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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

昔の方が良かった

作者: 垂氷

 昔、政府のお偉方は人をナンバーで管理しようとしたらしい。


 それは色々トラブルがありつつも、やがて一応の成功を見せ、次に目指したのが能力の可視化だった。

 

 個人の能力を見て、それにもっともあった職業につかせるのが最初の狙いだったらしい。職業選択の自由化の影響による第一次産業の減少。それによる食料自給率の低下。医療従事者の都市集中化。などの問題を解決しようというのが、最初の構想段階であったらしい。


 農業適正が高ければ、農家へ就職。すると政府から援助金が支払われる。

 医療適正かつコミュニケーション能力が、都市より地方の方が合う人には、地方医療機関への就職または開業。すると政府から補助金が出る。


 といった感じに。


 その試みが成功しかたと言えば、可視化には成功したが、その間に都市での工業的食糧生産が本格稼働化し、地方の農家が更に縮小。と同時に人の手による農作物の高級ブランド化が進み、ある意味バランスが取れてしまった。

 

 また就職難は世界情勢の変遷により青年の一時傭兵義務化制度と、それにともなう就職可能年齢の低減の引き上げと定年の撤廃による年金の支給形態の変容により解消された。

 傭兵化は世界からの要請に『傭兵として人を送りだします、けれど行く先は申請のあった国に最適の子を推薦し、本人の希望(・・・・・)により選ぶので、日本として(・・・・・)は戦争には参加していません』というなんとも苦しい言い訳の元に、国民の代表らしき人たちが可決したらしい。それもずっと昔の事で詳しくはしらん。


 現在、年金を貰う人は非常に少ない。それに伴うリスクの方が高いからだ。

 心身の衰え、などという言葉は、能力の可視化により使えなくなった。

 ステータスと呼ばれるそれを見れば、働けるか働け無いかなど一目瞭然で、更には可視化された事によりストレスの解消の最適化なども行われ来ているからだ。

 年金を貰うにはステータス的にもう働ず他者とコミュニケーションを取れない状態、と確実に他者に分かる様になる事が必須とされている。


 すると全財産を国に没収され、その代わりに死ぬまで国の養護施設で世話される事になる。

 その養護施設により機械に囲まれて世話をされる状況に使われる資金が、現在で言う『年金』となる。


 怪我などで動けなくなっても、過去のデータから努力すれば出来る事を調べられ、機械の補助により独立出来るまでほぼ強制的に回復させられるのが、現代の日本だ。


 職業は推薦された中から自由(・・・)に選べる。海外へ逃げてもデータベースと、産まれた瞬間から登録され繋がっていて、能力の可視化ボード――ステータスは閲覧でき、日本出身というだけで皆それを知り能力の開示を求められる世の中になっている。


 正直言おう、見えなかった世界がうらやましいと。



 傭兵義務化まであと数年という歳の俺は、学校の門がしまるまでダラダラと居座り、先生に追い出されるようにして学校を後にしても、ノロノロと足を進める。


 帰りたくない。


 盛大なため息を零しつつ、家の玄関を開けると、家の門に触れた時点で生体認証が伝わる為に母さんが、既にそこで待っていた。


「ただいま」

「おかえり」


 硬い声。俺の母さんはいわゆる教育ママって奴で、兄貴たちの時もおなじだったらしい。

 兄貴たちが傭兵に行ってから気づいたが、俺は兄貴たちに随分と守られていたらしい。

 思い返してみれば、母さんが何かきつく言おうとするとさりげなく注意を逸らしてくれていた。

 兄貴たちはお前が居るから、家が落ち着くって言ってくれてたけど、こうなってみると俺も兄貴たちが居たから家に帰って来てた気がする。


 兄貴たちは優秀で、傭兵への誘いも学生のうちから各国から山ほどあった。

 俺は末っ子で一番、劣っているから、兄貴たちが居なくなってから母さんはイライラしているらしい。同じ血の子供のはずなのに、ってな。


 いいよな、コレから逃れられるんだから。早く俺も傭兵としてこの家から一時で良いから離れたい。


「見せなさい」


 短い言葉にため息を吐きつつ、ステータスを他者にも見える状態で可視化させる。

 一般にステータスボードと呼ばれるそれには、脳の皺の数まで分かるんじゃね、と思わせる詳細を乗せる事も出来るが大抵は簡略表示になっている。


「知識の値が少しも増えてないじゃない。今日、授業受けたんでしょ。科目ごとに見せなさい」


 俺はもう一つため息をついて、表示を変える。


 母さんは視線を僅かに逸らして、俺から見えない何かを見ている。きっと己のステータスボードだろう。

 と俺のステータスボードに、外部からの操作アクセスのマークが出る。


 保護者は被保護者のステータスを管理する権利を有する。


 これは法律に定められている。


 そして母さんは、普通親子間でもプライバシーとか思春期の純情だとかを慮って、一言断る程度はするその行為を無言で、当然の権利として行使する。


 過去の履歴を見たのだろう。


「ちょっと、前から一ポイントも増えてないじゃない」

「一回の授業で増えないよ」

「あなたがちゃんと授業を受けてないからでしょ。今日の夕飯はどれかポイントが増えてからよ」

「……じゃあ、いらな」


 悪鬼のごとき顔になった母さんが宙に指を躍らせる。ボードにサインをしたのだろう。


「ウギャアアアア」


 すると脳みそが焼かれるような痛みが走り、そこから全身へと痛みが広がる。止まるとそれは熱へと代わり、俺は玄関で蹲って荒く息を零す。


 ステータスはそれぞれの脳に直結している。更に現在はボードを使った、連絡や情報接続なども出来るようになり、色々な効果ももったソフトもある。

 そんなソフトやアプリの中には、管理者が被管理者へと行使できるものもあり、母さんはそんなのの一つを使ったのだろう。

 本来は仲間内とかでやる罰ゲームとかの軽いものの制限を外した奴だろう。ここまで痛みを与えるソフトは認可されていないはずだ。


「馬鹿なこと言って無いでさっさと勉強してきなさい。一時間経ったら見に行くから」


 母さんはそういうとリビングへと消えていく。

 父さんは年々、仕事から帰って来るのが遅くなっている。


 女性でも男性でも育児適性が高い方が早く仕事を切り上げて帰宅するのが、現在の一般的な常識でこれでも母さんの方が父さんよりも育児適性が高いらしい。

 実際小さい頃は優しくて、未だにあの頃の母さんの面影を探してしまう事がある。

 で、見つけると、なんとなくほだされてしまい、今みたいに教育機関に相談することもせずに、いやいやと言いながら、家に帰って来るのだ。


「勉強……するか」


 俺は重い身体を引きずって部屋へと戻った。


 ほんとステータスとかいらねぇ。無かった時代の方がきっと良かった。




 その日、日本が変わった。

 それは一瞬の違和感だった。


 頭にノイズが走った気がした。


「なぁ、今何かあったか?」

「ああ。でもまたステータス機能の更新とかじゃね?」


 俺は隣の席の友人に声を掛ける。違和感は気のせいでは無かったらしい。


 最近、やたらとステータス機能の更新がある。データベースは政府の管理する、日本独自の宇宙スペースにあるらしい。常時、人が滞在し、現在日本のどこからでも見える直結の宇宙エレベーターの先が繋がっているらしい。


 就職できる適性を持つ人がすくなく、詳細は秘匿されているために詳しい事は分からない。


 実際にそこにデータベースがあるのか、というのも噂の域を出ない話だ。


 今度、海外に輸出するらしく、その際データーベースの一部を貸すと言う話も聞く。


「この更新される感覚慣れねぇな」


 なんてぼやいていたら、急に隣の友人が机に突っ伏した。


「おい!?」


 その勢いと、ゴンッという机に打ち当てた音の大きさに驚いていれば、周囲もどんどん倒れていく。


 何だと驚いていれば、俺も身体が怠くなって床に転がった。


 視界が赤く染まり、立ち上げていないのにステータスボードが視界に映る。


 この現象は、かつてナンバーが広がったときや、ステータスが広がった時に見られた現象と授業で習ったものに酷似していると、気付けた者がどれだけいたのか。


 画面にはわけの分からない文字が並び、そして最後は黒く染まった。


 同時に俺の身体が勝手に動き出す。


 頭の中では『感染させなければ』という思いしか残らず、皆がのそりと動き出す。


 やけに感覚が鋭敏で、どこかの教室で悲鳴があがるのが分かった。


 その音に俺は動き出す。周囲もその音に反応して動き出す。


 誰かがこけたが、それに対して何を考える事も出来ずに踏みつぶして、音の先へと向かう。


 一人の少女がロッカーの上に乗って伸ばされる手から逃げていた。


 その少女が、自分の幼馴染だと俺は分かっていても認識は出来なかった。

 彼女は海外から幼少の頃にやってきた子で、ステータスが無いと自分の能力が分からなくて辛いと零して居た。

 ステータスは産まれてから五時間以内に脳か延髄にナンバーと一緒に埋め込まれる。そうしないと機能しらないらしい。詳細は専門家くらいしか知らないだろう。


 少女がホッとした顔を俺に向け、声をかけて来る。


 俺は伸ばされた手を取ると掴み、引きずり落した。


「ヒッ、や、いやああああああ、助けて、やだぁ」


 悲鳴が響き渡る。


 感染させるには血中に直接注ぎ込むしかないのだろう。データは現実化出来るのは、ステータスボードが接触認識できるようになった時代に確認できている。


 感染方法はいつの間にか頭に流し込まれていて、俺はそのままに行動する。


 周囲も彼女に触れている者は同じ行動をする。


「うそ、いや。嘘だよね。わたしだよ。ねぇ、いや……」


 俺は自らの舌先を嚙み千切ってから、彼女の首の後ろに噛みついた。

 現実化したデータを血に混ぜて彼女の中へと流し込む。


 まだ僅かに残った自意識が何かを喚くが、それもウィルスデータに溶かされていく。

 大量の赤が教室を染める。


 やがて動かなくなった彼女は、その身にデータが沁みわたれば俺と同じように動き始めるだろう。


 どこかでガラスの割れる音がする。


 俺は次の感染先を求めて彼女を床へと放置したまま動き出す。


 視界に映ったステータスボードには、地球儀のマークと十三%の文字。それがこのウィルスの感染状況なのは、いつの間にか知っていた。


 数日後、俺は幼馴染の少女とすれ違う。


 全身ボロボロな彼女と、色々な所にぶつかり擦れ片腕を折った俺。


 どこかで泣きわめく自分の声を聞いた気もしたが、それもやがて消える。

 視界に映るステータスには通常では考えられない、能力数値と『死亡』の文字。


 それなのに、俺の身体は勝手に動き続ける。


 周囲の人たちと同じように。



「生存者はいないかっ!!」


 誰かの声が響き、俺たちは勝手にそちらへ動く。


 眼球はとうに無くなってしまったので、聴覚のみで。痛覚が残っている箇所もある。


 自分が歩いているのか、這っているのか知覚すらしていない。


「くっそ、大国にステータスが導入されるのを狙ったテロかよ。日本人ほぼ全滅とか……」


「地方の導入が遅れている方々くらいしか残っていないようです。それもいつまで残っているか」


「ワクチンは?」


「後、三本。コレが切れましたら生存者を連れて離脱します。その後他の部隊が離脱後、日本は廃棄になるかと」


 邪魔な何かの向こうで声がする。


 声がするという事は感染していない。感染させないと。


 俺は手前に何かを必死に押すが、びくともしない。


 視界に映るステータスボードに、外部アクセスのマークが出る。勝手に閲覧されているらしい。そちらから感染させようと勝手に何かが起動するが、それが壊された。


「……――」


 先ほど話していた男の声が、呆然と何かを呟く。

 今、俺はどんな外見をしているのか。ステータスを閲覧するまでは分からなかったらしい。


「ちょっとどうしたの?」

「弟が……、いや。何でも無い」


 声の次に衝撃が走る。ノイズが走りステータスボードが消える。


 その間際。俺なんて残っていなかったはずなのに、俺は確かにその声に感謝した。


 ずっと会っていなかったが分かる。だって、あんたは俺の……



 ようやくステータスから解放された俺は生体反応が、切れる感覚の中腐った脳でか、それとも虫の湧く心臓でか思う。


 昔の方が良かった。


 ステータス何て無かった時代の方が。


 それが最後の思考だった。

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