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今日も元気だ、ご飯がうまい  作者: 小田原アキラ
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1、ゆれるタバコ

 煙草の煙が、空に消えていく。

 消えていく煙を目で追いかけながら、犬の鳴き声が聞こえる町の方にも耳を傾ける。田んぼに囲まれた田舎町の高校。その屋上からの景色は、まぁそんなにたいしたものじゃないけど清々しい朝には丁度いい。それに似合わず、朝っぱらから煙草を吸うのもどうかと思うけど。

「よぉ、相棒」

 平也の顔に影ができる。青天の太陽を遮るのに丁度いい位置だが、声を掛けてきた勝太が平也の隣に座ったので一瞬の出来事でしかなかった。勝太は俺のブレザーの胸ポケットから煙草を取り出すと、勝手に吸い始めた。平也は咎めるように勝太を見たがニコッと笑い返された。

「平也って、何時に起きてんだ? いつ来ても俺より早いよな」

「何時でしょーか?」

「えっと、六時とか?」

 ブッブーと言いながら、平也は煙草の煙を噴きだした。

「五時でした。早すぎるだろ?」

「早すぎ。ただでさえ七時には学校に来てるくせに、そんなに早く起きて何やってんだ?」

「何もしねーよ。俺、じっちゃんばっちゃんと暮らしてっからその時間に起きちまうの」

 胎児の時から、平也はいらない子供だった。母方の祖父母が卸すことを反対していなければ、平也は今頃この世に誕生していなかった、らしい。だいたい育児放棄するぐらいなら、生まなきゃ良かったのに。と思うけど、育ててくれた祖父母のことを考えると口に出して言えない。

 口に含んだ煙草を吸い、吐く時には溜め息が混じった。嫌なことを思い出してしまった。最後に両親と会ったときの記憶だ。

灰を落としながら、うつむくと隣から唸り声が聞こえた。

「俺、友達できるかな・・・」

 手にタバコを持ったまま、深く俯いた勝太は小さく見えた。

 勝太は高校入学とともに、髪を染めてピアスもあけて、制服も着崩して学校の中でも目立つような格好をしている。こうやって見た目から力を入れてるのには理由がある。

 小学六年生の頃、こいつ一人だけが中学受験をしていたことで友人たちと遊ぶことが少なくなっていた。だが、勝太は受験に落ちてしまった。公立中学に行った勝太には、もう友達がいなかった。みんな付き合いの悪い勝太をよく思わず、中学校では誰も話しかけず、話しかけても無視を続けられていた。中学二年になり、クラス替えのおかげで平也や他の友人と出会うことで勝太は孤独ではなくなった。それでも孤独だった一年間は長く、今でも引きずっているのだろう。

 平也は勝太の肩に手をのせて二、三度軽く叩いた。

「俺らがいるから、そんなに気にすんなよ」

「そうだよな。うん」

 空を見上げると、消えかけた煙草の煙が雲に吸い込まれていく。そろそろ学校に来る人間が増えて来る頃だ。女の子たちの華やかな声が聞こえる。勝太と目を合わせると、お互いに煙草を壁に押し付けて火を消した。ゆっくりと立ち上がると、少しだけ太陽がまぶしくて、ぎゅっと目を細めながら思いっきり背中を伸ばした。

「今日って授業なんだっけ? てか授業って、中学の時とかわらないよな。だるいし、眠いし」

 勝太が屋上の立ち入り禁止の札のついたドアを開けながら言った。

「お前寝てばっかりいるよな。家で寝てないの?」

「いや、だって、先生の話してる声がちょうど子守唄のように心地よくて」

 そりゃ言えてる。平也は笑いながら勝太の肩を力強く叩くと、そのまま屋上のドアを開けた。



「タバコ、臭い」

 心臓が飛び出るかと思った。恐る恐る、隣の席の女の子を見る。授業中の多少ざわついた教室の中で、彼女の声は小声の呟きのようなものだった。だが平也にははっきりと聞こえた。

窓際の一番後ろという最高の条件を持つ席に座る俺の唯一、隣の席いる女の子は入学当初からクラスの中で浮いていた。派手に自分を着飾り人の注目を集めるのに、群れない。女は女同士でいたがるものだと思っていたけど、彼女は違った。確かに友人はいるみたいだが、どちらかというと一人を好んでいるように見える。その堂々とした態度は平也にはどこか偉そうにも見えた。今もそうだ。

「タバコ、臭くない?」

 睨みながら平也にわざと問いかける。

「窓、閉めようか?」

 冷や汗が顔中にだらだら流れていく。別にタバコなんて誰もが吸っているものだ。冷や冷やしなくてもよいのだが、彼女の表情はそれ以上に何かを訴えているように思える。

窓に手をかける平也を慌てずにじっと見つめる。正直、恐い。

「いいよ。外の臭いじゃないからね。あえて何も言わないけど」

「そうですか・・・」

 明らかに平也に向けて敵意のある視線を送る彼女に、苦笑いを返しながら気まずさで息が詰まりそうだ。

 彼女はこの学校じゃ浮いた存在で、平也も隣の席になるまで彼女とは関わりたくないと思っていた。たぶん、みんなそうだろう。彼女は派手な頭で、制服を着崩し、堂々とした態度が目立つ他所者だ。地元の公立中学から集まる、この高校には彼女の居場所がない。どうやら親の都合とやらで高校入学と同時にここにやってきたみたいだ。その所為なのか、それとも人と関わるのが元々嫌なのか、女の子特有の群れるという行動を彼女はしない。平也はその姿に、自分を重ねて見てしまいそうになる。。

 あまり彼女をじっと見つめていると、鋭い瞳で睨まれるので平也は授業をすすめる先生に視線を戻した。



 足音が近付いてくる。急いでいるのか、荒々しい。その音を聞きながら窓の外を眺めていると、隣の席の彼女の姿が目に入った。堂々とした態度、通り過ぎる人間が一度彼女を振り返る。それぐら目立つ格好だ。その様子を見ていると思わず笑いが込み上げてくる。

 ガラガラとドアの開く音がした。

「あれ? あんただけ?」

 そこにいたのは平也と同じ身長の持ち主の、赤坂だ。スカートの丈を短くして、足を出しているがどこにも色気なんて感じない。男っぽいところがつき合いやすいけど、思わず女ということを忘れてしまう。

「まだ誰も来てないよ」

「まじで。そっか・・・時間決まってなかったからな」

 ずかずかと机をよけて進んでくる。そのたびに赤坂が片手に持ったペットボトルのお茶が音をたてる。空き教室の静かな空間では、どんな音も響いて聞こえる。外から聞こえる吹奏楽部の音もだ。

「あんたさ、クラスに馴染めた?」

「全然」

「やっぱり。あたしもなんだけどね」

 赤坂とは中学の時に、仲良くなった数少ない友人の一人だ。高校まで一緒になるとは思ってなかったけど、話せる人間がいるのは心強いことなのでほっとしている。

「赤坂はあれだろ、群れる女子の中に入るのがいやなんだろ」

「あんただって、人見知りするから友達できないじゃん」

「ダチなら出来たよ。俺より、お前の方が一人でいて寂しいやつに見えるぞ」

 赤坂は、うっさいなぁと吐き捨てると平也の前に立ち、睨みながら机に腰を下ろした。少しだけ背が縮まる。頭のてっぺんが黒い。染めてからもうすぐ一か月が経つんだな、早いな。うつむいた赤坂は暫くしてから溜め息を吐き出した。そして顔を上げると、苦笑いを浮かべた。どこかで見たことがあるような顔だ。

「愛人になっちゃった」

 そうか。平也が言うと頷いた。

 赤坂は誰かを想っている人を好きになる。不倫というヤツだが、相手は社会人。あまりよろしくない関係ではある。それでも赤坂の本気の気持ちを知っているので平也は何も言えない。咎めるべきなのかもしれないが、何も言ってやれない。

「なんか、自分はどうなりたいんだろうって思うよ。こんな無謀な恋ばっかしても苦しいだけなのに」

 赤坂はペットボトルの蓋を回しながら言った。顔は少しだけ照れるように赤く染まっている。

「まぁ、頑張り」

 平也の言葉にまた、赤坂は頷いてお茶を飲んだ。


 

 重いものを持ち上げるとどうしても腰に負担がかかる。今もそう。肩に担いでいるのに肩よりも腰がきつい。隣で涼しい顔して歩く奴を睨み見る。

「ヤス、お前持てよ」

 せっかく教室で待っていたのにまったく姿を現さないのに焦れて、赤坂が電話をしたところ荷物が重くて運べないなどと言いやがって平也が運ぶことになった。最悪だ。こいつも中学からのダチで身長187という長身で顔も良いから女の子からはモテるみたいだ。平也は最近勝太とこいつに挟まれて捕われた宇宙人の気分になっている。

「俺、怪我してるから無理」

 腕には確かに豪勢な包帯が巻かれていたが、その下には五百円玉程度の火傷の跡があるだけ。しかも軽症。これだから顔のいいやつって嫌なんだ。

「大袈裟だろ」

「それより、見てみて! この子可愛くない?」

 見せられたのは携帯の写メに康史と他校の女子が二人で写った姿。その後ろの方に微かに勝太の姿が見えた。こいつもアホだな。

「またナンパ? 勝太も連れてったのか?」

「うん。だってあいつと俺が並んだら長身ペアで目立つじゃん。それに可愛い子ゲットしやすいしね」

 階段を上るために肩に乗せた荷物を一度持ちやすい位置に整える。携帯をポケットにしまうと康史は平也を置いてさっさと階段を駆け上がった。

「お前さぁ、いい加減そういうの止めたら?」

「俺だってやめたいけど、これが性分だから止められないね」

「・・・確かにそれがなくなったらお前って感じじゃない。でも、好きなやついるんじゃねぇの?」

 階段を早足に駆け上がっていた康史の動きがゆっくりに変わる。視線を階段の上に向け空き教室に向けた。その目は、そこにあるモノを真剣に見つめている。こういう顔もするんだな。

「あぁ、それね。いいの、どうせ叶わん恋だから」

 康史はまた一人さっさと階段を駆け上がり、教室の中に入っていった。康史のこと、未だに良く分からないが片思いが似合わない男だとは思う。あんな表情、見たのは初めてだ。相当その相手を大事に想ってるようだ。

 平也はもう一度荷物を担ぎなおして、階段の上を見上げた。時計の下の窓から光が溢れている。その眩しさに顔をしかめながら階段を上りはじめた。




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