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4☆これから生き抜く為の情報収集をしよう

 


「マリア、お前昼ごはんはそれだけなのか?」




 私の対面にいらっしゃるのはフェリクス・ウェーバー。

 現在、学園の食堂にて昼食中です。


 窓に面した4人掛けの席に2人で座って居ります。


 何でこんな状況になったかって。



 一言で言うなら、「懐かれた」。




 一限目の魔力測定以降、ストーカーの如く付きまとい初めたのだ。

 周りのお貴族様もドン引きなレベルで。


 しかも、自分でライバル認定をしていたのも無意識だったらしく、最初は敵扱いをしてくれて、突っかかってきたのだ。


 面倒くさいことこの上なかった私は一度教育指導を入れましたよ。



「マリア、お前は敵だからな!」

「フェリクス・ウェーバーさん、この場合『敵』ではなく、『ライバル』が正しいかと思います」

「らいばる?」

「好敵手、という意味です。互いを高め合うための敵ならば『ライバル』です」

「なら、俺とお前は『ライバル』だ!」



 いやぁ、授業中は静かだから構わないんだけど、あれから授業が終わった瞬間に「お前、この部分は理解出来た?」とか「この考え方の方が効率が良いと思うけど、マリアはどう思う?」とか質問攻めに合う。


 良くも悪くも感心を持たれた(懐かれた)、ということだ。

 それを逆手に取って、現在調教(教育)中なのです。



「フェリクス、『丁寧語』ですよ」

「分かってる・・・じゃなくて、分かってます」

「食事中ぐらいは見逃して差し上げます」

「うん、ありがとう」


 目の前に座るフェリクスは、嬉しそうに笑う。

 まだ半日しか過ごしてないのに、フェリクスは随分と調教(教育)に順応し始めている。


 それでいいのかフェリクス!

 そんなにもあっさりと手のひらで転がされて!と心の中で私は叫ぶ。


 それともフェリクスに原因があるのではなく、私からヒロインオーラでも発されていて、ヒロイン効果を受けているのか?!



 ヒロイン効果(?)云々(うんぬん)を抜きにしても、フェリクスは良くも悪くも素直な性格らしく、思った事とか直ぐに顔や口に出やすいみたいだ。

 昨日の刺々しさは如何やら話を聞くに緊張もあったからみたいだし。


 でも、これはお貴族様に揚げ足を取られる要素の一つ。


 ということで、先程のように教育指導を入れている。

 余談だが、どの様にして教育指導に至ったかというとーーー


「言葉遣いが美しくない方が私のライバルだなんて考えられません」


 と言ったら、まんまと挑発に乗ってくれた。

 11歳の少年はまだまだチョロかった。




 因みに呼び方はフェリクス呼びに決定した。

「フェリクス・ウェーバーさん」と呼んだら、「嫌味に聞こえるから止めろ!」と言われたのだ。


 それに、ライバルなら呼び方も公平が良いとのご希望で、名前呼びが決定した。


 話を元に戻して、フェリクスの質問に答える。



「私は所持金が只今ゼロなのです。だから、お昼ご飯は寮の食堂の残り物を分けて頂いたのです」

「そうなんだ……お前、苦労してるな」

「孤児ですからね」

「俺の少し食べるか?」

「それには及びません。その食事はフェリクスのですから。成長期のフェリクスから食事を奪うなんて横暴な真似は致しませんよ」


 フェリクスは憐れみの目を向けて来る。

 うん、自分でも可哀想な食事なのは分かってるよ。


 硬い黒パン一つに、水。


 因みに水は学園の食堂でもらった。

 水はタダで貰えるのかと聞いた時、学食のオバちゃんにギョッとした目で見られたのは気のせいではない。


 そりゃ、このお金持ちばかりの学園で水だけ貰う人とか少ないよな。

 タダで飯ーー今回は水だがーーにありつく貧乏人で悪かったよ。


 でも、水をわざわざ食堂で貰ったことには、きちんとした理由があるのだ。



 私には前世の記憶から、異世界のそこら辺の生水が信用が出来ない。

 私の中では『異世界の生水≒地球の上下水の発達してない国の生水』みたいな位置づけなのだ。


 東南アジアとかに旅行に行って、露天で売ってたペットボトルの水を飲んだら腹を下した……みたいな惨事を想像してしまう。

(ペットボトルの水なのに何故腹を下すかの真相は、(たま)に古いペットボトルに井戸水とか入れてしっかりと封をして如何にも新品風を装おって売ってる時があるからだ)


 これらの前世知識から、孤児院で過ごした約半年の間、飲み水は必ず煮沸してから飲んでいた。


 閑話休題。


 私は硬い黒パン口に入る大きさに千切り、水を口に含む。


 ……うん、硬い。そして、見事にパンの味しかしない。


 幼児の舌には優しくない硬さだ……とは言っても孤児院での食事もこんなものだったし、文句は言ってはいけない。

 タダ飯にありつけただけでも、御の字なのだから。


 目の前のフェリクスの豪華な食事を見ながら、モソモソとパンを咀嚼する。


 私の可哀想なご飯を前にしてか、フェリクスは居心地悪そうに食事をしている。



「明日からは私はここで食事を取らないことにします」

「えっ」

「だって、私に遠慮して食べづらいのでしょう」

「いや、そういう訳じゃない……訳じゃないけど……俺は自分に恥じているのだ」

「何に対してですか?」

「マリアの都合も考えずに、俺の都合で食堂に連れてきたことをだ」


 フェリクスはシュンとした様子で俯向く。

 昨日の入学式の刺々しさは何処とやらな雰囲気である。



「当たり前の様に食事を取る自分が……如何(どう)しようもなく恥ずかしい」

「それが気がつけて良かったと考えては如何ですか」

「うん、そうする。マリアは小さいのに、大人みたいなことを言うね」

「見た目と中身が伴わないことは鷹揚(おうよう)にしてありますよ」

「ふーん」


 フェリクスは不思議なモノを見るかの様に私を見た。

 その視線を送る気持ちは、よくわかるがーーー隙を見せない&フェリクスの調教(教育)のためには、無邪気な子供じゃいられないのだ。

 いや、無邪気な子供を演じろと言われても、ドライな22歳には難しいのだが。

 それを考えると、某有名探偵漫画のちびっ子探偵の小学生っぷりには頭が上がらない。



 フェリクスは私に気を使って早く食堂から出るためか、胃袋に物凄い速さで食事を収めていく。その様を見ながら、私はボンヤリと前世の記憶に耽っていた。


 私も硬い黒パンとの格闘も後少しで終わろうとしていた所ーーーその時、テーブルに薄っすらと影が写った。



「あーら、こんな所に薄汚い平民がいますわオクタヴィア様」

「しかも、此方の者は粗末な黒パンなど食してらっしゃいますわオクタヴィア様」


 突然降ってきた声に驚き、顔を上げる。

 すると其処には、厚化粧をした貴族令嬢が三人いた。


 あまりのテンプレ臭漂ういびりに、思わず令嬢達を目を見開いてガン見してしまう。

 えっ、これって「どっきり大成功!」とかいうオチじゃないよね?


 一応周囲に視線を巡らすがが、勿論「どっきり大成功!」というプレートを持った人はいなかった。

 なかったけど、周囲の人は興味津々と言った様子で此方を伺っている。


 この空気にフェリクスはどう対応しているのか目をを向けて見るとーーー彼はトゲトゲした空気を発しながら硬直していた。



「何か言ったらどうなのです?」


 厚化粧三人衆のセンターにいる人ーー多分オクタヴィア様ーーが扇子を手で撃ち鳴らした。


 柄悪いな、と内心思いながら頭の中で計略を巡らす。


 嫌味お貴族様との初戦。

 華麗にこの場を乗り切って見せようじゃないの!

 フェリクスもお姉さんの勇姿をしかと目に焼き付けるといい!ドヤッ!



「高貴な方とお話する機会が少ないゆえ、ご容赦下さいませ」

「あら、身分は弁えてるようね。でもね、(わたくし)平民が見苦しく粗末なモノを食べているのが目に耐えないの。(わたくし)の視界から消えて下さるかしら」

「ご心配せずとも退出致しますわ」



 ここでか弱げに(・・・・)微笑んで、『幼気な幼児、健気にも奮闘する』の図を作って、周りの同情を引いてみる。


 いくら身分制度のある社会といえど、10歳程年下の相手に身分を振りかざすとか良識ある人間からすれば、恥ずかしい事にあたるだろう。


 現にギャラリーの中にも同情的な視線を送る者もいる。


 しかし、誰も止めに入らないのは、目の前のオクタヴィア様とやらの身分が高いか、私を庇っても利がないからだろう。


 今回はこの状況が分かっただけでも十分だ。

 これがこの学園における貴族と平民の立ち位置という事が分かったのだから。



 フェリクスは食事を終えているようだし、本当に

 そろそろお暇と致しましょうか。


 パンは未だ食べ終わってないから、パンを包んできたハンカチに包み直そうと、ハンカチを机の上に広げ、パンをハンカチの上に置いたらーーー



「あーら、卑しいこと。食べかけのものを持ち帰るだなんて」


 オクタヴィア様の取り巻き令嬢その1が黒パンを床に(はた)き落とした。



 Oh……其処までやるのですね。

 嫌味ぐらいは想定内だけど、公衆の場でここまでやるとは思ってなかった。


 私は目をまん丸に見開いて、厚化粧三人衆を見てしまう。


 取り巻き2人は嘲笑を浮かべ、私を見下ろす。

 オクタヴィア様は扇子を広げ、口元に当てている。そして扇子を持つ手も心なしか震えている。



 あれっ、もしかしてーーー



「オクタヴィア嬢、僕にその子達を引き渡して頂いてもいいですか」


 不意にオクタヴィア様の背後から聞いた事のある声がした。


 そこにいたのはーーー



「ローレンツ様!」

「アデルバート殿下!」


 つい先ほどまで同じ授業を受けていた2人がそこに立っていた。


 途端に周りは色めき立つ。



「ええ、ローレンツ様がおっしゃるなら」


 オクタヴィア様は口元で扇子隠したまま無機質な声で返事をした。

 両脇に控える取り巻き令嬢は美丈夫にみ惚れている。態度の変わり様が明らさま過ぎて笑えてくるレベルだ。


 どの世界にも権力と美貌に弱い人間はいるものだ、と内心で呟きながら目の前の事態を伺う。


 するとローレンツ様と目が合った。



「じゃぁ、マリーちゃんとフェリクス君は僕について来てくれるかな?」


 ローレンツ様は座っている私達2人に手を差し出した。

 フェリクスと私は顔を見合わせる。

 これは手を取るべきなのか?とフェリクスも同じことを思ったのか困惑した表情を浮かべている。



「あの、ローレンツ様。私は手を取ってもいいのでしょうか」


 意を決して尋ねてみると、ローレンツ様はキラッキラッとした笑みを浮かべて、私に言った。



「『マリーちゃん』、ローレンツ様じゃないでしょ?」


 この言葉を言われて、私は漸く気がついた。

 彼は私の味方になるーーと言ったら少々語弊があるが、少なくとも私を自分の庇護下に入れているように周りに見せようとしてくれているのだろう。



 だから彼は昨日ーーー


「マリーちゃんって呼んでいいかな。俺のことはレンツ、いや、レンツお兄様と呼んで欲しい」


 ーーーなんてことを言っていたのだ。



 要するに懇意にしていると見せかけ作戦。

 きっと、アデルバート殿下と行動を共にするローレンツ様は権力を持ってる人なんだろうーー自己紹介の時に公爵家の人間って言ってたしね。

 そんな人がついてるから手出ししないでね、と言っているようなものだ。


 但し、この作戦には欠点もある。

 簡潔に言うと、嫉妬を買う。「何で平民のあんたなんかが、ローレンツ様と親しくしてらっしゃるの?!」とリンチに合う可能性もある。



 一瞬にして二つの考えを導き出した私は判断に迫られていた。


 ローレンツ様の手の平で踊るか踊らないか。


 幼女に何を期待しているのか分からないが、一先(ひとま)ずはこの策に乗ってみようじゃないの。



「ええ、『レンツ兄様』」


 極上の笑みもついでにプレゼントして、私はローレンツ様を見据える。


 ローレンツ様は一瞬目を見開いたが、直ぐに元の輝かしい笑みに表情を戻して言った。



「じゃぁ、僕達と一緒に行こうか」


 今度こそ、とでも言うようにローレンツ様は手を差し出す。


 私は椅子から降りて、その手を取った。

 フェリクスも私の行動を見て、真似るように席から降りてローレンツ様の手を取る。


 端から見たらローレンツ様は両手にロリショタな状態だ。

 ロリショタ好きの方々には御褒美な状況なんだろうな。


 手を引かれ食堂のテーブルの間を縫うように移動していると、不意に空いていた方の手が上に上がり温かさを感じた。


 右手を見上げると、アデルバート殿下が私の手を握っている。



 何を考えてるんだ、殿下!

 これ以上視線を集めて何がしたい!


 私の心の悲鳴は勿論届かず、握られている手を(ほど)こうと動かしてみるが、余計に硬く握られてしまった。


 諦めて肩を竦めると、左からローレンツ様の震える様な笑いが降ってくる。

 元凶は笑わないでほしい。



 そう言えば、昨日も似た様な状況があったな。

 あの時も何故か殿下は握手し(手を握り)たがってた。


 まさかとは思うがヒロイン効果とかじゃないよね?


 それともアデルバート殿下はロリコンとか?!


 ーーーそうでないことを切実に願う。じゃないと、国家権力を前にして生け贄として差し出されてもおかしくない。




 こうして周りの視線をを大いに集めながら、右からアデルバート殿下、私、ローレンツ様、フェリクスの順で手を繋ぎながら、横一列に並んで食堂を後にした。




 ーーーこうなるんなら、ローレンツ様の言葉に乗るんじゃなかった、と今更後悔しても遅いのであった。








 さて、食堂を後にした私達が向かった先は豪華な個室であった。


 私の前には温かな紅茶と焼き菓子、ケーキ、色とりどりのフルーツが広がっている。


 転生してから初めての嗜好品と言ってもいい。



「さぁ、遠慮なく食べて」


 ローレンツ様は爽やかな笑顔で勧めてくる。

 私は行儀が悪いがつい生唾を飲み込みこんでしまう。

 それは隣に座るフェリクスも又然り。



「では、お言葉に甘えます」

「ありがとうございます」


 私とフェリクスは礼を言ってから、目の前に広がる嗜好品に手を伸ばす。



 私はフォークを持つ前に手を合わせて「頂きます」と言った。

 この習慣ばかりは抜けないものである。

『三つ子の魂百まで』とはよく言ったものだ。私の場合は『三つ子の魂転生するまで』だが。


 この世界には「頂きます」の文化はない。


 その代わりというのか、孤児院にいた時は祀られている女神様や精霊様に祈りを捧げるみたいなことはあったが、学園に来てから寮の食堂で食べている人達を見る限り食前の挨拶は人それぞれみたいだ。



 言語形態は日本語なのに、文化はまるっきし違う。

 この世界はほんとに不思議だ。



 私はこの世界について考えながら、どれから食べようか吟味する。



 やっぱり最初はケーキからかな。

 最初は胃にどっさりと入れたい気分だ。


 私はケーキの外観も楽しみながら、味わう。


 ケーキは全体的に白い。レアチーズケーキに似ている。

 そして気になるお味の方はーーーうっっまーい!!


 まさにレアチーズケーキ!!

 濃厚なチーズの味が舌に残りながらも、食感は雪融けのような口溶け。


 しかも私が好きなお店の味に似ている気がする!



 うん、転生して良かった。



 思わず頬に手をやると、視線を感じた。



「マリアは美味しそうに食べるね」


 フェリクスは紅茶を片手に、焼き菓子をもう片方の手に持って話しかけてきた。



「久々の甘い物ですから。甘い物は正義ですよ」


 この至福の時間にどっぷりと浸かっていたいから、フェリクスの美しくない食べ方は見逃してあげよう。



「じゃぁ、2人とも食べながらで構わないから質問に答えてくれる?」


 ローレンツ様は向かいで昼食を食べながら、話しかけてきた。

 しかも、驚くべきことに食べているものがカレーによく似ている。

 匂いもちゃんと香辛料の匂いがしている。


 ローレンツ様の隣に座るアデルバート殿下も同じものを食べている。


 美形が揃ってカレーを食べている姿は何だかシュールで可笑しい。


 今までの食糧事情が悪すぎてバリエーションに富んだ食事をしてこなかったから知らなかったが、意外と前世と同じ様な食べ物もあるようだ。


 それはおいといて、ローレンツ様の話を聞かねば。



「マリーちゃんはどうして食堂で黒パンを食べてたの?」


 ーーーこれだから、金を持ってる奴は。



「金欠だからです。孤児院にいた時に稼いだお金で日用品を揃えたら、殆ど残らなかったのです。それに、食堂のご飯は値段が高いので、今後も利用しないと思います」

「そうか。フェリクス君は学食を利用する時にお金を払ったの?」

「勿論です」


 ローレンツ様の質問の意図を図りかねていると、ローレンツ様は神妙な顔をして言った。



「君達、学食がタダで利用出来る説明を受けていないね」

「「えっ」」


 思わず私とフェリクスは2人揃って間抜けな声をあげた。



「成績優秀者には学食タダの権利が与えられて、それを証明するタグが配られるんだ」

「「……」」

「あと、マリアちゃんの金欠の話を聞くに就学金の話も聞いてないね」

「「???」」

「平民は授業料無償にしてる。それに加えて成績優秀者には月1000リンの支給がされることになっている」

「1000リン?!そんなに支給されるのですか!」


 思わず私は声をあげてしまった。

 いや、だって1000リンですよ?!

 パン一個が相場で1リン。

 前世の単位感覚でいったら、リンをドルに置き換えると良い。

 つまり、日本円にして十万円。


 私が孤児院で過ごした半年間で稼いだ額は50リン。大体5000円ぐらい。

 これでも6歳児だった私にしては頑張って稼いだ額だ。

 街の食堂で皿洗いをしたり、子守をしたり、時には図書館の蔵書整理もした。

 その50リンで下着や鞄、普段着、馬車台などを捻出したのだ。



「うん、魔石とか剣は高いからね」

「納得しました」

「僕達の方から話は通しておくから、明日にはお金も支給されて、学食も使えるようになると思うよ」

「「ありがとうございます」」



 2人で礼を言うとローレンツ様は笑って、「このぐらい別に構わないよ」と言った。



「所で、フェリクス君も僕を『レンツお兄様』と呼んでくれない?」

「えっ、あっ、はい」


 フェリクスは完全にテンパって、つい肯定してしまっている。

 私としては道連れが出来て嬉しいんだけどね。


 ほのぼのとした空気が漂う中、アデルバート殿下が重い口を開けた。



「二人とも、私の事をアディと呼んでくれないか」


 突然のお願いに3人揃って目を見開いて、アデルバート殿下を見た。

 一番反応が早かったのはローレンツ様。即座にツッコミを入れる。



「アディ、おまえやっと僕ら以外に友達を作ろうとしてるんだな。僕は、僕は嬉しいよ」


 嘘泣き込みのオーバーリアクションにアデルバート殿下は眉間に皺を寄せる。



「下手に貴族に気を許すと付け上がられる。それに比べてフェリクスとマリアは裏が無さそうだからな」

「そう言って、実の弟の交流がほぼゼロだから、ちびっ子2人に懐いて貰いたいんだろ」

「べ、別にそういう訳ではない」


 そうか、アデルバート殿下には異母弟の第二王子がいたんだっけ……って、【聖女が世界を救う】のメイン攻略対象だよ!


 私は友人との会話を思い出す。



『アデルバート殿下って、ほんと可哀想なキャラなの。だって、一つのルートを除いて絶対に王位には就けないの。バッドエンドでは死亡するし」

『それ不憫過ぎない?』

『うん、だから死なない且つ王位につけるアデルバート殿下のノーマルエンドが私は一番好きなんだよね』

『ハッピーエンドじゃなくて? この前は愛に生きてる感じがいいとか言ってなかったっけ』

『うん。でも、相手の幸せを願うなら身を引くべきかなぁって』

『成長したね、ゆっこちゃん』

『私がお子様だって言うの?!』

『うん』

『マリちゃん!』



 昔のやり取りを思い出すこと数秒。

 反射的に思ったことは、情報収集しないと未来が危ういかもしれないということ。

 だって、現在学園に入学した私が将来持つであろう人脈はアデルバート殿下を中心とする可能性が高い。

 つまり、アデルバート殿下に死なれたり、臣下に身分を落とされたりすると、私の出世コースにも多大なる影響が及ぼされるに違いない。


 という訳で早速情報収集です。



「アディには弟さんがいらっしゃるのですか」

「マリア、私達の前ならば敬語で無くてよいぞ」

「はい」

「うむ、それでよい。弟の話だったな。弟と言っても異母弟だがな。ーーーと言って、年は6歳。マリアと同じ学年の筈だ」

「仲が悪いのですか?」

「いや、会う機会がそもそも無くてな。歳も離れているのも有るが、現王妃様があまり私と弟を接触させたくないようでな。前王妃の息子の私は疎ましい存在なのだろう」

「あっ……不躾な質問をしてすいません」

「いや、構わない」


 現王妃様のアデルバート殿下へのこの扱い。自分の子供を王位に就かせたい、と思っていること丸見えである。

 【聖女が世界を救う】のアデルバート殿下のバッドエンドで、アデルバート殿下は死亡するが詳しい死因は明らかになっていない。ただ戦場で戦死したことだけがヒロインに伝わって終わる。

 ゆっこちゃんはこのことに関してネットでの考察と自論を混ぜて推測したのが、「アデルバート殿下暗殺説」だった。


 【聖女が世界を救う】はルートによって明らかになる真相が異なる。例えば第二王子ルートで明らかになっていなかったことが、アデルバート殿下ルートで明らかになったりする。特に【聖女が世界を救う】は高位貴族や王族との絡みが殆どだから国政に関することもたくさん出てくる。

 だから、ゆっこちゃんは他のルートからの情報も鑑みて、「第二王子派というより、第二王子の母の現王妃が暗殺者(アサシン)をアデルバート殿下に送っているのではないか」と推測したのだ。


 そして今のアデルバート殿下との会話より、アデルバート殿下に第二王子派が暗殺者(アサシン)を送り込むという話も現実味が増してきた。



「マリアが普通に16歳で入学していたら、弟と同じ学年だったと思うと不思議なものだな」

「そ、そうですね」


 原作通りの流れを指摘され、思わずギクリとしてしまい、誤魔化す為に私は皿に残っていた焼き菓子に手を伸ばした。


 見た目マドレーヌの焼き菓子は…… 何だか食感が微妙だった。

 断面を見てみると……ダマがある。

 粉を(ふるい)にかけなかったのかな。



「作業工程を一つ抜かすって……」


 どんな新人が作ったんだよ。

 お菓子に対する冒瀆だ。

 スイーツは美味しいからこそ、スイーツである。

 紅茶でマドレーヌを流し込むようにして胃に収めた。



「次の時間も授業が入ってるから、そろそろ教室に戻ろうか。二人は先に行っててね」


 私が食べ終わったのを見計らって、ローレンツ様は昼食の席を切り上げた。

 私とフェリクスが席を立ち、部屋から出て行こうとした所で声がかかった。振り向きローレンツ様を見ると、彼は小さな爆弾を落とした。



「明日もまたこの部屋に来てね。紹介したい人がいるから」



 食堂で周囲の視線を集めながら食事を摂るのと、この部屋でアディ達と食事を摂ること、どちらが正解なのかーーー私には判断し辛いことだった。







 そして、自分の発言や言動の数々が要らないフラグを立てていたこともこの時は気がついてなかった。

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