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1☆どうやら私は異世界転生したらしい

 

「ゆっこちゃん、こんな夜遅くに何なの?」


 吐く息は白く、空を見上げると満天の星空が広がっている。あと少しで春を迎える季節だが、終電が通るこの時間はまだまだ寒さが身にしみる。

 私は電車から駅のホームに降り立ち、スマホを耳に当てる。

 降り立った最寄り駅は単線の無人改札のあばら家とでもいう出で立ちの駅舎だ。

 改札に向かうために私は陸橋を登りながら、電話の相手の話を聞く。



『今週末にでも、女子会しない?』

「ゆっこちゃんの作ったツマミ付きならいいよ」



 高校からの親友のゆっこちゃんは、オタク友達だ。

 高校を卒業してから四年たった今でも、こうして時に二人で会う仲だ。



『勿論に決まってるじゃん! この頃会ってないから思う存分語りたくて』

「最近何かハマった乙女ゲームでもあるの?」



 ゆっこちゃんはオタクでも乙女ゲーム好き。対する私はラノベや漫画を主食に、HL(ヘテロラブ)でもBL(ボーイズラブ)でもGL(ガールズラブ)もいける雑食……グルメだ。

 私たちは高校時代、互いに好きなモノを勧めあったり語ったりして健全なオタクライフを送っていたのだ。



『それが聞いてよ、 【聖女が世界を救う(セイセカ)】の新情報が出たんだよ、昨日!!!」

「えっ……一年前にサービス終了(サ終)しちゃってから何の音沙汰もなかったのに?えっ、えっ、なんなの?!ソシャゲのストーリーをコンシューマー移植とか???」

『それがね、サービス終了(サ終)した日から音沙汰のなかったツミッターが動いたの!一言、キャラのシェルエット画像と「新企画始動」という文字が投稿されたの!』

「えっ、えっ、公式が生き返った!!!わっ、電車が来たから切るね」

『わかった。電話切ったらすぐツミッターで確認してね!!!』

「もちろんだよ。じゃ、また集合時間とか連絡するね」

『うん、わかった。公式の生き返りお祝いに週末ケーキつくろうかな!』

「ゆっこちゃんのケーキ楽しみにしてるよ。おやすみ」

『うん、おやすみ』


 電話を切り、私は急いで陸橋を渡る。階段を降りる所に差し掛かっていた。遠くから電車の灯りが徐々に近づいてくる中、階段を駆け降りようとしたところ……




 ドンッ!



 脇腹に鋭い痛みが走り、私の体が宙に浮く。

 次の瞬間には己の身体が激しい勢いで階段に打ち付けられた。

 そして、ガタゴトと身体を階段の角に打ち付けながら滑り落ちる。

 やがて階段の下に落ち痛みをハッキリと感じ始めていると、階段の上部から何かの気配を感じた。


 背後からの足音はしなかったのと、電話をしていたことが相まって、気配を察知出来なかったようだ。

 そして、ホームに降り立った人間が私一人ということで油断もしていた。

 身体を起こして相手の顔を拝ませてもらおうかと、身体を起こそうとするが、脇腹に激痛が走った。


 痛みの原因となる箇所に手を当てると、生暖かい液体が手に付着した。

 心が激しく動揺するのを感じながら、私はゆっくりと視線を脇腹に送る。


 すると、そこにはーーー



「えっ、マジで」



 ナイフが突き刺さっていた。


 これはマズイ、救急車を呼ばないと出血死する!

 自分の身体と共に落下したスマホに手を伸ばし、片手でスマホを操作して119番通報をしようとするがーーー



 あつい


 あつい


 あつい


 突如として身体に炎を灯したかのような錯覚を覚える。必死に電話をかけようにも身体が震え始め、手元が覚束ない。そして、混濁とした意識の中、(まぶた)をあけることすら許されなくなり、痛みで身体がどうにかなりそうだった。


(私、このまま死ぬのかな)


 人気のない階段の下で、ぼんやりと思う。体の中心とは正反対に手足の方は夜風で熱が奪われていく。死んだことがないから分からないが、これが死にゆく感覚なのだろうか。しかし、三途の川を見ていないから、まだ死なないのかもしれない。走馬灯もみていないし。



 どうでもいい事を考えながら、私は意識を手放した。






 ********


 寝苦しさで私は目を覚ました。

 目を開けると明るい光が差し込み、見知らぬ人が私の顔を覗き込んだ。眼鏡を掛けた彫りの深い欧米人のような顔立ちをしている男の人は穏やかな笑みで声をかけてくる。



「もう大丈夫ですからね」


 外見は外国人だが、流暢な日本語が出てきた。どうやら、日本語を習得している人のようだ。しげしげとその人を見つめる。大きな掌が頭上に来て、額に乗っていたタオルを取り替える。


(冷えピタじゃなくてタオルなんだ。しかも、氷枕とか保冷剤がないって珍しい)


 ぼんやりとした意識の中、私は看護をしてくれている男の人の背中がみえた。その人の着ている服をよく見ると、神父様の着る服に似ている。クリスチャンじゃないから、本当にそうだかは分からないけれども。神父様(?)により、水差しで口に水を送り込まれる。


(ああ、冷たい。気持ちがいい)


 辛うじて繋がっている意識の中、冷たい水が体に染み渡る。少し体温が下がったような気がして、体が楽になる。その感覚に安心して、眠気が強くなり、ウトウトとし始める。少しは眠気に抵抗しようとしたものの、瞼はゆっくりと下がっていった。そんな中、私の思ったことはただ一つ。


(私、死んでなかったんだ)


 体から力が抜けていき、深い眠りにつく前の感覚を覚えた。私は暗闇に身をまかせるようにして眠りについた。完全に意識が落ちる前に「良い夢を」という声が聞こえた気がした。





 次起きた時には、一人の少年に覗き込まれていた。その少年もさっきの神父様と同じ欧米風の顔立ちで、同じ蜂蜜色の髪色をしていた。息子さんかもしれない。


「おい、お前水を飲め」


 水差しからコップに注いだ水を差し出してきた。体を起きあげようとしても、体に力が入らない。それを見かねた少年は体を起こすのを手伝ってくれる。


 この時、違和感はあったのだ。

 何故、推定5、6歳の少年が成人女性の私の体を易々と起き上がらせられるのかと。

 しかし熱に浮かされた頭では、まともな考えも思い浮かぶわけもなく、なされるがままに体を支えられて口元まで持ってこられたコップの水を口に含む。


「コップ、自分で持てるか?」


 そう問われて、私は首を縦に振り自分の小さな(・・・)手を差し出す。


(んっ?)


 私は自分の手をもう一度まじまじと見る。手をにぎにぎと広げたり結んだりする動作を繰り返す。

 私の手は只今所謂「幼児の手」というやつだ。子供特有のふっくらとした丸みを帯びた骨張っていない手。しかも、黄色人種(モンゴロイド)の私ではありえない程の白く透き通った肌。白雪のような肌は白色人種(コーカソイド)のものだ。

 沸騰して煮え繰りかえった脳味噌をフル回転させて考える。


(これって、私は死んだの?そして、ネット投稿小説で流行りの転生したとかいうオチ?)


 コップを受け取らず、自分の手を見つめ続ける私を不審に思ったのか、少年は私の目の前で手を振る。


「おい、大丈夫か」


 フリーズを解き、私は少年からコップを受け取った。コップに入っていた水をゴクゴクと飲み干す。熱さのせいだろうか、普段飲む水よりも美味しい気がする。

 コップを少年に返し、私は礼を言った。


「お水、ありがとうね」


 初めて聞いた自分の声は、鈴の音のように可愛らしいものであった。思わず喉元に手を当ててしまう。私の度重なる行動を不審に思ったのか、少年は私の顔を覗き込んできた。


「大丈夫か? 疲れたんなら、また寝たらいい」

「待って、鏡。鏡ある?」

「鏡なら、あそこの壁に掛かってるけど。鏡を見たいのか」

「はい。君、手を貸してもらえる?」


 ベッドから這い出る私の体はフラついていた。少年は私の体を支えてくれる。トコトコと壁際へと歩みを進め、縦長の鏡の前に移動する。


 鏡に映る私の姿は、以前の私とはかけ離れていた。

 身長は120㎝程度、白雪の様な肌に、ぱっちりと見開かれたスミレ色の瞳。髪は前髪の両脇だけ長い髪が残っており、後ろ髪は短くなっていて、全く整っていない。驚くべきはその髪色。ストローブロンドとでもいうべきだろうか。プラチナブロンドが桃色がかった感じだ。顔立ちは整っていて、美しいというよりは可愛らしいと形容すべきだろう。


(ピンクの髪とかあり得るの?紫の瞳って、一千万分の一の確率とかじゃなかったっけ?)


 パチクリと自分の容姿を見つめる私を少年はまたも不審なモノをみるかのように見ていた。




 ********


 朦朧とした意識の中目覚めたあの日から一年が過ぎた。

 この一年で把握出来た状況を端的に表すならば、どうやら異世界なる所に転生したということだった。


 得られた情報から知った国々の名前は地球上の現在存在する国で該当するものはなかったし、過去にもなかった。読み書き共に日本語なのに、生きている人々は欧州風の人々。文化の発展の具合からして、中世ヨーロッパという所だろうか。王族、貴族、平民、奴隷といった身分による階級社会だ。そして、今まで生きてきた世界との最大の相違点は魔法が存在することだった。まるでお伽話の中の剣と魔法の世界。

 そこが私の今生きる場所だ。


「マリア、用意は出来ましたね」


 蜂蜜色の髪を揺らす人が私の目を見つめて言った。

 初めて見た時と同じ、慈愛に満ちた表情を浮かべるのは神父様だ。彼は本当に神父様だったらしく、教会の前に倒れていた私を保護してくれたのだ。私が一年間過ごした場所は教会に併設された孤児院で、色々と世話になったのだ。


 そういえば、もう一つ重要なことがある。それは私の名前だ。転生する前の私の名前は中村(なかむら)真理奈(まりな)だ。しかし、この名前はこの体には不釣り合いだ。だから、神父様に名前を貰った。正確にいうと、神父様が見つけた私の持ち物から名前を貰ったと言うべきか。倒れていたわたしの服以外の唯一の所持品が首から提げていたお守りだった。

 この国では6歳になると、守り石使った装飾品を子供に送る風習があるようだ。守り石とは少量の魔力を帯びた石のことで、河原とか行けば、案外転がっているものらしい。私の首から提げていたものは、木彫りのペンダントでそれと一緒に守り石が紐で通してあった。名前はペンダントの裏に生まれた年と誕生日と共に彫られていたのだ。

 それはさておき、目の前にいる神父様に返事をする。


「はい、神父様」

「君がいなくなるのは淋しいよ」

「いえ、これ以上お世話になる訳には参りません」

「そんなことを小さい君は言わなくてもいいのに」

「いえ、それにこれは私が決めたことです。力をつけて、必ずや拾って下さった恩をお返しします」


 私が笑顔で言うと彼は仕方がないとでもいう様に肩を(すく)めていた。

 最後に背筋を伸ばして、私は言った。


「行ってきます、神父様」

「行ってらっしゃい、マリア。いつでも帰ってきていいですからね。孤児院は貴女の家なのですから。では、頑張って来て下さいね」


 私は王都行きの乗り合い馬車に乗り込んだ。幸いにも早朝なので、混んではいない。空が白み始める時刻、御者の人が「王都行き、まだ、乗る人はいませんかぁ〜」と声をあげている。出発の時刻となり、御者の人が馬車の扉を閉めようとした。その時、遠くから声が聞こえた。


「その馬車、ちょっと待ってくれ!」


 此方(こちら)に全力疾走してくる少年がいた。それはクリス。神父様の息子で、熱を出して目覚めた一年前に介抱してくれた少年だ。孤児院の皆には引き止められると思って今日出発することを伝えていなかったのだが、どうやら彼は気がついたらしい。神父様と同じ色の髪をもつ少年は、ぜぇはぁと息をたて、馬車の扉の前に来た。


「これ、やる。頑張れよ」


 ずいっと、白いハンカチを差し出して来た。よく見るとハンカチの端に刺繍がされている。確か息災を願う祈りの紋様だ。7歳ながら、孤児院の繕い物を器用にこなす彼だからこそできる芸当だ。


「ありがとう、クリス」


 私はクリスからハンカチを受け取る。


「お客さん、発車してもいいですかぁ」

「はい、お願いします」


 御者の人が扉を閉め、御者台に乗り込む。馬が(いなな)き、馬車が動き出す。私は窓から手を振った。神父様とクリスも手を振って送り出してくれた。そして、馬車は街を後にしていった。


 さて、私が何処に向かっているかって?

 それは王都です。王都にある王立グレノロス学園。通う生徒は16〜18歳。殆どがお貴族様のご子息ご令嬢方。一部試験を突破した優秀な平民や王族もいる。そこに身体年齢7歳の平民の子供が何をしに行くか。単刀直入に言おう。

 学園に通うのだ。

 16歳から通うのだとか言ってませんでしたかって?

 それは「一般的には」だ。これはあくまでもお貴族様に適用されるルールで、平民には適用されないのだ。平民は優秀な人材の確保の為に入学者を募っているため、幅広く門戸を開放しているのだ。但し受験資格は20歳までとなっているが。


 さてさて、そんな情報を知った私は考えた。この学園に入学できないかと。精神年齢22歳の私からすると、人の世話になって生きるのは、幾ら体が7歳でもプライドが許せなかった。なんか自宅警備員になった気がして。そうなると、選択肢は一つ。孤児院を出て生計を立てることだった。しかし、これは無謀なことだ。物価も情勢も分からない少女には酷なこと。となると、学園へ入学し、己を磨いて立身出世することが最善の道だ。幸いにも平民は授業料全額免除に加え、寮も完備され、衣食住の保証もされる特待生制度がある。


 これを逃す訳にはいくまい。学術都市と言われるこの街には平民も利用可能な図書館があるのだ。そこに赴き、入学試験の過去問を見てみた。試験科目は国語と数学、この国の地理歴史そして魔法測定。国語と数学は前の世界における高校入試程度の難易度だった。正直、簡単である。地理歴史は知識そのものがない。 

 ここで困ったことに、現代日本の入試のように合格者平均点とか受験者平均点、受験者数といったデータの開示がないのだ。よって、皆が満点近くを取るような試験なのか、平均点70点ぐらいのものなのかも分からないのだ。それに、最後の魔法測定というのに至っては「魔法測定器に魔力を流し込み、入学にあたっての参考とする」としか書かれていない。


 数多の転生小説を読んできた私の分析によると、転生者は大抵…おおお!魔力を体内に感じる!…とか言って魔法の鍛錬とかしだすのだが、残念なことに私は魔力なんて全く感じられない。よって、ペーパー試験は満点を狙う必要が出てきたということだ。

 その日から、空いた時間を見つけては図書館通いをして過去問と睨めっこして試験対策し、司書さんを捕まえてこの国の文化を含めた地理歴史についても調べたりした。魔力には期待できないが、幸いにも地理歴史に関しては日本にいた頃も比較的得意としていたこともあるのか、何故だか異様に(・・・・・・・)頭に入ってきた。

 周りの人々から「またガリ勉幼女が来てるぞ」とかコソコソ言われた気がしなくもないが、心の中で幼女じゃなくて少女だというツッコミを入れるだけにしといた。

 


 そんなこんなで、数ヶ月前に一度王都に行って試験を受けたら無事合格。魔力測定の方も試験官の人が驚いていたからソコソコ多かったのだろう。魔力を感じられなくても、魔力そのものあったらしい。


 何はともあれ、入学試験を突破した私は明日から王立グレノロス学園の生徒だ。少し年齢が幼いから目立つかもしれないが、揉め事荒事は回避の方向で頑張ろうと思う。

 目指すは王宮仕え!安定した高収入!

 これから待ち行く生活に期待を膨らませた。




 この時の私はまだ気がついていなかった。




 この世界がどんな世界であるかを。


 そして踏み出した一歩がフラグを立てていたことを。




 ********


 遠く遠く、誰も知らないところで無機質な音声が響く。


『対象者、王都に侵入。これより管理者権限により制限していた情報を開示。一部、世界維持機能との共有を開始』



書きたかった乙女ゲーム転生モノをついに書くことになりました。

幼女マリアの無双にお付き合いいただけると嬉しいです。


更新は4、5日に一度ペースで頑張っていけたらな、と思っています。(……最低でも週一回更新は頑張ります)

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