂人と侑哉がいる。とりあえず櫂人の家に逃げて夕方になったら家に帰れば良い。三人でそう話し合ったしな。席が近いって便利だ。
そう考えてドアを開けた。そこで目にしたのはドアの前の壁に寄りかかってこちらを見る兄貴だった。
思わず目が点になる。唖然とすると同時に汗が額を流れ落ちるのが分かる。そして家に帰ったら兄貴が怒りの矛先を俺に向けるのも。笑顔を作っている兄貴は俺だけが分かるような怒りの印を頭に浮かべていた。瑠璃菜を連れて逃げようとしたんだから当然だな。
いや、それよりなぜここに兄貴がいるのかを優先して考えるべきだと思う。うん、そうだな。何でここにいるんだ? 本来なら兄貴も自分のクラスでホームルームをしていたはずだからここにいれるほずがない。明らかにおかしい。
そんななかで兄貴はゆっくりと俺たちの方に近づいてきた。いや、俺たちのことなんて眼中に無いだろう。兄貴はずっと瑠璃菜しか見てないんだから。
「な、何でここに……?」
「ああ、瑠瑠を迎えに来たんだ。なるべく一緒に居たいからね」
櫂人が思わずといった様子で質問するがそれは答えになってないぞ兄貴。櫂人が聞いているのは何でこんなに速くここにいるのかってことだ。
とにかくここでぐだぐだ言っててもしょうがない。兄貴がここにいるのなら今さら逃げることなんてできない。かといって正面から兄貴と戦うのも……。
「瑠瑠。約束したよね? 放課後に屋上へ来てって。迎えに来ちゃったけど別に良いよね?」
何が迎えに来ちゃった、だよ。
「それに、言ったよね俺。拒否権は無いよって」
拒否権が無いってそんなの束縛してるだけだろうが!
「じゃ、行こっか」
「……」
「あれ? 瑠瑠、返事は?」
瑠璃菜が嫌がってるのも解らないくせに。
「ね、瑠瑠。返事」
「……っ! は、い」
瑠瑠って呼ばれるのだって何度も瑠璃菜は断ってた。
いい子だね、なんて笑って瑠璃菜の手を取ろうとする兄貴を見てさすがに耐えられなくなった。
「茅野さんは先に俺たちと約束していたんですけど」
「さすがの兄貴といえど横暴だぞ」
俺がキレたとき、丁度侑哉もキレたようだ。俺が言った言葉に被さるようにして佑哉の言葉が響いた。まさかこのタイミングで、とは思ったけどそれほどおかしな状況でもない。好きな女がこれだけ言われてるんだ。キレなかったら矛先を変えて本当に好きなのかと問い詰める。
「なので退いて貰えませんかー?」
櫂人だけは端から見たら通常運転だけどこれはヤバイ。後で八つ当たりがくるやつだ。兄貴が関わると沸点が低くなるんだよな。丁寧な口調だからこそ恐ろしいというか。
「瑠瑠がはいって言ったし、こっちを優先するってことじゃないのかな?」
「それは兄貴が無理矢理っ」
「空人」
俺が更に反論しようとしたら後ろから瑠璃菜の声が聞こえてきた。
なんで? そう思いながら後ろを振り返ると強い意思を持った目が俺を見つめていた。これはたぶん、自分が兄貴と直接戦うって言いたいんだろうな。少し、いやかなり嫌だけれどこうやって自分で意見を決められるようなところが瑠璃菜の良いところだ。俺は、瑠璃菜の気持ちを尊重したいから止めない。瑠璃菜が戦うって言うならここから先は俺の出る幕じゃない。
応援してるぞ、瑠璃菜。
片足を下げて瑠璃菜の通る道を作る。ほんの少し、口だけで笑った瑠璃菜は真正面から兄貴と対峙した。
「じゃ、行こっか」
笑う兄貴の後についていく瑠璃菜を見送ると、侑哉が「行こうか」と言った。異論はない。そのまま敗戦ムードで櫂人の家へと向かった。
次回は再びの瑠璃菜視点です。
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