2☆転生した異世界は乙女ゲームの世界だった
「新入生代表フェリクス・ウェーバー」
司会の先生の声を受け、その人は壇上へと進む。
私は唖然としてその姿を見る事しか出来ない。
(あの名前に、髪型は違うけど———あの配色って、ここは、まさか【聖女が世界を救う】の世界?)
私は入学式が進行する中、壇上の人を見て呆然としていた。
まずは、情報の整理をしよう。
多分ここは前世に存在した乙女ゲーム【聖女が世界を救う】の世界だ。多分という枕詞がついたのは、【聖女が世界を救う】の二次創作世界という可能性も否定はできないからだ。ネット小説の転生ものでも派生や亜種作品のパターンの一つにそういうものもある。
そうであったにしても、受験校である「王立グレノロス学園」という名前を今まで何度も耳にして、何故今まで【聖女が世界を救う】のことを思い出せなかったのかは不思議だ。
そのような話は一度置いておき、【聖女が世界を救う】の設定確認をしよう。
乙女ゲーム【聖女が世界を救う】の大まかなストーリーは、平民で試験に合格し入学してきたヒロインが、イケメン攻略対象達と共に勉強や魔法学に励みながら恋愛をするというものだ。攻略対象は隠しキャラ含めて7人だったと思う。
フェリクス・ウェーバーはその中の初期攻略対象の一人。学園で魔法学の教鞭をとる若手教師。
艶やかなロングの濃紺の髪に、黄金の瞳。キャラは確か「癒し系」。
平民から学園史上最年少入学を果たした天才という経歴を持つ。そして、天才ゆえの悩みを心に抱えている所をヒロインに救われる———というシナリオだった。
大まかなシナリオの流れは思い出せるものの、正直詳しい選択肢とかは殆ど覚えてない。
しかし、そんな中でも分かることは幾つかある。
まず、時間軸について。
フェリクス・ウェーバーは現在入学式の新入生代表として言葉を述べている。現在の彼は決して教師ではない。推察するに、現在の時間軸はゲーム内では少ししか語られていなかったフェリクス・ウェーバー少年期編というべきところか。
二つ目はゲームシナリオの中でフェリクス・ウェーバーが学園史上最年少入学なことついて。
多分壇上にいる彼は推定10歳から12歳。小学校高学年という感じだ。それに比べ、私は7歳の幼jy…ゴホゴホ…少女。今は私が最年少入学者だ。
私が中身22歳の転生者なばかりにシナリオが狂ったと言ってもいいだろう。取りあえず、バタフライ効果が起こらないことを祈ろう。もし、9年後に入学してくるヒロインが私と同じ転生者で彼を攻略するつもりだったのにシナリオ改変されてしまっていて「攻略できない!」という展開になったらマジすまん。
突っ立ったまま情報整理をしている間に新入生代表の言葉は終わっていたようだ。
(7歳児には長時間の直立は辛い、早く終わってくれ!)
足がプルプルと震え始める中、私は必死に踏ん張っていたが、次の瞬間、私はまたしても呆然とした。この場で膝から崩れ落ちなかったことが奇跡と言ってもいい。
「アデルバート・フィデリオ・ローデンヴァルト殿下よりお言葉がございます」
私の目に映ったのはアデルベルト・フィデリオ・ローデンヴァルト殿下。この国、ジクマ王国の第一王子。【聖女が世界を救う】で後から追加された攻略対象者だ。
ゆっこちゃんが一番好きなキャラは彼だった。光に反射する雪のようにキラキラ輝く銀髪、何処か怪しげな雰囲気さえある紅玉の瞳。
前の世界ではアルビノと呼ばれる容姿だが、この世界は比較的あり得ない色素で目や髪が彩られているので、アルビノという訳ではないのだろう。
担当キャラは「クーデレ」。彼の事はゆっこちゃんの熱い語りと考察を聞いていたから、シナリオも詳細に覚えている。
第一王子だが数年前に亡くなった前王妃の子のため、後ろ盾が強いものでないが、長子継承のためそれでも弱味をみせず、頑張って良き王になるため邁進している。
ゆっこちゃん曰く、普段の平然とした姿と影でたまに落ち込む姿のギャップが萌えるらしい。
チョイチョイ第二王子派から暗殺者が送り込まれているとか。
そんな色々と苦難の多い道の中、ヒロインと出会い重責を吐き出したりしてる内にヒロインに惚れたりして、最終的には臣下に身を落としてヒロインと結ばれるとか。
(これに関しては友人に「流石に恋愛感情で臣下に身を落とすとかないでしょ」と言ったら、「いや、そこがいいんだって。愛に生きる!みたいなとこが」とか話した覚えがある)
そんな彼、アデルバート殿下は雰囲気としては孤高の人という設定らしい。実際、壇上の実物大の彼は銀髪と相まってブリザードを少々撒き散らしている気がしなくもない。
友人の熱い愛のこもった語りにより覚えている攻略情報の一つに、アデルバート殿下ルートへの分岐地点のシナリオがある。
そもそもアデルバート殿下は後から追加された攻略キャラだ。まず第二王子ルートをハッピーエンドとノーマルエンドを終わらせないとルートが開通しない。そして開通後の初めのアデルバート殿下ルートのシナリオは「第二王子と仲がいいと噂されるヒロインをアデルバート殿下が興味本位で学園に見に来る」という設定だ。まぁ、仮にも王位継承権を持つ第二王子が平民(女)と仲がいいとか言ったら、色々と疑うのも分かる気がする。まぁ、その事が原因でヒロインに惚れて臣下に身を落とすルートもあるから何とも言い難いことだが。
要するにアデルバート殿下ルートは「ミイラ取りがミイラになるルート」なのだ。
情報整理が終わった所で、意識を現実世界に戻す。
「———これから三年間の付き合いだ。身分に分け隔てなく接して欲しい。私の言葉は以上だ」
威厳溢れる雰囲気を漂わせ、彼は壇上から降りていく。
って、今「三年間の付き合い」とか仰ってましたよね。
つまり、あれだ。さっきのアデルバート殿下の言葉は「来賓のお言葉」とかじゃなくて、「王族が入学したよ」という感じの挨拶だったのか。
何にせよ、さっきの威厳たっぷり感漂わせてたら、取り巻き又は部下はできても三年間友達0人で終わるのではないだろうか。私は庶民だし、そんな恐れ多い人とは関わらないことにしよう。
いくら、「学園内では身分を不問とする。生徒は等しい扱いとする」という言葉があっても、信用ならない。先生の生徒に対する扱いは平等であったとしても、生徒間には適用されないに違いない。それに学園から一歩外に出たら、責任は取って貰えないんだから下手な恨みとか買わないようにしないといけない。
よって、「触らぬ神に祟りなし!」方針で頑張ろう。
…と思っていた時もありました。
うん、普通に考えて「平民で最年少入学」とかしたら否が応でも目立つよな。
現在、入学式終了後。
先生が来るまで教室にて待機中。周りは知り合いとおしゃべりに興じている。
「おい、お前がマリアだな」
左隣の席にアデルバート殿下がいらっしゃいます。ついでに言うと、右隣はフェリクス・ウェーバー。何の意図があってこの席順なのか、先生に問いただしたい。まぁ、大方アルファベット順にしたが、身長の低いちびっ子を前にもってきたということなんだろう。
うん、いろいろ察するよ先生。下手に殿下の周りを貴族で固めたくない。だから、人畜無害(年齢的に女として媚を売らない)且つ優秀な奴を隣に置いたとでもいうんだろ!
しかし、先生よ。いくらなんでも、平民を殿下の隣に置くのは、どうかと思う。平民からすると胃が痛くなる案件だぞ。フェリクス・ウェーバー、私と席を交換してくれ〜。
私なんか孤児院上がり(前世もど庶民!)で、名字すら持っていない平民なんだぞ。(この国では平民は役人や騎士(言わば階級持ち)、または裕福な商人以外は名字をもっていないのだ。だから名字無しは、「名前だけ」もしくは「どこそこのマリアです」と名乗るしかないのである。)
要するに平民の中でも底辺の人間なんだ!
「はい。マリアです。高貴な方とお話しする機会は今までありませんでしたので、不作法な振る舞いであるかもしれませんが、これからよろしくお願いいたします」
何とか噛まずに言えたぞ。表情はきっと引きつった笑顔になってる気もするが、そこは大目に見て欲しい。というか、アデルバート殿下よ、人の顔をジロジロと見るのは失礼じゃないか?
自分の眉間に若干皺がよった。
「不躾に其方を見てすまなかった。随分と年若いが、しっかりしておるのだな。年は幾つだ」
「一週間前に7歳になりました」
「そうか。所で、奥にいるフェリクス・ウェーバー。其方は何歳なのだ」
フェリクス・ウェーバーは急に話しかけられて驚いている。そりゃ、そうだ。相手は王族だもん。
「……11歳です」
「その年で主席入学とは驚いた。私もあと一歩という所で及ばなかったようだな。これから共に切磋琢磨しよう」
「よろしくお願いします」
「マリアもよろしくな」
なんか、殿下が手を差し出してきた。確かにフェリクス・ウェーバーの席は私を挟んでいるため、殿下と握手は出来ない。だからと言って、私と手を繋ごうとするのは何なんだ、アデルバート殿下よ?
それに遠巻きにこのやり取りを見てる貴族令嬢方の視線がブスブスと突き刺さる。7歳児に嫉妬とかしないでくれ!絶対に対象外なのに。
空中で手が彷徨っていると、強引にもアデルバート殿下に手を掴まれた。そして、握手される。
ほんと、止めてくれ。相変わらずクールな表情をしてるが、何の意図が有るんだ。もしや、アデルバート殿下はロリコンなのか?!
私の心の叫びを無視するかのようにジーッと見つめてくる殿下。周りからの視線も痛い。そろそろ身体に穴が開いてもおかしくない。もうなんなの、中身はれっきとした大人だけど泣きたい、というか泣いちゃうよ……とか思ってたら本当に目がウルウルしてきた。
「アディ、手を離してやった方がいいぞ。ちびっ子がアディが怖くて泣きそうになってる」
ナイスフォローだ、殿下の後ろの席の君!別に怖い訳ではないのだが、まぁ、手を離してくれて何よりだ。
多分、上流貴族なんだろうな。ついでにいうと見目麗しくいらっしゃる。モスグリーンの髪に琥珀色の瞳。ちょっぴり長めの髪は、後ろで一つに結ってある。雰囲気は「頼りになるお兄ちゃん」って感じだ。
「それはすまなかった。珍しいと思い、つい」
「アディ、お前はもう少し自覚を持ってくれ。表情怖い年上の男、加えて王子に握手されて見つめられるなんて、ちびっ子からしたら恐怖以外の何がある。しかも周りからの視線もあるんだ、余計に怖いだろ」
「以後気をつけよう」
よくぞ言ってくれた!というか、王子相手に遠慮がないあたり、何者なのかお聞きしたい所だ。
「ああ、アディがゴメンね。僕はローレンツ・クンツェンドルフ。こいつの幼馴染なんだ」
殿下相手に「こいつ」とか言ってるけど、なんかいい人みたいだ。でも、この人も多分上流貴族の優良物件なんだろうな。御令嬢方からの視線を感じる。
「マリアです。よろしくお願いします」
「『マリーちゃん』って呼んでいいかな。俺のことはレンツ、いや、『レンツお兄様』と呼んで欲しい」
「レンツお兄様?」
「うん、新鮮でいいね。うち弟しかいないから」
なんか、ローレンツさんは結構残念系だったりするのだろうか、頬が緩んでる。お兄様呼びを強要されたが、流石にイタい気がする。普通にローレンツ様と呼びたい。
「おい、レンツ。何故勝手に話を進めているのだ」
「いや、お前が話すとただの威圧になるだろ」
殿下とローレンツ様が目の前でコントを繰り広げていると、教師と思しき男性が教室に入ってきた。
「席について下さい」
物腰の柔らかそうな先生が教室に入ってきた。皆静かに着席をしたのをみて、先生はホームルームを始めた。
「皆さん、こんにちは。私は今年度このクラスの担任を受け持つクルト・ベスターです。授業担当は魔法学です。因みに属性は主属性は風魔法です。これから一年間よろしくお願いしますね」
皆は先生に対して一礼した。私も周りに合わせて一礼する。
「予めお話しておきますが、学内での教師から生徒に対する扱いは身分を問わず一律とさせて頂きます。よって、教師は皆さんにさん付けで呼ばせてもらいます。その所、忘れないようにして下さい。そして、生徒間の呼び方はあなた達にお任せします。このクラスは特に多様な身分の方がいます。ですから今後、相手とどの様な関係を創り上げたいのかよく考えて行動して下さい。私から言える事は以上です」
物腰柔らかな感じだけど、言うべきことはちゃんという先生のようだ。この先生ならいざという時の駆け込み寺になってくれるかもしれない。
「では自己紹介に移りましょうか。では、順に前に出て、名前と身分、趣味、一言を言って下さい。ではアデルバートさんから縦列の順に沿ってお願いします」
普通な自己紹介みたいだ。私は安心して肩の力を抜いた。しかし、趣味と言われてもこの世界に転生してから趣味らしいことはしていない。毎日孤児院での仕事と図書館通いの日々だった。「さぁ、なんと答えるべきか。前世のでの趣味でも言えばいいかな」と思案していると、アデルバート殿下の自己紹介が始まった。
「私の名はアデルバート・フィデリオ・ローデンヴァルト。知っての通りこの国の第一王子だ。趣味は剣術の稽古だ。私は王子であるが、学内にいる間は殿下という敬称は取って名を呼んでもらいたい。これからよろしく頼む」
殿下は相変わらずのブリザードっとぷりですね。それでも頬を赤く染めている御令嬢方はマゾなのだろうか。
そんなことを考えてたりしたら、自分の番が回ってきた。教壇を昇り、教卓の前に立ったが……悲しいかな、頭が教卓の上に出なかった。仕方なく教卓の横に立った。
「マリアと申します。平民です。趣味は読書です。背が小さいので、高い所に手が届かなかったりして、お手数おかけしますが、よろしくお願いしましゅ」
か、噛んだ———!
何が、「しましゅ」だよ———!!
恥ずかし過ぎるぞ、私!
何人かの男子生徒が明らかに口元押さえたり、肩を震わせている。女子生徒の中にも僅かながらに肩を震わせている人がいる。多分、淑女として頑張って笑いを堪えているんだろう。周囲の視線を感じた途端、顔が熱くなっていくのが自分でもわかる。居た堪れなく私は頭をぺこりと下げて、席に戻った。
頬から熱が引くのを待ちながら自己紹介を聞いていると、右隣の席のフェリクス・ウェーバーが席を立った。彼は教壇の上に立ち、教卓の前に行ったが……教卓からは顔の一部しか出ていなかった。うん、仲間がいたよ。勝手ながら仲間意識を持ってしまい、暖かい視線を送る。彼は身長低かったことが恥ずかしいのか肩を震わせ、教卓の横に立った。
「フェリクス・ウェーバーです。平民です。趣味は……特にありません。よろしくお願いします」
フェリクス・ウェーバー、悪目立ちしてるな。所謂「反抗期」というお年頃だろうか。みんなと違う自分カッコいい!みたいな年頃か。趣味はないというし、他の皆が一言で自分の領地の名産品の紹介や興味のある部活動を言う中、簡素な自己紹介は目立ってる。
彼の態度も余計に悪目立ちさせた気もする。何所かツンとした人を寄せ付けないような感じ。アデルバート殿下がブリザードなら、フェリクス・ウェーバーは毬栗だ。何があって、9年後に癒し系となるのかお尋ねしたい。
百面相をしながらフェリクス・ウェーバーを見ていると、壇上から降りて席に着こうとする彼にギロリと睨まれた。えっ、顔を見すぎましたか!?
彼が着席してからも隣から刺々しい視線を送って来てる気がして、残りの自己紹介の時間は完全に目線を壇上にキープして姿勢を固めたのであった。
「あっ、そう言えば!」
先生、突然何ですか。
「このクラスには入学試験の成績優秀者上位3名が揃っています。後で廊下に成績優秀者の貼り出しをしますが、先行して言ってしまいます」
このクラスは家柄だけでなく、頭のいい人が多いだな。つまり、このクラスで頑張ればエリートコースに行けるかも、ということか。それに身分の高い人達とも上手くいけば繋がりを持てる。名字無しの平民が何処まで出世が出来るかわからないが、やれるだけやってみようじゃないか!
「主席は入学式の新入生代表を務めたフェリクス・ウェーバーさん。次席はアデルバート・フィデリオ・ローデンヴァルトさん。同じく次席のマリアさんです」
んっ?!What?!
なんか今“マリア”とかいう単語が聞こえなかったか?!
思わず単語を発した先生をガン見してしまう。先生は温かい視線を送って下さった。
そしたら急に背中がゾクッとした。チラリと右手に視線をずらすと射殺さんばかりと視線を送ってくるフェリクス・ウェーバー。これはライバル認定でもされてしまったのか。
一方の左側に視線をずらすとアデルバート殿下は無表情に私を見ている。ブリザードを発してないあたり、まだ救いがあったと言えばいいのだろうか。他にも自分後ろからざわざわとした声が聞こえる……って、これ私に対する反応も含んでるんだねよね、きっと。
———中村真理奈改め、マリア7歳、平穏平凡な学園生活から程遠くなる予感です。